【感想・ネタバレ】地下室の手記のレビュー

あらすじ

極端な自意識過剰から一般社会との関係を絶ち、地下の小世界に閉じこもった小官吏の独白を通して、理性による社会改造の可能性を否定し、人間の本性は非合理的なものであることを主張する。人間の行動と無為を規定する黒い実存の流れを見つめた本書は、初期の人道主義的作品から後期の大作群への転換点をなし、ジッドによって「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と評された。

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「苦悩こそ、まさしく自意識の第一原因にほかならないのだ。」
主人公の自意識ゆえの苦悩・思想が語られる前半と主人公が過去に経験した3つの出来事が明かされる後半という2部構成になっている本作は、社会と関係を絶ち、自ら地下に閉じこもった、小官吏である主人公の独白を通して、人間の本質に迫る。

「意地悪にも、お人好しにも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも。」
何者にもなれなかった主人公は、極端な自意識という地下室から出ることはできないのでしょう。もはや出ようともしないのかもしれません。ここまで緻密に、克明に、自意識に向き合った作品はないのではないでしょうか。
肥大化する自意識に苦しむ現代人にこそ読んでいただきたい、文豪ドストエフスキーの傑作です。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

東浩紀さんのYouTubeの切り抜きでおすすめされていたので読みました、
何度も何度も何度もこれ私じゃんって思った。(当然主人公のような語彙力が無いからだいぶスケールは下がるけど)
だから、こういう自意識過剰すぎて生きづらい人間はいつの時代も居るよなあと思った。
あと、訳者解説の部分の、美しい理想を持っていて、それに伴わない醜い自分を理解していることが絶望的だということを描いている(うろおぼえ)みたいなのも、すごくそう!そうなの!と思った。
パニックのように一瞬で思考が行ったり来たりする描写がリアルすぎて、ドストエフスキーもそういう片鱗があるのかなとも思った。
だから、進歩的な思想とゆーか、人間は合理的な行動をできるし、それを奨励していけば最良な社会が実現する!という考えにはうーん、賛成できないかな〜とも思った…
またドストエフスキーの他の作品も読みたい!

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2026年03月22日

Posted by ブクログ

人間がしてきたことといえば、ただひとつ、人間がたえず自分に向って、自分は人間であって、たんなるピンではないぞ、と証明しつづけてきたことに尽きるようにも思えるからだ。

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2026年02月15日

Posted by ブクログ

ひたすらに地下室で主人公は考え続ける!!自分はあまりにも賢すぎるがゆえに思ったことを行動に移せないのだ、と言い訳をしてみたり、身分や貧乏という自分の置かれた立場に関係なくもっと堂々としていたい、でもできない…と不器用で愚かな葛藤。とても暗い手記なのに、なぜか笑える、不思議なドストエフスキーの世界観が詰まった作品です。

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2026年01月29日

Posted by ブクログ

ドストエフスキーの『地下室の手記』を読み終えた。読んでて気が滅入ったりもしたけど、それも含めてけっこう楽しめた。

俺なりに内容をまとめると、社会に溶け込めない孤独なオヤジが、自分自身と他人とに向けた恨みつらみを代わる代わる書き連ねるだけで一冊終わる本。

主人公である書き手は臆病さと高慢さを兼ね備えた性格の悪い男で、社会とうまくやっていくこができない貧乏な役人。
こういう、性格や色々がズレてるせいで孤独に暮らしてる狂人を主人公とした作品として、俺はやっぱり映画の『タクシードライバー』を連想するんだけど、本作の主人公は『タクシードライバー』のトラヴィスと少し違うところもある。

トラヴィスは「腐った世の中で唯一、まともで正義を背負ってるのは自分一人だ」というような独善性を最後まで掲げて振る舞うけど、本作の地下室のオヤジは、他者を見下す一方で、自分自身の下劣さも同時に強く自覚して、ひっきりなしに自己嫌悪に陥ってる。

このオヤジの言動が、読み手の側からしたら時々滑稽なくらい高慢かつ卑屈で、空回りなことばかり繰り返す無様を目で追いながら、笑っちゃうようや落ち込んじゃうような気持ちになる。

例えばオヤジは、ある夜に盛り場の通路みたいなとこで、自信満々な若い軍人に押しのけられる。軍人は別にオヤジの知り合いでも何でもなく、貧相な身なりの通行人(オヤジ)を、通るのに邪魔だからと乱暴に横に追いやって通っていっただけ。そりゃオヤジじゃなくても、押しのけられた側はムカッとはするだろう。それでも、たったそれだけの3秒の出来事。軍人は振り向きもせずスタスタ歩いていく。人を押しのけたことすら意識してないオラついた若者だと思う。

ところがオヤジは、この3秒の出来事を2年も引きずる。その2年の間に、軍人への復讐の計画を練って恨みの炎を燃やすわけ。復讐と言っても、道で再び会って今度は道を譲らないで踏ん張ってやろうと企むだけの話なんだから、セコくて笑える。2年の間に軍人にこっそり付きまとって、よく通る道を突き止めてタイミングを狙ったり……威厳ある復讐に相応しい服装をするために、わざわざ借金までして新しい外套を揃えたり……。

そんな風に何ともこせこせした、陰気で卑屈な言動の数々のせいで他人とトラブルばっかり起こしている地下室のオヤジの姿を読んで、俺たちは哀れめばいいのか、嘲笑えばいいのか。

あるいは読者によっては、「この醜い無様な狂人こそ、俺の姿だ……」と自認する人もいるんだろう。そういう人は、痛い傷をわざと触ってみるような、マゾ的な自傷の喜びに悶えながらこの本を読み通すのかな……。

書き出しからしてキラーフレーズすぎる。〈僕は病んだ人間だ……僕は意地の悪い人間だ。およそ人好きのしない男だ。〉小説全体が、この最初の一行をまるまる一冊分まで拡大しただけみたいなものだと思う。

なんだか「臭いと分かってるものの臭いをわざと嗅いでみたくなる」みたいな感じで、不思議な吸引力を持っていたので結局最後まで読んじゃった。明るいところがひとつもない悲惨な小説だった。

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2026年01月13日

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ネタバレ

繰り返される自己ツッコミのため、もう誰の話をしてるのか本人もわからなくなってしまってる自意識過剰な長台詞に笑う。
ぶつかりおじさんとしても登場する。彼らの心情ってこんな感じなのだろうか。
旧友との食事会で嫌われるようなことばかりして、最後は友人からその場に居ないものとして無視された挙句、仲直りしたくて気づいてもらおうと店の中を閉店まで行ったり来たりしてる健気な一面も。だったらそんなこと最初からしなければいいのに、そういうわけにもいかない性分らしい。

癖はあるので好き嫌いは分かれそう。

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2026年01月05日

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巷にあまたの自意識コンテンツがあふれかえる現代だけれどもとうの昔にこれだけのことがやってのけられていたのだからひとまずはこれを読めばいい

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2025年08月12日

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テスト期間終わって、久しぶりに読書した。
最初読みにくかったけど、めっちゃ面白かった。
難しかったからまた読み直したい。

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2025年08月10日

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人間の意識について考えさせられる。
手記の著者、すなわち主人公は、自意識が過剰と言うべきか、自己から少しだけ離れたところから自己を見つめていて、恥ずかしさにまみれている。その恥ずかしさのために、他者に対しても憤怒の連続(他者からすると、本当に訳が分からない)が沸き起こっている。
この主人公のように顕著な行動に出る人は少ないかもしれないが、自意識が過剰なための恥辱は、ごくあり触れると思うし、そこに苦しむ人も少なくないように思える。

また、自己を少し離れたところから客観的に見ていると思いきや、感情的に湧き起こるものに支配され、全く理路整然としていなくて、いつのまにか意識は自己の中にあって、突拍子もない事をしでかす。
それが、合理主義と反して、自由な事なんだ!とドストエフスキーが訴えているわけではないのは、訳者江川卓氏のあとがきを読めばわかります。

病的とも言えるレベルの振る舞いをする手記の主人公ではあるけど、程度の差はあれ、似たような事は自分を含め、周囲にもあるかもしれないと、無視はできない。

地下室に籠って、ねちねちと自己から少し離れたところから、けど離れきれないところで、自分を辱め、他人を敵視し続けるのは、全く幸福ではないと思う。手記の主人公はそれをやりすぎた。

自己から離れず、自意識を感じないような、動物的とも言える時間、あるいは自己から大きく離れて、他者によく傾聴する時間、はたまた、禅的に無になるような時間。そういう時間ももっと過ごすべきで、地下室に籠りすぎだ。

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2025年07月04日

Posted by ブクログ

圧巻。手放したくない1冊。表面的な美しさや謎のステータスとやらに踊らされているこの社会に、この本を突き刺してやりたい。

刑事裁判を彷彿させるシーンもあれば、AIを彷彿させるシーンも。150年近く経つけれど、この本が問うていることや描かれていることは、色褪せない普遍的なテーマで、我々人間は、人間の愚かさや汚さ、そして不合理さをしっかり理解した上で、拗らせながらも自分なりの幸せを見つけて生きていくことが大切なのかもしれない。

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2025年03月29日

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『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』を読み、ドストエフスキーにハマった。『地下室の手記』は彼の転換点とも呼ばれている本だったため、手に取ってみた。
まるで主人公を実際に見ているかのように引き込まれた作品だった。ぶっちゃけるととてもクズな主人公だと思うが、その中にも共感した部分はたくさんあった。し、文中でも触れられていたが、クズでない人はいないと思う。

腹を立てる理由など何もないと、自分で承知しながら、自分で自分をけしかけているうちに、ついには、まったくの話、本気で腹を立ててしまうことになるのである。

この部分が好き。幼少期に悲しいふりをしていたら、実際に泣いてしまったことを思い出した。

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2025年02月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ネガティブな人はきっと好きだと思う
でも、社会不適合者じゃない大多数の人にこそ読んで欲しい

安っぽい幸福と高められた苦悩と、どっちがいいか?
ぼくらは死産児だ
のところ、僕もずっとそんなことを考えていたんだ!って泣きそうになった。
ずっと考えてた人に言えないモヤモヤを言い当ててくれたみたいな清々しい気持ち
ありがとう

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2024年05月04日

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長い間、読まなきゃ読まなきゃと思い続けた一冊である。

読んでて爆笑させられるのなんてなかなかないが、思い切り笑わせてもらった。

これは「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と言われるが、ネタバレにすぎる気がする。

そして、これは彼の問題にとどまるものではない。「現代小説かな?」と首を傾げたくなるほど今日的な感じがした。

改めて、ドストエフスキーって面白い作家だなと唸らされた。まだ読んでない彼の小説も多いので、読むのが楽しみだ。

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2026年03月19日

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海外の太宰治?という感じ。笑

偏屈な人の偏った書記。
人によってめちゃくちゃ評価分かれそうだけど、なぜドストエフスキーがいつの時代も評価されるのか少し感じさせられた(気がしませんでした、すみません)

失敗をしないチャレンジもしない。
自分以外は愚かもの私だけが全て。

そんな人間、今の時代もいるから究極の頷き本かもしれません。

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2026年03月19日

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人間の弱さや驕り、根底に潜む悪の気持ちなどを書き殴るように描写されている。
主人公の自意識の肥大と、社会に求められている人間像がかけはなれているからこそ、双方にとって彼の辿った道は決して浅はかだったとは思えない。
とにかく強烈な読後感

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2026年03月06日

Posted by ブクログ

1部と2部をそれぞれ1日ずつ、2日で読み切りました。
1部はなかなか理解が進まず、始めのうちはあー、うん、なんとなく分かる。って感じなんですが、ページを跨ぐとちんぷんかんぷんだったりと、あれ?俺読んでるけど読めてなくね?って感じでした。
2部は物語となり、おぉ、これこれ、これが見たかったんだと言わんばかりの長広舌が繰り広げられていました。地下室の男には何度ツッコミを入れたくなったか、、、
そして解説ではその時のロシアの状況であったり、思想や哲学についての説明だったんかな。正直前知識がなかったので、難しかっです。

「裕福=幸せ」を2×2=4のような理屈上での幸せだとして、
「貧乏で幸せ」も良いのではないのか、という理屈で説明がつかない2×2=5の幸せも、自由である。

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2026年02月15日

Posted by ブクログ

恥ずかしながら生まれて初めてロシア文学を読みました。1章が難解すぎて読めるのかどうか不安でしたが、2章からストーリーが始まって安心しました。
第一印象としては日本人と文化や価値観が全く違うな感じました。もちろん不安定な時代背景もあると思いますが、行間から溢れる陰鬱感が印象的でした。合理主義に対する批判も痛快でした。ここまで暗い印象のことばかり書きましたが、ドフトエフスキー独特の感性なのかもしれません。

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2026年02月14日

Posted by ブクログ

直前に読んだ太宰治の「人間失格」の中に以下の一文があったのをきっかけに読みました。

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罪と罰。ドストエフスキイ。ちらとそれが、頭脳の片隅をかすめて通り、はっと思いました。もしも、あのドスト氏が、罪と罰をシノニム(※類似語)とは考えず、アントニム(※反義語)として置き並べたものだとしたら?罪と罰、絶対に相通ぜざるもの、氷炭相容れざるもの。

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自意識過剰と一般社会からの隔絶といった共通項を持った作品として「地下室の手記」を次読むことにしたんですが、どんな言葉でもうまく表現できない超新感覚の読書体験でした。(新感覚と言いつつめっちゃ古い本だけど…)

「地下室の手記」は二部構成になっていて、第一部は「地下室」(文字通り部屋ではなくて概念)に引きこもって毒づいている40代の男性の独白。第二部は彼が24歳の頃のエピソードで、過剰なほどの自意識過剰ゆえに友人も女性も使用人も周りにいる全ての人間を激しく拒絶したかと思えば、関係の回復を衝動的に望んだりかなり頭のいかれた挙動をしている話。
これを書いた当時のドストエフスキーの実体験や、ロシアの情勢を事前知識として読むと、単純に「頭のいかれた男の話」で片付けることができない作品だって納得する。人間という生き物が自身について善悪の決着がつかない以上一生読み継がれて当然の傑作だって思った。
ドストエフスキーは42歳でこの作品を書いたんだけど、この「地下室の手記」以前と以降で価値観が転換している。以前は人道主義的だったけど、思想犯として4年間のシベリア流刑(極寒の地での重労働の服役)を経験し、その中で銃殺執行直前の臨死体験をした。当時のロシアでは西洋合理主義が取り込まれていて、みんなが自身の合理的欲求を追求すれば調和と幸福が得られるという思想が主流だった。それに対してドストエフスキーは強烈な違和感を持って、手記の中で何度もシステムや数学(科学的ルール)に服従してたまるかといったことを苦しみながら訴えている。素直にこの小説を読むと半端なく頭のおかしい社会不適合者だけど、この主人公がずっと争ってるのは規範化された社会なんだって読み方をするとすごく腑に落ちる。彼から見ればむしろ何も考えずに社会の仕組みに従ってる人間の方がおかしいという主張になる。
人間らしさを失うことを恐怖しながら、自我を守るために他人を傷つけることしか手段を持たない人の話だって解釈しながら読みました。


(引用)
二二が四がすばらしいものだということには、ぼくにも異論はない。しかし、讃めるついでに言っておけば、二二が五だって、ときには、なかなか愛すべきものではないのだろうか。


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2026年02月13日

Posted by ブクログ

かつて20歳頃に一度読んだのだが、その時は「手記の中で社会を断ずるイタい引きこもりおじさん40歳」という感想だったと思う。
なんとなくみすぼらしさや不潔さを感じていたような気がする。

もう20年も前だからそんな程度の記憶しかないのだが、奇しくももこの「イタいおじさん」と同じく、自分も今年で40歳になる。
果たしてこの度読んだ感想といえば
「あれ、自分もこのおじさんと同じ人種になってないか?」だ。

いや、当然、時代も文化も環境も全く違うし、この手記の中で語られるあらゆる面で自分と同じではないのだが、かつて20歳のときに読んだ時と今回読んだ時とを比べると、あきらかに自分がこの「イタいおじさん」に近づいているのだ。
20年前の感想からすれば、自分自身がみすぼらしく不潔な人間になっていることを示している。
もっとも地下室の手記は自分にとっては難しい本だから当時は全然読めてなかった可能性もあるし、読書を積み重ねた今だから読めた部分もあるのかもしれない。

いずれにしても20年越しの感想がこんな形で刺さってくるとは思いもしなかったし、この20年の間で価値観がしっかり変わっているということに気付かされた読書体験だった。

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2026年01月02日

Posted by ブクログ

ネタバレ

主人公は無職の中年男性で、かつては役人として勤めた。現在、彼は一般社会とは交わらず、地下に籠った生活を送る。しかも彼は自意識過剰なため、周囲に対して斜に構えた見方をしており、年齢の割に痛い。このように、本作は彼の言動を追い、人間の実存について迫る。

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2025年10月26日

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まだ読んでる最中だけど先に感想。
内容は光文社読んでるので分かってはいるものの、翻訳者が違うと「こうも違うか!!」というぐらい読みやすいです。
初心者には江川さん訳がおすすめな気がします。

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2025年10月25日

Posted by ブクログ

罪と罰を読んだ時はずっと鬱屈とした感じやどうしようもない主人公にイライラしっぱなしだったけど、今回は読み方がわかったのか楽しめた。気分が健全な時に見ても一切共感できなくてイライラするばかりだけど、落ち込んでる時に見るとかなり共感できて救われた気持ちになる。この滑稽なまでの自意識過剰と空回りと孤独。孤独の裏返しである頑固。誰にでも精神的にマウントを取ろうとする臆病さ、特に同級生とのパーティーでの描写はリアルだった。

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2025年05月29日

Posted by ブクログ

自意識過剰に見える男の物語。かなり難しい。人間ってなんなんだ、愛ってなんなんだと考えさせられる。死ぬことを意識したことのある人間と、生きることを楽しむ人間と、真に生を知るのはどちらだろうか?

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2025年05月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

自分を受け入れてほしい崇拝してほしいという気持ちをもうやめてくれと思うくらい爆発させる。そうでない自分を受け入れる事がどうしてもできない。見ててやめた方がいいのにと思っていると鬱屈した思いは弱者へ向けられる。自分も若いころよく知りもしない男性からこんな態度をとられたことがあるような気が。。嫌な男だと読んでいたら最後の言葉で自分を振り返る事になった。

いつかまた時間がたったら読み直したいと思った。ドフトエフスキーは面白い。

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2025年02月28日

Posted by ブクログ

久々の再読。
ドストエフスキーって、ホントしつこいというか、まあ最初の「地下室」で今時の読者は挫折すると思う。地下室に引きこもっている40代の語り手が、とにかく俺はこう思うって話を、情景描写も人物描写もほとんどなく、延々と熱く鬱陶しく語るんだから。もう、うんざりという気持ちにほとんどの人がなると思う。しかし、ここは我慢して読む。
次の「ぼた雪にちなんで」になると、彼が24歳の時のエピソードとなり、他の人物も出てきて読みやすくなる。彼がなぜそうなったのかが徐々にわかってくる。
しかし、貧しく、見た目も悪いだけでなく、自意識過剰でプライド高く、あらゆる人をバカにしているので、決して読者が好きになれるタイプではない。自分より弱い立場の人には教養とプライドをひけらかし、強く人にはなんだかんだで反抗できないいやらしさもむかつく。
語り手とぶつかりそうになっても決してどかない(というか語り手がびびってどいてしまう)将校に対する恨み、誰も彼を友人と思っていない連中の集まりに呼ばれもしないのに参加してぼっちにされ、内心怒りまくる話、どれもまあ酷くて、こんなやつにロックオンされた人たちは本当に気の毒だと思う。最後の、貧しさから親に売られた売春婦リーザとのエピソードがとりわけひどい。
が、しかし、彼の主張に真実がないとは言えない。彼の言っていることを自分が言っていない、思っていない、やっていないとも言えない。語り手にうんざりしながらも、自分の中にも彼と同じものがあることを認めないわけにはいかない。そこがこの本の面白さじゃないかと思う。
とにかく愛すべき点が全くない人物で、同じ自意識過剰でも太宰治なんか本当に可愛いと思えるくらいである。しかし、一人称で書かれ、いかにも作者と似た人物と思わせながら(実際そうだろうとは思うが)、そこを突き放して嗤っているのも、彼の末路を冷静に見ているのもまた作者なのである。それができるかどうかが、作家と一般人を分けるものではないかという気がする。
最初の「地下室」をじゃあ「ぼた雪にちなんで」の後に持ってきたら良かったかというと、それは違うと思うし、やっぱりこの形しかないのではないか。
現代の作家なら、読者に配慮して40代の地下室の語り手の視点を混ぜながら20代のエピソードを展開して行くだろうが、ドストエフスキーはそんなことはしないのである。そこが彼の作品の読みにくさでもあるが、魅力でもある。ここまで一人語りで暴走していながら、読者に深い感慨を与えるのは、誰にでもできることではない。
いい作品は、我慢して読んでも必ず報いられる良い例である。

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2024年12月29日

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ロシア文学特有のはじめのまどろっこしさは否めないが、そこを乗り越えれば終盤に向かってどんどん面白くなるところ。
ダメな主人公の描写が秀逸で、さすがドストエフスキーだと思った。

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2024年11月04日

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ロシアの文豪・ドストエフスキーの、
五大長編へ続くターニングポイントと位置付けられるような作品。
人間は不合理な本性を持つものであることを暴くように描いています。
著者は、ゆえに、理性できれいに作られる世界なんて絵空事である、
というようなことを第一部では主人公に語らせている。

人の不合理性と世の中が合理性へと進んでいく、
その齟齬を見つめているところは、
現代の僕らがあらためてなぞっておいたらいい。

また、私欲とか理性のくだり、
人間の行動原理についてのところですが、
著者と議論したかったなあと。
<人間は自分にとっての善しか行わない(それは周囲からしたら悪だとしても)>、
<悪だとわかるには無知を克服していくことが必要>、
<人は他律性を嫌う>、
それら三つをドストエフスキーにぶつけてみたいと思いました。
きっとスパークするものがあったはず。
というか、僕のこういった思考の源泉、基盤となっているものの多くには、
たぶん以前読んだドストエフスキーの五大長編があるのでしょう。
だから、彼に育てられて、後を引き継いだところはあるのだと思います。

この『地下室の手記』を書いたドストエフスキーの年齢と、
それを読む今の僕の年齢がいっしょ。
だからこそ、わかる部分や響く部分ってあるかもしれない。
でも、僕も著者くらいわかっていることはあれど、
彼ほどうまくプレゼン(独白調文体でのだけれど)はできないかな。
すごく饒舌なんですよね。
私語を慎みなさい、と口を酸っぱくして言われ、
それに従わなきゃと、自分を抑えて大人になったぶん、
そういった「饒舌の能力」は育ちがよくなかったです。

言葉の巧みさと、
パソコンでたとえるならメモリの容量の大きさ、
そこが強いと思いました。
また、「地下室」のたとえも、
「こういうことなのか」と読んでわかると、
村上春樹氏が地下室のさらに地下みたいなことを言ったその意味が、
より確かにわかってくる。

それにしても、主人公の自意識がすごいのです。
自意識のすごい描写や独白部分を読むと、
自分の自意識の強い部分が刺激され、
いくらか客観的といった体で知覚されて、
恥ずかしくなります。
小さくなりたい、自分もバカだ、と思い知るような読書になりました。

第二部では、主人公の青年時代の回想になります。
バランスを崩しながら、
そのバランスをうまく平衡状態にもどすことができずに(いや、しようともせず)、
そのまま生きていくことで、
雪だるま式に不幸と恥を塗り重ねていくさまを読み、たどっていきます。
著者は「跛行状態」と書いていますが、
跛行ってたとえば馬の歩様がおかしいときにそう表現します。
なんらかの肉体的なトラブルを抱えてしまった時なんです。
それを、人生が跛行している、というように形容するのは、
バランスを崩している、というよりも上手な表現だなあと思いました。
もう、醜悪で、みっともなくて、性悪で、露悪的で、
どうしようもないアンチヒーローな主人公なんですけども、
それこそが人間だろう、とドストエフスキーは言っているんじゃないかな。

利己的だったり支配的だったりするし、
また、他律性を嫌っているのだけれど、
かといってそれを自覚できていないから、
心に引っかかるものがある状態でうらぶれる。
そして、うらぶれていると癪に障ってくるので他人を攻撃しだす。
そうすることでしか、自分を確かめられなくなっている。
つまり、それが、さっきも書いた「跛行状態」なのでした。
自律に失敗している。
自制がきかない。
そこまでバランスを失ってしまった人間が、
たどり着いてようやくなんらかの安定を得たのが、
「地下室」でもあったでしょう。
それは醜悪な自分を許容することで
入室することができた地下室だったのではないかと思います。

第一部は思想をぶちまけていて、それはそれで面白いのですが、
第二部の後半への、一気に膨らんで破裂するような、
物語がほとばしる感覚、そこはすごいなあと感嘆しましたし、
エキサイティングでした。

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2025年07月18日

Posted by ブクログ

『地下室の手記』は、ドストエフスキー文学に転機を画した作品である。ジッドは、ドストエフスキー文学全作品を解くカギと呼んだ。彼の後年の大作品群の形成に多大な影響を与えている。ジッドは、1947年78歳でノーベル文学賞を受賞したフランスの作家。こちらも『貧しき人びと』43年前と同時期に購入、同じく色鉛筆で線など引いていたのだが、なぜそこに線を引いたのか当時の気分を思いあぐねる。

この小説は、20代のやらかし人生を振り返り、思い出すと顔面真っ赤になるというストーリーである。自意識過剰で嫉妬深い、それでいて実力がまったくない事を認められない主人公、40歳になって遺産相続で地下室にこもり悦にいっている。大人になり切れない、社会に適応できない人物を描く。読んでなんの足しになるのか、ドストエフスキーといいたい。

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2026年03月15日

Posted by ブクログ

頭のにぶい女は怒りっぽいだとか、40年以上生きるのはみっともなく俗悪で不道徳だとか、初っ端から言いたい放題で主人公オモロ…からの、酔った勢いで娼婦に説教かますクソムーブが最高(…)
色々思うところも多かったので他のドスト作品を読んだ後に再読したい

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2026年01月28日

Posted by ブクログ

よく分からなかった、というのが正直なところ。人生、誇り、愛憎に対する屈折した感情が描かれているが、自分はそれを理解できるだけの人生のステージに達していなかった気がする。

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2025年06月14日

Posted by ブクログ

第一部は難しくて途中で挫折しそうになった。でも歯痛の話は笑った。
第二部はずっと面白かった。コントみたい。でもこの捻くれすぎた主人公にイライラすることもあった。ってことは私はそこまで捻くれてないのか?と思わせられた(笑)
ドストエフスキー3冊目だけど、今まで全部面白い。

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2025年05月04日

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