角幡唯介のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレようやく読書の時間を取れるようになってきたため再開。
二部構成、各6章-2章構成
探検家の魂のノンフィクション自叙伝
・メインストーリー
チベットのツアンポー峡谷にある、
前人未踏の空白の五マイルを日本の探検家が単独で踏破を試みる。
・サブストーリー
途中、角幡氏の回想シーンと、ツアンポー・チベットの案件にまつわる歴史的叙述のシーンがある。
・構成
基本的には角幡氏の探検中のシーンがほぼありのまま語られる。
・特に印象的な場面など
p.177
当然のことだが、滝には地元の人たちから呼び習わされてきた名前があった。〜米国人が思い入れたっぷりに名付けた「ヒドゥン・フォール・オブ・ドルジェパ -
Posted by ブクログ
角幡唯介(1976年~)氏は、北海道生まれ、早大政経学部(早大探検部)卒のノンフィクション作家、探検家。
『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞(2010年)と大宅壮一ノンフィクション賞(2011年)、『アグルーカの行方』で講談社ノンフィクション賞(2013年)、『極夜行』で本屋大賞ノンフィクション賞(2018年)と大佛次郎賞を受賞。
本書は、自ら、チベット奥地の峡谷や極夜の北極などに挑む冒険を行い、それをノンフィクション作品として発表してきた著者が、「冒険とは何か?」、「人は何故冒険をするのか?」、「冒険の意義とは何か?」等について綴ったものである。初出は、季刊雑誌「kotoba」の2 -
-
Posted by ブクログ
チベット自治区の北東部に世界最大級の峡谷があるという。そのツアンポー峡谷は、ヒマラヤを源流とする大河の激流に削られて何度も湾曲し、ついには峡谷のどこかで忽然と消えてしまうのだという。河の上流と下流の標高差を考えると、どこかに未発見の巨大な滝があるとの伝説もある。大河が山中で消えてしまうなんてことがあるのか?
21世紀の現代では航空写真や3Dマップのおかげで未踏未開の地はほとんどなさそうだが、峡谷の影になる部分は航空写真では分からず、空白の「5マイル」と呼ばれるエリアが依然として存在していた。
そういった探検の事前説明が丁寧にされているので、なぜ筆者がこのエリアを目指したのか理由の一端がわかる -
Posted by ブクログ
知らない世界を知れる本 海で2度の遭難をして行方不明となってしまった人物を追いかけるなかで、漁師とそれを取り巻く人の生き方、人生観に触れられる本
自分と全然違う価値観を垣間見ることができてとても面白かった
漂流からの生還劇と思って読むと全然違うので、期待はずれとなる人もいるかもしれない。自分も途中までは肩透かしを食らったような印象だったが、ページをめくっていくと止まらなくなった
角幡唯介の冒険譚はとてもファンだったが、緻密な取材を繰り返しまとめあげた力作
読後の余韻も、少し寂しいが心地いい
あとがきで佐良浜の人が本を喜んでくれたと書いてあったのは、なんだか僕も嬉しくなった
いつか佐良 -
Posted by ブクログ
現在2023年4月末。先日、まもなく新型コロナが5類になることが正式決定されたとニュースで流れた。
この本に掲載されているインタビューや手記は2020年。コロナ禍がいよいよ始まり、おそらく世界中の誰もが、今まで非日常と思ってきたことを日常的なものとしなくてはならないという不安に覆われはじめてきた、そんな時期の発言だ。そのような意味では、更に数年後、コロナ禍を振り返るための格好の史料となりうると思った。
この本の中で多くの識者たちが言及していたと思うが、人間にとって一番厄介なのは、人間の心の中に生じる差別、偏見、批判なのだ。どのような状況下にあっても生じるこの心の動きに、私たちはどのように打ち勝 -
-
Posted by ブクログ
ネタバレ【家の中で一日中過ごす憂鬱】という謎のテーマで本を探して手にしたら真逆の内容だった『探検家の憂鬱』(角幡唯介)。
行きたい場所があったのに台風接近による暴雨で行けなくなったのでこの本を読んで夜更かししました。クソゥ…
そしたらなかなか面白い本に当たってしまった。
そして以下6点についていろいろ考えてました。
❶【《〈フィクション〉or〈ノンフィクション〉という2つの立ち位置》の先にある旅のあり方】
→面白くしようとするとそれは〈ヤラセ〉になり、すぐに後者から前者になる。
〈情報を受け取る側〉からするとヤラセはすぐに気づく場合が多いだろうけど、〈情報を提供する側〉となると表現するのは難 -
Posted by ブクログ
分厚い労作だが、一気に読み終える。さすがの構成&筆力だった。
以下、雑感。
一時期、沿岸部に暮らしたことがある。そこでよく聞いたのは「浜っ子だからね」というセリフ。良い意味でも、悪い意味でも使われていた。よく言えば豪放磊落、悪く言えば無鉄砲で無軌道(当地の言葉だと、荒い、とか、きかない、とか)喧嘩っ早いけど忘れるのも早くて、利に聡いかと思えば情に厚い。そういう人のことを言っていた。この作品にはそういう人がたくさん出てくる。というか、九割方、そういう人たち。角幡さんはその中でも、2回の漂流を経験した沖縄の漁師を通じて「海」を描こうとしたんだという。何と大胆な。描きたかったのは漁民じゃ -
Posted by ブクログ
極地にて太陽の出ない季節である極夜を旅された「極夜行」。その準備段階を描かれています。準備段階といっても、しなければならないことが多く、それ自体が旅であり、命の危険にもさらされる大きな物語となることを知ることができます。極夜を旅するための道具にしても、その選び方、入手方法、使い方の訓練など、課題と解決だけでも途中で投げ出したくなるほどの試練が待ち受けます。六分儀、犬、橇をそうやって時間をかけて準備して、事前に白夜の季節に旅をしてデポを作り、下見をする。それだけやっても、本番では・・・と、先に読んだ「極夜行」を思い出しながらため息をついてしまいました。これだけ準備してもそれが無駄になっても、旅を