ドストエフスキーのレビュー一覧
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『白夜』は、ペテルブルクの幻想的な白夜の季節を背景にした「儚い夢の恋」を描く。そこにあるのは、ズルい女性と愚かな男性という現代でもよくある関係性で、甘酸っぱくも切ない余韻を残す物語だ。登場人物の未熟さやアンバランスさはあるけれど、全体を包む季節の美しさがそれをロマンチックに昇華してくれる。
一方で『やさしい女』は、その正反対のトーンを持つ。ここで描かれるのは、現代の感覚で言えば「40代の男が16歳の少女を支配する関係」であり、そこにロマンはほとんど存在しない。男は自己弁護的な独白を繰り返すが、その裏に透けて見えるのは彼の支配欲と不器用さだ。少女の孤独は解消されず、最後には死という形でしか出口を見いだせなかった。
つまり、『白夜』が「叶わなかったけれど幸福を残す恋」を描くのに対し、『やさしい女』は「愛がすれ違い、死を招く関係」を描く。どちらも男女の不均衡を描いている点では共通しているが、その結末の明暗の差が大きい。夢のような白夜の恋と、暗闇に沈む独白の悲劇——両者を並べると、ドストエフスキーが人間の愛を“幻想と破滅”の両極から照らし出していたことがよくわかる。 -
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第三巻 (収められているのは第五部 第六部 エピローグ)
巻末に読書ガイド ドストエフスキー年譜 訳者あとがき
第三巻 色んなことが起こりすぎてエンタメ感満載
ルージンがソーニャに窃盗の濡れ衣をきせるとか
カテリーナ(マルメラードフの妻)が狂い死にとか
ラスコとポルフィーリーの口合戦(自首をうながされる)とか
スヴィドリガイロフ(ソーニャに老女&妹リザヴェータの殺害を打ち明けてる時に隣の部屋で盗み聞きしてたので)と話し合うけど決裂とか
ドゥーニャもスヴィドリガイロフと会うけど彼の愛を拒否ってピストルで撃つとか
失意にスヴィドリガイロフはピストル自殺とか
後半はエンタメ感に驚いた
エンタメが面白くて
で、ラスコは老女たちをなぜ殺して、どう自首に至ったのかがよくわからないままになってしまった
で、結局また読んだ
殺害の動機
生きるべき人間とそうでない人間、自分は殺す資格のある側の人間だと思い、それを試してみたかった、自分がその資格のある特別な人間だと
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殺害後は
良心の呵責には悩んでない
罪の意識には悩んでない
捕まるのを恐れ、社会に自分がしたことが明るみにでることを恐れてる
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予審判事(刑事的な人)ポルフィーリーに自首したほうが得だと言われ、自首しようかそれとも自殺しようかと考えだす
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老女たちを殺害した自分を社会は許さないが、ソーニャはラスコを受け入れる
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自分はソーニャ、母親、妹を愛し、そして愛されていたことを感じ始め、自首を決意する
《それにしても、あいつら、なんだってこうもおれを愛するんだ、おれにそんな値うちなんてないのに!そう、もしおれがひとりきりで、だれもおれを愛してくれなかったら、そして、このおれもだれひとり愛することがなかったら!こういうことは何ひとつ起こらなかったろうに!》
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8年間シベリアで徒刑を受けるも自分の運命に投げやりな気持ちをもち、ソーニャに対しても無関心で無愛想、そして自分の罪を悔いてはいない
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やがていつも寄り添うソーニャを愛していることに気づく
お互いの心の中に、相手の心に命を与える、尽きることのない泉が湧き出て⋯心が通い合うことを知る
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ソーニャを愛す感情、ソーニャから愛される感動を知ることで、ラスコは改心しようという気持ちが芽生え始める
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あと7年の刑期が残る
「新しい生活は、ただで得られるものではなく、それははるかに高価であり、それを手に入れるには、将来にわたる大きな献身によって償っていかなければならない⋯」
ん?「罪と罰」
愛によって人は変わるって物語でもあるんですか?
愛し、愛され、罪を認識し、再生しようとする、生き直そうとする
やっと人間ぽくなる
そして、殺していい人間なんていないということに考察しだす⋯予定?
三巻めが一番面白かったけど一番難しかった -
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なぜ人は罪を犯すのか、それを背負ったままどのように生きているのかの一つの回答が得られそうだなと思った。
「なぜほとんどの犯人がその痕跡をああも明瞭に残していくのだろうか?(中略)犯罪者自身が、それもほとんどすべての犯罪者が、犯行の瞬間にら意志と判断力の一種の喪失状態におちいり、そればかりか、判断力と慎重さがもっとも必要になるまさしくその瞬間に、めったにない子どものような軽率さにとりつかれる。」150
「彼の判断力と意志は、その目論見を実行していく全過程を通じて、いささかもくもらされることがない、と決めこんでしまった。その理由はただひとつ、彼の目論見が「犯罪ではない」からである...」150
犯罪は簡単に露見するが、目的が「犯罪ではない」ため簡単には露見しない。そのため、犯罪を犯してもよい。そんな理屈が主人公にはあるように感じた。
老婆を殺害する描写は非常に美しく、まさに目の前で繰り広げられているように感じた。この描写はとても好み。 -
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第二巻(収められているのは第三部、第四部)
老女殺しは
てっきり貧乏と、心気症と、老女の因業な金貸しが憎くて殺害かと思ってたけど、それだけではない様子
ラスコの考え方、思想も殺害に影響している
ラスコを追い詰める予審判事ポルフィーリーがおもしろい
「選ばれた人間は思想や自分の信じる道を実現するにあたり、誰かを殺してもかまわない」というラスコの思想を指摘し、
曖昧模糊にラスコをあおって、じらして、頭に来させて、相手の内面を揺さぶり心理的に追い詰める
泳がせて、相手がボロをだす、カマをかけるみたいなやり方で
読みにくさはあるけど、おもしろさもあるので第三巻も読む
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エピローグ付きの六部からなる長編小説 第一巻(収められているのは第一部、第二部)
1865年夏当時のロシア首都サンクトペテルブルクが舞台
元大学生の青年が金貸しの老女を殺害する話
貧困と精神的な行きづまり
心気症に似た鬱的な状態で
金貸しの老女を憎むようになる
「ある考え」(殺害)を実行に移すかどうか逡巡し、重なり合う様々な偶然により犯行へと導かれる様子が主人公(ラスコーリニコフ)の心の声、セリフなどで語られる
殺害は老女だけでなく、その妹も計2人
孤独かと思いきや心配してくれる友人ラズミーヒンや、世話をしてくれるナスターシヤがそばにいて意外。
巻末に訳者亀山郁夫の読書ガイドがあり、作品誕生の経緯や当時のサンクトペテルブルクの環境、また地図で主人公ラスコの家や盗品の隠し場所まで記されていて興味深かった。
なんだかひと昔前より、だいぶ読みやすいよう解説されているのは新訳ならではないかと思う。
登場人物を記した栞が付いている(カタカナ登場人物多し)
脱落せずに読みきることができてよかった。第二巻も読む。
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ネタバレ孤独に空想家として生きる主人公が、町を歩いていてお祖母さんと二人で生活し同じく孤独を抱えたナースチェンカと知り合い、身の上話をしていく話。
現代に置き換えると恋愛相談してきた相手に恋をして成就しかけるも、相談相手は結局、相談内容の相手と付き合ってしまうという話だった。
セリフ回しが舞台や演劇のようで、最初は取っ付きにくさを感じたがだんだんと慣れていった。
別れの失恋のシーンは肉薄するような表現で美しくも儚い夢の終わりだった。
主人公の弱気や人の良さがさらに切なさを加速させ、この主人公はナースチェンカを祝福はしているが、きっと今後、自分と上手くいった未来を空想するものの特に行動はせず、以前と変わらない生活を続けるんだろうと思う。
ナースチェンカの最後の手紙は冒頭に「赦して」だの「あの人があなただったら」などと書かれていたのが、気が付いたら「ありがとうございます!」や「永遠にあたしの親友、あたしの兄」となって恋の盲目さよりも厚かましさを感じた。まぁ最初からナースチェンカは「あたしに恋をなさらないこと」と言っているので初志貫徹と言えばそうなのかもしれない。4.4。 -
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ドストエフスキーの処女作。(1846年発表 日本は江戸時代 鎖国)
中年男性マカール(下級役人)と孤児で病弱な娘ワルワーラの手紙のやりとり。書簡体小説は馴染みがなく(『あしながおじさん』ぐらい)、長い手紙にちょっとびっくり、かつ新鮮でした。
2人共に、貧しく切羽詰まった生活の中、自分の全てをさらけ出して、思いのたけを表出していました。お互いがお互いを思う気持ちに溢れ、喜怒哀楽が切実に伝わり、せつなくなりました。一方で、年の差のある2人の強い心の結びつきは、純粋そのものでした。
日常生活が不自由になるほど、物が買えない状況に、幸いにも私はなったことがありません。2人の立場に自分が置かれたら耐えられるかどうか、自信がないです。
手紙の内容は深刻なものばかりでなく、マカールの冗談もあり、ほっとさせられるところもあります。しかし、多くは自分1人で抱えきれない悲しみです。2人の行く末が最後の最後まで、気になって仕方がない気持ちになる作品です。
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モームの「世界の十大小説」に選ばれているカラマーゾフ家の物語。冒頭に著者の前書きがあり、それがべらぼうに面白い。
主人公はカラマーゾフ家の三男アリョーシャ……なんだけど、どのキャラも濃くて……濃い笑
一巻ではカラマーゾフ三兄弟の出自から始まり、アリョーシャが身を寄せている修道院での宗教の話から、おそらく話の核になりそうなスメルジャコフの出自とグルーシェニカの登場シーンまで。
ドストエフスキーといえばのキャラの濃さがすごい笑。一緒に暮らすのは嫌だけど、話に聞く分には興味深い人が
たくさん出てくる。
カラマーゾフ家もだし、女性陣もすごい。なんかもう、すごい。
フョードルも、酒飲みのおっさんかと思いきや意外と教養があったりして、そのチグハグさが面白い。
亀山郁夫氏の翻訳は読みやすい。私は物語が楽しめたらいい派なので、今風に翻訳してくれるのほんとにありがたい。 -
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まだ判断できない。
だいぶ読むの時間かかった(普通にリアルが忙しかった)。
早く下巻読みたいがまたまたリアルが忙しいのである。
下巻読んだら一気に感想書く。あ、評価もね。
はい下巻読んだよ。
中巻は正直、物語の展開には必要だったと思うが、内容としてどう関わっているのかがわからなかった(下巻読み終わるまでは、ね)。これは最後のオチにつなげるための伏線だと思う。
中巻では主人公アレクセイ(愛称アリョーシャ、以下ではそう呼ぶ)の師匠的な人、長老が死ぬ。その後の市民の反応が前半の主な部分かしら。
半分あたりから大事なのだが、フョードル(父ね)が殺されます。急展開!と言いたいがまあ結構しっかり前置きあるので、やっぱ死ぬよね、という感じ。この殺人をしたのがドーミトリィ(愛称ミーチャ、以下そう呼ぶ)って疑いかけられて裁判に連れてかれるまでが中巻かな。
フョードルが殺させる前にアリョーシャと子供達が関わるパートがあってこれがすごい大事です。書くの忘れてた。もう全部書けない。多すぎ。
中巻は心に響くってよりかは今後の展開が気になる感じで終わるかな。とゆーわけでこの辺から絶賛テスト期間に入り1番いいところで1番本読めなくなる時期に突入しました(下巻に続く)。 -
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初めてのドストエフスキー。
登場人物の名前が最初は覚えられずにネットにあった相関図と睨めっこしながら読み進めたが、最後には随分と理解できるようになった。
全てを環境のせいにし、自分を正当化して身勝手な罪を犯したラスコーリニコフ。
彼は自分自身や自分と近い人には優しくできないのに、そうではない人に対しては優しさを持てるところに共感した。
自分も、家族や友達には「俺はこんなに不幸なのに」と当たる時もある。
でも、顔も知らない人のために募金をしたり、道を教えてあげたりする。
誰にでも「いい人」と見られたいという欲求が確かにある。
そんな中で出会ったソフィアを通して、本当の愛というもの知ることになったラスコーリニコフ。
罪というものは、こういった突っ走った考えから生まれてしまうものなんだろうなと考えさせられた。 -
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ずっと読んでみたかった名作。めちゃくちゃ長くてめちゃくちゃ時間かかったけど読んで良かった!
あとがきにあった、四巻+エピローグという形式は交響曲の形式と似ているっていうのにすごく納得。
第一部がアレグロ・コンブリオ(速くいきいきと)。登場人物が多い割に、時系列や人物関係、キャラクターが分かりやすくまとめられていて、さほど苦労せずに読めた印象。カラマーゾフとは何たるかを知る場面。
第二部がアダージョ(ゆっくりと)。ここが長くて辛かった!あとがきにここで挫折する人が多いとあったけど、それも頷ける。神がかり的な力を持つゾシマ長老に傾倒する無垢な三男アリョーシャと、「神がいないことで全てが許される」と説く次男イワンの対立が軸となって、ロシアの社会情勢や作者の無神論者的な考えが反映される。話の大筋には関係ないようなことが長々と語られて、交響曲であれば確実に寝てしまうところ。長ったらしい和音の中に時折魅力的なメロディや衝撃的な異音が混ざったりして、物語全体に深みをもたらす部分。特にゾシマ長老の「腐臭」の場面はかなりの衝撃だった。
第三部はスケルツォ(諧謔的に)。ここから話が一気に進み、本作のテーマである「父親殺し」に向かって話が展開していく。無類の女好きであり道化的な性格をもつ浪費家の父フョードルの性質がそのまま「カラマーゾフ」となって三兄弟にも受け継がれる。対極的な2人の美人、カテリーナとグルーシェニカ、そしてカラマーゾフ家の使用人グリゴーリーとスメルジャコフを巻き込んで、フョードル殺害をめぐる事件が起こるまでを描く。ドミートリー・イワン・アリョーシャの三兄弟がそれぞれ絡み合いながら行動し、それぞれが別の目的を持って一つの事件へと向かっていく。
第四部はモデラート・マエストーソ(ほどよい速さで厳かに)。カラマーゾフを語る上でポリフォニー(多声)的な視点というのはよく言われるが、第四部はまさにこの視点が多用される。登場人物たちの視点によって見えなかったものが見え、意味のなかった行動が意味付けされ、事件が一つの結論へと集約していく。対話によってその人物自身気付いていなかった心情に気付かされる場面や、「父殺し」の真相が明かされる場面は圧巻。そして最後の裁判シーンは最初から最後まで目が離せない急展開。陪審員の判決もまた、ドミートリーの「カラマーゾフ的」な性質を裏付けるものとなっている。
別巻のエピローグをもって完結となる本作だが、序説にもあった通り、これは「第一の小説」であり、本来は第二の小説に続くのだという。第二の小説が書かれることなく終わってしまったのは残念だが、むしろ第二の小説がないからこそ、最後の「カラマーゾフ万歳」がある種不穏で狂気的な印象を与えるのかもしれない。父親殺しの事件が一つの解決を見せ、これからアリョーシャと町の少年たちを中心とした話が始まるのだという兆しを見せるが、その未来は果たして明るいものなのか?ミーチャの脱獄が仄めかされ、カテリーナとグルーシェニカの関係も曖昧なままである。「カラマーゾフ」は女好きで道化で浪費家の象徴であった。父は殺され、長男は服役囚となり、次男は精神を病み、私生児とされるスメルジャコフは自殺した。三男のアリョーシャだけが万歳と祝福されるわけにはいかないだろう。
個人的には、カラマーゾフの血を受け継ぎながら、世間の人々やゾシマ長老、2人の兄、そして自分本位な父からも天使のようだと一目置かれていたアリョーシャの、カラマーゾフ的な一面を見てみたいと想像を膨らませてしまう。 -
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純愛小説。まだきわめて若い男女の、三角関係のような恋物語を描いた話。
彼や彼女たちと同じくらい若い方々に特にお薦めしたい。でも、この類の経験が比較的多いであろう年齢層の方々のほうが、内容は解りやすいかもしれない。
このような小説に書かれていることは、実際に似た経験をしてみなければわからないところがあるからだ。遠い昔の僕がそうだった。
『愛していれば、いつまでも侮辱されたことを覚えていられるものではありません』
僕に最も印象的だった言葉だ。こんな僕でも、ある異性に対して似た心地をいだいたことがあるから。
あの子も今もどこかで元気にしていればいいなと、柄でもないことを考えるのだった。