坂口安吾のレビュー一覧
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ネタバレ最も読んでよかったのは、『不良少年とキリスト』だ。フツカヨイ的……。なんてすげぇ言葉だろう。太宰治についてこう書かれたことは、もっと多くの人が知るべきだと思った。『人間失格』を読んで、偉人を同一視して同化し、浸る人は多いんだろう。その多くの人が、どこかで誰かや何かに出会い、人間の闇を知った上でそれだけじゃないと学ぶ。間違いなく名著であり、読まれるべき本であったけれど、太宰治が自身を追い詰めた決定打にもなったんだろう。読めば、より同一視が進む人の方が多いのかな? 俺はそうだった。今回は免疫から、少しの間で消えるものだったけれど。読後、多くの人が克服して人生に支障が出なくなるものに、作者自身が終わらせられてしまったのであれば、なんと皮肉なことだろう。太宰のこの闇があまりにも深く、それが生み出した状況からだったのだろうけれど。
俺の「堕落」についての言葉のイメージは、「怠惰」に近いものだった。もしかしたら、この著以降、「何もしない堕落こそ最も忌むべき堕落」という意識の微妙な変容が起こったのかもしれない?
「人は永遠に堕落し続けることはできない」最近、自分自身がとんでもないことをしてしまった。人の記憶に深く介入して道を正してもらおうと(この時点でとてつもない傲慢が出ているが)、自身の悪い部分を全て出した罵倒をした。人間として最低な言葉の数々を口にして、人生で最も恥じ、ようやく俺の堕落は終わったと感じた。該当するいくつかの悪い部分から出た言動はもう二度としないし、できなくなった。ここが俺の、堕落の底だったんだろう。深すぎる羞恥が俺の堕落の止まり方だったんだろう。曖昧なものを言葉にしてもらう喜びは、深い。心からありがたい。そして『不良少年とキリスト』を同時に読ませてくれた編者にも感謝したい。一緒でなければ、俺には分からなかった。
宮本武蔵の人格とそれによる生き方や、武士道は日本人から遠いものであるからこそ美しい(また美しく遠い)という考えには感嘆し、そして何より「人は美しいものを壊さずにいられず(処女は刺殺され)、そのため美しく美しいまま終わってほしい(死んでほしい)と思ってしまう」と言われたのには、揺るがされてしまった。でも違うことも思う。
一生涯美しさを貫けなくても構わない。それでも正しく堕落し、人生の大部分と終わる瞬間から少し前までの間美しくあれれば、それは十分に素晴らしく、それが人にできる最大限。そして、そう生きて死ぬために、人は生きていくべきだ。これも、坂口安吾より俺の智がひどく浅いだけでなく、日本人的な楽観思考によるのかしらん? それに加えて俺が上を向いているからなら、嬉しい。
なんかレビューってより日記になったな。 -
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全14編のうち既読6編、今回初めて読んだのが8編。
「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」「アンゴウ」の3編(いずれも既読)が
入った1冊はないかと探したら、この本が見つかったので購入。
テーマは戦争と恋愛に傾いている印象。
もっとも、執筆・発表年代を考えたら戦争が取り扱われているのは当然だし、
明日にも焼け出されるかもしれないといった危機感の中で男女が愛欲に溺れる、
というのも、まあそうか、そういうものかな――と、呟きながら、
バタイユ『青空』を思い浮かべたが、ともかくも、
極限状況の中で男より女の方が肝が据わっているというのは、
リアリティがあって頷ける(笑)
久しぶりで特に楽しみにしていたのが推理掌編「アンゴウ」。
タイトルは暗号、暗合、そして作者の名「安吾」のトリプル・ミーニング。
主人公の疑問・疑惑が氷解した瞬間、こちらの涙腺も緩んでジーンと来てしまう。
青空文庫にも入っている、ごく短い小説で、未読の方にもお勧めしやすい佳品。 -
Posted by ブクログ
ただ一言、「なんと無茶苦茶な文章なんだ」と言いたい。
初めはいくらか理路整然としていて、言いたいことをしっかり言っている。
ところが、終わりになるに連れて、何を言いたいのかわからない。酒に任せ、急いでつけたような結論。
だがそれが、人びとにこの堕落論が面白いと言わせる所以たるものなのかもしれない。わかったふうな口を利いているが、ぼくは実は何も理解してはいない。ただただ親近感が湧いている。思わず苦笑してしまうような文章。
ためになる、ならないで二分するような本ではないだろう。読むか、読まないか、ただそれだけである。人に読ませる本である以前に、これは坂口安吾が自分で書いたその証左であるだけにすぎない、とぼくは思う。 -
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ネタバレ角川ではなく、富士見書房なんだけどこちらで登録。
話の空気は横溝っぽいのに、探偵は小五郎のよう、と読んでいたけど、やはり金田一に似てるダメな感じ。
犯人を自殺させちゃったり、逃がしちゃったり。
「ぼくがもっと早く気がついていれば!」(映画の金田一だけど)と言うかと思った。
勝海舟はなんで出てくるんだろう?(それを言ったら虎ノ介も花廼屋も)と思っていたけど、読者代表なのかな。勝先生が犯人を口にすると「あ、やっぱりそれじゃないんだ」と思う。
そして、犯人は外しても勝先生の一言はピリリっとくる。
「完璧なるものといえども敢えて恐るるには当たらないということは、兵法、経済等のことに於いても真相だよ」
「運命というものは、在るような、また、ないような、あまり当てにはならないものだ。」
「律儀や忠義をやるにしても、実役にたつことをやるがいいや。こういう役にも立たぬ律儀が万事につけて無役な悲劇をい生むものだ。私もそれをやります、と虎の顔にも書いてあるぜ。血相変えてシクジリをやらかして、忠君愛国と称し、仁義孝行と号して、地獄へ落ちると書いてある。」
勝海舟が出て来ない最後は締まらないなあ。 -
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ぱっと美しく咲いて、あっという間に散るその潔さが
日本人にも好まれる桜の花。
あたたかくなると桜が咲き始め、
満開の桜並木や公園でお花見をしたくなりますが、
美しい桜の花には要注意です。
この小説の作者は『白痴』などでよく知られた坂口安吾さん。
『昔、鈴鹿峠の満開の桜の下を通ると、旅人はみな気が変になる』と書き、
物語はそこから始まります。
恐ろしいほど美しい桜の魔力に見せられた男性が、
拾ってきた美しい女の言うがままに、
次々と殺人を犯し略奪を繰り返します。
満開の桜の森の下に怖くて行けないことが、
この作品のなかでのキーポイントですが、
よく考えてみると、本当に美しく咲き誇っている桜ってなんだか怖い。
この世のものとは思えないからでしょうか。
そこに人の力ではどうしようもない大自然の力を感じるからでしょうか。
小説の中ではその謎は解かれていません。
主人公の男性の桜にたいする
哀しいまでの執着と狂気があるのみ、なのです。
それがかえって人間の弱い心理を深くえぐりだし、
しらっと咲き続ける桜の森のものすごい美しさを連想させます。
お花見で浮かれてドンチャン騒ぎをするのは、
江戸時代以降のことで、それまでは、
満開の桜は気が変になるといわれ、人々は避けていたそうです。
坂口安吾さんは鬱病的精神状態から薬を常用しながらも
このような作品を次々と書かれていました。
幻覚や幻聴もあったといいますから、
この作品の「狂気」はそのまま作者の狂気だったのかも。
私もそれに近いものを美しい桜に感じています。
「はかない美しさ」だとも思っているのです。
怖いのだけれど毎年桜は見たくなるから不思議です。
それにしてもこの小説のタイトル、優雅に思えて読みたくなります。
これも・・・桜の魔力、なのでしょうか。
お花見の前にぜひ読んでみてほしい一冊です。 -
Posted by ブクログ
とある田舎の猟師町。どんな患者も「肝臓病」と診たてたことから「肝臓先生」と呼ばれるようになった町医者は、肝臓病撲滅のために寝食をいとわず患者のために走りまわる。
タイトル、設定の面白さに加えて坂口安吾ときては読まずにいられない。さっそく読んでみたらやっぱり面白かった。
肝臓先生は熱い。お金のない人からはお金を取らず、どんな時でもどこにいても病気の人がいると聞けば駆けつける。風にも負けず雨にも負けず、常に歩いて疲れを知らぬ足そのものでなければならぬ。
こんなに熱く、正しく、力強く生きている男の悲劇を描いているというのに、そこかしこから漂う滑稽さは何なんだろう。褒められすぎると馬鹿にされていると思う感情に近いのかしら。
まだ誰もやった事のない正義の行動は、はたから見れば滑稽にみえるのかもしれないし、だからこそそういう行動をとるのは恥ずかしい。それをぶち破るのは実は宮沢賢治の詩ような、勝つ事よりも負けない事みたいな、持続性のある根性なのかも。
そういえば、宮沢賢治は雨降る夜に森の中で素っ裸になって叫んだりしたらしい。雨にも風にも負けない静かな根性は、はち切れるパッションと対極のように見えて実はくるっとまわって近い所にあるのかも。