角幡唯介のレビュー一覧
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ネタバレ一日中太陽の昇らない極夜のグリーンランドを4か月かけて探検した記録。闇の中吹き荒れる強烈なブリザード、見えない地形、白熊に食い荒らされていたデポ、犬が飢え死にする寸前までいった食料不足などの死と隣り合わせの危機に見舞われながらの、コンパスと地図と犬だけが頼りの旅。現代文明システムから離れた極限状況の中で、ごまかしのない人間の根源的思考が立ち現れてくる…。
探検自体が波乱の連続でハラハラしながら読んで楽しめたが、闇の中で制御できない恐怖、不安を感じること、毎日星を眺めていると自然と愛着がわき、擬人化して楽しむようになるというくだりや、死地を潜り抜け続けた果ての太陽に出生という「根源」を見いだす感 -
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以前、登山家や冒険家にとって43歳が頂点だと著者が書いていたのを目にした。本書にも出てくるが名だたる登山家や冒険家が43歳で亡くなっているという事実がある。それを根拠に43歳が頂点であるという。本書はそれに加え、自身の経験から43歳頂点論を語っている。
年を重ねることによって経験や知識が増える、しかし一方で肉体は衰える。知識と経験、そして肉体のピークが43歳だという。登山家や冒険家たちは、経験を積むことにより発想のスケールが巨大化する。その頃には肉体は衰えており、その発想とのミスマッチによって、目標を達成できず散ったのだという。
登山家や冒険家がなぜ危険な行為に魅了されるのか、疑問であったが -
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ネタバレ面白かった。毎年北極へ長期滞在し、犬橇で冬の原野を放浪する著者のエッセイ。そりを引く犬たちの話、狩猟の話、グリーンランドの村の話など知らない世界の面白い話がたくさんで、文章も読みやすくてかつ読ませる印象。芯に確固とした信念があって一つ一つの行動にきっかり理論があるタイプの方で、登山や放浪や狩猟を心から楽しんでいるからエッセイも生き生きして強度があるように感じた。
著者自身の意志がすごく強いからだろうか、時事問題を扱う章はちょっと人間の意志とか自主性を信じすぎではと思うところもあったが…。
個性たっぷりの犬橇の犬たちについて書いている章が特に好き。交配して子犬を手塩にかけて育てる楽しさの話はワク -
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角幡唯介『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』集英社文庫。
北極圏で最低限の食料を橇に載せ、1頭の犬と共にひたすら北を目指す狩猟を前提とした75日間1,000キロに及ぶ漂泊行を描いたノンフィクションである。
人類はエベレストのような高所や北極や南極といった極寒の地などの難所へは行き尽くし、さらなる冒険を求めるためにはエベレスト冬期無酸素単独到着とか、北極点単独徒歩到達など、より可能性の低い条件を設定するしか手が無くなっているようだ。
しかし、角幡唯介が自ら設定する冒険の条件が厳しければ厳しいほど、冒険というよりもエンターテインメント性の高いゲームのように思えてしまう。
マイナス40℃の中、1 -
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43歳を頂点に、死にギリギリ近づいた時に得られる生の実感から、大地との調和への移行。
論文を読んでいるような感覚。先に主題が明確に掲げられて、なぜならば、、と43歳で亡くなった登山家や、作家を例にとって説得していく。納得できるところ?新しい知識が刺激的な箇所もあるが、個人の主張を一般論に落とし込んでいくだけに、無理がある、そうかなぁ?と思ってしまう箇所も多い。著者の自己肯定を聞いている気がしてしまう。動機の得方やYouTubeで話されているのを聞くと、わかるわかると思うところも多いんだけど、理屈っぽすぎるのか書いたものはちょっと苦手。
結局もう著者は降りてしまっているんだろうな、という気がし -
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・太陽が沈まない「白夜」があれば、全く太陽が昇らない「極夜」も存在する
・その極夜に、グリーンランド北部のシオラパルクから更に北上、犬一頭と共に橇で約三カ月掛けて1,600kmを移動した冒険記
・クレバスに落ちる危険のある何メートルもある氷河を超え、「断層が破壊し大地に亀裂が入ったような音」の超暴風に晒され、数年かけて準備した食料を置いたデポが白熊や泥棒に荒らされ絶望し、食料が尽き橇をずっと一緒に引いてきたパートナーの犬を食わねばならないかも知れない状況での自然と自己との向き合いの記録
・『空白の5マイル(チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む)』の鬼気迫る描写に圧倒された角幡唯介さんが「最 -
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43歳が頂点である、という考えを持つことで、過去の経験から得た知識や人脈、偶然の数々を現時点で整理することとなり、今の自分の存在や身につけた力や知識、考え方などを捉え直し、これからの自分をイメージすることが必要だということを改めて感じた。著者と同じ年齢だからかもしれないが、最近ことにそんなことを考えることが増えたところでの本書との出会いだったので、読みながら自分自身のことを考える、ということを繰り返す場面が多かった。20代、30代の人が読んでももしかしたらピンとこないかもしれないけど、少し想像力を持って読むことで、未来の自分をイメージする手助けになるかもしれないなと思った次第。同世代にはぜひ読
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山岳部なので司書さんにおすすめしてもらった。文明を拒絶してまで、あるがままの山を感じたいという思いに山への深い愛を感じる。「漂泊とは山と結婚することだ」という一文が面白くてずっと印象にのこっている。山の処女性を失わせないように苦労しつつ情報を収集する様子はさながら山専門の処女厨だ。
山での漂泊体験記がかなり壮絶で、よく死ななかったな…と思った。とくに虫の描写が過酷で、蚊に刺されごときに文句を言う自分がいかに甘ちゃんだったかを思い知らされた。あと釣りの描写がかなり多い。どれだけ楽しかったんだ。
とりあえず登山に行きたくなったので次の休みあたりに行こうと思います。 -
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角幡唯介『エベレストには登らない』小学館文庫。
極地探検家である角幡唯介の30代後半から40代前半に掛けてライト・アウトドア雑誌『BE-PAL』に連載されたエッセイ49編を収録。
角幡唯介の探検記『極夜行』や『空白の5マイル』などと比べると余り面白くない。
最初は恐る恐るといった感じの筆の運びで、いきなり人生と登山を比較するなど、何とか高尚な思考を文章にしようと迷走しているかのようだった。こちとら還暦過ぎのオヤジで、人生と登山を語られたって、何を今さらという感じで、共感出来る隙間など無い。まだ人生の入口に立ったばかりの若者なら感動するかも知れない。
その後、筆は次第に滑らかに走り出すの -
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一日中日が上らない冬期の極夜から、その後登る太陽を見た時人はどのようなことを思うのだろうというを動機に冒険した筆者の物語。
本を読むことで、非日常を経験できるかなと思い手に取ったが、このレベルの非日常は全く想像がつかない。マイナス40度での北極の旅、全く太陽が出ない日々での生活、ブリザード下でのテントの保持、風呂には一度も入らないのだろうな、あれだけの荷物を運ぶそりってどれだけ大きいのなどなど。
筆者は、実費でこの冒険の旅のために何度か北極の暖かい季節に、拠点の小屋に食料、必需品も運ぶなどをした上で極夜行に挑むのだが、費やす苦労や費用の大きさを考えてしまうと、たいした冒険心がない自分とし -
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角幡唯介の本を読むのは「極夜行」に続いて2冊目。「極夜行」を読んだのは、随分以前の話なので、内容については記憶が曖昧ではあるが、北極圏での極夜(陽が昇らない時期。白夜の時期の反対)での冒険譚、それも、かなり危険な冒険譚だったように記憶している。
それに比べると、本書は、趣を異にする。筆者は、北海道の日高山脈に地図や、その他の日高山脈に関する情報を持たずに入り、「漂白」する。冒険にも色々な種類があるだろうが、何も情報を持たずに人里離れた地域に入っていき、徐々に自分なりにその土地の(今回の場合には、北海道の日高山系の)情報を積み上げていく、すなわち、その土地について、徐々に分かっていくことも冒険で -
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陽はまたのぼりくりかえす。が当たり前な世界で生活している側の人間として、闇に覆われた世界は未体験ゾーンでしかない。
その、ワンミス=死というハードコアな環境で脱システムを掲げ、現代テクノロジーを遮断し、4ヶ月もの冒険を決行する角幡氏を襲うブッ飛びエピソードの数々に恐怖し爆笑する。
そして、どんな状況下に置かれても、生き物としてのシンプルな強さとセンスで順応する、角幡氏のサイドキックである犬のエミリヤックは今作のMVP。
それ故にクライマックスの展開は映画的で、作中の言葉を拝借して、まるでフィクション。しかし事実は小説よりも奇なり。なわけでグッときた。
あと、時折挟まれる、スピリチュアルと