角幡唯介のレビュー一覧
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角幡唯介『極夜行前』文春文庫。
傑作ノンフィクション『極夜行』の前日譚となる準備期間を描いたノンフィクション。
言わずもなが、面白い。男の冒険心をいたく擽ってくれる。
『地図上の空白地帯が無くなった現代に於いては、もはや未知の状況下で過酷な自然に挑むしか探検を行う術は無い。』ということからGPSや衛星携帯電話を持たず、一匹の犬と太陽の昇らない冬の北極に挑むことを決意した著者は過酷な旅への準備を進める。
六分儀を用いた天測を学び、極北カナダで実地訓練を行うが、極夜の世界では思うように自分の位置を知ることが出来なかった。メーカーの協力を得て六分儀に改良を加え、来たる『極夜行』に備える。そして、次なるグリーンランドでの予行演習を兼ねたデポ旅行も苦難の連続だった。
本体価格930円
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ネタバレほぼ死が確定している中、生存の希望となる橋を発見するシーンは夢中になって一気に読んでしまった。
ツアンポー峡谷に敗れ、死が近づいてくる描写は文学的でありながら、リアリティもある本当に引き込まれた。
自分も探検部に属しており、角幡唯介や高野秀行のような探検は一つの理想であるが、この探検のように死が隣り合わせな状況は自分には耐えられないだろう。
しかし、角幡唯介の本を読む度に自分も探検がしたいと強く思う。
この本のあとがきで、角幡唯介が「読み手を意識していない。自分の欲求のために探検して、この本を書いた。」とあった。
「探検という行為は社会に還元するためにある。」というのが、探検部の上の年目の教えだ。
その教えゆえか、何か成果を出さなえれば探検する意味はないと自分は考えていたが、このあとがきのおかげで、成果に囚われすぎず探検という行為をしてもいいのだと思い気が楽になった。 -
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未踏地や未踏峰がほぼ無くなりつつある今の地球で、それでも冒険をするとすればどういう形が可能なのか?
20世紀までの冒険は、功名心や功利心、あるいは知的好奇心に駆動されて、人跡未踏の地に踏み込みさえすれば冒険と見做された。とてもシンプルで、わかりやすかった。
文明の発展とともに地図の空白地帯は消えていき、一見、わからないことなど何も無いかのようにさえ思えてしまう。だから21世紀の冒険は「今、どこに行けば冒険になるのか」「どのような旅をすれば冒険になるのか」という、冒険の定義から始まらなければならないらしい。とても、知的な作業だ。単なる命知らずの冒険野郎では、もう、本当の冒険には辿り着けないのだ。
そういう意味で、角幡さんは「冒険とは何か?」を真摯に突き詰め続ける、求道的冒険者としてとても魅力的だと私は思う。
次なるフロンティアを角幡さんがどこに描き出してゆくのか、とても楽しみだ。 -
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角幡唯介『探検家の憂鬱』文春文庫。
探検家という稀有な職業を選択した著者による初のエッセイ。
先に読んだ高校を中退し、渡米してから歯痛で僅か8ヶ月で帰国したにも関わらず、アメリカにかぶれ、サブカルチャーの周辺を漂っている松浦弥太郎のエッセイ『最低で最高の本屋』の100倍は面白い。
探検とノンフィクションとのジレンマに悩み、探検に付きまとう死の影に怯えながら何度も死線を乗り越えた著者ならではの面白いエッセイ集であった。やはり、全うに真っ直ぐに真面目に己れの人生を切り開こうとしている方の主張には共感するところが多々ある。終盤に傑作ノンフィクション『極夜行』に描かれたデポ計画にも少し触れている。
本体価格650円(古本100円)
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ネタバレ身体も心もよわよわでヘタレの私の、中学生の頃の夢は探検家でした。
国語の教科書でスヴェン・ヘディンがロプノール湖の謎を追ったのを読んで、内田善美のマンガ『時への航海誌』を読んで、将来は探検家になりたいと熱く思った女子中学生は、ただの夢見る夢子さんです。
でも、ものすごく憧れました。
それで今も、探検家が読む本に興味津々なんですの。
死と背中合わせの状況で、一体どんな本を読むのか。
この本を読んでわかりました。
死と背中合わせの最中に本は読まないことを。
でも、悪天候などで身動きが取れない時(そしてそれは結構な時間あること)、本を読むのだと。
だってほかにすることないから。
そんな状況で読むからでしょうか。
自分に引き寄せて読む力が、ものすごく強いと思いました。
私などは大した経験をしたことがないので、本を読む時は、過去に読んだ本と、かすかな自分の体験とを思い起こしながら、最大限に想像力を駆使して、本の世界に入っていこうとするのですが、彼は自分に引き寄せて本を読んでいるように思います。
だから、私が読んだことがある本を何冊か紹介されていますが、本に対するアプローチの仕方が全然違うので、もう一度その本を読み返してみたくなるくらい面白かったです。
二階堂奥歯の『八本脚の蝶』を読んだとき、彼女が伊藤計劃の本を読んだらどう思ったのだろうと考えましたが、今回は、角幡唯介が『八本脚の蝶』を読んだらどういう感想を持つのだろうと思いました。
生と死。
誰にも訪れるそれを、常に身近に感じながら生きた(生きる)彼女(彼)の人生。
真逆なようで、きわめて近しく感じられました。
あと、あまり読んではいないけれど大好きなノンフィクション辺境作家・高野秀行を思わせるような部分が感じられたのですが、高野秀行の本を読んで新聞記者を辞めて探検家になったそうです。
直接は被らないけれど大学の探検部の先輩後輩でもあるそうですし、きっと本人が思う以上に共通する部分があるのでしょう。
好きな作家がまた一人増えました。 -
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ネタバレ空白の五マイル
チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む
角幡唯介(かくはたゆうすけ)著
集英社
2010年11月22日発行
面白い本だった。まだ2月半ばだけど、今年読んだ中では一番。ただし、2010年の本(2010年、開高健ノンフィクション賞受賞作)。
チベットの首都、ラサから東へ500キロほどのところにある(ヒマラヤ山脈)ツアンポー渓谷は、“世界一大きな”渓谷と言われ、謎とされてきた。数々の探検家をはねつけ、その命を奪ってきた。1924年、英国のウォードがついに1000メートルの岸壁を越え、探検家としては初めて渓谷の無人地帯を突破。それでも最後に入れなかった区間がある。そこは「空白の五マイル」と呼ばれ、ツアンポー川の圧倒的な水量と険しい地形が、ナイアガラなみの大滝があるとの伝説を生み、1990年代以降、世界の探検家たちの目標となった。
実際は五マイル、約8キロではなく、22キロの未踏地区に、ウォード以降入り込んだのはアメリカ人。1993年に幻の滝(ただし大滝ではなかった)を発見した人、さらに、そこに行った人。しかし、それは「空白の五マイル」のほんの一部。そして、ほぼ全容を解明したのが、日本の若者、著者の角幡唯介だった。外国人として世界初、しかも、単独探検だった。
早稲田大学探検部OB、4年のときにツアンポー渓谷に行き、次はその奥地に行くことを心に決めたものの、1998年に中国政府の規制で入れなくなった。6年かけて卒業したが、就職せず、土木作業員などのアルバイト生活。しかし、26才の時に朝日新聞の新卒採用に合格、入社までの半年が最後のチャンスだと思い、2002年暮~2003年にかけて許可もなしに現地へと向かった。
役人に賄賂を渡しながら取り締まりを逃れ、現地ガイドと別れて単独探検に入った途端、滑落して死を覚悟。目に映る映像がスローモーションになっていたそうだが、偶然にも途中で松の木に引っかかり九死に一生を得る。そこに松の木があることが不思議な場所だったらしい。
結局、ガイドの家に世話になりながら、3回の探検を行い、空白の五マイルのほぼ全容を解明。やはり大滝ではなかったが、新たな滝も発見、さらに、圧迫されたチベット人の宗教上の約束の地とされている「ペマコゥ」を彷彿とする巨大洞穴も発見した。
2009年、朝日新聞を辞めて、再び単独探検。しかし、これは失敗。失敗どころか、死の寸前まで行く。それも、餓死。食糧が尽き、地図でたどり着いた村が廃村になっていた。そこには、中国による統制に翻弄される山岳民族たちの運命も垣間見える。
著者は、この後にこの本を書いたことになる。
自身のチャレンジの記録の間に、それまでのツアンポー渓谷における探検の歴史が語られているが、これがなかなか読みごたえあり。こういうのは、単なる枚数稼ぎが多いが、著者は元新聞記者だけあって、簡潔に要点を伝えている。もっと詳しく説明してくれてもいいのに、と思えるほどだった。
とくに、1993年、NHKの番組制作を兼ねた日中合同の大規模遠征隊において、世界で初めてツアンポー川をカヌーで下るという企画が立てられた。そこに参加したのが、早大カヌー部OBの二人だったが、一人が行方不明になった。それは、NHKの映像を見ると、技術的に彼より未熟なもう一人が流されるのを助けようとして自分がツアンポー川の怒気の犠牲になったことが分かるが、そういう美談よりも、彼は出発する前に友達など親しかった人に会っていて、この本の著者がそういう人に取材した中で、彼は本当は行きたくなかったが行かざるを得ない状況だったことが分かり、なぜ彼は就職もせずカヌーをやり続けたか、という分析を自分に照らし合わせながら語っているところに、とても感じ入るものがあった。
そして、本のエピローグは、人はなぜ探検をするかという再考になるのだが、最後に「探検は終わらない」などという安っぽい言葉ではなく、「長い旅は終わったのだ」で締めくくっているのがなかなかニクい。 -
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辺境作家高野秀行氏との対談集『地図のない場所で眠りたい』にて、本著者がこの作品の裏話を語っており興味を持った。
自己の挑戦に過去の冒険家との記録を交互に重ねる構成が効いていて、それがどれだけすごいことかをただ説明されるより深く理解できた気がする。
ツアンポー峡谷の最狭部にある巨大な岸壁「門」こそ越えられなかったけれど、ほとんど踏破できていたのでは?
少なくとも過去の探索者が複数人でも中途で挫折していたのを、著者は単独で全体像の把握までこなすという偉業は達成している。
それでも納得できず、二度目に挑戦した際、不運に見舞われ峡谷踏破より生きることに舵を切った場面からはもう一気に読まざるを得ず。
死ぬ一歩手前で辿り着いた村が、中共の政策により廃村にされていたという箇所では、読むこちらまで絶望的な気持ちになった。
そこから生還方法を見付けた箇所は、あの伏線をここで使うのか、とまるでよくできた小説を読む感覚。
それが現実だというのだから、本当に奇跡のよう。
高野秀行氏と違って、真顔で冗談を言っているような一文、二文があり、笑っていいのかどうかと迷うところも。それでもやはり、記録文学として最高峰に位置すると思う。名作。 -
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1994年に37日間の漂流ののちに生還した沖縄のマグロ漁師・本村実が、その8年後に再びマグロ漁に出漁し行方不明になっている。本書は、本村の漂流の足取りをたどった旅の記録。
早大探検部出身の角幡唯介は、19世紀に129人が全員死亡した探検をたどって単身で北極を踏破するなど、常人とは異なる好奇心のスイッチを持つ人物。本書においても、彼の好奇心は本村の軌跡をたどるどころか、沖縄・日本・南太平洋の島嶼エリアの戦後近代史や、遠洋漁業の隆盛の歴史といったテーマも深く掘り下げるにいたっている。
本村の出身地である伊良部島・佐良浜の漁民が、日本の遠洋漁業成立にいかに貢献したか、という視点は特に面白い。沖縄の方言とも異なる言語をしゃべり、広大な南太平洋をあたかも裏庭のように動き回る伊良部島出身の漁民たちを「佐良浜民族」という独特の人たちととらえて書いている。
著者は、本村の最初の漂流と同じコースをたどって実際のマグロ漁船にものって航海している。さらにはフィリピンの片田舎のスラム街に住む本村を救助した船員たちも見つけ出しインタビューも実施。長編ドキュメンタリー映画を見ているかのような錯覚に陥る読後感だった。 -
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ネタバレ筆者が述べるとおり、完全な自己満足の世界。通常人には理解されないことに命懸けでトライした男の話。
なぜ仕事も捨ててまで、チベットの奥地に、捕まる危険性、死ぬ危険性まで背負って行くのか?
それについて筆者はエピローグで「リスクがあるからこそ、冒険という行為の中には、生きている意味を感じさせてくれる瞬間が存在している。あらゆる人間にとっての関心ごとは、『自分は何のために生きているのか、いい人生とは何か』という点に収斂される。(中略)冒険は生きることの意味をささやきかける。だがささやくだけだ。答えまでは教えてくれない。」と述べている。
本当に心を打たれた。
普通の人からすれば、登山家や冒険家、探検家、エクストリームスポーツのレーサーなどは理解できない生き方だろう。だが、なぜ彼らの人生は、行動は、言葉は、私たちの胸を熱くするのだろうか?
地位も金も求めず、威張らず、自分が普通ではないことを自覚し、それでも媚びず、諦めず、自分の夢をやりたいことを貫く生き様は美しい。
非常に影響を受けた本。 -
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【ノンフィクションは事実を積み上げていって真実に近づければいいものだと思うんですけど、小説は事実の積み上げもなくて真実を書かなくちゃいけないというイメージがあるんですよ】(文中より引用)
探検家と作家という二つの顔を持つ高野秀行と角幡唯介による対談録。早稲田大学探検部での活動に加え、ソマリアや北極への渡航、そして自身の経験を書き記すことの意義について語り尽くした一冊です。
思った以上に「書くこと」論やノンフィクション論にページが割かれている印象を受けました。ただそれが、探検というテーマを目的として読み始めた人にも「なるほど」と思わせてくれるほどに興味深い点が嬉しい驚き。結果としては幅広い楽しめる稀有な内容を持つ作品になっていると思います。
これを入り口にお二人の著作に入るのも☆5つ -
Posted by ブクログ
探検家としてとんでもないことを成し遂げていることに加えて、ライターとして非常に優秀。
フランクリン隊はなぜ全滅したのか、アグルーカたちはどこへ行ったのか、それを自分たちの冒険とパラレルに見せていく演出はすごく上手い。
ただ歴史を順に語っていくのではなく、自分の足で実際に足跡を辿っているだけに、その経験から生まれる言葉に説得力がある。
巻中の写真には、過去の探検家がともに歩いているような臨場感さえ感じた。
同行者の荻田氏とのやり取りがライトに描かれているだけに、大変だった苦労しただけではない、冒険の過酷さがよりリアルに感じられたように思う。
空白の5マイルの次に読んだのがこの作品だが、本作の方がずっと好きな作品です。