ドストエフスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ読むのにとても時間がかかった。内容は非常に面白いが、時系列がバラバラで、実質短編集のような内容である。
登場人物一人一人に魅力的な個性がある。
これが事実をベースとした話だということは驚きである。囚人の入れ替わりとか、お酒の密輸とか、現代だと考えられないようなことが行われていたと知った。
監獄の中でどのようなことが行われていたのかを知るのは、歴史的な意味でも楽しかった。
監獄周辺地域との交流が盛んだというのは面白い。
監獄の内にも外にも心優しい人がいて、微笑ましかった。もちろんイヤミな人もいたけど、このような人達の助け合いは心の支えになったんだと思う。
ドストエフスキーもそうだが、他のロシア人作家の小説には「ロシア的」という文面が頻出する。これはどういうものなのだろうか。他の外国人作家で「〇〇的」というのはあまり、みたことがない。なぜ、ロシア人作家はそれをよく使うのか?
アキム・アキムーイチ愛らしい。現代にも通じることだが、外の世界で労働するより、刑務所の中で作業をしたほうがマシな生活ってあると思う。彼がその代表例ではないか。 -
Posted by ブクログ
カラマーゾフの兄弟を一年位前に読んで以来のドストエフスキー。
この『貧しき人々』はドストエフスキーの処女作といわれる。
それ故か、往復書簡という体裁をとっているためか、これまで読んできた罪と罰、死の家の記録に比べ断然読みやすい。
が、短編ということもあるためか、物足りなさを感じる。
下級の官吏と不幸な身の上の若い女性との往復書簡で話が進んでいく。
二人とも貧しく、世間から追いやられたようにひっそりと暮らしている。
これは、恋なのか、親子のような愛情なのか?
往復書簡ということもあり、二人の詳しい背景、関係性などがぼんやりとしかつかめない。
それでも、不幸に暮らす人々の生活、ささやかな幸せなどが目に浮かんでくる。
ただ、その手紙のやりとりの中でも、驚くほどの善良な心があるかと思えば、激情的な言葉などが浴びせられたりと、ちょっと首を傾げたくなるようなところも。
ただ、それが人間の実態なのかな。
手紙とは、心のままに書くと感傷的になるもんだしな。
この処女作は、ゴーゴリの「外套」のパロディとも言われることがあるらしい。「外套」もずいぶんまえに読んだけど、また読み返してみようかな。 -
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ネタバレ破滅する話なんだろうかと恐る恐る読んだ。
お金をめぐって、ごちゃごちゃとした人間関係がややこしいと思っているときに登場した、アントニーダおばあさんの印象は強烈だった。竹を割ったような性格で、これは好きになってしまう!
でもそのおばあさんですらルーレットに魅入られてしまったのはショック。ギャンブルにのめり込んでしまう人の心理とはこういったものなのかと恐ろしい思いがした。人はこうやって依存症になっていく。嵐のように登場して去っていった、一番記憶に残る人物だった。
アレクセイは自らをポリーナの奴隷と言ったり、口だけはさも愛しているかのように言うのだが、実際は大して愛していないことは見るも明らかだった。振り回しているのはアレクセイの方だ。
側から見た、身の破滅という印象とは裏腹に、アレクセイは何かまだ希望に縋っているラストが哀れ。ルーレットで勝ってもきっと満足できないと思う。
読書ガイドによると、アレクセイが稼いだ二十万フランは現在の日本円にして六千百万円にあたるとのことで、それは狂うのも当然かと納得した。 -
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ネタバレオーディブルで車中、朗読で聴き始めたが、いつの間にかBGM化してしまい、全く頭に入ってこないため、「もう一度最初から」というリセットを数回繰り返した。少しずつ映像が浮かんでくるようになるが、地道な作業が必要であることが分かる。
次にこのオーディブルの原本=岩波文庫(米川正夫訳)を4冊購入し、オーディブル聴きながらテキストを読むことをトライするも、最後までというより第一巻の終わりまで到達するまでに、根負けしてしまい挫折した。
というわけで、ハードルをおもい切り下げて、こちらでまずは粗筋を把握することとしました。どなたかが感想で書かれていたのと同じく、「こんな話だったのね」というのが本書の感想。またどなたかが書かれていたように「ドロドロの昼ドラ」観も感じられました。
原本第一巻には、「貪婪淫蕩な父フョードルの血をうけた三兄弟-激情にまかせ放縦無頼の日々をおくるドミートリィ、徹底した無神論者の理性人イヴァン、そして無私の愛に満ちた敬虔純真なアリョーシャ、僧院での一族の会合から、雄大深遠な思想のドラマの幕はあがある」と紹介されている。
この父に、この全く異なるタイプの三人の息子であることが面白い(マンガだとキャラの違いが明確でわかりやすい)。こういうオヤジだと、子供の生き方はそれぞれの道に独立独歩となるものなのか・・・。 -
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先に『カラマーゾフの兄弟』を読んでいたので、比較的読みやすかった。
内容としては、様々な「罪」と「罰」が登場し、罪とは何か?罰とは何か?を常に考えさせられる作品。
俗世界における「罪」は、ラスコーリニコフが犯したような強盗、殺人といったものが先行するが、作中においては、キリスト教や聖書の中での「罪」も登場する。
ラスコーリニコフは殺人を犯すが、強奪した金品には一切手をつけることがなかった。殺人を犯した瞬間から精神に異常をきたしたためであるが、良心の呵責に苦しんだというよりも、罪の露呈を恐れたというふうに見える。ラスコーリニコフの罪は、アリョーナを殺したことよりも、リザヴェータを殺したことにあるように思われる。
ラスコーリニコフの主張では、天才がその才を発揮するための犠牲として行われる殺人は不可抗力であり、許されるべきであるというものだが、アリョーナを殺すことで得られる三千ルーブルの言い訳としては通っても、リザヴェータを殺したことの言い訳としては通らないだろう。リザヴェータの殺人は全くの偶然であり、目撃者の隠蔽に過ぎないからである。このことから、ラスコーリニコフの苦しみの原因は強盗殺人そのものではなく、リザヴェータ、つまり罪のない命を不必要に奪ってしまったことに起因するのではないだろうか。
ソーニャに罪を打ち明けたのも、ソーニャがリザヴェータと親しい仲にあったことを知ったことが大きな影響を与えたのではないだろうか。リザヴェータの代わりに、ソーニャに赦してもらうことがラスコーリニコフにとっては重大な意味を持っていたのではないかと考える。
その他、スヴィドリガイロフの死も、強烈な印象を与える。ポルフィーリーとスヴィドリガイロフはどちらも、ラスコーリニコフの殺人を確信しており、それぞれラスコーリニコフに迫るが、スヴィドリガイロフのそれは一種の下心を纏っている。ドゥーニャと結婚するための脅し文句として殺人の秘密を仄めかすのである。スヴィドリガイロフといえば、妻のマルファを亡くしたばかりであるが、マルファの死にも疑問が残る。殺人ではなく自然死とされているが、スヴィドリガイロフが殺したのではないかと疑わせる要素がふんだんに撒き散らされている。何かを手に入れるための手段として殺人を選んだという点でラスコーリニコフとスヴィドリガイロフは同類と言え、ラスコーリニコフにとってはそれが恐ろしく思われるのである。
ドゥーニャから拒絶されたスヴィドリガイロフは自殺してしまうが、これはスヴィドリガイロフの「罪」に対する「罰」なのだと考えられる。ドゥーニャを手に入れるために罪なき命であるマルファを殺したスヴィドリガイロフが、ドゥーニャと結ばれる訳にはいかないのである。
ラスコーリニコフはかなりの情状酌量を得て服役囚となるが、彼が苦しむのは肉体的刑罰ではなく、自分自身のプライドに対する苦しみである。そんなラスコーリニコフを救うのがソーニャであり、ソーニャへの愛によってラスコーリニコフは救済を得る。スヴィドリガイロフとラスコーリニコフの違いは、罪の告白と懺悔の有無なのか、ラスコーリニコフとソーニャはこれから幸せな7年間を過ごすかもしれないということが仄めかされて、物語は終わる。
最終部で突然登場したウイルスの存在はかなり異質であり、目を引くところであるが、ウイルスによる疾患が人々の思想を左右するというところがSFめいていて面白い。いかにもロシアらしいような気もするが、ウイルスによって人々が選別され、ウイルスに感染しなかった一部の人間だけが正しい思考を持ち続けるというところは、ラスコーリニコフの主張する一部の天才に権利が与えられるというものを彷彿とさせる。
本作においては、神を信じるもの全てが救われるというカトリック的なキリスト教ではなく、ロシア正教会におけるキリスト教のあり方が支持されているのだろうか。キリスト教に馴染みがないため分からないが、ドストエフスキーの思想を一部垣間見たような気がする作品であった。
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正直私の読書力が低く、この本の面白さを完全には理解できていないと思います。特に独白部分は意味がわかっても頭に染み込まないように感じてしまいました。
ストーリーはかなりぶっ飛んでいて、主人公の行動や考えがかなり理解できません。しかし、時々共感する部分もあり、それはそれで心が辛かったです。
旧友達への酷い行動も意味わからないし、リーザに対して説教厨になる意味もわからなかったし、アポロンに強くあたる意味もわかりません。常に何かに不満があって爆発しそうな中でリーザに対してだけ自分の弱いところを見せてしまう失態も犯す人間臭すぎる男の訳のわからない話がとても面白かったです。
最後はリーザに金を握らせることでリーザに会えなくなるという悲しい終わりでした。
もっと前段部分が理解できていればこの物語をより楽しめたんだろうな、と悔しい気持ちが溢れてます。 -
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ドストエフスキーの処女作というだけで読む気がそそられます。
下級役人のおじさんのマカールと、ワルワーラという10代の娘の手紙のやりとりが綴られています。
当時のロシアの社会背景として、階級差による貧困が大きな問題となっていました。そのため、主人公であるこの2人も大変貧しく生活に困窮している様子が鮮明に手紙の中で書かれています。そういった中でもお互いが深い愛情を持ちながら支え合っていて「貧困」や「愛」というのが大きなテーマとしてある作品でした。
手紙と聞くと物静かで慎ましいような印象を受けがちですが、ほとんど会話のようなやり取りで、ビックリマークも多用されているぐらい感情表現が豊か。なので海外作品らしさ全開でその点は良い意味でギャップがありました。
ただ、ドスト作品は罪と罰、地下室の手記に次ぐ3冊目でしたが、過去2作と比べると山場が少なくインパクト不足は否めません。2人以外の登場人物も意外と出てきますが、いかんせん手紙形式で触れられる程度なので、印象に残りにくく、誰か出てくるたびにこの人誰だっけ?となることが多かったです。2人以外の登場人物の存在感が薄く、個人的には物足りなさを感じました。人物の一覧表も欲しかった・・・。ロシア人の名前はとにかく頭に残りづらいので。
処女作がどんな作品なのか気になる人は読んでも損はないですが、ドスト作品でまずは何から読もうと迷ってる人はこれではなく罪と罰から入ってほしいです。 -
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ネタバレ大体のストーリーが掴めてきて上巻に比べたらスイスイ読めた。相変わらず登場人物が多い。ドストエフスキー自身はどうやって管理してたんだろうなぁ、脳内完結なのか紙に起こしていたのか。
イワンも怪しいけどフョードルがすんなりドアを開けて部屋に入れてくれるとも思えず、アリョーシャが怪しいってことになるよなぁと推察。あとページを増すごとにドミートリーがフョードルと同じような発言や行動をしていて、血は変えられない同族嫌悪とはこのことか...と思った。
ゾシマ長老のシーンで、人は信仰に奇跡を求めがちだけどあまりに傲慢だなとも思う。奇跡が起きた時はそれに縋るのに、奇跡が起きなかったら急に不信者になり、今までのゾシマ長老の活躍がすべて水の泡になるようで。
ただ、自分に置き換えてみても、例えばお坊さんが何かしら問題を起こすと「お坊さんなのに!」って思ってしまうわけで。
となると、人が人に布教するものであり続ける限り、信仰は非常に曖昧で不安定なものなのだと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ重たすぎる腰を上げて読み始めた。2回挫折しているのでこれで3回目。今回こそは読み切りたい...。ちなみに前回のチャレンジから10年以上経っているのでストーリーは何一つ覚えていない。
まーじで本名に加えてニックネームまで書くの禁止にしてほしい...!笑 ただ最初の200P強に渡る紹介文が後々響いてくるので読まずに進むのは惜しい、というところ。父と長兄の醜すぎる争いと共に、徐々にストーリーが動き始める。
大審問官...うーん、とても難解だし捉え方があってるのかすら分からないけど興味深い。
キリストは全ての罪を背負い人に自由を与えたはずなのに、人は自由すぎると途端に迷いだす。そのため指導者を置いて指南すると、迷わなくて良いとたちまち服従する。...これって、現代人にも言えることなのかも。選択を誤って非難されるのは怖いし考えを放棄するほうが楽だけど、迷うことも必要なのかな、と。
ただ、明日パンの1つも食べられず、天上のパンを祈る生活になったらどうだろう。やっぱり信仰より地上のパンを選んでしまうかも。なら信仰って何のためにあるんだ?答えのない問いが続く...。 -
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ドストエフスキー研究をしたいわけではないのでね
はい、『悪霊』別巻を読みました
頑張りました
『悪霊』に登場するエピソード「チーホンのもとで」には3つの異稿が残されていて、それは主に当時ロシアにあった検閲が理由なんだが、とにかくその3つを読み比べることが、真に『悪霊』を読んだってことになるってことなんでしょう
しかし本編も含めると基本的には同じ話を4回読んだことになり、まぁまぁな苦痛
いや、ゴーンって来るものはあるけどな
あるにはあるけど、やっぱ4回目とかは普通に飽きるのよ
東京都あきるの市(いらんいらん)
で、読み比べて何を感じたか?
うーん、特には…(ダメじゃん)
まぁ、解説読むとね
色々ドスちゃんも大変やったなーとか思ったりもしたけど
そりゃ検閲されるよなーとかね
はい『悪霊』終わり!
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Posted by ブクログ
貧しき人々
著:ドストエフスキー
訳:安岡 治子
紙版
光文社古典新訳文庫 Aト-1-10
ドストエフスキーの処女作です。
初老の下級官吏と、薄幸の女性との、手紙のやりとりの物語です
淡い恋というか、秘められた恋というか、当人同士だけで、手紙だけのやりとりで忍び合うとか
どうしても、ひんぱんに手紙でやりとりするということはだいぶ前の習慣なんでしょうか。
手紙を通じて、自分のこころに向き合い、好きな相手にどうつたえるか、思わず何かを伝え、それを後からおもって、もんもんとする。それを再び言葉にする。自分にとっては、とても高度なやりとりで、とてもできそうにもないと感じました。
時系列に、交互にあらわれる二人の感情は、もの悲しく、追っていくうちに読むのがつらくなっていきます。
ISBN:9784334752033
出版社:光文社
判型:文庫
ページ数:344ページ
定価:800円(本体)
2010年04月20日初版第1刷発行
2019年10月20日初版第3刷発行