角幡唯介のレビュー一覧
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角幡唯介さん「空白の五マイル」、チベット•ツアンポー峡谷の人跡未踏の秘境の地に魅せられた探検家の作者が自ら足でその軌跡を残すノンフィクション探検譚。
凄く興奮させられる緊張感漂う物語だった。この場合物語というよりは体験談といった方が適切だろう。
その作者の体験談が凄いとしか言いようがない。
すぐ隣にある「死」を感じながらの極僻地での「生」の物語。
並大抵の物語ではない、ストイックの極みであり、精神と時間の究極の濃厚さが描かれている。
この作品の最後、作者があとがきで何故危険と知りながらも探検するのか?という問いに対しての気持ちを回顧録みたいに語っている。
我々人間の本能的で遺伝的な「人 -
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ネタバレこれは最高傑作?
正直前半というか、最初の印象は、
「読みづらい本だな」
というものだった。
話の展開も単調だし、読むのやめようかな?面白くならなそう…
と思っていました。
でも無理やり?読み通していくと、
そう、保管していた補給物資が、シロクマにことごとく食い荒らされていた、というあたりから、見事に物語に引き込まれていた。
「事実は小説よりも奇なり」
その言葉を地で行く展開。
探検を共にしてきた犬を食わなきゃならないという切迫した現実。
なにより最初の驚きは、
犬が人糞を食べるという…
犬が著者の排泄した糞を出したそばから食べ始め、肛門をなめ…
腹が減っているから? -
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序章の「結婚の理由を問うのはなぜ愚問なのか」だけを読むだけでも、この本を買った価値はある。これまで見たり聴いたり読んだりしてきた、どんな結婚観よりも説得力がある。著者は結婚は選択ではなくこれまでの過去の経験や選択が積み重なり、それが事態として隆起したものなのだと言う。なるほど、本質をついた鋭い考察だと思う。第2章以降も、ハイデガーの存在と時間や國分功一郎の中動態の世界などを引用しながら関与や事態についての、哲学的な考察が続くのだけど、ちょっと油断すると理解できないような小難しい話のわりに、具体的な例が面白おかしく書いてあるので、ちゃんと最後まで楽しく読ませてしまうところが、著者の文章力とウィッ
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長い時間をかけて読んだ。
そうするとこの冒険を追体験しているような感じがしてすごく面白かった。本を開けばそこには、何もかもを凍らせる極寒の大地が広がっていて、不思議と児童書を読むようなワクワクがあった。
「極夜行」が面白くて手に取った本だったが、準備期間でもトラブル続きでヒヤヒヤする。もう、極夜が来るなと警告してるような、運命めいたものも感じる。それを跳ね除けて極夜行を遂行、達成した著者の行動力や知識力はもちろん、運命力にも人並み外れたものを感じた。
セイウチに襲われたり、(ズボンのチャックが開いてたせいで危うく死にかけた場面は思わずニヤッとした)ウヤミリックを厳しくしつけたらスレた中学生み -
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読後の脱力感が半端ない。
一人旅が好きで、単独登山も(かつてだけど)、冬山もやっていた自分(角幡さんの足元にもおよばないが)にとっては、共感するところが多かった。
情景だけでなく心の動きも見事に描写され、読みながらハラハラさせられた。
最後のことばより。
どこかに行けばいいという時代はもう終わった。どんなに人が入ったことがない秘境だといっても、そこに行けば、すなわちそれが冒険になるという時代では今はない。
濃い緑とよどんだ空気が支配する、あの不快極まりない峡谷のはたして何が、自分自身も含めた多くの探検家を惹きつけたのか。歴史の中に刻みつけられた記憶の像は、地理的な未知や空白などといった今や虚 -
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★なじみのないものを読ませる技術★グーグルアースで地球上のどこもが見られる時代に冒険の意義を求めるのが難しいことは著者が一番分かっており、現在の探索と歴史を交互に記して時間軸により深みを持たせる。冒険に過度な意味を持たせるの慎重に避けながら、独りよがりにならない読み物に仕立てるのがうまい。
最初の探検だけでも十分にノンフィクションになりそうなものだが、これだけの回数を重ねるまで待った心意気にも感服する。
それにしても単純に人間業とは思えない日々に圧倒される。20日以上も一人で山を歩きぬけるという苦難は想像がつかない。藪をこいで崖を上り下りする技術の詳細や、せっかくなので写真をもっと見たくなる -
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角幡唯介『極夜行前』文春文庫。
傑作ノンフィクション『極夜行』の前日譚となる準備期間を描いたノンフィクション。
言わずもなが、面白い。男の冒険心をいたく擽ってくれる。
『地図上の空白地帯が無くなった現代に於いては、もはや未知の状況下で過酷な自然に挑むしか探検を行う術は無い。』ということからGPSや衛星携帯電話を持たず、一匹の犬と太陽の昇らない冬の北極に挑むことを決意した著者は過酷な旅への準備を進める。
六分儀を用いた天測を学び、極北カナダで実地訓練を行うが、極夜の世界では思うように自分の位置を知ることが出来なかった。メーカーの協力を得て六分儀に改良を加え、来たる『極夜行』に備える。そし -
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ネタバレほぼ死が確定している中、生存の希望となる橋を発見するシーンは夢中になって一気に読んでしまった。
ツアンポー峡谷に敗れ、死が近づいてくる描写は文学的でありながら、リアリティもある本当に引き込まれた。
自分も探検部に属しており、角幡唯介や高野秀行のような探検は一つの理想であるが、この探検のように死が隣り合わせな状況は自分には耐えられないだろう。
しかし、角幡唯介の本を読む度に自分も探検がしたいと強く思う。
この本のあとがきで、角幡唯介が「読み手を意識していない。自分の欲求のために探検して、この本を書いた。」とあった。
「探検という行為は社会に還元するためにある。」というのが、探検部の上の年目の -
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未踏地や未踏峰がほぼ無くなりつつある今の地球で、それでも冒険をするとすればどういう形が可能なのか?
20世紀までの冒険は、功名心や功利心、あるいは知的好奇心に駆動されて、人跡未踏の地に踏み込みさえすれば冒険と見做された。とてもシンプルで、わかりやすかった。
文明の発展とともに地図の空白地帯は消えていき、一見、わからないことなど何も無いかのようにさえ思えてしまう。だから21世紀の冒険は「今、どこに行けば冒険になるのか」「どのような旅をすれば冒険になるのか」という、冒険の定義から始まらなければならないらしい。とても、知的な作業だ。単なる命知らずの冒険野郎では、もう、本当の冒険には辿り着けないのだ。