坂口安吾のレビュー一覧
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短編集。
テイストがバラエティーに富んでいて、複数の本を読んでいるような異なる読みごたえ。
時代背景が明治ということもあるだろうが、国や法制が固まりきっていない時代だからこその事件が多く監視社会に生きる現代人が読めば「こんな抜け道あるはずないじゃん!」っておもわれるこどが沢山。
でも、よく考えればそうなんだ。スマホに情報を吸い上げられることもなく、監視カメラに姿が映ってしまうこともなく、完璧な戸籍とマイナンバーで身元が証明されている時代じゃないんだから。たかが100年。されど100年。
あと100年たったらなにがどう変わってるんだろう? -
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ネタバレ「夜長姫と耳男」と「桜の森の満開の下」のみ。後者は再読。
「夜長姫と耳男」はあらすじは知っていたものの、やっぱりじわじわくる怖さ。まともな感覚がだんだんなくなってくる。耳男は最初は夜長姫のことを「あいつ、むかつくー」と思ってたろうけれど、弥勒を掘り始めるあたりから、一種の(勘違いから生まれたかもしれない)恋だったのかなーとか。特に笑顔に縛られているあたりは。最後のシーンは客観的にはグロテスクではあるけれど、それだけでは収まりきらない妖艶さ?美しさ?があると思った。
その後に「桜の森の満開の下」を読むと、女が夜長姫よりちょっとマシだけど、やっぱり狂ってるって印象が強くなる。特に首を求めるところからは。最後の桜のところは一種浄化とも捉えられるかも。 -
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「堕落論」
人は生まれながらにして弱いので、まずはその弱さを自覚する所から始めなければいけない。そこからどう対策を練るのかが大事だ、と坂口安吾氏は主張しているように感じた。自分も含めて多くの人は法律やモラルに囚われ、何故その法律やモラルが存在するのか、と言う本質的な問いについて考える余裕もなく大人になってしまう気がする。例えば”喧嘩”などがあると思うが、それ自体は”堕落”でそれが人間本来の姿。そこに足を踏み入れて初めて自分の本質的な欲求や弱さを知る。そこからより良い道に帰るにはどうしたら良いのかを考える事が大事だと。まさにその通りだと思うし、大人になり世の中の”常識”に縛られてしまう前に幼い子供たちはたくさん悪い事をしてその時にどんな気持ちになるのかを純粋な心で感じる事が大事だと思う。 -
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ネタバレ日本文化私観、堕落論、続堕落論のみを再読
日本人としての強みは旧来の道徳観や美徳、情緒。その回帰こそが、堕ちてく社会、民主主義、資本主義の中で重要なことになりそうな予感はしていた。
一方で、旧来の道徳観などが崩れ去り、新たな価値観が日本に導入されようとしていた全く逆のタイミングでかかれた堕落論。ではその内容も全く正反対のものなのか。決してそうでなかった。
日本文化私観では、古くからある伝統的なものに対して、厳しい態度を取りながらも、真に必要なものであれば生き残るべしという姿勢を見ることができる。
また堕落論、続堕落論では、旧来の道徳、思想、価値などすべてを剥ぎ取り、徹底的に落ちることで、再び自分自身をとなり、自分自身を救うことができると述べている。
人は無限に堕ち切れるほど堅牢な精神に恵まれていない。何者かカラクリによってたよって落下を食い止めずにはいられなくなるであろう。それのカラクリをつくり、そのカラクリをくずし、そして人間は進む。堕落は制度の母胎であり、その切ない人間の実相を我々はまず最も厳しく見つめることが必要なだけだ
という言葉で終わる。
旧来の価値観をくずし、新しい価値観を実装し、またその価値観を崩し、ただしいものを求め続ける。これが人間であり、歴史の中で繰り返されてきたことなのかもしれない。だから私たちも堕ち続け、つくり続け、崩し続ける。 -
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堕落論だけ無料の電子書籍で読んだことがありますが、紙で欲しかったのと、ほかの評論も読んでみたかったので手に取りました。
同じことを何度も言うからか話がややこしく感じ、読むのに時間はかかりましたが、坂口安吾の考え方自体はとても面白いので好きです。
この中ではとくに「戦争論」が興味深かったです。
結論については賛同しかねますが…戦争がもたらした恩恵を考えることと戦争を推し進めることとはイコールではないという考えは、とても腑に落ちました。
何にでもあてはまることですし、感覚で考えていることを言語化してくれるので、やっぱり安吾は面白いなと感じます。
考えさせない、考えられない方が政府からしたら操りやすいから、禁止や邪魔をして、そう仕向ける。
だからこそ反発が生じて、人々は自由を求める。
でも、その自由には責任が伴う。
自由を守るためには、一見非道徳的と思われる表現をするのためには、それ相応に自分やその表現のジャンルを律しなければいけない。
自由だけを訴えてもダメ。それに伴う責任を果たしてこそ、真に自由を手に入れることができる。
肝に銘じておくと同時に、幅広い人たちに知ってほしい真理だなぁとも思いました。 -
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ネタバレ目次
・不連続殺人事件
・アンゴウ
ずっと読みたかった坂口安吾のこの本。
ところが本の厚さよりも登場人物表に載る人物名の名前の多さにうんざりし、それが揃いも揃っていけ好かない人たちばかりなのにさらにうんざり。
もう、夫婦や元夫婦が不倫やら何やらで、戦後の倫理観ってどうなってるの?って感じ。
けれど、一つ一つの事件で誰が犯行可能で誰が不可能なのかを考えて読むにつれ、誰が犯人なのか、動機は何かがわからなくなってくる。
犯人捜しの再会者発表の中で安吾が書いている。
『犯人の間違った答案の多くは、消却法を用いられているが(中略)ところが、消却法による限り、必ず犯人は当たらない。いわば探偵小説のトリックとは、消却法を相手にして、それによる限り必ず失敗するように作られたものである。』
なるほど、そう考えたことはなかったな。
何度かさしはさまれる安吾からの挑戦状の最後通牒を読んだ後まで、犯人に気づけませんでした。
最後の事件が起こった後、動機から逆算して犯人に辿り着きましたが、これでは遅すぎる。
ちなみに尾崎士郎は「坂口安吾の小説はいつも「私」が悪者に決まっているから、「私」が犯人である」と推理。
太宰治は「最後の海にたった一度、何食わぬ顔で顔を出すやつが犯人」と。
どちらも「作者の挑戦状を受けるだけの素質がない」と安吾に一刀両断されている。
文壇も巻き込みながら楽しんでいたようで、いい時代だったんだなあなんて関係ないことまで思ってしまった。
だけど正解者の住所までバッチリ記載されているのもまた、時代なのね。
事件のトリック自体はそれほど難しいものではないけれど、というか、それが安吾の狙いなのだけど、事件の真相は納得のいくものだった。
そして「アンゴウ」。
安吾だからアンゴウなの?なんてふざけたことを思いながら読んだけど、最後は胸にぐっと来た。
主人公がたった一枚の紙を妻の不倫の証拠と断定するのは、それなりの理由があるにしても短絡的だなと思った。
最後にアンゴウの意味を知ると、戦争が遺した傷のむごさ、戦争がまだ身近だったころの時代感覚などを考えさせられる。
いい作品だった。 -
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この本を読んで正直ほっとした。人間は堕落する、そのこと以外に人間を救うことはできない、とのこと。だから我々は落ち込んだ時には徹底的に落ち込んでも良いのだ。そのあとにそこから見えてくる世界があるはずだからだ。人間は結局のところ孤独な存在なのだ。だから無理に人にこびへつらうことも、無理に友達をつくる必要もないのだ。少し安心した。堕落によって人間が誕生した、生きよ堕ちよ、堕落すべき時には真っ逆さまに落ちねばならぬ、地獄において人生を生きよ、生きることにはあらゆる矛盾があり、不可欠・不可解である等人生に自然体で接している。考え方で今までとは違うので徹底的に堕ち込んでみるのも良いかもしれないと感じた。
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犯人当てゲームに特化した話。
派手なトリックとか探偵の大活躍とか期待してると、あれ?とか思うかもしれないけど、作者が『ミステリはヒントを読者にも見える形で正々堂々と書いてちゃんと犯人をあてられるようにしてある論理的なのが一番良い』みたいな考え方の人なのでそういうところを目指した作品としてはすごく面白いと思う。
些細なこととかあれは何か関係してたのかな…みたいなとこが全部ちゃんと考えられて書かれてたってことが最後わかるのですごいなぁと。
犯人を知ってる状態でもう一回読みたくなる。
最初は登場人物の多さと、やたらと入り乱れた関係性についていけなくてなかなかノれなかったけど、それに慣れてきて事件が起き始めたあたりからはテンポもよくなって読みやすかった。
この新潮社版には登場人物表がついてたのが本当にありがたかった。これがなければさらに覚えにくかったと思う。
安吾から読者への挑戦状も載ってて面白かった。
他に『アンゴウ』と、戸川さんと北村さんの対談が載ってるのも良い。 -
Posted by ブクログ
ホントそうだなあって思えるとこもあれば、いやいやそれは…ってとこも。
まぁそれは当然なことだけど。
『青春論』に、『独身者は何かまだ一人前ではないというような考え方で、…』と書いてあってその辺のことは今もその当時も変わらないのだなぁと。そういうふうに感じるところが何箇所かありました。
もちろん当時より少しずつでも変わってはきているのだろうけど、やはり時間をかけないとそう人間変われないものなんだろうなあ…。
この中では『不良少年とキリスト』がすごく好き。
他のより感情がすごくのってるというか文体が全然違くて、怒りや悲しみや悔しさなんかが文章から滲み出ててやはり太宰の自殺に思うところがかなりあったんだろうな…と。
何度でも読み返したい。 -
Posted by ブクログ
‹内容紹介より›
「日本は負け、そして武士道は滅びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ」生きよ、堕ちよ。堕ちること以外の中に人間を救う道はない、と説く「堕落論」。救われない孤独の中に、常に精神の自由を見出し、戦後の思想と文学のヒーローとなった著者の、代表的作品を収録。
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☆4の評価は、『堕落論』と『続堕落論』に関してです。そして『日本文化私観』も参考になる作品でした。
他の作品群については、「読みにくいなあ」という印象で、正直なところ、坂口安吾の作品が好きなのかどうか、と言われると迷いが残ります……。
ただ、『堕落論』と『続堕落論』については、すごい作品だと読むたびに感じます。
世間で広く言われているような「道徳的」な振る舞いや思想は、そもそも人間の本質から外れている、という安吾の主張には、ハッとさせられます。
「農村の美徳は耐乏、忍苦の精神だという。乏しきに耐える精神などがなんで美徳であるものか。必要は発明の母という。乏しきに耐えず、不便に耐えず、必要を求めるところに発明が起こり、文化が起こり、進歩というものが行われてくるのである。日本の兵隊は耐乏の兵隊で、便利の機械は渇望されず、肉体の酷使耐乏が謳歌せられて、兵器は発達せず、根柢的に作戦の基礎が欠けてしまって、今日の無残きわまる大敗北となっている。」
天皇制についても、国民も支配者も"システム"としての天皇制を知りながらそれに進んで騙されていた、と喝破します。
「自分自らを神と称し絶対の尊厳を人民に要求することは不可能だ。だが、自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押し付けることは可能なのである。そこで彼ら(歴史上の支配者たち)は天皇の擁立を自分勝手にやりながら、天皇の前にぬかずき、自分がぬかずくことによって天皇の尊厳を人民に強要し、その尊厳を利用して号令していた。」
そして安吾の求める"堕落"とは、
「人間の、人性の正しい姿とは何ぞや。欲するところ素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけのことだ。好きなものを好きという、好きな女を好きだという、大義名分だの、府議はご法度だの、義理人情というニセの着物をぬぎさり、赤裸々な心になろう、この赤裸々な姿を突き止めみつめることがまず人間の復活の第一の条件だ。そこから自分と、そして人性の、真実の誕生と、その歴史が始められる。」
ということでした。
おためごかしや建前、メンツなどにこだわらず、自身の欲求に素直に生きることが大切だ、という安吾の主張は、今の社会でも十分に通用するものではないでしょうか。