ドストエフスキーのレビュー一覧
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自分勝手な考え方により、自分の行いを正当化して犯罪に走ってしまう。これは犯罪を犯す人全般に共通して言える心理だが、その犯罪後の公開により、自分という人間を貶めたり、自分の罪を人に告白することで、罪悪感を軽くしようとする考えや、他人への善行により、人間としての自分の価値を高め様と考え、行動することに非常に共感した。特に、自分の罪に対して自分自身で自らを罰する行動を行うことで、より精神的にも肉体的にも辛い状況に追い込まれること。そこから、自分自身で這い上がる力がない場合には、只、無償なる愛と呼ばれる人との繋がりのみがその人を救う力を授けるだけだと考える。
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ネタバレ長い物語の中で、いくつもの父と子の関係が描かれている。
ヒョードルと実子たちと私生児
二等大尉とイリューシャ
血のつながりだけではなく、「父=教え導く者」としての関係性も散見される
長老とアリョーシャ
アリョーシャとコーリャ(コーリャに父がおらず、偏った考えで突き進むところも印象的)、こどもたち
そして、ロシア正教に基づく神と登場人物たちの関係
勤めを果たさない父を持った4人のカラマーゾフの兄弟のうち、外の世界に父を求めたアリョーシャだけが、精神の安寧を、救いを得たようにみえる。
最後のシーンでアリョーシャは、両親の元で幸せに過ごす幼少期の尊さを少年たちに説くが、今後の自分たちの繋がりを強調する。
両親に恵まれなくても、求めれば導きを得られ、精神を貶めず引き上げていくことはできる、という思いが込められているように読めた。
…しかし、面白かったけど長かった!
普通の会話でも登場人物が軒並み「!」と叫んでいて、エネルギー過剰、、とやや当てられて(嵐が丘でも同じ印象を受けた)さらにイワンの1人語り問答のわけのわからなさもあって、途中ちょっと停滞しました。
でもモームが紹介している中で「冗漫で読み飛ばすこともある(大意)」と書いていたので、そっか〜理解しきれなくても一度読み通してみよう、と少し気楽に付き合えました。
ロシア正教について予備知識があった方がより面白いかな、と初心者向けのキリスト教の本を併読したことで、ドミートリーの罪の意識などが多少理解しやすくなって良かったです。
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ネタバレ金持ちが気まぐれに差し出す金は慈善として高く評価され人々の心を打つが、貧乏人が必死に自分を削ってまで少しだけ金や物を与えても、感謝されることは少ない。主人公は見栄っぱりで、お茶にも入れなくていい砂糖を入れるタイプの初老男性。彼には大切な娘のように思っている親戚の女性と手紙のやりとりをして、己の貧しさを理解しながらも、一番大切なお金をその女性にこまごまと差し出していた。それは真心からくる優しさであり、彼女に優しい人間だと思われたいからだった。しかし、彼女はお金がない生活に耐えきれず結婚を決意してしまう。もう手紙のやりとりはできない。主人公らのささやかな友情も、最後には良い思い出の終着点としてしか残ることはない。お金があれば幸せになれるとは限らないが、お金がなければ何も始まらない。孤独と貧しさの中で、彼はもう幸せを見出せない。
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9/10
真実は文字の向こう側に存在する。
第一部は長尺であり様々な登場人物の相互関係が描かれ、クロニクル的で、極めて難解だが、止まらない。この部が悪霊の土台を作ると思うから、何があっても無視してはならない。中には無視をする人もいるらしいが、勿体無い。そしてニコライとピョートルが出てきた場面は、突如の登場で、ようやく来たか!と素直に思ってしまった。まるで霹靂を感じた。そこから、一気に面白くなる。革命が起こる前の、この不安定な空調がしみじみ、最初っから感じることができる。第二部はもうたまらなく面白い、難しいのは難しいが、ピョートルとニコライの隠された謎と不気味な空気がドストエフスキーでは感じられない数少ない空気だなと感じた。
江川卓 新潮文庫版の流れ方が完璧。ステパンとワルワーラの出会いからの遍歴から始まり、関係の終局で終わる。
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『白夜』は、ペテルブルクの幻想的な白夜の季節を背景にした「儚い夢の恋」を描く。そこにあるのは、ズルい女性と愚かな男性という現代でもよくある関係性で、甘酸っぱくも切ない余韻を残す物語だ。登場人物の未熟さやアンバランスさはあるけれど、全体を包む季節の美しさがそれをロマンチックに昇華してくれる。
一方で『やさしい女』は、その正反対のトーンを持つ。ここで描かれるのは、現代の感覚で言えば「40代の男が16歳の少女を支配する関係」であり、そこにロマンはほとんど存在しない。男は自己弁護的な独白を繰り返すが、その裏に透けて見えるのは彼の支配欲と不器用さだ。少女の孤独は解消されず、最後には死という形でしか出口を見いだせなかった。
つまり、『白夜』が「叶わなかったけれど幸福を残す恋」を描くのに対し、『やさしい女』は「愛がすれ違い、死を招く関係」を描く。どちらも男女の不均衡を描いている点では共通しているが、その結末の明暗の差が大きい。夢のような白夜の恋と、暗闇に沈む独白の悲劇——両者を並べると、ドストエフスキーが人間の愛を“幻想と破滅”の両極から照らし出していたことがよくわかる。 -
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第三巻 (収められているのは第五部 第六部 エピローグ)
巻末に読書ガイド ドストエフスキー年譜 訳者あとがき
第三巻 色んなことが起こりすぎてエンタメ感満載
ルージンがソーニャに窃盗の濡れ衣をきせるとか
カテリーナ(マルメラードフの妻)が狂い死にとか
ラスコとポルフィーリーの口合戦(自首をうながされる)とか
スヴィドリガイロフ(ソーニャに老女&妹リザヴェータの殺害を打ち明けてる時に隣の部屋で盗み聞きしてたので)と話し合うけど決裂とか
ドゥーニャもスヴィドリガイロフと会うけど彼の愛を拒否ってピストルで撃つとか
失意にスヴィドリガイロフはピストル自殺とか
後半はエンタメ感に驚いた
エンタメが面白くて
で、ラスコは老女たちをなぜ殺して、どう自首に至ったのかがよくわからないままになってしまった
で、結局また読んだ
殺害の動機
生きるべき人間とそうでない人間、自分は殺す資格のある側の人間だと思い、それを試してみたかった、自分がその資格のある特別な人間だと
↓
殺害後は
良心の呵責には悩んでない
罪の意識には悩んでない
捕まるのを恐れ、社会に自分がしたことが明るみにでることを恐れてる
↓
予審判事(刑事的な人)ポルフィーリーに自首したほうが得だと言われ、自首しようかそれとも自殺しようかと考えだす
↓
老女たちを殺害した自分を社会は許さないが、ソーニャはラスコを受け入れる
↓
自分はソーニャ、母親、妹を愛し、そして愛されていたことを感じ始め、自首を決意する
《それにしても、あいつら、なんだってこうもおれを愛するんだ、おれにそんな値うちなんてないのに!そう、もしおれがひとりきりで、だれもおれを愛してくれなかったら、そして、このおれもだれひとり愛することがなかったら!こういうことは何ひとつ起こらなかったろうに!》
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8年間シベリアで徒刑を受けるも自分の運命に投げやりな気持ちをもち、ソーニャに対しても無関心で無愛想、そして自分の罪を悔いてはいない
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やがていつも寄り添うソーニャを愛していることに気づく
お互いの心の中に、相手の心に命を与える、尽きることのない泉が湧き出て⋯心が通い合うことを知る
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ソーニャを愛す感情、ソーニャから愛される感動を知ることで、ラスコは改心しようという気持ちが芽生え始める
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あと7年の刑期が残る
「新しい生活は、ただで得られるものではなく、それははるかに高価であり、それを手に入れるには、将来にわたる大きな献身によって償っていかなければならない⋯」
ん?「罪と罰」
愛によって人は変わるって物語でもあるんですか?
愛し、愛され、罪を認識し、再生しようとする、生き直そうとする
やっと人間ぽくなる
そして、殺していい人間なんていないということに考察しだす⋯予定?
三巻めが一番面白かったけど一番難しかった -
Posted by ブクログ
なぜ人は罪を犯すのか、それを背負ったままどのように生きているのかの一つの回答が得られそうだなと思った。
「なぜほとんどの犯人がその痕跡をああも明瞭に残していくのだろうか?(中略)犯罪者自身が、それもほとんどすべての犯罪者が、犯行の瞬間にら意志と判断力の一種の喪失状態におちいり、そればかりか、判断力と慎重さがもっとも必要になるまさしくその瞬間に、めったにない子どものような軽率さにとりつかれる。」150
「彼の判断力と意志は、その目論見を実行していく全過程を通じて、いささかもくもらされることがない、と決めこんでしまった。その理由はただひとつ、彼の目論見が「犯罪ではない」からである...」150
犯罪は簡単に露見するが、目的が「犯罪ではない」ため簡単には露見しない。そのため、犯罪を犯してもよい。そんな理屈が主人公にはあるように感じた。
老婆を殺害する描写は非常に美しく、まさに目の前で繰り広げられているように感じた。この描写はとても好み。 -
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第二巻(収められているのは第三部、第四部)
老女殺しは
てっきり貧乏と、心気症と、老女の因業な金貸しが憎くて殺害かと思ってたけど、それだけではない様子
ラスコの考え方、思想も殺害に影響している
ラスコを追い詰める予審判事ポルフィーリーがおもしろい
「選ばれた人間は思想や自分の信じる道を実現するにあたり、誰かを殺してもかまわない」というラスコの思想を指摘し、
曖昧模糊にラスコをあおって、じらして、頭に来させて、相手の内面を揺さぶり心理的に追い詰める
泳がせて、相手がボロをだす、カマをかけるみたいなやり方で
読みにくさはあるけど、おもしろさもあるので第三巻も読む
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エピローグ付きの六部からなる長編小説 第一巻(収められているのは第一部、第二部)
1865年夏当時のロシア首都サンクトペテルブルクが舞台
元大学生の青年が金貸しの老女を殺害する話
貧困と精神的な行きづまり
心気症に似た鬱的な状態で
金貸しの老女を憎むようになる
「ある考え」(殺害)を実行に移すかどうか逡巡し、重なり合う様々な偶然により犯行へと導かれる様子が主人公(ラスコーリニコフ)の心の声、セリフなどで語られる
殺害は老女だけでなく、その妹も計2人
孤独かと思いきや心配してくれる友人ラズミーヒンや、世話をしてくれるナスターシヤがそばにいて意外。
巻末に訳者亀山郁夫の読書ガイドがあり、作品誕生の経緯や当時のサンクトペテルブルクの環境、また地図で主人公ラスコの家や盗品の隠し場所まで記されていて興味深かった。
なんだかひと昔前より、だいぶ読みやすいよう解説されているのは新訳ならではないかと思う。
登場人物を記した栞が付いている(カタカナ登場人物多し)
脱落せずに読みきることができてよかった。第二巻も読む。
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ネタバレ孤独に空想家として生きる主人公が、町を歩いていてお祖母さんと二人で生活し同じく孤独を抱えたナースチェンカと知り合い、身の上話をしていく話。
現代に置き換えると恋愛相談してきた相手に恋をして成就しかけるも、相談相手は結局、相談内容の相手と付き合ってしまうという話だった。
セリフ回しが舞台や演劇のようで、最初は取っ付きにくさを感じたがだんだんと慣れていった。
別れの失恋のシーンは肉薄するような表現で美しくも儚い夢の終わりだった。
主人公の弱気や人の良さがさらに切なさを加速させ、この主人公はナースチェンカを祝福はしているが、きっと今後、自分と上手くいった未来を空想するものの特に行動はせず、以前と変わらない生活を続けるんだろうと思う。
ナースチェンカの最後の手紙は冒頭に「赦して」だの「あの人があなただったら」などと書かれていたのが、気が付いたら「ありがとうございます!」や「永遠にあたしの親友、あたしの兄」となって恋の盲目さよりも厚かましさを感じた。まぁ最初からナースチェンカは「あたしに恋をなさらないこと」と言っているので初志貫徹と言えばそうなのかもしれない。4.4。 -
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ドストエフスキーの処女作。(1846年発表 日本は江戸時代 鎖国)
中年男性マカール(下級役人)と孤児で病弱な娘ワルワーラの手紙のやりとり。書簡体小説は馴染みがなく(『あしながおじさん』ぐらい)、長い手紙にちょっとびっくり、かつ新鮮でした。
2人共に、貧しく切羽詰まった生活の中、自分の全てをさらけ出して、思いのたけを表出していました。お互いがお互いを思う気持ちに溢れ、喜怒哀楽が切実に伝わり、せつなくなりました。一方で、年の差のある2人の強い心の結びつきは、純粋そのものでした。
日常生活が不自由になるほど、物が買えない状況に、幸いにも私はなったことがありません。2人の立場に自分が置かれたら耐えられるかどうか、自信がないです。
手紙の内容は深刻なものばかりでなく、マカールの冗談もあり、ほっとさせられるところもあります。しかし、多くは自分1人で抱えきれない悲しみです。2人の行く末が最後の最後まで、気になって仕方がない気持ちになる作品です。
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モームの「世界の十大小説」に選ばれているカラマーゾフ家の物語。冒頭に著者の前書きがあり、それがべらぼうに面白い。
主人公はカラマーゾフ家の三男アリョーシャ……なんだけど、どのキャラも濃くて……濃い笑
一巻ではカラマーゾフ三兄弟の出自から始まり、アリョーシャが身を寄せている修道院での宗教の話から、おそらく話の核になりそうなスメルジャコフの出自とグルーシェニカの登場シーンまで。
ドストエフスキーといえばのキャラの濃さがすごい笑。一緒に暮らすのは嫌だけど、話に聞く分には興味深い人が
たくさん出てくる。
カラマーゾフ家もだし、女性陣もすごい。なんかもう、すごい。
フョードルも、酒飲みのおっさんかと思いきや意外と教養があったりして、そのチグハグさが面白い。
亀山郁夫氏の翻訳は読みやすい。私は物語が楽しめたらいい派なので、今風に翻訳してくれるのほんとにありがたい。 -
Posted by ブクログ
まだ判断できない。
だいぶ読むの時間かかった(普通にリアルが忙しかった)。
早く下巻読みたいがまたまたリアルが忙しいのである。
下巻読んだら一気に感想書く。あ、評価もね。
はい下巻読んだよ。
中巻は正直、物語の展開には必要だったと思うが、内容としてどう関わっているのかがわからなかった(下巻読み終わるまでは、ね)。これは最後のオチにつなげるための伏線だと思う。
中巻では主人公アレクセイ(愛称アリョーシャ、以下ではそう呼ぶ)の師匠的な人、長老が死ぬ。その後の市民の反応が前半の主な部分かしら。
半分あたりから大事なのだが、フョードル(父ね)が殺されます。急展開!と言いたいがまあ結構しっかり前置きあるので、やっぱ死ぬよね、という感じ。この殺人をしたのがドーミトリィ(愛称ミーチャ、以下そう呼ぶ)って疑いかけられて裁判に連れてかれるまでが中巻かな。
フョードルが殺させる前にアリョーシャと子供達が関わるパートがあってこれがすごい大事です。書くの忘れてた。もう全部書けない。多すぎ。
中巻は心に響くってよりかは今後の展開が気になる感じで終わるかな。とゆーわけでこの辺から絶賛テスト期間に入り1番いいところで1番本読めなくなる時期に突入しました(下巻に続く)。