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Posted by ブクログ
夏に読めば良かった。
長野の秋は寒い。北アルプスも白くなりました。
ストーブの前から離れたくありません。すでに。
角幡唯介氏と荻田泰永氏がタッグを組み、今から約180年前にジョン・フランクリンという男が率いた探検隊の足跡を辿る為、2011年に103日間かけて約1600キロを徒歩で北極圏を旅したお話。
いやいや、探検家とか冒険家って何?
人?
同じ人間とは思えない…。
でもね、とっても面白かった。途中何度か吹き出した笑
口唇ヘルペスにボラギノールって笑
もうね、ありえない事の連続。
そりゃそうだよね、イヌイットでさえ行かないところを歩いて旅するのだから。
こんなすごい冒険話をストーブの前でぬくぬくしながら読めるなんて幸せ。
マイナス30℃の氷の世界。
是非ご一読!
Posted by ブクログ
探検家としてとんでもないことを成し遂げていることに加えて、ライターとして非常に優秀。
フランクリン隊はなぜ全滅したのか、アグルーカたちはどこへ行ったのか、それを自分たちの冒険とパラレルに見せていく演出はすごく上手い。
ただ歴史を順に語っていくのではなく、自分の足で実際に足跡を辿っているだけに、その経験から生まれる言葉に説得力がある。
巻中の写真には、過去の探検家がともに歩いているような臨場感さえ感じた。
同行者の荻田氏とのやり取りがライトに描かれているだけに、大変だった苦労しただけではない、冒険の過酷さがよりリアルに感じられたように思う。
空白の5マイルの次に読んだのがこの作品だが、本作の方がずっと好きな作品です。
Posted by ブクログ
1840年代、英国のフランクリン隊が北極圏の北西航路を開拓するために、129人、2隻の軍艦で旅立つが、行方不明となり出発後10年近く経ったのちに全滅したことがわかる。その後の調査や隊員に遭遇したイヌイットの言質より、隊員の無数の白骨や墓、遺品などが発見された。しかし、最後の隊員が、どこまで辿り着き、志半ばで力尽きたかはいまだに謎である。
本書では実際に北西航路を歩きながら2ヶ月かけて踏破する過程を経てその仮説を提示する。
過去と現在を交互に描く手法、極地探索におけるGPSの意味合い、なぜ危険な旅を続けるのか。
読み応えのある、非常に面白い本でした。船戸与一、高野秀行、そして角幡さんと、早稲田の探検部に興味を抱く。
Posted by ブクログ
19世紀半ばに「北西航路」発見を目指してイギリスを出発し、北米大陸の北部、北極圏で全員が死亡したとされるフランクリン隊。本書は、このフランクリン隊がたどったルートとほぼ同じルートを徒歩で踏破する冒険の記録となっている。
北極圏のとんでもなく厳しい自然環境の描写に加え、フランクリン隊の生き残りの行方について様々な資料を照らし合わせて分かったことや現場に立って考えたこともそのつど織り込まれている。一種のミステリーとしての趣きもあると思う。
淡々とした内省的な描写ながら、どんどん先を読みたくなる。とくに中盤の麝香牛のエピソードには、激しく心を揺り動かされた。冒険とは何か、なぜ人は生命を賭して探検に赴くのかを記した部分も印象的だった。
Posted by ブクログ
『もし私が今度の旅で何か分かったことがひとつだけあったとすれば、それはあの時に感じた、ある種の生きることに対する罪悪感であった』
北西航路発見の探検で死んでいったフランクリン隊の足跡をたどりながら1600kmの道のりを歩き続けた冒険・旅
とても面白かった
”自分の体から出る水分の多さにうんざりした”
”通信手段として、岬や丘など目立つ場所にケルンを積み上げ、中に記録を残すのが連絡手段であった”
”山岳地帯の探検で重要なのはGPSが教えてくれるデジタルデータではなく地形図から読み取れるアナログデータだ。極地では緯度と経度という厳密な数字によって把握するしかない。”
”フランクリン隊と私たちの大きな違いは地図の存在だ。山や川や島や岬がどこになるかだけでなく、進めるのか、撤退すべきなのかなど将来の具体的な行動を予測できることに、地図を持つ本当の意味があるのだ。”
”当時の英国探検家が非難されるのは、過剰に着飾ったヴィクトリア朝の生活や文化に固執し、それを北極の生活の中にまで持ち込もうとしたところにあった”
・15C末~16C、西欧諸国はスペイン・ポルトガルに阻まれ東洋に進出できなかった、貿易を目的とした商業航路=北東航路・北西航路の開拓
・カナダの毛皮貿易、北極地方海域での捕鯨業・漁業の隆盛、スペイン・ポルトガルの国力の弱体→北西航路は見つからなくても良くなった
・英国は北西航路探検をやめなかった
・北西航路の正解ルート=キングウイリアム島を東から回り込む(西は北極海からの多年氷が流れ込んできて閉じ込められるから)
・「ベーリング海峡~北米大陸の海岸線~キングウイリアム島の西の海(=ハーシェル岬;1839年トーマス・シンプソン&ピーター・ディース」は当時知られていた→つまり、ピール海峡がキングウイリアム島まで続いているのか?それが北西航路の発見になる
・ジェームズ・クラーク・ロスがキングウイリアム島を北米大陸の一部と報告していた→この誤りがフランクリン隊の針路の選択に深刻な影響を与えた
・1854年、ジャン・レーが、キングウイリアム島が島であることを突き止めた
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