稲垣えみ子のレビュー一覧
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シンプルな調理が一番おいしい
ご飯を鍋で炊くとか、確かに恐怖に思ってるなと気づかされました。この本を読んだら炊けそうな気がしたので今度試してみようと思いました。
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購入済み
人生究極の生き残りバイブル本
これまで断舎利やミニマムについて本を読んだり実行してきましたが、自分が実践していた中で更に一歩踏み込んだ内容でした。要らないものを捨てシンプルになることは元より、地震による脱原発を個人でやり抜き、試行錯誤を繰り返しながら電気の要らない生活に対するひたむきな著者の姿勢に感動しました。それは決して脚光を浴びるような華久しいものではありませんが、人が生活していくことの喜びは目の前の日常に転がっていることを教えてくれます。生きていく上で本当に必要なモノお金、そして大切なことは・・・僕の中で今一番の「人生究極の生き残りバイブル本」であります。
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最近続けて読んでいる稲垣えみ子さんの著作。本作は特に「電気」に着目した一冊。
東日本大震災に伴う原発事故をきっかけに、電気に依存しない生活に挑戦したというお話。もともとそれほど電気を使わない暮らしをしていた著者だが、そこからさらに節電を進めるとなると、もはや「電気はない」という前提で生活することになる。
「電気がなかったら暮らせませんよッ」と誰しも思うところだが、稲垣さんは冷蔵庫も冷暖房もない生活を、実にポジティブにやってのける。
とはいえ、稲垣さん自身もカフェや銭湯など、家の外では電気の恩恵にあずかりながら暮らしている。北海道胆振東部地震によるブラックアウトを経験した身としては、電気にまったく頼らない生活は現実的ではないと思う。
それでも、電気があることを当たり前と思わず、本当に必要なものを見極める姿勢には学ぶところが多い。無理をして切り詰めるのではなく、自分にできる範囲で、持続可能な節電を考えていきたい。 -
Posted by ブクログ
『買わない生活』が面白かったので、遡って会社を辞める前後の話も読んでみることにした。
『買わない生活』と重なる部分もあるが、本書では会社という組織のあり方や、高度経済成長期以来、会社を中心に築かれてきた日本の社会制度への問題意識が強く打ち出されている。
物のない時代とは異なり、今の私たちは持て余すほどの物に囲まれて暮らしている。それなのに、経済を回すためには物を売り続けなければならない。だから企業はあの手この手で新たな消費を促す。何だかおかしな話ではないか。
もう経済成長を追い求めるのはやめて、みんなで小さく暮らせばいいんじゃない? と私も思う。もっとも、そう単純な話ではないのだろう。現に私自身、会社を中心とした社会の仕組みに守られて生きているのだから。
会社に依存せず、身軽に生きる。言葉にすれば魅力的だが、働き方を変えたからといって、社会の仕組みから自由になれるわけではない。小さく暮らすことは個人の選択でできても、社会保障制度から自由になることはできないのだ。
とはいえ、老後のことを考えれば、いつまでも会社に依存してはいられない。物を増やすことよりも、今あるものを生かすこと。お金を稼ぎ続けることよりも、少ないお金で満ち足りて暮らせること。
社会の仕組みをすぐに変えることはできなくても、自分の暮らし方は少しずつ変えられる。そんな準備を、今から始めていきたいと思った。 -
Posted by ブクログ
10年前出版本。
同じく脱サラすべく、手に取る。
社員が懸命に働く原動力は「金」と「人事」
「人より偉くなりたい」「もっとお金が欲しい」
人よりは自分は優れているんだという感覚
少しでも贅沢をしたいという気持ち
出世競争の中、「そこそこで満足する」のは難しい。自分がポストにつけなかった場合、自分以外の誰かがなる。その場合自分はその誰かより「劣っている」と判断されたということになる。それは側から見る以上に深く人の気持ちを傷つける。
差別でもなく能力によって外された、その理由を聞くこともできない。
人事異動が発表されるたびに一喜一憂し始めていた。
お金よりも時間や自由がほ欲しくなったら、
会社依存度を下げる。
そうじゃないと抜け出せないよね。
でも会社は諸々を守ってくれてた。住む場所、保険、年金、信用。それが全て自前で用意せねばならなくなる。
会社は人生の学校
お金とはどう付き合うべきか
ウマの合わない同僚や上司とどう付き合っていくか
理不尽な人事異動にどう立ち向かうか
頑張っても結果が出ず、自信をなくしたときどうしたらいいか
納得のいかない命令にどう対処するか
結構過酷な旅笑
それをいつ終えるかは自分次第だね。 -
Posted by ブクログ
稲垣えみ子さんの著書は読みやすいし刺激に満ちているが、そのまま真似できるわけではない。適宜薄めたり、他の本から得た素材や、もともと自分で持っていた考えとかけ合わせたりしながら、自分流に捉えなおす工程が、むしろ楽しい。
無意識にそれをやってしまったあとのわたしの中に残っている事柄をこれから書くので、えみ子さんの主張とは異なるものになってしまってるかもしれない。その点は、すみません。
・家事は、自分で自分を大事にする行為。
家事の中でも、わたしは「掃除」が一番嫌いで苦手なのでそこに主にフォーカスすると、えみ子さんの掃除は、ほうきで毎日さっと床を掃いて、料理の片付けが終わったらそのまま雑巾で壁や床も拭いて、それからトイレも毎朝、クエン酸だか重曹だかを撒いたら手に持った布で中までぐっと拭く。拭き掃除に使った布は洗ってベランダに干す。それが習慣になれば、毎日本当に気持ちがいいし負担でもない、どころか楽しくて仕方ないそうだ。彼女がひとり暮らしであることや、ものが少ないことを考慮すれば、わたしがそのまま真似できなくても無理もないとは思うが、少しでもその感じを真似したい。
なぜなら、「家事は、自分で自分を大事にする行為」だからだ。料理や洗濯に関しては今あまり困ってないが、片付けと掃除ができてない部屋で過ごすことで生じているストレスの正体は、みっともないとか、子どもに悪影響があるのではとか、そういう側面もあるけど、本質的には、自分を大事にできてないという感覚なのかもしれないと思った。
・便利さと欲望を手放し、自分の身一つで無理なくできる範囲で暮らす。
本書の中で語られる「老後」問題とも関係してくるが、ものを増やせばいつかは必ず手に負えなくなる。たとえ家事を効率化する便利グッズであったとしても、その効果を得るために新しいことを覚えたり、やれ充電だ詰め替えだと意外と複雑な段取りが必要になったりする。それなら、自分の体でできるだけの物量と面積で生活して、身の衰えに合わせて次第にそれを縮小していくのが理想の老い方なのではないか、と還暦目前というこのときのえみ子さんは言っている。
さっきの掃除の習慣も、わたしが真に必要な物量と面積のなかで暮らしていたら、できないことでもないように思う。実行に移すにはまず一大断捨離が要るが(その工程についても詳述されている。やっぱり、こんまりメソッドが良いらしい)。
これらをさらに、『戦略的無計画』で読んだ「一日一分でいいから続けて習慣にする」という精神とかけ合わせると、たとえば「キッチンの床」とか「寝床まわり」とか「居間の自分が良くいる場所」とかエリアを限定して、ここがきれいだとわたし嬉しいという場所を、一分でいいからどこか掃除する、というのをまあなるべく毎日やったら、なんだか少しいいことありそう。「まずモノを減らせ」というえみ子メソッドからは逸れるが、家事を「やらなきゃいけない面倒なこと」ではなく「自分を大事にする行為」と捉える感覚を実感するために、まずはそこからでもいいかな、と思った。
(追記)
深川江戸資料館の、四畳半四人ぐらしの長屋再現展示の紹介があるんですが、あれ、わたしも感銘を受けまして、大好きなんですわ!また行きたいな。