櫻井祐子のレビュー一覧
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幸福論の文脈で目にした「選択のパラドックス」というキーワードが気にかかっていて、本書に行き着いた。選択肢で溢れかえった社会に生きている自分が、ちっとも幸せだと思えない。そんな実感からだった。
著者は、「選択できる」ことの重要度が文化によって異なることを豊富な実験結果とともに示している。また、多すぎる選択肢がストレスにつながることや、ジレンマを生む選択肢に遭遇した時は選択を他者に委ねた方が心が楽になることも。
「人は自由であればあるほど幸せだ」という命題は、一見真に思える。一方で、本書の内容には頷ける部分が多々ある。むやみに選択肢を広げることを追い求めず、この先に何を掴みたいのかを熟慮し、丁寧に選択を積み重ねていくことが幸せへの近道なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレだれもがことあるごとに、自分だけは他の人とは違うと、自分に言い聞かせている。では、自分がだれよりユニークなのだとわたしたち全員が信じるその根拠は、一体どこにあるのだろう?
一つの根拠は、自分自身に対する親密感だ。自分のことは隅から隅まで知っている。自分が何を考え、何を感じ、何をしているかを、目が覚めている間はつねに把握している。自分のことを熟知しているからこそ、自分とまったく同じように考え、感じ、行動することができるような人は、だれ一人としていないと断言できるのだ。でも、ほかの人に目を向けると、どうだろう? みんな、それほど違わないように見えるのではないだろうか? だれもが同じような店で買い物をし、同じようなテレビ番組を見、同じような音楽を聴いている。みんなが同じ選択肢を選んでいるのを見ると、人の真似をしているように見えるのに、いざ自分でその同じ選択肢を選ぶ段になると、自分がたまたまほかの人と同じことをしている理由について、もっともらしいご託を並び立てるのだ。かれらが何も考えずに同調しているのに対し、自分だけは、じっくり考えた末に、判断を下したのだと言う。もちろん、わたしたちがみな、現実から目をそらす順応者というわけではない。わたしたちはただ、他人の思考や行動もまた、自分の思考や行動とまったく同じように、複雑で変化に富んでいることに、必ずと言っていいほど気がつかないだけなのだ。わたしたちはみな、羊の群れの中のひとりぼっちではなく、羊の皮を着た個人なのである。
実際、わたしたちが求めているのは、「真の独自性」と言えるほど極端ではないものだ。あまりにもユニークなものには、興ざめする。先ほど紹介した、店の個数を当てさせる実験を行なった研究者たちは、同じ実験を方法を少し変えて行った。このときも、前と同じように、一部の協力者たちには、点の数を実際より多めに推測する多数派に属していると言い、一部には少なめに推測する少数派に属していると伝えたが、残りの協力者には、あまりにも特異な結果が出たため、「過大評価なのか、過小評価なのか、分類不能」だったと告げた。この実験でも、先と同じように過大評価者は自尊心が低下し、過小評価者は自尊心が高まったが、あまりに特異なため分類不能と言われた人たちも、自尊心が急低下したのである。わたしたちが一番心地よく感じるのは、「ちょうどよい」位置につけているとき、つまりその他大勢と区別されるほどには特殊でいて、定義可能な集団に属しているときだ。
わたしたちは幼いときから、自分の周囲の世界を、自分の好みに応じて分類する作業を始める。「アイスクリームが好き。芽キャベツはきらい。サッカーは好き。宿題はきらい。海賊が好きだから、大きくなったら海賊になりたいな」。このプロセスは、年を取るにつれてますます複雑になるが、わたしたちが自分自身に対して持っている基本的前提は変わらない。「わたしたちはどちらかと言えば内向的だ」、「わたしたちはリスクテイカーだ」、「旅行は好きだけど、短気で空港セキュリティの煩わしさには耐えられない」。わたしたちが目指すのは、自分自身と世界に向かって「私はこういう人間だ」と宣言し、それを正当な評価として認めてもらうことだ。究極の目標は、自分自身を理解し、自分の本当の姿を、つじつまの合った形で描き出すことなのだ。
しかし人間は、一生の間に大いに発達し変貌を遂げる、複雑な存在だから、いつもそう簡単に自分の積み重なった過去を理解できるわけではない。記憶や活動、行動が積み重なった層の中から、自分の中核を象徴するものを何とかして選び出さなくてはならない。だがそうするうちに、さまざまな矛盾がいやでも目につく。たしかにわたしたちは自分の意思で行動することが多いが、諸事情からやむを得ず行動することもある。たとえばわたしたちの職場での振る舞いのうち、服装の選び方や上司に対する話し方などは、家庭や友人に見せるふるまいに比べて、ずっと堅苦しく、保守的なことが多い。わたしたちはこうした食い違いや曖昧さが入り混じったものをふるいにかけて、なぜ自分がそのような選択を行なったかを自覚し、その上で将来どのような行動をとるべきかを決めなくてはならないのだ。
エマーソンの弟子ウォルト・ホイットマンが、詩『ぼく自身の歌』によって、このジレンマを的確にとらえ、きわめて詩的な反論を展開している。「ぼくが矛盾しているって? 結構、では矛盾しているということにしておこう(ぼくは大きい。ぼくは多くのものを内に抱えている)」。だが内に抱える多くのもののつじつまを合わせるのは、そう簡単なことではない。特に問題が生じるのは、自分のいろいろな側面の間の矛盾や、信念と行動の矛盾に気づいたときだ。たとえば保守派を自負していたベニントンの女子学生は、リベラルな同級生たちと政治問題について語り合ううちに、相手の意見にますます共鳴していく自分に気がついた。自分のこの状態は、一体どういうことなのだろうか、それとも周りの圧力に屈して、信じてもいない意見に同調しているのだろうか? どちらを認めても、自分が「理性的で裏表のない人間」だという自己像の、最も中核的な要素が脅かされることになる。相矛盾する二つの力の板挟みになるという、この不快な状態は、「認知的不協和」と呼ばれ、不安、罪悪感、困惑を引き起こすことがある。
正常な心の働きを取り戻すには、不協和を解消しなくてはならない。イソップ物語の「すっぱいブドウ」の話を思い出してほしい。キツネはどうにかしてブドウを取ろうとして、しばらくの間がんばってみるが、どうしても届かない。そこでキツネはあきらめ、こんな負け惜しみを言って立ち去るのだ。「あのブドウは、どうせすっぱいに決まってるさ」。キツネの心変わりは、わたしたちが不協和を軽減するために本能的に取る方法の典型例だ。わたしたちは自分の信念と行動の矛盾に気づくとき、時間を巻き戻して行動を取り返すことはできないため、信念の方を、行動と一致するように変えるのだ。もし物語の筋が変わって、キツネがブドウをとうとう手に入れ、食べてみたらすっぱかったなら、キツネは努力が無駄になったと感じないために、自分はすっぱいブドウが好きなんだと、自分に言い聞かせることだろう。
人は認知的不協和を回避して、自分自身についてつじつまの合う物語を生み出す必要から、もともとは意に反して取り入れた価値観や考え方を肯定し、自分の価値体系の中に組み入れることがある。一例として、自分の個人的信念に反する意見、例えば自分が反対する増税を支持する作文を書かされると、次第に自分が主張したのその意見に賛成するようになることが、数々の研究により報告されている。ベニントンの学生にとって、不協和を軽減する方法は、大学に浸透していったリベラルな思想が、たしかに価値のある問題を争点としているのだと思い込むこと、あるいは自分はかねがねそのような考え方をしていたが、今になってようやくそれを表現する機会を得たのだと思い込むことだっただのだろう。自己意識をこのように変えたからこそ、外的要因がその後も長きにわたって影響をおよぼし続けたのだ。
同様に、わたしたちは一貫した自己像を作り上げると、それを裏付けるような選択を行うことで、不協和を事前に回避しようとする。ベニントンの女性たちの例で言えば、リベラル派の夫と結婚したり、リベラル派の友人と交際するといったことだが、同様のパターンは保守派にも、あるいは宗教団体、環境団体など、どんな集団にも見られる。もちろんこのような行動は、純粋に不協和を回避するためだけに行われるわけではない。自分と似た人を探し、つき合うことで、わたしたちは帰属欲求を満たす。このように自分の意思で選んだ相手とのつきあいを通して、私たちの自己像は時間とともに定着し、周りの人たちにわかりやすいものになっていく。
首尾一貫した自分でありたいという欲求は、自分の人生をどう生きるべきかを考えるとき、ジレンマを生むことがある。一方でわたしたちは、一貫性のない行動は取りたくないし、一貫性のない人だと思われたくもない。「あなたのことがわからなくなった」と言われるとき、その言葉には、はっきりと否定的な意味合いが込められている。他人が認め、好感を寄せるようになった自己像にそぐわない行動を取れば、よくわからない人、信用できない人と思われてしまう。だがその一方で、現実世界は絶え間なく変化しているため、整合性にこだわりすぎると融通がきかなくなり、世間からずれていってしまう。
なぜこのような認識ギャップ(※他人からの評価と自己評価のギャップ)が生じるのだろうか? わたしは意外な評価を受けて心をかき乱される学生たちに、こう言ってきかせる、あなた方は自分の行動の背後にある意図がわかっているから、自分の行動を正当と考える。でも人は、自分の見るものだけに反応するものだ。ちょうど、歌のリズムでテーブルを叩いて、曲名を当ててもらうゲームのようなものだ。自分は頭の中で歌が聞こえるから、「ハッピーバースデートゥーユー」のリズムだということはだれでにもわかるはずだと決め込む。でもほかの人には、ただ「タン・タ・タン・タン・タン・タン」としか聞こえないため、米国国歌の出だしと勘違いする人がいるのだ。その上、他人はあなたの行動をからっぽの状態で判断するわけではなく、自分の経験のレンズを通して解釈するか、またはあなたの外見からこういう人物だろうと判断を下し、その人物像についての一般的な固定観念を通して解釈するのだ。
三六〇度評価法がわたしたちに教えてくれるのは、他人の評価はまちまちだから真剣に受けとめなくていい、ということではない。わたしたちの日々の行動は他人によって解釈され、ひいては誤解される。人間社会に愛想を尽かして山にこもるのでもない限り、わたしたちは自分の自己認識と、友人や同僚、その他日々交流する数百人の他人による認識とを、できる限り一致させなくてはならないのだ。
他人による評価は、現実を把握する手段として役に立つ。先の述べたように、わたしたちは「レイク・ウォビゴン効果」の影響に陥りやすく、本当の自分というものをなかなか知ることができないからだ。正式な三六〇度評価でなくても、自己覚知と呼ばれる、自分を知る作業を通して、同様の効果を得ることができる。人が自分の行動に示す反応をよく観察し、できれば自分のことをどう思っているか、周りの人に直接尋ねてみるのだ(三六〇度評価の効果が高い理由は、相手から直接、多様なフィードバックを得られるからだ)。人にどう思われているかがわかれば、対策の立てようがある。
自分がそれほど立派に思われていないことがわかったなら、他人にどう見られたいかに合わせて、自分の行動を変えればよい。たとえば部下に傲慢で思いやりがないと思われていることを知った上司は、会議になにかと口を挟むのをやめれば、評価を上げることができる。あるいは行動を変える代わりに、自分は会議を有意義なものにするために口を挟むのだと、行動の背後にある考え方を説明するのもいい。自他の認識ギャップを完全になくすことは無理かもしれないが、ギャップを埋めるために打てる手はたくさんあるのだ。
わたしたちは自分の決定権が脅かされそうな気配を感じると、反射的に拒否反応を示すことが多い。わずかでも決定権を放棄すれば、やがてロボット同然になってしまうのではないかという恐ればあるからだ。この不安はあながちいわれのないものではないが、過剰な不安は何も生まない。問題は、わたしたちが選択を理想化しがちなことにあるのかもしれない。選択をあまりにも偶像化し、全てを自分の意思で決めることができてあたりまえと考えているのだ。もしかしたら、自分の価値観を脅かすような影響と、基本的に無害な影響とに分けて考えた方がいいのかもしれない。そうすれば、自分の理性のプロセスを意識的に分析して、有害な影響に少しは対抗することができる。
“ジュリー・ジレンマ”が教えてくれたように、ジュリーから生命維持装置を外すことを、医師が医学的に望ましい選択肢として提示したとき、選択者は、医師が意向を表明せず、ただ選択肢を提示したときほど、自分の決断に苦しめられなかった。わたしたちは、難しい決断の負担を軽減しようとして、権限や専門知識を持つ人たちに頼ることが多い。苦境に立たされたとき、自分が正しい方向に進んでいると太鼓判を押してくれる人がいれば、たとえ現実の結果が変わらなくても、苦しみは大いに軽くなる。わたしたちの文化では、選択の概念が、尊厳と主体性の美徳と、きわめて密接に結びついている。そのためだれからも、たとえそれが退行性脳疾患に苦しむ人であっても、選択の権利を剥奪すべきでないという強い意識が働いて、肉体的健康への配慮さえ、どこかに押しやってしまうことがある。その対処方法の一つが、ケアの最も厄介な側面を、医療専門家に任せることだ。息子や娘、夫が車のキーを隠す勇気がないなら、「運転はおやめなさい」という意思の一言が、祖母の運転免許証を返還するきっかけを与えてくれる。こうした難しい決断に限って言えば、選択の権利を行使するには、外部から何らかの助けが必要に思われる。
人が保護と世話を完全に人に頼るのは、幼児期と高齢期だが、自立を完全な依存の状態に変えるのは、老年だけだ。わたしたちは介護者になることで、選択にまつわる精神的負担を、他人の分まで引き受けることになる。もちろん、いつだって愛するものたちの幸せを望んではいるが、生活の質にかかわる、めまいがするような選択の数々には、頭がどうにかなりそうになる。わたしの同僚の女性は、まるで天啓に打たれたように、あることに気がついてから、肩の荷が下りたような気がしたと話していた。
「治療をどうするか何年も悩んでいたある日、突然はっと気がついたの。母は、わたしたちが何をやってもやらなくても、いつかは亡くなるってことに。残酷に聞こえるかもしれないけど、自分が母を治せないこと、母に自主性を戻してあげられないことを理解することは、わたしにとって本当に大切なことだった。そのおかげで、一緒に暮らした最後の数年間は、質の高い生活を二人で送ることだけを考えることができたのよ。完璧な介護者にならなきゃと、そればかりを考えていたあの頃は、とてもそんなことはできなかった」
もしかしたら、わたしたちはみな、完璧になろうとして頑張りすぎずに、愛するものたちとともに過ごす喜びに、もっと目を向けるべきなのかもしれない。 -
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岩絵遺跡を調査する古人類学者による、文字や記号の誕生を探る活動が綴られた一冊。
壁画などの芸術は学者だけでなく大衆からも注目されますが、文字かもわからない記号のようなものにはあまり関心が集まりません。
調べなければ始まらないということで著者が本腰を入れて研究を進めます。
文章のようなもの、単語のようなもの、単体の文字か記号のようなもの、色々見て回った結果として共通の記号や染料などが判明していきます。
しかし、それが本当のところ文字なのかはわからないのです。
シャーマンが儀式の最中か末に描いた物が記号に見えるだけなのかもしれませんし、一つの記号に複数の意味があるか単一の音を表しているのか、全てが謎です。
我々が音声と文字でコミュニケーションを取り始めた切っ掛けや、古の呪術や芸術の始まりについては研究の余地がまだまだあります。
本書は後進への道標となる内容であると感じましたし、今後の進展に期待します。 -
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たんぱく質摂取量が食欲の基準になっているという研究結果は驚き。たんぱく質によって過剰な脂質・糖質欲が収まることは知っていたが、多脂質・多糖質食品からわずかなたんぱく質を得ようとしているとは。
またたんぱく質も摂りすぎると毒であること、だからたんぱく質過剰だと全体的に食欲を落として摂取カロリーを減らしてでもたんぱく質をへらそうとする。
PFCバランスは正直あんまりアテにしていなかったけど、
たんぱく質のバランスを決める上で欠かせないと知った。
たんぱく質>食物繊維>脂質>糖質の優先順位なのかな〜と思った。
あと高たんぱく質だと寿命は短くなるけど、高糖質・高脂質だと長寿になるっていうトレードオフの関係も面白い!ほんまかな?って感じだけど、人間は長寿か子沢山かどちらかを選ばなければならないという考え方は興味深い。 -
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マネジメントや育成のキャパシティを広げる必要を感じてまして。
Netflixがこれだけ風通しよく、健全なフィードバックを行える社風は、帰属する国の問題なのか、フロンティアならではなのか。
ブレない経営意識で、最も成功している会社の「らしさ」が書かれてありました。
【本文より】
・自由な知性の応酬ほど楽しいものはないと思うようになった。
・経営陣がなぜこの決定を下したのか、全員が目標の達成に最大の貢献をするにはどうしたらよいか、どんな障害が見込まれるか
・徹底的に正直であることは、わたしにとって息をするように自然なことだが、ほかの会社では必ずしもよく思われなかった。
・リーダーは批判的なフィードバックの伝え方を練習し、具体的で、建設的で、善意が伝わるような方法で話そう。
・斬新なのは、それぞれに相手の立場で議論させたことだ。議論するために、双方が相手の考えをしっかり理解する必要があった。
・交渉術のセミナーで一日を過ごすのと、全社ミーティングで-何のとがめも受けずに-厄介だが理にかなった質問を上級幹部にぶつけ、解決すべき問題についてマネージャーと真剣に議論をして過ごすのと、どちらがいいか従業員に選ばせてみよう。 -
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2009年にコロンビア大学で行われた特別講義の内容を記録したもの。15年も前の内容だが、結構新しい。更新されているのは、その後の実験で、マシュマロテストの再現性が否定されたらしいということくらいか。
重要なレッスン:
好みの問題(絵とか、食べ物とか、音楽とか、どちらを選んでも実質的な損得があまりないようなもの)は、情報を集めて慎重に検討した結果より、あまり何も聞かずに直感で選んだ結果の方が、後で後悔しにくいということ。
つらい選択(家族の生命維持装置を外すなど)は、専門家の推奨があれば、辛さが減る。
一気に負担の大きな行動(積立貯蓄など)を大きな規模で行うよりも、小さな規模で初めて、自動的に負担が漸増すいるような仕組みにしたほうが、最終的な効果は大きい。 -
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ネタバレフレッシュスタート効果=新たなスタート、のタイミングを利用する。「今変わらないと二度と変われない」
引っ越し後の行動変容は成功率が高い。
始める日は、初日感が出る名前をつける。
新年の誓い=誓わなけば始まらない。
未来の自分を信じない=現在バイアスに戦う方法。自分の失敗には目をつぶる。
意志力を過信しない。活動に楽しみを加える=どんな薬も砂糖で飲める。
誘惑抱き合わせ戦略=ジムでしかドラマを見られない。
ゲーム化=自発的に設定することが大事。義務的だと効果がない。欲求を味方につける。
鍵付き口座で制限を付けたほうが貯蓄が進む。
自分を縛り付けて先延ばしをさせない。
あらかじめ、行動の先回りをして防ぐ方法を考えておく。
自分に制約を作る=鍵付き口座。
身体に悪いものを食べたらお金を払う。掛け金が大きいほど効果が大きい。
望ましくない行動のコストを増やす。
実際はこれを採用する人が少ないのは、それほど自分を変えたいと思っていないから。
自分の決意を書いて貼るだけ、でも効果がある。「不必要な抗生物質を処方しない宣言」の例=認知的不協和を利用する。ペナルティがなくても罪悪感がある。
効果は劣るが、緩いコミットメントのほうを選ぶ人が多い。
賢明タイプ=自分のことがよくわかっていて、きついコミットメントも辞さない。
単純タイプ=自信過剰で、コミットメントがなくても守れると思っている。自分自身でコミットメントを入れさせると効果的。
p165
行動変容をさせるのは、発疹の治療というより慢性病の治療。
取り組みが終わると元に戻りやすい=慢性的な問題として扱う。 -
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スタートは、日々の行き詰まりを「解決すべき具体的な問題」=敵として捉える。
最強の戦略家は、敵を正しく評価し、それに合わせて戦略を調整する。
始めるタイミングは「フレッシュスタート」
元旦でも月初、週頭でもいい
環境変化などもってこい
何度でもリセット&トライ
上手く回っている時は要注意→悪い方向に行く
可能性がある
自分の意志を過信しない。人は楽な方に流れる
誘惑バンドル(楽しい事とセットで行う)
ゲーム化(目標追求に目先の満足を加える)
目標達成の為に「自分に誓約をかける」事も必要
誘惑に先回りしてコミットメント装置を作る
金銭をかける「キツいコミットメント」
公言するだけ「ゆるいコミットメント」
小ささくコツコツ「一口コミットメント」
すっぽしの原因は「怠惰」「不注意」「忘れる」
リマインダーは直前に
計画(時間・場所)と合図をセットに
計画はより具体的に細かく
怠惰はデフォルト設定で防衛
デフォルト設定=習慣
考えない、古い習慣に相乗り
硬直化は習慣作りの敵、柔軟性を持たせる
自信は目標達成の元
人は教わるより、教える方が自信を持つ
自己肯定は失敗から立ち直る力を与え、
自己不信を打ち砕く
同調を利用する
仲間が行動に影響を与える
コピペでいい、それが自発的なら尚いい
観られてる意識は心を引き締める
劣等感を感じたら逃げてもok
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「NO RULES」と大筋は同じなので「NO RULES」を読んでるなら読まなくてもいいかと思います。先に発売したのがこっちだったので私は読みました。
■よかったフレーズ
・マネージャーは自分のチームだけでなく会社全体がとりくむべき仕事と課題をチームメンバーにオープンにはっきりと継続的に伝える
・多くの企業委が研修に大金をかけ、従業員に仕事から長時間離れることを強いる。こうしたお金と時間、労力の大部分が的外れのことに費やされている。
・専門家の弱点は現状の制約に縛られすぎること。新鮮な目で問題ととらえられる人が、無知ゆえに制約をすり抜ける方法をみつけることがある。
・会社はチームであって家族ではない
・つねに柔軟性をたもち、あたらしいスキルを学び、新しい機会を検討し、折あるごとに新しい課題に挑戦して、新鮮な気持ちで自分をのばしながら働けるようにしよう -
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第1章 成功に貢献することが最大のモチベーション
たしかにネットフリックスは極端な例かもしれない。だがスタートアップから巨大ビジネスまで、どんな企業も優れた適応力を身につけなければ生きていけない。新たな市場需要を先読みし、大きなビジネスチャンスや新しいテクノロジーをものにする能力がなければ、ライバル企業にイノベーションで先を越されてしまう。私はネットフリックスをやめてから、世界中の企業にコンサルティングを行っている。ジェイ・ウォルター・トンプソンなどの有力企業をはじめ、ワービー・パーカーやハブスポット、インドのハイク・メッセンジャーのような成長著しい新興企業、創業間もないスタートアップなど、多種多様な企業にコンサルティングを提供するうちに、企業をとり巻く競争環境を、より幅広い視点からはっきりととらえられるようになった。
■基本的な行動規範
●マネジャーは自分のチームだけでなく会社全体がとりくむべき仕事と課題を、チームメンバーにオープンにはっきりと継続的に伝える。
●徹底的に正直になる。同僚や上司、経営陣に対して、時を逃さず、できれば面と向かって、ありのままを話す。
●事実に基づくしっかりした意見をもち、徹底的に議論し検証する。
●自分の正しさを証明するためではなく、顧客と会社を第一に考えて行動する。
●採用に関わるマネジャーは、チームが将来成功できるように、適正なスキルを備えハイパフォーマーをすべてのポストに確実に配置する。
するとリードはいったのだ。「僕らが本当に働きたいと思えるような会社をつくれたらいいと思わない?」
この言葉に興味をそそられた。私がピュアに参画したのは、人事制度が敷かれたあとだった。今回は構想段階から参加できるという考えに惹かれた。私は聞いた。
「もしそれをやったとして、最高の会社ができたかどうかを、どうやって判断するの?」
「そうだな、この会社の問題をこの会社の同僚と解決したいと思いながら、毎日会社に来たくなる」と彼は答えた。
その考え方が気に入った。リードはこのひと言で、人が仕事に何を求めるかをズバリ表した。それは、職場にやってきて適正な人材がそろったチームと信頼し尊敬する同僚たちと力を合わせ、一心不乱にすばらしい仕事ができることだ。
このとき私たちは最初の重要な気づきを得る。それは、最高の結果を出せる人だけが会社に残っていたということだ。したがって経営陣が従業員のためにできる最善のことは、一緒に働く同僚にハイパフォーマーだけを採用することだと学んだ。これはテーブルサッカーの台を設置したり、無料で寿司を提供したり、莫大な契約ボーナスやストックオプションを与えたりするよりずっと優れた従業員特典だ。優秀な同僚と、明確な目的意識、達成すべき成果の周知徹底―この組み合わせが、パワフルな組織の秘訣である。
■まとめ
・チームが最高の成果を挙げられるのは、メンバー全員が最終目標を理解し、その目標に到達するために、思うままに創造性を発揮して問題解決にとりくめるときだ。
・チームのやる気を最大に高めるのは、優れたチームメンバーが、つまり、ともに切磋琢磨しながらすばらしい仕事ができるメンバーがそろっていることだ。
・経営者の最も重要な仕事は、ともに切磋琢磨しながらすばらしい仕事ができるハイパフォーマーだけをチームにとりそろえることだ。
・無駄な方針、手順、ルール、承認をできる限り排除しよう。トップダウンの指揮統制方式はスピードと機動性の妨げになる。
・たえず実験を繰り返し、できる限り無駄ををそぎ落とそう。方針や手順を廃止したあとで必要とわかったら、元に戻せばいい。製品やサービスの改善に努めるのと同様、文化にもたえず磨きをかけよう。
第2章 従業員一人ひとりが事業を理解する
新入社員大学では、本題に入る前に参加者に念を押した。「今日は自分から働きかけなければ何も学べません。質問をしなければ、答えは得られないわよ」。今から思えば、これがネットフリックスの初期の成功の布石だった。このひと言で、あらゆるレベルの従業員が、自分に期待されている行動についてであれ、経営陣の下した決定についてであれ、誰に対しても遠慮なく説明を求めることを許されたのだ。従業員がよりよい情報や知識を得ただけでなく、やがて社内全体に好奇心の文化が生まれた。そして従業員の鋭い質問が重要な発見につながることも多かった。
■まとめ
・どんなレベルの従業員も、自分とチームの任務だけでなく、事業全体のしくみや会社が抱える課題、競争環境などを大局的に理解することを望み、必要としている。
・事業のしくみを正しく理解することが、何よりも大切な学習だ。それはどんな「従業員の能力開発」研修よりもためになるし、おもしろい。この知識が高い業績と生涯にわたる学習の起爆剤になる。
・経営陣と従業員のコミュニケーションは、本当の意味で双方向でなくてはならない。リーダーが質問や提案を歓迎し、気軽に意見をいい合える雰囲気づくりに努めれば努めるほど、レベルにかかわらずすべての従業員が、驚くようなアイデアやひらめきを与えてくれる。
・部下が何もわかっていないように思えたら、それはたぶん、知るべき情報を知らされていないからだ。必要な情報を与えよう。
・あなたが従業員に事業の現況や問題点を―よかろうが悪かろうが伝えなければ、彼らはほかからその情報を得るだろう。そしてその情報はたいていまちがっている。
・コミュニケーションの仕事に終わりはない。1年、一四半期、1か月、1週に一度行うだけの仕事ではない。円滑なコミュニケーションは競争優位を支える。
第3章 人はうそやごまかしを嫌う
ネットフリックスの経営陣はあの手この手で、正直な姿勢を率先して示した。その一環として、チームミーティングで「スタート・ストップ・コンティニュー」と呼ばれるエクササイズを行った。各人が誰か一人の同僚に対して、始めてほしいことを1つ、やめてほしいことを1つ、とてもうまくやっていて続けてほしいことを1つ伝えるのだ。私たち経営陣は透明性の価値を固く信じていたから、経営会議でみずからこれを行った。そしてそれぞれが自分のチームに戻り、経営会議の「スタート・ストップ・コンティニュー」で誰がどんなことをいわれたかを全員に話して聞かせた。そうするうちに、オープンな姿勢が大切だという認識が、社内中にさざ波のように広がっていった。
■まとめ
・従業員は事業や自分の業績について、ありのままの真実を告げられても対処できる。彼らが聞く必要があり、聞きたいと強く願っているのは、ありのままの真実なのだ。
・正直に、適切なタイミングで、面と向かって気になる点を伝えることに勝る問題解決法はない。
・徹底的に正直な姿勢は、緊張を和らげ、陰口に歯止めをかけ、理解と尊敬を深める。
・徹底的に正直な姿勢は、胸にしまわれていた反対意見をあぶり出す。そうした意見は重要な発見につながることも多い。
・部下の仕事ぶりに問題があるとき、それを本人に直接ありのままに伝えなければ、マネジャーやほかのチームメンバーがミスをカバーするはめになり、不当な負担を強いられる。
・話し方に気を配ろう。リーダーは批判的なフィードバックの伝え方を練習し、具体的で、建設的で、善意が伝わるような方法で話そう。
・同僚同士でフィードバックを送り合えるシステムをつくろう。ネットフリックスでもシステムをつくり、年に一度のフィードバック・デイを設けて、全員が送りたい相手にコメントを送っている。
・みずから模範を示し、まちがいを率直に認めよう。また、自分が何をもとに決定を下したのか、どこでまちがったのかを説明しよう。そうすれば部下は上司と真っ向から対立する考えや意見であっても率直に話してくれる。
第4章 議論を活発にする
カルチャーデックでは、ネットフリックスが採用し昇進させる人材に求める重要な資質として、「優れた判断力」を挙げた。曖昧な状況で適切な決定を下し、問題の原因に深く切り込み、戦略的に考え、その考えを明確に表明する能力だ。このスキルを磨くには、こうしたオープンで活発な議論に参加するのが一番だ。また私たちが求めるもう一つの重要な資質、「勇気」を磨く機会にもなる。自分の意見に耳を傾けてもらえ、自分にも貢献ができるとわかれば、思い切って発言できるものだ。
スティーブ・マクレンドンはオープンな議論の利点について、もう一つすばらしい指摘をしてくれた。多くのマネジャーが扱いに悩む若者たち(あの厄介なミレニアル世代)は、こうした透明性や、自由に質問できる機会を好むのだという。
■まとめ
・経営判断をめぐる白熱したオープンな議論に参加するのは、チームにとってスリリングな体験だ。チムは分析力を最大限に発揮してこれに応えるだろう。
・議論のルールを明確に定めておこう。参加者はしっかりした主張をもち、その根拠を提示できるようにしておく。憶測ではなく事実に基づいた議論を展開すること。
・参加者はお互いの見解や議論されている問題について、憶測するのではなく、直接説明を求めよう。
・議論では私心をもたず、必要とあれば自分の主張を捨て、議論に負けたことを率直に認めよう。
・議論を企画しよう。参加者に人前で意見を表明させる。舞台上で行ってもいい。逆の立場から議論させ、自分の主張の穴を見つけさせるのもいいだろう。十分な準備をしてのぞむフォーマルな議論が、画期的な発見につながることもある。
・事実に見せかけたデータに注意しよう。優れた結論を得られるかどうかは、データの質にかかっている。人は自分の先入観を裏づけるようなデータに目をとめる傾向にある。厳格な科学的基準を満たすデータだけを採用しよう。
・議論は小集団で行うのが一番だ。誰もが遠慮なく発言できるし、黙っているととても目立つからだ。また大人数で行う場合より集団思考に陥りにくい。
第5章 未来の理想の会社を今からつくり始める
■まとめ
・敏捷さを保ち、変化にすばやく対応するために、将来必要になる人材をいま雇おう。
・「今から6か月後に高い業績を挙げるために、会社はどう変化していなくてはならないか」を定期的にじっくり考えよう。頭の中で映画をつくり、従業員がどこんな仕事をしていて、どんなツールやスキルをもっているのかを想像する。次に、その未来を実現するために必要な変革を今すぐ実行に移そう。
・人数を増やしても仕事の量や質が高まるとは限らない。人数は少なくても、優れたスキルをもつハイパフォーマーをとりそろえた方がよい場合が多い。
・マネジャーは成功しているスポーツチームを手本にしよう。スポーツチームはたえず新しい人材をスカウトし、布陣を入れ替えている。マネジャーの仕事はチームをつくることであって、家族を養うことではない。
・チームメンバーのなかには、会社がめざす未来に高業績を挙げられるような人材に成長しない人もいる。そうしたメンバーの能力開発に投資するのは会社の仕事ではない。製品と市場の開発が会社の仕事である。
・業績にとってベストだと思えば、社内の人材を開発・登用しよう。社外から採用した方がよければ、迷わずそうしよう。
・従業員一人ひとりが自分の能力開発に責任をもつのが理想的だ。これができれば、従業員と会社の双方に最適な成長が望める。
第6章 どの仕事にも優秀な人材を配置する
その意味で、従業員定着率はチームづくりや文化のよしあしを測る指標に適さないと、私は考える。たんに会社につなぎとめている従業員の数だけでなく、必要なスキルと経験を備えた人材の数を示す指標が必要だ。そんな人材を何人確保できているか?必要なスキルと経験をそなえた新しい人材を何人採用するつもりか?それに、交代させる必要のある人員を厳しく見きわめているか、その決定を効率的に行動に移しているかどうかも注意深く見守る必要がある。
■まとめ
・採用担当マネジャーの最も重要な仕事は、ハイパフォーマーを採用することだ。採用担当マネジャーは、率先して人材パイプラインを開発し、採用プロセスのあらゆる面で指導力を発揮するべきだ。リクルーターの指揮者は彼らである。
・時代を先取りできるチームや企業は、人材プールをつねに補充している。
・従業員定着率は、チームづくりの成功を測る指標として不適切だ。最もよい指標は、すべての職務に優れた人材を配置できているかどうかだ。
・ときには多大な貢献をした人材であっても解雇して、新しい業務のハイパフォーマーや異なるスキルをもつ人材を採用しなくてはならないことがある。
・ハイパフォーマーを採用するには、ボーナスやストックオプション、高額の給与、昇進の確約でさえ、決め手にならない。ほかのハイパフォーマーとチームを組んで学び合えること、仕事が楽しいと思えることが、最も強力な決め手となる。
・優れた人材を採用するとは、「A級プレーヤー」を採用することではない。チームのニーズに最も合致した人材を探すことだ。あるチームにとってのハイバフォーマーは、ほかのチームにとってはそうでないかもしれない。
・履歴書にとらわれてはいけない。工夫していろいろな場所で人材探しをしよう。職務歴を掘り下げよう。幅広い経験を検討し、基本的な問題解決能力に目を向けよう。
・面接を最初から最後まで、心に強く残る経験にしよう。面接するすべての候補者に、この会社に入りたいと思ってもらえるようにしよう。
・リクルーターは、どんなに専門的な事業であっても、そのしくみを周知しているビジネスパーソンでなくてはならない。採用プロセスに協力する、創意あふれる積極的なパートナーでなければならない。どんな人材が必要かをリクルーターにくわしく説明すれば、すばらしい見返りが得られる。
第7章 会社にもたらす価値をもとに報酬を決める
■まとめ
・どんな職務に必要なスキルや才能も、定型的な職務内容とは一致しない。また定型的な職務の給与データをもとにあらかじめオファーの水準を決めておくべきでない。
・給与調査の情報は現在の市場状況の後追いでしかないから、それだけをもとにオファー金額を決めるべきでない。
・事業の現状から考えて支払える金額だけでなく、その人材が将来もたらすかもしれない収益も考慮に入れよう。
・給与を市場水準の何パーセンタイルと決める代わりに、その分野のトップレベルの給与を支払うことを検討しよう。すべての職務でなくても、会社の成長のカギを握る職務だけでもいい。
・契約ボーナスを与えると、入社の翌年に減給になったかのような印象を与えかねない。それより、トップパフォーマーに見合うだけの給与を支払う方がいい。
・報酬に関する情報を従業員と共有することで、給与に関してよりよい判断を下し、偏見を減らし、さまざまな業務の業績への貢献について正直に話し合うことができる。
第8章 円満な解雇の方法
■まとめ
・従業員は自分の才能と情熱が、会社のめざす将来に合っているかどうかを見きわめ、ほかの会社の方が自分に合っているのかどうかを判断できなくてはならない。
・従業員は自分の仕事ぶりに対する評価を頻繁に受ける必要がある。あなたが人事考課制度を廃止できる立場になかったとしても、従業員の業績について話し合うためのミーティングを頻繁に設けよう。
・人事考課を廃止することが可能であれば、試しにやってみよう!この制度のせいで膨大な時間が無駄になっているうえ、従業員は業績に関するリアルタイム情報が得られないことが多い。
・業績改善計画 (PIP)を、従業員の業務改善を助けるための真摯なとりくみにするか、さもなければ廃止してしまおう。
・解雇された従業員が会社を相手に訴訟を起こす可能性は、とくに業務上の課題について定期的に話し合いをもっていた場合は、ゼロに近い。
・従業員エンゲージメントにとらわれるのは的外れだ。やる気の高さと業績の高さの間に必ずしも相関性はない。また今の職務で高い業績を挙げていても、将来の職務で高い業績を挙げられる保証はない。
・人事決定を下すにあたって、私流のアルゴリズムを使ってほしい。「この従業員が情熱と才能をもっている仕事は、うちの会社が優れた人材を必要とする仕事なのか?」
・すべてのマネジャーは、優れたチームメンバーが他社でよい機会を見つけられるよう、積極的に支援してやれる。解雇はすばらしい結果を生むことがある。
・人事考課とチームづくりに関して、この柔軟な手法をとれば、当事者全員がよりよい結果を得られるだけでなく、チーム全体の業績向上にもつながることは明らかだ。
結論
重要なのは、段階的に実験を行うこと、そしてバリエーションを許容することだ。同じ手法でも、チームリーダーによってとり入れ方がちがうかもしれない。またチームやときには部全体が、独自の文化を維持しながら、共通の基本原則を導入することもできる。ジェシカがいってくれた言葉で、私のもう一つのお気に入りは、ネットフリックス文化が「社内全体に生きている」というものだ。エンジニアリングの文化は、マーケティングやロサンゼルスのコンテンツクリエーターの文化とはちがうが、つきつめてみれば全員が同じ基本原則をもとに団結しているのだ。
文化変容を成功させるもう一つのカギは、この先どんな挑戦や変化が待ち受けるのかを正直に伝えることだ。ある全社会議でリードが質問に答えていたとき、誰かが立ち上がっていった。「恐怖の文化にどう対処するかをそろそろ考えるべきだと思う」。これはドットコムブーム後の大不況のときのことで、従業員は解雇を恐れ、私たち経営陣もそれが現実に起こり得ることをはっきり伝えていた。立ち上がった男性は、その日早くに行ったブレゼンテーションで、ネットフリックスはプロダクトに小さな変更を加えるのではなく、大きな山を登るのだと主張した。リードはこの比喩に乗っかって、恐怖も捨てたもんじゃないかもしれないな、といった。K2のような巨大な山に挑むときは、酸素をもっていく必要さえある。だが登山中に嵐が来てベースキャンプに戻ったとしても、失敗者とは呼ばれない。私はこのたとえ話が気に入った。私たちが挫折の避けられない大きな挑戦に立ち向かっていることを、そしてすばらしい冒険をしていることを見事に表していたからだ。
自由と責任の文化をつくることによって確実に得られるものを一つ挙げるなら、前に踏み出そうとする人たちに勇気をもらえることだ。自分には力があり、自分のキャリアを自分でコントロールしていると感じれば、自信が湧いてくる。彼らが思い切って発言し、リスクをとり、失敗から立ち直り、大きな責任を引き受ける自信にあふれる様子に、あなたも驚かされるはずだ。組織の全員が自分の力を自覚したら、いったいどうなるか想像してほしい。誰もがよりよい判断をし、すばやく行動できるだろう。思いもしなかったアイデアが飛び出すだろう。また全員がお互いにより正直でオープンになったらどんなによい組織になるだろう。
従業員が力をもっていることを忘れてはいけない。あなたの仕事は、彼らに力を与えることではない。彼らの力を認め、時代遅れの方針、手続き、制度を廃止して、力を解放することだ。それさえ行えば、彼らはパワフルになる。 -
Posted by ブクログ
上流活動は問題を未然に防ごうとする。
下流活動は問題が起こってから事後的に対応する。
後手に回るより、先手を打つ。
乗り越えるべき障害。
問題盲。問題があってもそういうものだと思い込んでしまう。
当事者意識の欠如。問題を自分のものとして捉え直す。相手を変えるのではなく、自分が動くようにする。
トンネリング。目の前の問題しか見えなくなる。このトンネリングを脱するために、戦略的にゆとりを作る。
検討すべき質問。
しかるべき人たちをまとめる。多様なメンバーで問題を包囲する。データを用いる。
システムを変える。
テコの支点はどこにあるか考える。
問題の早期警報を得るにはどこにセンサーを配置するか。
成否を正しく測るには?
害を及ぼさないためにどうするか?先を見据える。フィードバックループを作る。
起こっていないことにコストをかけるか?費用負担を考える。支払った人が得をする仕組みを作る。
上流活動は範囲が広く、効果もゆっくりであることを認識する。
マクロはミクロから始まる。
目の前の緊急事態に対処ばかりせず、予防に注意を向けるべき。 -
Posted by ブクログ
行動科学に基づくやり方で参考になりました。
自分の行動変容だけでなく、子どもの行動変容にも役立てそうです。(私自身が中学受験を控える子どもがおり、自信を持たせることとか、同レベルの集団で影響を与え合う環境におくことの重要性を認識しました。)
世間でのいろいろなサービスや行政の施策にもこれらの理論が使われていそうであることが認識できました。
そういった理論が使われていることを踏まえた上で、各種の施策に対して自分がどのような行動を取るのがよいかを判断していくことができるようになるので、今後の人生に大きく活かせそうです。
同調の章に悪用のことについて言及されていますので、実生活でも注意したいと思いました。(新型コロナワクチンのゴタゴタとかよい例だと思います。)