ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
下級役人マカールと天涯孤独な娘ワルワーラの書簡形式による貧乏物語でドストエフスキーの処女作。よく分からんがデビューから絶賛されたらしい。
ワルワーラの名前も手紙ではワーレンカばっかり言ってるので混乱してくる。
お互い貧乏になっていく過程よりも女に借金しても入れ込む心情は現代に通じるものがある。ただしマカールは粘着質的な内気者なので現代ならもっと悲惨な目にあう可能性あり。状況が好転したところでの急展開。ワーレンカの文面も変わるところがリアル。
ところどころ悲惨な死に様が出てくるところも印象深い。
さて解説ではこの話が架空の少女を作り上げたマカールの妄想話の可能性ありとしている。そうだとすると個人的にはナンだか寒気のする話でホラー的ですらある。さすが文豪! -
購入済み
時代を映した複雑で混雑したお話
なかなか複雑で細かいところまで理解できませんでしたが、活劇的な話の展開が、あの時代にしてあったのだとちょっと感動です。解説を読むと、パリコミューンやロシアの農奴制廃止、資本主義の台頭による貧富の格差など、恐ろしいほどの混沌があって描かれたお話なのだと思いました。
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購入済み
会話がおもしろい
いろいろな人物が出てくるのでこんがらがってしまうのですが、あまり気にせず読み進めていくと、展開が面白いです。飽きさせません。ドストエフスキーさんは会話が上手で面白いです。
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Posted by ブクログ
物語自体が壮大で複雑だし、ロシア文学特有のとっつきにくさ台詞回しのくどさもあって読みにくいとか冗長とか言う人もいるかもしれないけど、一旦引き込まれると、いっきにのめり込んでしまって、むしろ冗長さと思われたひとつひとつ、台詞回しや登場人物の思考の振れ幅なんかも面白いと感じられました。
ストーリーラインでいうと、風呂敷の広げ方秀逸で、例えば第一部では、ステパン婚約をきっかけに展開が加速していって、スタヴローギンの秘密や人間関係などの伏線が散りばめられつつ、“日曜日”に収束していって、ご本人登場!みたいな展開は、読んでいてとても盛り上がったし、同時につづく章での核心に繋がるヒントや前触れも小出しされていってどんどん引き込まれていきました。
また、テーマ自体も重厚で(自分はかなり不勉強ですが)、農奴解放令以後の様々な思想や価値観が混沌とした激動の時代の中における、無神論やニヒリズムや革命思想、それを抱く人物たちの狂気、、苦悩、、きれらを書き表現できる作者の偉大さ驚愕しました。 -
Posted by ブクログ
1861年 40歳 第17作。
前半は読むのが辛く、期間を置きながら、途切れ途切れしか読んでいないので、非常に時間がかかった。
たぶん3カ月ぐらいかかったと思う。
なぜ辛かったかといえば、単純に、話が面白くなかったからである。
短編ならまだしも、長編小説で面白くなかったら、一気に読み通すことなどは、とても無理だ。
ところが第二部の第6章、本書のp250あたりの、登場人物がほぼ出そろい、語り手である主人公とナターシャが、前日訪れてきたワルコフスキー公爵が表面的な態度とは別になにかを企んでいることについて、相互に同意した場面ぐらいから、話はがぜん面白くなる。
熱に浮かされたような怒涛のスピード感が出てきて、読むのが止まらなくなる。ドストエフスキーの長編に特有のあの魅力が、この物語の後半で、ついに現れた。畳みかけるような事件の連続と独自の語り口。ドストエフスキーは、自分にふさわしいそういうスタイルを、ここでついに発見したようだ。
残りの400ページあまりは、忙しい合間をぬって、3日で読んでしまった。 -
Posted by ブクログ
●白夜
ドストエフスキーの第11作。
1848年 27歳。
白夜のペテルブルグで繰り広げられる清新なロマンス。
青年の恋愛は、こうでなくてはね。
美しい中編。
佳品です。
25年ぐらい前に米川正夫訳で読んだ「白夜」は、冒頭が素晴らしかった。
それに較べると、この講談社文芸文庫版は、イマイチのような気がする。
たまたま手元に3つの訳があるので、較べてみた。
(米川正夫=訳)
素晴らしい夜であった。それは、親愛なる読者諸君よ、われらが若き日にのみあり得るような夜だったのである。空には一面に星屑がこぼれて、その明るいことといったら、それを振り仰いだ人は、思わずこう自問しないではいられないほどである─いったいこういう空の下にいろいろな怒りっぽい人や、気まぐれな人間どもが住むことができるのだろうか? これは親愛なる読者諸君よ、青くさい疑問である、ひどく青くさいものではあるが、わたしは神がしばしばこの疑問を諸君の心に呼び醒ますように希望する!……
うん。やっぱりいいな。
(筑摩書房 小沼文彦=訳)
すばらしい夜であった。それは、愛する読者諸君よ、まさにわれわれが青春の日にのみありうるような夜であった。いちめんに星をちりばめた、明るい星空は、それを振り仰ぐと思わず自分の胸にこんな疑問を投げかけずにはいられないほどだった―こんな美しい空の下に、さまざまな怒りっぽい人や、気紛れな人間が果たして住んでいられるものだろうか? これもやはり、愛する読者諸君よ、幼稚な、きわめて幼稚な疑問である。しかし私は神が諸君の胸にこうした疑問をよりしばしば喚起することを希望する!……(筑摩書房 ドストエフスキー全集第2巻 p49)
(講談社文庫 井桁貞義=訳)
まったく奇跡のような夜だった、親愛なる読者よ。
青春時代にのみ訪れるような、そんな夜だった。
星はきらきらとまたたき、空全体は明るく輝き、ほら、こんな空を見上げていると、思わず知らず、心に問いが浮かんでくる。このような素敵な空の下でもやっぱり、怒りっぽい人、気まぐれな人、わがままな人たちが、生きているなんてことが、いったいありうるだろうか。
そう、これがいかにも若者らしい問いだということは僕にも分かっている、親愛なる読者よ。たしかにいかにも若者らしい問いではあるけれど、神様があなたの心に、この問いかけを送ってくださる機会が多からんことを!……(p103)
こうして実際に較べてみるとずいぶん違うものである。
米川訳も、小沼訳もテンションが高い。青春の切なさを感じさせるところがある。
井桁訳は、あまりテンションは高くない。
どこか歌謡曲風だな。あるいは、70年代フォークの歌詞かな。
なんとそれぞれサブタイトルも違っていて、
米川訳 「白夜 感傷的ロマン ―ある空想家の追想より―」
小沼訳 「白夜 感傷的ロマン ―ある夢想家の思い出より―」
井桁訳 「白夜 センチメンタルな小説(ある夢想家の思い出より)」
となっている。
米川訳は1970年前後、小沼訳はおそらく1980年代の訳で、井桁訳は2010年の新訳である。
井桁氏は訳者あとがきで、ドストエフスキーの翻訳の底本は、2003年からロシアで出版されている新全集を使用しないと作者の原文と感覚がずれてしまうと指摘されているが、それ以前に、いろいろ問題がありそうな気がする。
いずれにしろ、私にとっては米川訳のほうが好ましかったという話。
小沼訳もなかなか良いと思う。
●やさしい女 ―幻想的な物語―
1876年 ドストエフスキー55歳のときの作品。
社会時評的な連載もの「作家の日記」の中で発表された作品。
「未成年」を完成させ、「カラマーゾフの兄弟」に取りかかる前の作品ということで、巨匠がさっとひとなでしたような中編だが、内容は深く、重い。
人間のどこに目を凝らしていたら、こういう、人間の根元や全体像を捉えたような作品ができるのだろうか。
ところで、この講談社文芸文庫は、「やさしい女」と「白夜」が収められて、247ページで1200円(消費税別)。(2020/6/24現在)
両方とも新訳といえ、文庫本も高くなったものだ。 -
Posted by ブクログ
上・中・下巻足かけ約2ヶ月くらいけかてやっと読破。
上巻に1ヶ月くやい費やしたかも。
この緊急事態宣言が出たからこそ、読めたのかもしれない。
父親殺しがテーマだけど、宗教、恋愛、病、児童虐待、親子いろんなことがてんこ盛りの小説で、読むには読んだけど、ドフとエフスキーの言わんとしたことがどこまで理解できたかは疑問。
作者はアリョーシャが主人公としてるけど(続編が書かれる予定だったらしい)ドミトリー、イワン、アリョーシャそれぞれが主役だった。
結局、父を殺したのは藪の中でスメルジャコフなのか(多分そうであろう)ドミトリーなのか判然としない結末。
でも、ドミトリーはカテリーナが最後に裏切って出した手紙に今回の犯罪計画が(酔っ払って)書かれていたとして有罪になってしまう。
そのドミトリーの弁護士の言論が作者の考えと思えてしかたなかった。
サイドストーリースネリギョフとその息子のイリューシェチカ(病で死んでしまう)も興味深かった。 -
Posted by ブクログ
善良であり卑劣でありっていう、一見矛盾に見えるものを両方持ってて、ミーチャなりに自分に誠実で信念を強く持って生きてるのが、憎めないところ。ある種高潔な心を持っているし、同時にどうしようもない人間でもある。これでフョードルを殺していたら、そんなのは幻想となって一気に崩れ去ってしまうけど。ドストエフスキーがどっちの方向性のことを伝えようとしているのかによるな。
その人が罪を犯したかどうかを、先入観で決めつけてその人への態度を変えるのは、人間らしいけど浅ましいなと思った。
ゾシマ長老が尽くイワンの思想へ反駁しているのがちょっと面白かった。
アリョーシャの部分は、長老の死を受けてどういう方向性に変わってしまうのかと、気が気ではなかった。
ミーチャの運命の残酷に関しては、それを引き寄せてしまう気性を持ってるから納得せざるを得ない。人間としては本当に愛すべき人だと思うけど、いつも吊り橋でグラグラしてるみたいな人だから。
愛はすぐに移ろうもので、一つのきっかけだけで簡単に変わってしまうもの。
最後のミーチャの恥辱の告白は結構共感できるし心に刺さった。本当に少しの行動の違いでも、その裏にある誠実さには深淵みたいな違いがあって、あるラインを超えてしまったら、嫌悪の塊に襲われるものだと思う。
中巻は下巻への布石感がすごいから、物語の流れを忘れないうちに早く下巻を読もう。