角幡唯介のレビュー一覧
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1840年代、英国のフランクリン隊が北極圏の北西航路を開拓するために、129人、2隻の軍艦で旅立つが、行方不明となり出発後10年近く経ったのちに全滅したことがわかる。その後の調査や隊員に遭遇したイヌイットの言質より、隊員の無数の白骨や墓、遺品などが発見された。しかし、最後の隊員が、どこまで辿り着き、志半ばで力尽きたかはいまだに謎である。
本書では実際に北西航路を歩きながら2ヶ月かけて踏破する過程を経てその仮説を提示する。
過去と現在を交互に描く手法、極地探索におけるGPSの意味合い、なぜ危険な旅を続けるのか。
読み応えのある、非常に面白い本でした。船戸与一、高野秀行、そして角幡さんと、早稲田の探検部に興味を抱く。 -
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ネタバレ早稲田探検部出身でUMA探しで思い浮かぶのは高野秀行氏ですが、本著はヤルツァンポ峡谷の空白の5マイルを踏破した角幡唯介氏。
フィリピン・ルバング島で旧日本兵小野田少尉を発見して、一躍時の人となり、その後ヒマラヤ・ダウラギリ山域で6回の雪男捜索を行い、雪崩で亡くなった鈴木紀夫氏や、日本有数の登山家で、雪男を目撃した芳野満彦氏など、雪男という存在はそれを目撃した人を引き付けてやまないらしい。著者自身イエティー・プロジェクトに半信半疑ながら参加し、だんだんと雪男捜索の魅力に引き付けられていっていますが、これは雪男に限らず、UMA全般や伝説的なもの一般に当てはまる事かも。
いかにもキワモノ的になりそうなテーマですが、そうではなく、むしろそれに惹かれる人々に焦点を当てた、非常に出色のルポルタージュ。比較的最近読んだ中では一番よいかも。お薦めの一冊。 -
Posted by ブクログ
19世紀半ばに「北西航路」発見を目指してイギリスを出発し、北米大陸の北部、北極圏で全員が死亡したとされるフランクリン隊。本書は、このフランクリン隊がたどったルートとほぼ同じルートを徒歩で踏破する冒険の記録となっている。
北極圏のとんでもなく厳しい自然環境の描写に加え、フランクリン隊の生き残りの行方について様々な資料を照らし合わせて分かったことや現場に立って考えたこともそのつど織り込まれている。一種のミステリーとしての趣きもあると思う。
淡々とした内省的な描写ながら、どんどん先を読みたくなる。とくに中盤の麝香牛のエピソードには、激しく心を揺り動かされた。冒険とは何か、なぜ人は生命を賭して探検に赴くのかを記した部分も印象的だった。 -
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『もし私が今度の旅で何か分かったことがひとつだけあったとすれば、それはあの時に感じた、ある種の生きることに対する罪悪感であった』
北西航路発見の探検で死んでいったフランクリン隊の足跡をたどりながら1600kmの道のりを歩き続けた冒険・旅
とても面白かった
”自分の体から出る水分の多さにうんざりした”
”通信手段として、岬や丘など目立つ場所にケルンを積み上げ、中に記録を残すのが連絡手段であった”
”山岳地帯の探検で重要なのはGPSが教えてくれるデジタルデータではなく地形図から読み取れるアナログデータだ。極地では緯度と経度という厳密な数字によって把握するしかない。”
”フランクリン隊と私たちの大きな違いは地図の存在だ。山や川や島や岬がどこになるかだけでなく、進めるのか、撤退すべきなのかなど将来の具体的な行動を予測できることに、地図を持つ本当の意味があるのだ。”
”当時の英国探検家が非難されるのは、過剰に着飾ったヴィクトリア朝の生活や文化に固執し、それを北極の生活の中にまで持ち込もうとしたところにあった”
・15C末~16C、西欧諸国はスペイン・ポルトガルに阻まれ東洋に進出できなかった、貿易を目的とした商業航路=北東航路・北西航路の開拓
・カナダの毛皮貿易、北極地方海域での捕鯨業・漁業の隆盛、スペイン・ポルトガルの国力の弱体→北西航路は見つからなくても良くなった
・英国は北西航路探検をやめなかった
・北西航路の正解ルート=キングウイリアム島を東から回り込む(西は北極海からの多年氷が流れ込んできて閉じ込められるから)
・「ベーリング海峡~北米大陸の海岸線~キングウイリアム島の西の海(=ハーシェル岬;1839年トーマス・シンプソン&ピーター・ディース」は当時知られていた→つまり、ピール海峡がキングウイリアム島まで続いているのか?それが北西航路の発見になる
・ジェームズ・クラーク・ロスがキングウイリアム島を北米大陸の一部と報告していた→この誤りがフランクリン隊の針路の選択に深刻な影響を与えた
・1854年、ジャン・レーが、キングウイリアム島が島であることを突き止めた -
Posted by ブクログ
“人間が発揮する力の高さは肉体の力と経験の力をかけあわせた数値で決まり、四十三歳こそそれがもっとも高くなる年齢である──”
確かに、そうかもしれない。
ただ、「肉体の力」はともかく、はたして私は20~30代にかけて、「経験の力」を右肩上がりに伸ばしてこられたのだろうか。
本書の図1を見ると、経験線は順調に右肩上がりに伸びている。けれど、私のこれまでが同じような軌跡を描いてきたかと問われると、正直、自信はない。
著者のように、20~30代にかけて着実に経験を積み上げてきたこと──それが「43歳」に頂点を迎えるための前提なのではないか。だとすれば、私のように家ではNetflixやSNSを眺め、外では昨日と同じような仕事を繰り返してきた人間にとって、「頂点」はいったいいつになるのか。
もし経験線が右肩上がりではなく、限りなく水平に推移しているのだとすれば、本書の理屈に従うなら、私の頂点は43歳よりも先になる。
まぁ、とはいえ、「若い頃に何の経験もしてこなかった」と自虐的に振り返ったところで、実際には何かしらの経験はしているはずである。そう考えたほうが建設的で、健康的に生きられるだろうと思う。
また、本書には平出和也氏による、以下の言葉が載っている。
“過去ではない。過去は過ぎ去った確定事項であり、後からどんな行動をとろうとその事実が変わることはない。だが平出さんの考えではそうではない。過去が変わることではじめて開ける未来もあるのだと言っているのである”
過去を振り返っても仕方がない、というハナシだ。これからの行動によって、過去にどんな意味を与えるのか。それを考えたほうがいい。
40代を越えて、これからの生き方について考える。
本書では、人間の行動を大きく二つに分けている。
「到達系行動」──自己が〈主〉で、土地は〈従〉
「漂泊系行動」──土地が〈主〉で、自己は〈従〉
この「漂泊系行動」へと移行していくという考え方には、私自身、どこか納得できるところがある。すべての人間が、年齢を重ねるにつれて肉体の衰えを迎えるのであれば、これは自然な成り行きなのだと思う。「いろいろ考えた結果、そうすることに決めた」というよりも、自然とそういう生き方に行き着く。
釣りなのか、狩猟なのか。
今のところ、私はそのどちらの道にも進んでいない。
ただ、少なくともコンクリートに囲まれた文明世界の都市生活者であるうちは、三島由紀夫のいう「絶対者」、あるいは著者のいう「調和の原理」に、まだ遠く及ばないところにいる。
“文明世界の都市生活者は、可能なかぎり不確定要素を排除し、計画的にものごとを進めようとする思考回路が身についている。底の浅い成果に目を奪われているので、それが効率的だと思いこんでいる。
(中略)
まずは自らのうちに 蔓延る、そうした文明的な思考回路や行動原理を捨て去り、人格そのものを改造しないといけない。もちろんそれには時間がかかる”
では、私はこれからどうするのか。
しつこく今の道を追求しながら、さらに経験を深めていく。そして、これまでの経験と地続きになっている「思いつき」を、ひとつひとつ実行していく。
そうして変容していく自己こそが成長であろう。
“成長とは見果てぬ完成をめざして、ときとともに変わりゆく流れにのることであり、成長それ自体が生きる意味なのではないかと最近は思うようになった。そこに完成はない。ただ変容してゆく自己があるだけだ。”
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「生き方論」だけでなく、冒険家の手記なども紹介されており、最期まで読書を堪能できる一冊でした。 -
Posted by ブクログ
楽しく読めたエッセイ本
ところどころ、その行為は冷静に考えたら、厄介なめんどくさいクレーマーやんと思うところも少しあったけれど笑
でも、そこも含めて、書いている内容や訴え?が私自身も感じていることだったりしたので、不快感なくそうよねと頷きながら読めた。
要所でにやにやするところもあり。
考え方の好き嫌いは分かれそうだなあと思いつつ、私はかなり好きな考え方で好きなエッセイ
私は冒険家にはならないけど、一人旅は好きだから、冒険に対する純粋な思いはなんとなく理解できるような気がした。
大学生の時に冒険に出会ってしまっていたらもう、病みつきになってしまって抜け出せないんだろうなあ -
Posted by ブクログ
ネタバレ「狩りと漂泊」のあと、犬ぞりを始めた著者の悪戦苦闘の日々を書いた続編。
写真を見ると犬たちは正直本当にかわいいのだが、著者は一年目は犬をかわいいと思ったことがない、と断言する。それもそのはず、30~40キロ程の大きな犬たちが10匹程度も集まると権力争いの喧嘩による流血沙汰(場合によっては死に至る)が絶えないため棒で必死に殴ってそれを止めなくてはならず、犬ぞり初心者の著者の言うことを全然聞かず飼い主を引きずって暴走したりするというのだから恐ろしい。犬ぞりに乗ってらくちんな旅、とは全くの幻想で、犬ぞりは他力ではなく自力である、と語る著者の実感を読者も嫌というほど感じられるようになる本である。
走れなくなった犬は飼い主が処分しなければならず、実際に著者が飼い犬を殺す場面が2度ほど出てきて辛くはあるのだが、イヌイットの生活と犬の厳しくも分かちがたい密接な関係をこの本を通じて理解できたから、ひどいとは思わない。
犬ぞりという世界のシビアな現実、そしてその壮絶なしんどさを引き受けた上でついに築き上げた犬たちとの関係、相棒犬を中心とした「チーム・ウヤミリック」の完成…という到達点はとても面白かった。犬たちの闘争の果てにボスが決まる過程、様々な犬同士のやり取りも良い。まあこのままで終わらないのが、犬ぞりの現実の更なる厳しさを実感させられるのだが…。ぜひこの続きも読んでみたいと思う。続巻は出るのだろうか。