ドストエフスキーのレビュー一覧
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初期の傑作短編でありドストエフスキーらしくない感傷的な作品である「白夜」と、『作家の日記』内から掌編を3つと、エッセイがひとつ収録されています。表題作の二作について、かんたんな感想を。ネタバレがありますので、ご注意を。
「白夜」
主人公の夢想家の26歳の男がある夜に、17歳の乙女ナースチェンカと出合う。その四夜の物語。現代のいまとなってはベタな話かもしれないけれど、よかったなあ。スタートが夢想家である主人公の夢想語りなので、これどうなるの? と心配したけれど、胸をついてくる切ないけどあたたかな読後感でした。ピュア・ラブです。頬を伝う涙ぶんのあたたかみ。純粋な愛は、自分の幸せよりも愛する人の幸 -
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話が動いてきた
あい変わらず登場人物の感情や行動はよく解らないところがあるが、
まぁ現実世界でも他人の考えてることは解らないのだから
そういうものかもしれない。
話が動きだして面白くなってきた。
マルメラードフの件はなんとなく身につまされるものを感じる。
それはともかく、ラスミーヒンはいい奴だ。 -
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ネタバレ
生きづらさを抱える主人公が孤独に耐えきれなくなって、親しかった同級生を訪ねるが、歓迎されず、それでも同級生たちの集まりに誘われてもないのに参加する場面。主人公は仲良くなかった同級生たちを見下しながらもわざわざ参加する。
だが、待ち合わせの時間に行っても誰も来ず、あとで時間の変更を知らされてなかったことを知る。その後も職業を訊かれ、答えたら給料が少ないのではないか?とバカにされる。
屈辱を受けて怒る主人公。
この集まりに参加しなきゃよかったのにって思ったけど、それ以外につながりがなくてしょうがなかったのかな。今はインターネットでいろんな考えの人を知ることができるけど、昔はもっと閉ざされていて、 -
Posted by ブクログ
池田健太郎訳 中央公論社で検索したが、探せなかった。たぶん内容に違いはないと考えての感想。
最初はアリューシャの話だが、性格がよくわからない。周りはアリューシャの純真さ、崇高な心を褒め称えるが、読んでいて、よくわからない人物。
だが三巻は大半がミーチャの話。異常なほど真面目なのか、乱暴者なのか、金銭感覚がないのか、独りよがりなのか、精神異常者なのか、異常性のある人物。すべてが大袈裟だ。周りの人物も同じだ。とうとう裁判で父親殺しの有罪判決で、監獄へと護送されるところで終わる。
ただ、不思議なのは、全部の場面がクライマックスのような作品。そこがドストエフスキーの凄いところか。ミーチャもアリューシャ -
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ゾシマ長老死後のアリーシャの動き、フョードルが殺されミーチェが護送されるところまでの3部。
アリョーシャの人間的な変化(進化?)が、内面の動きに加えて実際のグルーシェニカに与えた「救済」という外部的な動き含めて、機微が非常に詳細に描かれており、冒頭から引き込まれ、そのままグルーシェニカが今度はミーチェに救済を与えたような流れにも見える。つまりは確実に死のうとしていたミーチェが生きているという状況は、アリョーシャの行動がもたらしたとも言えるのでは、と思った。
殺人の犯人は三千ルーブルを論点に置くのであれば、状況証拠的にはミーチェになるが、決定的とは言えないが、血痕など調べられる?ないものなの -
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大審問官とゾシマ長老の伝記的内容が「対」になっているようにも見えたが、訳者の解題の通り、イワン陣営VSアリョーシャ陣営で見るととても構造が理解しやすかった。
キリスト教が15世紀間の間に前提とした条件などが変わることで、既に実用に耐えうることができなくなっているという投げかけや、キリスト教が課した要望の高さ(自由など)についていけない多数派と乗り越えうる少数派を対比させ、かつ、当時とは数が違うことも引き合いに出し、内在する選民的側面を炙り出したりするなど、イワンの持つ、神の創った世界=キリストが悪魔から退けた世界、への疑念が詰まっているパート。
そこから始まるゾシマ長老の伝記的パートが、イ