角幡唯介のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
角幡唯介『極夜行前』文春文庫。
傑作ノンフィクション『極夜行』の前日譚となる準備期間を描いたノンフィクション。
言わずもなが、面白い。男の冒険心をいたく擽ってくれる。
『地図上の空白地帯が無くなった現代に於いては、もはや未知の状況下で過酷な自然に挑むしか探検を行う術は無い。』ということからGPSや衛星携帯電話を持たず、一匹の犬と太陽の昇らない冬の北極に挑むことを決意した著者は過酷な旅への準備を進める。
六分儀を用いた天測を学び、極北カナダで実地訓練を行うが、極夜の世界では思うように自分の位置を知ることが出来なかった。メーカーの協力を得て六分儀に改良を加え、来たる『極夜行』に備える。そし -
Posted by ブクログ
ネタバレほぼ死が確定している中、生存の希望となる橋を発見するシーンは夢中になって一気に読んでしまった。
ツアンポー峡谷に敗れ、死が近づいてくる描写は文学的でありながら、リアリティもある本当に引き込まれた。
自分も探検部に属しており、角幡唯介や高野秀行のような探検は一つの理想であるが、この探検のように死が隣り合わせな状況は自分には耐えられないだろう。
しかし、角幡唯介の本を読む度に自分も探検がしたいと強く思う。
この本のあとがきで、角幡唯介が「読み手を意識していない。自分の欲求のために探検して、この本を書いた。」とあった。
「探検という行為は社会に還元するためにある。」というのが、探検部の上の年目の -
Posted by ブクログ
未踏地や未踏峰がほぼ無くなりつつある今の地球で、それでも冒険をするとすればどういう形が可能なのか?
20世紀までの冒険は、功名心や功利心、あるいは知的好奇心に駆動されて、人跡未踏の地に踏み込みさえすれば冒険と見做された。とてもシンプルで、わかりやすかった。
文明の発展とともに地図の空白地帯は消えていき、一見、わからないことなど何も無いかのようにさえ思えてしまう。だから21世紀の冒険は「今、どこに行けば冒険になるのか」「どのような旅をすれば冒険になるのか」という、冒険の定義から始まらなければならないらしい。とても、知的な作業だ。単なる命知らずの冒険野郎では、もう、本当の冒険には辿り着けないのだ。 -
Posted by ブクログ
角幡唯介『探検家の憂鬱』文春文庫。
探検家という稀有な職業を選択した著者による初のエッセイ。
先に読んだ高校を中退し、渡米してから歯痛で僅か8ヶ月で帰国したにも関わらず、アメリカにかぶれ、サブカルチャーの周辺を漂っている松浦弥太郎のエッセイ『最低で最高の本屋』の100倍は面白い。
探検とノンフィクションとのジレンマに悩み、探検に付きまとう死の影に怯えながら何度も死線を乗り越えた著者ならではの面白いエッセイ集であった。やはり、全うに真っ直ぐに真面目に己れの人生を切り開こうとしている方の主張には共感するところが多々ある。終盤に傑作ノンフィクション『極夜行』に描かれたデポ計画にも少し触れている -
Posted by ブクログ
ネタバレ身体も心もよわよわでヘタレの私の、中学生の頃の夢は探検家でした。
国語の教科書でスヴェン・ヘディンがロプノール湖の謎を追ったのを読んで、内田善美のマンガ『時への航海誌』を読んで、将来は探検家になりたいと熱く思った女子中学生は、ただの夢見る夢子さんです。
でも、ものすごく憧れました。
それで今も、探検家が読む本に興味津々なんですの。
死と背中合わせの状況で、一体どんな本を読むのか。
この本を読んでわかりました。
死と背中合わせの最中に本は読まないことを。
でも、悪天候などで身動きが取れない時(そしてそれは結構な時間あること)、本を読むのだと。
だってほかにすることないから。
そんな状況で読 -
Posted by ブクログ
ネタバレ空白の五マイル
チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む
角幡唯介(かくはたゆうすけ)著
集英社
2010年11月22日発行
面白い本だった。まだ2月半ばだけど、今年読んだ中では一番。ただし、2010年の本(2010年、開高健ノンフィクション賞受賞作)。
チベットの首都、ラサから東へ500キロほどのところにある(ヒマラヤ山脈)ツアンポー渓谷は、“世界一大きな”渓谷と言われ、謎とされてきた。数々の探検家をはねつけ、その命を奪ってきた。1924年、英国のウォードがついに1000メートルの岸壁を越え、探検家としては初めて渓谷の無人地帯を突破。それでも最後に入れなかった区間がある。そこは「空白の五 -
Posted by ブクログ
辺境作家高野秀行氏との対談集『地図のない場所で眠りたい』にて、本著者がこの作品の裏話を語っており興味を持った。
自己の挑戦に過去の冒険家との記録を交互に重ねる構成が効いていて、それがどれだけすごいことかをただ説明されるより深く理解できた気がする。
ツアンポー峡谷の最狭部にある巨大な岸壁「門」こそ越えられなかったけれど、ほとんど踏破できていたのでは?
少なくとも過去の探索者が複数人でも中途で挫折していたのを、著者は単独で全体像の把握までこなすという偉業は達成している。
それでも納得できず、二度目に挑戦した際、不運に見舞われ峡谷踏破より生きることに舵を切った場面からはもう一気に読まざるを得ず。
死 -
Posted by ブクログ
1994年に37日間の漂流ののちに生還した沖縄のマグロ漁師・本村実が、その8年後に再びマグロ漁に出漁し行方不明になっている。本書は、本村の漂流の足取りをたどった旅の記録。
早大探検部出身の角幡唯介は、19世紀に129人が全員死亡した探検をたどって単身で北極を踏破するなど、常人とは異なる好奇心のスイッチを持つ人物。本書においても、彼の好奇心は本村の軌跡をたどるどころか、沖縄・日本・南太平洋の島嶼エリアの戦後近代史や、遠洋漁業の隆盛の歴史といったテーマも深く掘り下げるにいたっている。
本村の出身地である伊良部島・佐良浜の漁民が、日本の遠洋漁業成立にいかに貢献したか、という視点は特に面白い。沖縄 -
-
Posted by ブクログ
ネタバレ筆者が述べるとおり、完全な自己満足の世界。通常人には理解されないことに命懸けでトライした男の話。
なぜ仕事も捨ててまで、チベットの奥地に、捕まる危険性、死ぬ危険性まで背負って行くのか?
それについて筆者はエピローグで「リスクがあるからこそ、冒険という行為の中には、生きている意味を感じさせてくれる瞬間が存在している。あらゆる人間にとっての関心ごとは、『自分は何のために生きているのか、いい人生とは何か』という点に収斂される。(中略)冒険は生きることの意味をささやきかける。だがささやくだけだ。答えまでは教えてくれない。」と述べている。
本当に心を打たれた。
普通の人からすれば、登山家や冒険家、探検家 -
Posted by ブクログ
【ノンフィクションは事実を積み上げていって真実に近づければいいものだと思うんですけど、小説は事実の積み上げもなくて真実を書かなくちゃいけないというイメージがあるんですよ】(文中より引用)
探検家と作家という二つの顔を持つ高野秀行と角幡唯介による対談録。早稲田大学探検部での活動に加え、ソマリアや北極への渡航、そして自身の経験を書き記すことの意義について語り尽くした一冊です。
思った以上に「書くこと」論やノンフィクション論にページが割かれている印象を受けました。ただそれが、探検というテーマを目的として読み始めた人にも「なるほど」と思わせてくれるほどに興味深い点が嬉しい驚き。結果としては幅広い楽 -
-
Posted by ブクログ
探検家としてとんでもないことを成し遂げていることに加えて、ライターとして非常に優秀。
フランクリン隊はなぜ全滅したのか、アグルーカたちはどこへ行ったのか、それを自分たちの冒険とパラレルに見せていく演出はすごく上手い。
ただ歴史を順に語っていくのではなく、自分の足で実際に足跡を辿っているだけに、その経験から生まれる言葉に説得力がある。
巻中の写真には、過去の探検家がともに歩いているような臨場感さえ感じた。
同行者の荻田氏とのやり取りがライトに描かれているだけに、大変だった苦労しただけではない、冒険の過酷さがよりリアルに感じられたように思う。
空白の5マイルの次に読んだのがこの作品だが、本作