角幡唯介のレビュー一覧
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極夜行をフルに楽しむ為に、気は乗らないが今作を読んでみる。結論、面白い。
まだスタート地点にも立ってない準備段階で、ピンチの連続、死亡フラグの連続。なかでも海象への印象をガラッと変えるエピソードは、スピルバーグの傑作ジョーズを彷彿させる緊張感でゾッとする。
そして犬橇に使われる犬への、忖度しないし躾け方法は犬好きの怒りを買うのは待ったなしだろうが、ハードな環境で生きる為に、合理的な関係を築くイヌイット式犬の飼い方には納得しかない。
社会の窓、いわゆるズボンのチャックが開いてるだけで死にかけるグリーンランドの生活。こちらは日本ですが、日常生活でも引き続き気をつけて閉めて行きたいと思います。 -
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奥只見の教訓から地図無し登山を日高山脈で決行したあと、著者は極夜での放浪を終えた後に漂泊を思いつく。
第一部ではその考えから、橇を引いての北極探検へと犬一匹と向かう。
「自分の土地」を広げていく。
この言葉について、狩りを経験した人なら分かると思う。
俺自身も罠を仕掛けてイノシシを狙うハンターの一人だが、何度も同じ場所を歩いて、イノシシの動静を想像して罠を仕掛ける場所を決める。
何度も同じ場所に行くことで、その土地を深く知っていくということが「『自分の土地』を広げる」ことだと分かる。
ただ、著者のように命がけで自分の土地を広げようという領域までは理解が及ばない。
その領域の分 -
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事前知識なしに自然と対峙することで太古の人類が経験したであろう自然との関係を追体験しようとした試みの記録。
そのため著者は北海道の日高山系に、事前に地図を見ることなく、また山などの固有名詞も知ることなくおおよその位置関係だけで山を登っていく。また長期間の旅となるため釣りなどをしながら食べ物も調達しながら旅行するというスタイルを取る。読んでいるとラーメンや蕎麦などある程度は食料は持ち込んでいるがコンロなどはなく、焚き木で加熱している。関野さんのグレートジャーニーと似ているが、地図が無かったり、できるだけ自分で対処するするようにしており、旅の趣旨はよくわかる。しかし、釣り竿を持っていたり、コンパス -
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極域の極夜単独行など、独自の視点で探検を行い、その体験を文章化してきた角幡氏。結婚を機に「なぜ結婚したんですか」という質問に向き合うなかで、それは「なぜ冒険をするのか」という問いと同じ構造で捉えられると考察します。
「なぜ結婚したんですか」という問いの背景には、”冒険家として生きるなら結婚は邪魔なのでは”という質問者の思い込みがあり、だからこそ”合理的に判断すれば結婚しない”という結論に行き着くはずなのに、”なぜ結婚したのか”という問いが発せられると著者は分析します。それに対し、著者が思索の末にたどり着いたのは”結婚を思いついたら、それをしない選択はあり得なかった”というものでした。一見、飛 -
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最近、自分がこれからどう生きていくのか考えるようになった。無論、結婚もそれに含まれる。
自分はいつ結婚するのか、結婚しようと思ったら早いうちに行動すべきなのではないか、そのためにはどんな相手を求めるのか、自分がどんな人間であるべきなのか、結婚を合理的に進めるための行動を考えていた。
自分はいつも誰かを好きになる時、相手は恋人として合理的でない人ばかりだった。つまり相手(=私が)を恋人して見ていなかったり、そもそも恋人という存在を必要としていなかったり、恋人に対して歩み寄ったり関係を進めるための行動を起こさなかったり、という具合である。
合理的に考えればそんな相手よせばいいのに、どうしたって -
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東野圭吾の「白夜行」に対しての「極夜行」なのかわからないが、太陽が昇らない季節のグリーンランド冒険譚。
写真の一つでもあると、自分の貧困な想像力を補うことができるのだが、それでも凄まじい冒険だったことは分かる。
時に軽いタッチの筆、特に犬を表現するときのそれご、逆にどれだけこの冒険が大変だったのかを語っているようにも思えた。
生還したからこそこの本が出版されてる訳だが、そもそも極夜をなんと読むのかわからないぐらいだったが、アラスカでオーロラを見た時の夜の暗さは覚えている。
都会の夜とは違う夜の暗さ、黒さ。そこから太陽のある世界に戻ってきた時の感動は凄かっただろうなと思う。
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原始的体験としての極夜行。すごいこと思いつく人だなあ。
ストイックだけど、いろんな意味での人間味が面白い。現代の部分も、原始の部分も。
天体との関わり方は、羨ましいに尽きる。とてもじゃ無いけどこんな旅はできないので、羨ましいとハンカチ噛むしか出来ない。本当の夜も、頭の上で泰然と導くポラリスも、美女ベガも、愉快犯みたいだけど見放さないでいてくれる月も、やがて昇る本物の太陽も。
あとがきにドッグイヤーしたのは初めて。
口悪いし下ネタ放ってくるし、でも物はちゃんと整備して、死生観を持っていて、こうゆう人じゃ無いとこうゆう世界で生きていけないんだろうな。
そしてこの世界で生きていける人でも、人の世界 -
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タイトルで勘違いしていたが、本書は足掛け4年、4回にわたる山行記録で、1回の山行で49日間日高山脈に入り浸っていたわけではない。日高山脈はそこまで広い山域ではないということか。また、地域を手の内化しようとする試みは、北極圏でも実施している著者の一貫した行動原理の一つと感じる。
無目的に漂泊する指向の中でも、沢を遡行し、とりあえずの目標をいただきに求めることや、地図を持たず歩く中でも現地で出会った人からの情報を取り込み歩き続ける様も、今回の活動の原理として破綻なく読むことができた。著者の北極行に比べるとひりひりした感覚は感じられないものの、日本の山が持つ豊饒さの中漂泊する様子は、読み手の心 -
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地図なし登山の追体験ができる。
最初は未知のことが多すぎて、危険に満ちた山行と思っていたが、だんだん既知の領域が増えていくとパッと世界がひらけた感じで旅を続けられる。
本を読み進めるに従って、あたかも自分も未知の領域を冒険しているかのごとく感じられる。
また、ところどころで挟む著者の思想もおもしろい。
例えば出立に際し、近代アルピニズムに求められる困難とは?について語っているが、選ぶべき困難と選ぶべきではない困難があるということは登山以外でも同様のことが言えるのではないかと思う。
冒険の追体験、そしてところどころに挟まる思想。
この2点がこの本の魅力なのではないかと思う。