ドストエフスキーのレビュー一覧
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ドストエフスキーの本、以前挑戦した時は名前の法則の難しさ、(リーザとエリザヴェータは同一人物か?)などが把握しづらく挫折したが、本書の巻末の「読書ガイド」にて解説が添えられている。
ヴェルホヴェンスキー氏とワルワーラ夫人の関係がよくわからず、不思議だった。はじめは夫人の子供の家庭教師だったのか?とも思うけど、もう子供たちは大きくなり独立したりしているのに、未だに同じ屋敷に住んでいる。ハンサムなヴェルホヴェンスキーの服装にまで口出しして恋人のようにも見えるけど、姪との結婚を勧めたり。距離が近いパトロン?うーん。変な関係。
夫人の息子スタヴローギンとヴェルホヴェンスキーの息子ペトルーシャが登場 -
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「罪と罰」「地下室の手記」に続くドストエフスキー三作目。チェーホフも間に挟んだりして、だいぶロシア人への免疫もつけた上で臨んだ。時代と場所は違えど物語のスケール感や台詞回しの大仰さという意味ではバルザックを挟んだこともプラスに働いた。
膨大な人数の登場人物をここまでのピッチと情報量で描き出し、数ページにも及ぶセリフを交えながら生き生きと動かす。読書量がまだまだ足りない自分にもわかる。こんな小説はドストエフスキーにしか書けない。
内容に立ち入ってレビューするには重厚すぎる本作だが上巻に関してはやはり大審問官の件が最重要かと。
宗教の効用は人間が信仰と引き換えに不死を手に入れるといったある種の取引 -
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ネタバレ雑誌で20代の時に読む本と紹介されていたので読んだ
主人公が家賃を払えず、大家さんにビクビクしながら外出しているのに「俺はいつかビックになる」とか、「考えてるのが仕事」とか、現代の夢見がちな若者と同じことを言っていて、昔も変わらないなんだなと思った
主人公が偉大な人間になるために行うことが殺人で、これも現代での通り魔的な事件と似ているなと思った
この本を読んで、殺人した後、どのようになるかを目の当たりにした気がする
もし、自分に子供が出来たら、読んでほしいと思った
キチガイとか、証拠もないのにお前が犯人だとか、雑な犯行なのに捕まらないとかは、笑ってしまった
最後に、ソーニャが何もして -
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エピローグ。
ドミトリーとカテリーナの和解。
(引用)こうして二人は、ほとんど意味もなく、狂おしい、ことによると真実とかけはなれた言葉をたどたどしく交し合っていたが、この瞬間にはすべてが真実であり、ともにひたむきに自分の言葉を信じていたのだった。
この二人はその場の情熱で自分にも嘘を吐くし、似たもの同士なんだろうね。裁判でのカーチャの虚偽発言が有罪に導いたのは間違いないし、ミーチャは甘んじてそれを受け入れようとしているということか。
そして、イリューシャの葬儀で幕。書かれなかった第2の小説に繋がる箇所。
その後は亀山先生の解説。ドストエフスキーの生涯と評論「解題」。
ドストエフスキーはギ -
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4巻の冒頭「少年たち」。1巻冒頭の「著者より」や亀山先生の100分de名著での解説が無かったら、またドストエフスキーの悪い癖で、主題に関係ない道草かと思ってしまう処。
チョッと小生意気な少年、コーリャの登場と不幸な少年イリューシャの死期。彼らとアリョーシャのやり取りが次の物語の開始となる。
次兄、イワンの物語。
長兄ミーチャは乱暴者で、欠点だらけの人間だが、情熱的だし、嘘つきではない。末っ子のアリョーシャは誰からも好かれる好青年で、信仰に厚い。
イワンは無神論で、頭は良いのかも知れないが、なんか醒めてる人間。イワンとカテリーナの恋愛感情はピンと来ないな。イワンがスメルジャコフと対峙し、事件の -
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3巻目。なんと!話は3日目。長男ドミートリー(ミーチャ)に関して言えば、2日から3日目の話。他のドストエフスキー長編のように主題からズレることなく、グイグイ進むので、恐れていた読み辛さは少ないかな。ミーチャの段については流石に長いなと感じる。日本の出版から編集者を遣わしたいと思う処。
最初はゾシマ長老の死、遺体からの腐臭にショックを受ける三男アレクセイ(アリョーシャ)。キリスト教でもそんなモノなんかと思う。
グエルーシェニカを訪ねて、信仰心が復活する件。つまり2巻目のイワンの「大審問官」とゾシマ長老の話は嚙み合っていないと感じたが、イワンの口にしたのは無神論というより教会批判なんだな。ゾシマ -
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この本について知りたかったら、訳者の亀山先生のNHK100de名著、または本書の後書きの「読書ガイド」を読めば十分だと思うけど。
今まで読んだドストエフスキーと違い、構成がしっかりしている。勿論、嫌になるほど饒舌で長いけれど。この第2巻はまだ2日目のことなんだよ。驚いたことに。
長男ドミトリーと美人カテリーナのアレヤコレヤは前日譚として語られるのみ。チョッと物足りなさを感じる処。勿論、其処から説き起こしたらトンデモナイ大長編になるのは判っているけれど。
登場人物が後の時点から、この時のことを思い返す表現が何度かある。こんなのも他のドストエフスキー作品には無かったと思う。
カテリーナの「自分