角幡唯介のレビュー一覧
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東野圭吾の「白夜行」に対しての「極夜行」なのかわからないが、太陽が昇らない季節のグリーンランド冒険譚。
写真の一つでもあると、自分の貧困な想像力を補うことができるのだが、それでも凄まじい冒険だったことは分かる。
時に軽いタッチの筆、特に犬を表現するときのそれご、逆にどれだけこの冒険が大変だったのかを語っているようにも思えた。
生還したからこそこの本が出版されてる訳だが、そもそも極夜をなんと読むのかわからないぐらいだったが、アラスカでオーロラを見た時の夜の暗さは覚えている。
都会の夜とは違う夜の暗さ、黒さ。そこから太陽のある世界に戻ってきた時の感動は凄かっただろうなと思う。
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原始的体験としての極夜行。すごいこと思いつく人だなあ。
ストイックだけど、いろんな意味での人間味が面白い。現代の部分も、原始の部分も。
天体との関わり方は、羨ましいに尽きる。とてもじゃ無いけどこんな旅はできないので、羨ましいとハンカチ噛むしか出来ない。本当の夜も、頭の上で泰然と導くポラリスも、美女ベガも、愉快犯みたいだけど見放さないでいてくれる月も、やがて昇る本物の太陽も。
あとがきにドッグイヤーしたのは初めて。
口悪いし下ネタ放ってくるし、でも物はちゃんと整備して、死生観を持っていて、こうゆう人じゃ無いとこうゆう世界で生きていけないんだろうな。
そしてこの世界で生きていける人でも、人の世界 -
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タイトルで勘違いしていたが、本書は足掛け4年、4回にわたる山行記録で、1回の山行で49日間日高山脈に入り浸っていたわけではない。日高山脈はそこまで広い山域ではないということか。また、地域を手の内化しようとする試みは、北極圏でも実施している著者の一貫した行動原理の一つと感じる。
無目的に漂泊する指向の中でも、沢を遡行し、とりあえずの目標をいただきに求めることや、地図を持たず歩く中でも現地で出会った人からの情報を取り込み歩き続ける様も、今回の活動の原理として破綻なく読むことができた。著者の北極行に比べるとひりひりした感覚は感じられないものの、日本の山が持つ豊饒さの中漂泊する様子は、読み手の心 -
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地図なし登山の追体験ができる。
最初は未知のことが多すぎて、危険に満ちた山行と思っていたが、だんだん既知の領域が増えていくとパッと世界がひらけた感じで旅を続けられる。
本を読み進めるに従って、あたかも自分も未知の領域を冒険しているかのごとく感じられる。
また、ところどころで挟む著者の思想もおもしろい。
例えば出立に際し、近代アルピニズムに求められる困難とは?について語っているが、選ぶべき困難と選ぶべきではない困難があるということは登山以外でも同様のことが言えるのではないかと思う。
冒険の追体験、そしてところどころに挟まる思想。
この2点がこの本の魅力なのではないかと思う。 -
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地図上にはもはや空白がなくなってしまった現在、新しい冒険、探検はどこにあるのか? かつて「空白の5マイル」でチベットのツアンポー峡谷の空白を埋めてしまった著者の答えは、地図を持たない「登山」だった。著者にとって未知の山域である日高山脈を地図なしで漂泊した4回、都合49日の記録。
チベットの峡谷や極北、辺境の冒険家である著者にして、2000メートル程度の日本の山域が地図がないだけで冒険のフィールドになってしまう。「人が生きるには未来予期が必要だ。未来予期こそ人間の第一の存在基盤である」のに、地図がないだけでその滝の向こうに何が広がっているかわからない状況は存在基盤が脅かされる怖れを抱くに -
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なんだろうな?探検とは?
探検家に魅了される秘境?
一度自転車で日本一周したら、その虜になり、アルバイトして何度も行きたくなるとか。
僕の場合、ジョギングの魅力を知ったが最後、どんなに、足の怪我に悩まされても、走ることをやめられないということとか。
ギャンブルと同じなのかも?と思ったりした。
一度探検の魅力を知ってしまうと、また探検したくてたまらなくなるのではないか?
それはもう、探検したことのない人には、理解できないのではないだろうか?
なぜ命を落とす危険性があると知りながら、人は未開地?秘境?を目指すのか?
なんとなく想像するに、
血湧き肉躍る高揚感?危険と隣り合わせの状況