ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
初めてのドストエフスキー。
登場人物の名前が最初は覚えられずにネットにあった相関図と睨めっこしながら読み進めたが、最後には随分と理解できるようになった。
全てを環境のせいにし、自分を正当化して身勝手な罪を犯したラスコーリニコフ。
彼は自分自身や自分と近い人には優しくできないのに、そうではない人に対しては優しさを持てるところに共感した。
自分も、家族や友達には「俺はこんなに不幸なのに」と当たる時もある。
でも、顔も知らない人のために募金をしたり、道を教えてあげたりする。
誰にでも「いい人」と見られたいという欲求が確かにある。
そんな中で出会ったソフィアを通して、本当の愛というもの知ることになったラスコーリニコフ。
罪というものは、こういった突っ走った考えから生まれてしまうものなんだろうなと考えさせられた。 -
Posted by ブクログ
ずっと読んでみたかった名作。めちゃくちゃ長くてめちゃくちゃ時間かかったけど読んで良かった!
あとがきにあった、四巻+エピローグという形式は交響曲の形式と似ているっていうのにすごく納得。
第一部がアレグロ・コンブリオ(速くいきいきと)。登場人物が多い割に、時系列や人物関係、キャラクターが分かりやすくまとめられていて、さほど苦労せずに読めた印象。カラマーゾフとは何たるかを知る場面。
第二部がアダージョ(ゆっくりと)。ここが長くて辛かった!あとがきにここで挫折する人が多いとあったけど、それも頷ける。神がかり的な力を持つゾシマ長老に傾倒する無垢な三男アリョーシャと、「神がいないことで全てが許される」と説く次男イワンの対立が軸となって、ロシアの社会情勢や作者の無神論者的な考えが反映される。話の大筋には関係ないようなことが長々と語られて、交響曲であれば確実に寝てしまうところ。長ったらしい和音の中に時折魅力的なメロディや衝撃的な異音が混ざったりして、物語全体に深みをもたらす部分。特にゾシマ長老の「腐臭」の場面はかなりの衝撃だった。
第三部はスケルツォ(諧謔的に)。ここから話が一気に進み、本作のテーマである「父親殺し」に向かって話が展開していく。無類の女好きであり道化的な性格をもつ浪費家の父フョードルの性質がそのまま「カラマーゾフ」となって三兄弟にも受け継がれる。対極的な2人の美人、カテリーナとグルーシェニカ、そしてカラマーゾフ家の使用人グリゴーリーとスメルジャコフを巻き込んで、フョードル殺害をめぐる事件が起こるまでを描く。ドミートリー・イワン・アリョーシャの三兄弟がそれぞれ絡み合いながら行動し、それぞれが別の目的を持って一つの事件へと向かっていく。
第四部はモデラート・マエストーソ(ほどよい速さで厳かに)。カラマーゾフを語る上でポリフォニー(多声)的な視点というのはよく言われるが、第四部はまさにこの視点が多用される。登場人物たちの視点によって見えなかったものが見え、意味のなかった行動が意味付けされ、事件が一つの結論へと集約していく。対話によってその人物自身気付いていなかった心情に気付かされる場面や、「父殺し」の真相が明かされる場面は圧巻。そして最後の裁判シーンは最初から最後まで目が離せない急展開。陪審員の判決もまた、ドミートリーの「カラマーゾフ的」な性質を裏付けるものとなっている。
別巻のエピローグをもって完結となる本作だが、序説にもあった通り、これは「第一の小説」であり、本来は第二の小説に続くのだという。第二の小説が書かれることなく終わってしまったのは残念だが、むしろ第二の小説がないからこそ、最後の「カラマーゾフ万歳」がある種不穏で狂気的な印象を与えるのかもしれない。父親殺しの事件が一つの解決を見せ、これからアリョーシャと町の少年たちを中心とした話が始まるのだという兆しを見せるが、その未来は果たして明るいものなのか?ミーチャの脱獄が仄めかされ、カテリーナとグルーシェニカの関係も曖昧なままである。「カラマーゾフ」は女好きで道化で浪費家の象徴であった。父は殺され、長男は服役囚となり、次男は精神を病み、私生児とされるスメルジャコフは自殺した。三男のアリョーシャだけが万歳と祝福されるわけにはいかないだろう。
個人的には、カラマーゾフの血を受け継ぎながら、世間の人々やゾシマ長老、2人の兄、そして自分本位な父からも天使のようだと一目置かれていたアリョーシャの、カラマーゾフ的な一面を見てみたいと想像を膨らませてしまう。 -
Posted by ブクログ
純愛小説。まだきわめて若い男女の、三角関係のような恋物語を描いた話。
彼や彼女たちと同じくらい若い方々に特にお薦めしたい。でも、この類の経験が比較的多いであろう年齢層の方々のほうが、内容は解りやすいかもしれない。
このような小説に書かれていることは、実際に似た経験をしてみなければわからないところがあるからだ。遠い昔の僕がそうだった。
『愛していれば、いつまでも侮辱されたことを覚えていられるものではありません』
僕に最も印象的だった言葉だ。こんな僕でも、ある異性に対して似た心地をいだいたことがあるから。
あの子も今もどこかで元気にしていればいいなと、柄でもないことを考えるのだった。 -
Posted by ブクログ
まだ星はつけれない。だって上巻しか読んでないんだもの。
現時点での感想は、登場人物が多すぎる!ってことだね。なかなか読むの苦戦したもんです。
長男ドミートリィ、次男イワン、三男で主人公のアレクセイの中では、1番アレクセイが腹の底が見えない感じがありますね。
宗教的な物語なので、日本人としては感覚的に掴みづらい部分も多いのですが、価値観がほんとに違う感じが大変興味深いです。
大審問官はすごかった。
どうすごい、何がすごいってのはちょっと言葉にするだけの語彙力がなくて悔しいな。
とりま中、下も読みたい。読んだくる。めっちゃページ数多いけど。
はい、全部読み終えたので星つけました。下巻まで読むとこの大審問官の捉え方もまた変わってくるね。このでっかいストーリーすらも伏線じゃないかなと思ってしまうくらい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ酷い親を持った子の思想形成のパターン、として読んだ。
何を拠り所に生きていくか。
ドミートリーは純粋さと情熱、イワンは知性と思想、アリョーシャは敬虔さと素直さ、スメルジャコフは狡さ。
最後のアリョーシャの演説でふと涙が出てしまった。
「いいですか、これからの人生にとって何かすばらしい思い出、それも特に子供のころ、親の家にいるころに作られたすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つないのです。君たちは教育に関していろいろ話してもらうでしょうが、少年時代から大切に保たれた、何かそういう美しい神聖な思い出こそ、おそらく、最良の教育にほかならないのです。そういう思い出をたくさん集めて人生を作りあげるなら、その人はその後一生、救われるでしょう。そして、たった一つしかすばらしい思い出が心に残らなかったとしても、それがいつの日か僕たちの救いに役立ちうるのです。」(p653) -
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ネタバレ書きたいことが山ほどあるので忘れないうちに箇条書きで残すことにする✒︎
・下巻の裁判のシーン、めちゃくちゃ面白かった。長々と書かれているけどスラスラと文字が入ってきて不思議に思うくらい。
・今の時代だったら杵の指紋から犯人を特定する形になるんだろうけど、まだ証拠を証拠として扱えない時代...。こういう結末を迎えた事件も多かったんだろうな。
・この長さになるとつい上巻の内容を忘れがちなんだけど、中下巻にもちゃんと全て関わってきていて感嘆した。マジでどうやって書いたんだろう。
・ミーチャの罪が確定するところや、無罪であっても有罪であっても罪を受け入れるシーン、各個人の良心の呵責を見ると、本質は《罪と罰》で描かれていたものと同じだなと思った。
・解説でドストエフスキーの生涯を知り、この本ができた経緯を知れた。
・論理的思考が故に自己対峙すると危うくなるイワンの姿は哲学者そのものだなと感じた。
・上中巻は宗教的問いが多めだったけど、下巻は少なく感じた。が、人は信仰を捨てるとたちまち不安定になり、イワンみたいになるのかもとは思った。そのため信仰とは不安定なものでありながら、人の根底に根付いているもので完全に手放す事はできないのかもと思った。
・今回は小説として読んだけど、哲学書として読んだらまた違う感想を持つのかも。特に信仰がもたらす生活への直接的な影響は、もっと当時のロシア情勢を、キリスト教を深く学ばないと完璧には理解は出来なさそうだ。 -
Posted by ブクログ
漸く読み終えた。世界文学最高傑作としてよく引き合いに出されるが、思ってるよりカジュアルな物語ではあった。「上」の大審問官や2章での難しい議論は後半には息を潜める。ドストレートな話で少しびっくりはした。最後も現代からすると、微妙(ありきたり)だと感じてしまうオチかもしれないが(というか、breaking bad(->子供小話、流刑などがおそらく想起させてる)味がなぜか漂っていてそれだった。)、読む価値は確実にあったし、とにかく読み切れたことが嬉しい。
「下」において特に印象に残ったのは、心理学の諸刃の剣性についての部分。援用として凄く良さそうとか思ってしまった。プロットもかなり複雑で、1500の行方についてはかなり良く、動機や複雑な人間関係何をとっても高度である。 -
Posted by ブクログ
都会で暮らす「私」は、育ての親である「おじ」が大変な状況に置かれていることを知り慌てて里帰りをする。
そこで出会う様々な人々に振り回される「私」と人がいい「おじ」との二日間を描くドタバタ笑劇
人を疑わず、学者を崇拝しがちなおじを好きなように操る、学者を名乗るフォマー。そのフォマーなしでは生きていけなくなっているおじの母である将軍夫人。この2人から叔父を助け出し、実家を平和にする話……かと思ってよんでいたので、まぁ、びっくり。そういう方向かぁ。これは喜劇だわ(笑)→
ドストエフスキー初期の作品らしいこちら、いい意味で勢いがあって、圧倒される。個性的なキャラクターがたくさん出てきて、なんか目が離せないままページが進む。
第二部に入ってから一気に話がおかしくなり……なるほどなー!!
「罪と罰」とはまた違った読み心地!面白かったー!! -
Posted by ブクログ
ネタバレ終わってみれば何のことはないのだが、語り手アルカージーだけが事態に気づいていないパターンが繰り返され、読者としても振り回されるかたちになった。
父と子が揃って幼稚で、醜態を演じていて呆れ返ってしまった。特に感動屋で相手の嘘を見抜けないアルカージーにはヤキモキさせられる。どこに行っても子ども扱いされていて、まさにその通りの若者なのだ。今後働き口を探したら探したで何かよからぬことに巻き込まれそうだし、大学に行ったら行ったで詐欺に遭いそうで正直不安だ。
マカールの話を聞いているときだけは少なからず幸せを感じた。しかし彼の話はそれを聞いている瞬間は感動を呼び起こすが、忙しない日常のなかに埋もれていくものなのかもしれない。そのためには語り続けなければならず、アルカージーやその家族に必要なのはマカールだったのではないかと思う。
それにしても大変な物語だった。読みにくいことはなかったが、読み切るにはそれなりに根気がいる。アルカージーに付き合う根気が。