坂口安吾のレビュー一覧
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堕落論について卒業論文を書いた。
戦前、戦時中の日本にとっての天皇制や武士道の精神は日本の体裁上必要なものであり、それらを高貴なものとしてその姿勢を守り続けていくことで支配のバランスを保っていたともいえる。ある意味日本で大事にされてきた決まり事を守って、自分たちはしっかりやれている。と、既存の物に頼りきりで堕落するのではなく、そのバランスを崩し「自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすために」は、自分自身を再発見する必要がある。
戦後の混乱している社会の中に身を置いて自分自身を見つめ直すこと。それこそが安吾の唱える「堕落」なのだと考えた。 -
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1947(昭和22)年から1948(昭和23)年に連載された、坂口安吾の本格推理小説。
学生の頃、安吾の初期小説やエッセイにはまっていたのだが、ちくま文庫の坂口安吾全集が絶版になってしまったため、より後年の著作は読んでいない。
坂口安吾はミステリを読むのが大好きで、犯人当て推理なんぞも楽しんでいたそうだ。そんなミステリ好きが書いた、本当にミステリらしいミステリとなっている。
冒頭の1章が長く、ここに大量の登場人物が次々に登場して辟易させられる。そして、その人物たちの無軌道な性の乱脈ぶりや、互いに攻撃し合う猛々しさに驚く。なんだか凄まじい世界を描いている。安吾、暴れているなあ。
私のメモリー回路のキャパを遙かに上回る大量の人物たちとその人間関係に幾らか混乱させられたが、途中から次々と殺されてゆく。ここでは何と8人もの殺人が起きている。そのへんもちょっと事件が多すぎる嫌いがあり、最後の解決編は、果たしてこれで全部解決したのだったかな?と、心配になった。
読んで面白い小説ではあるし、安吾がこんなのを書いたということ自体も面白いと言えるだろう。 -
Posted by ブクログ
この一、二ヶ月、私は堕落している。元々、社会的ポジションなど無かったのだから、内々で堕落している。ほんの数ヶ月前、長年続いた精神的肉体的拘束が、突然無くなり、日常生活に制約が無くなった。(介護生活だけどね)どーしたものかと省みても、堕落中。
安吾さんは、おっしゃる。人間だから堕ちるんだ。俗物なんですよ。
堕落するとは、自分に正直に生きること。そして、それは、人間復活の条件になること。
敗戦後の堕落中の日本人に、肯定的堕落論ですよ。
そして、堕ち続けるのも、鋼のメンタルが必要で、永遠に堕ち続ける事はできないと。堕ち切って自分自身を発見して、自分で救わないといけませんって。それでは、しばらくは、堕落させていただきます。
新潮文庫は、一冊まるごと、17作評論と無頼派的?エッセイ。坂口安吾さんは小説面白いのが沢山あるので、私みたいな評論苦手読者には、混ぜて貰えると読みやすいのだけど。貸出期間ギリギリまで眺めてたけれど、スッキリわかるわけもなく。
「教祖の文学」は、小林秀雄さんについて。教祖って言ってしまう時点で、仲良しだったのか心配になってしまう。あの文章からは考えられない酒豪ですよ、酒の失敗もありますよ。なんて感じの事も書いてありました。
「太宰治情死考」は、追悼文というか、弔辞かという趣。安吾さんは、情死を認めてないようですね。好きな女であったなら、その女を書くために生きるはずだ、と。
最後は、悪あがきだから、いたわって休ませてと。
そこはかとない悲しさがありました。
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坂口安吾さんの作品は初…これから読んでいいのだろうか?
クセのある人達が都会から離れた邸宅に集い、殺人事件に巻き込まれていく。数ページ読んだ時点で二十人近くの人が出てきて、関係が嫌らしく絡み合っている。
人の関係が乱れ過ぎているので、そこだけで読む人を選ぶと思う。
上記で書いた通り人が多いのだが、個々の人を最後までどんな人なのかわからないまま深く掘り下げないまま終わるのも辛い。
読んでいてやはり「犯人当てゲーム」という印象が強くなる。(それはそういう作品なので仕方がないとは思うのですが)
ちょっと体調不良が続く中での読書だったため、頭も働かず馴染めぬまま読み終えてしまった。推理モノはやはり肌に合わないのかもしれない。読んだ時に本筋のトリックよりも余分な描写(たまにトリックに紐づくケースもある)に目がいってしまう。
作者の位置付けからして、大きく話題になった作品であること、推理小説に対する想いから生まれた探偵像など解説を読んでようやくちゃんと理解したような気がする。 -
Posted by ブクログ
寓話物なら表題作の「桜の森の満開の下」よりも「夜長姫と耳男」の方が断然良かった。設定もセリフも気迫が満ちていて読んでいて心地よい。
「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして・・・」
歴史物なら「二流の人」という黒田如水の話が良かった。上杉謙信→直江兼続→真田幸村の系統が「横からとびだしてピンタをくらわせてやろう」という「風流人で、通人で、その上戦争狂」という分類がなるほど。これも主題とは関係ないが、豊臣秀吉が甥の秀次を殺して自分も死ぬまでの狂って堕ちていく描き方が迫力があった。