村田沙耶香のレビュー一覧
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授乳ーー真似てはみるが
この小説では、大人も模範になれない。
子の行う、母親の真似は、慈愛とは程遠い。
唾液、蛾の体液。血液。(ああ、そして母乳なのか?)
『謎の彼女X』という漫画では、恋人の唾液が絆の状態を
知らせる印として働き、愛は死を乗り越える手段と言えた。
一方、この小説のような、仮借なく描かれた破滅を
目にすると、生き方を問われていると感じる。
周作先生の『深い河』では、女性に対しては「授乳」
どまりの中途半端な交わりが、キリスト教に対しては、
異端とも、ある意味徹底しているとも言える生きざまが
描かれる。 -
Posted by ブクログ
『闇に包まれた穴の底には、龍が横たわっているような気がした。(中略)年寄りたちの言うには、そうした穴は龍が冬眠をする穴ぐらだそうで、龍は夏になると穴からはいずり出てきて天空に飛び立ち、冬になると再び穴に舞い戻ってくるという。穴の付近の雪が解ける理由は、龍の吐く息が穴から噴き出してくるせいらしい。ぼくはその言い伝えを知っていたので、穴の底でひとりぼっちにさせられたとき、龍に食われてしまうんじゃないかと怖くてたまらなかった』―『ラシャムジャ/穴の中には雪蓮花が咲いている』
「絶縁」というテーマのアンソロジー。村田沙耶香が作品を寄せているというので読んでみたのだけれど、その他のアジア圏の作家の短篇にも魅せられる。中でもチベット語で創作活動をしているという中国青海省海南チベット族自治州生まれのラシャムジャという作家の作品は、地方出身の主人公による地元の幼馴染の思い出と都会で失望感を味わう自身の境遇の対比の問わず語りなのだが、その対比の中にある地方と都会あるいは自然の中に生きることの多面性と都市化された環境の中の画一的な生活の効率性の対比という構図が多重露出的に描かれ、知らない筈の土地に対する郷愁を呼び起こす。まるで台湾の呉明益の小説かと思わせるような作品で、特に惹かれた。
日本、シンガポール(マレー語)、中国、タイ(南部)、香港(広東語)、中国(チベット語)、ベトナム(南部)、台湾(広東語)、韓国の作家が並ぶのだが、国籍は必ずしも作家の特徴を典型的に表象する訳ではないのだと(アンドレイ・クルコフの「優しい死の天使」の中で国民性と国語の関係について言われていたことを思いだすが)判ったようなことを言いたくなる。それが編んだ人の意図であるのかは定かではないが、母語がその国の標準的な言語である作家と方言を含め母語が標準的言語ではない(もちろん、書き言葉では口語ほどの違いは出ないだろうけれど)作家の立ち位置の違いが、「絶縁」という言葉から連想されるものの違いになって表れているようにも見える。例えば、村田沙耶香の「無」(日本語)や郝景芳の「ポジティブレンガ」(北京語)では絶縁は「個人」の感情から主に湧き上がる「違和感」に由来する。その違和感を感じさせるものの正体は「社会」という捉えどころの無い、あるいは実態の無い相手であり、その実態の無さを二人の作家は空想科学小説風のディストピアとして描く。基本はミヒャエル・エンデの「モモ」あるいはジョージ・オーウェルの「1984」に似た物語。一方で、その国において少数民族と呼ばれる人が用いる言語で書かれたラシャムジャの「穴の中には雪蓮花が咲いている」(チベット語)やアルフィアン・サアットの「妻」(マレー語)が描く絶縁は違和感ではなく「孤立」に由来するものであり、少数派としての視点を通しての社会への隔絶感はあるとは言え、対象は個人の顔をしている。もちろん個人はその社会における多数派という立場を代表していると読めるのだが、社会の制度そのものというよりは立場を利した強者への拒絶感が孤立を生む(生ませる)という構図が共通してあるようにも思う。
そのように要約してみると、ベトナムやタイにおける南北対立の構図や、香港、チベット、台湾における「中央」との対立の(それらは往々にして官民の対立でもある)構図といった社会的課題が「違和感」を「拒絶」へと高める一因となっているのだろうかと考えたりもする。だからと言って日本の村田沙耶香や中国の郝景芳や韓国のチョン・セランが何も社会的課題を描いていない訳ではないが、敢えて言えばこの三人の作家の描く主人公には個人が能動的に「絶縁」をすることの可能性がある一方で、他の作家の描く主人公には「絶縁」を受動的に許容する他選択肢が無いようにも見えるという違いがあると言えばよいだろうか。
もちろん、違和感であろうが、孤立であろうが、向き合っている社会に対する個人の信条との対立という構図に変わりはない訳で、それは突き詰めれば個人の持つ正義感とでも呼べばよいような硬質の言葉に帰結するように思うが、それを声高に叫ぶことを必ずしも善しとしない態度が、不思議なことにどの物語の主人公にも共通して認められる。日本では最近若年層の対人関係におけるとみに「温和」な態度が話題となったりもするが、格差間の弱い側に属しがちな若い世代はどの社会でも同じような傾向にあるということを示しているのだろうか。だとすれば、ポピュリズムに支配されつつある世界の中で「対立」の構図を越えた新しい関係性を産み出す萌芽をそこにみることも出来るのかと思ったりもする。
『私くらいの世代のことを、私は、心の中で「リッチナチュラル世代」と呼んでいる。世代それぞれの生き方や性格の流行を、心の中でこっそり名付けるのが好きだ。私より上の「過剰浪費快楽世代」には理解できない、ぱっとみて楽しそうな浪費や快楽ではないものにお金をかけている世代なので、「ずいぶん地味ねー! 人生楽しまなきゃ!」と九条さんに言われたりしてしまう。一方、「安定志向シンプル世代」からみると、無駄遣いに思えるような高いインテリア家電に手を出したりして、戸川さんに、「え、あれ買ったんですか、すごいですね」と少し引かれてしまったりする』―『村田沙耶香/無』
そしてそんな硬質の思考を紡ぎがちな作品が多い中、やはり村田沙耶香のデフォルメし架空の社会に投影された現代の写し絵は、その一見するとぶっとんだような語り口とは裏腹にいつも通りの世界観を強烈に放っていて、秀逸なのだった。 -
Posted by ブクログ
日本の作家と共作しませんかと問われた韓国の作家チョン・セラン氏が「アジアの若手世代の作家が同じテーマのもと短編を書くアンソロジーはどうか?」と編集部に逆提案。それで編まれたのが本書だとか。
今回のテーマは“絶縁”。人によって、国や地域によって、こんなにもいろんな“絶縁”があり、それぞれが自分だけの「生」に翻弄されながらそれでも生きていくしかないのだな…。誰かに代わってもらうわけにはいかないものね。
作品ごとに作者紹介に加えて訳者解説やあとがきがあるのがうれしい。世界が広がるような一冊でした。テーマを変えたり執筆者の顔ぶれを入れ替えたバージョンも読んでみたい! -
Posted by ブクログ
変わった、不思議な小説を書く印象のある村田沙耶香さん。
〝私の文章の読み方には二種類あり、一つは「ひたすら読み進む」という普通の読み方。
もう一つは、「一節を何度もいったりきたりしながら繰り返し味わい、頭の中で執拗に嘗めまわし続ける」という少し変質的な読み方”
と、村田ワールド炸裂な表現の仕方に笑ってしまう箇所が多かった。
これまで沢山読んで吸収してきた本たちを〝私が食べた本”と表現しているのも面白いと思ったし、人生における性と生死について深く考える方なんだな〜と思った。
私も大好きな小説家の島本理生さんや、西加奈子さんについてのエッセイも読めて大満足。
西加奈子さんについての話は鳥肌が立ったし、西さんの愛に溢れる人間性を少し知れて嬉しかったし、だからあんなに愛に溢れた小説が書ける方なんだなぁ〜と、なんだかとっても嬉しくなった。
紹介されていた本も興味深いものが沢山あったし、山田詠美さんの本も1冊しか読んだことがないので早速他のものも読んでみようと思う!
2022年、15冊目。 -
ネタバレ
おもしろい
読後の最初の感想は、「今っぽい話だなぁ」でした。
私は小説を頭の中でしっかりと映像化する癖があり、俳優さんや女優さんを当てて読みます。そうすることでより入り込めます。
今回の主人公は黒木華さん、店長は長谷川博己さん、など。
主人公は周りとは少し"違う"という幼少期をすごし、極力自分から何かを発さないように過ごします。
ゆくゆく自分が"違う"部分を治すのではなく、周りの"普通"な人を真似てあたかも同じかのように振る舞い生きていく。
それが非常にスムーズでやりやすいと感じたのが、コンビニ。
"古倉さん"という店員として存在し、幼少期がどうだとか考え方がどうだとか、主人公の感情や生き方など誰も気にしない。
品出し・レジ・掃除など必要とされていることを必要な分こなすという生活を35歳まで、アルバイトのまま、未婚で、続けます。
そもそも、この「誰も気にしない」というのは"普通"の人なら寂しく感じることだろうと思うけれど、主人公はその環境が心地よく感じています。
今まで"違う"ということを押し付けられていたがために、コンビニの一部になれていることに幸福を感じている。
正直、今は社会でもプライベートにまったく介入しないというのがむしろ良しとされる風潮がありますよね。
若者に多いのが
有給を取る理由を言う必要があるか?
恋人の有無を教える必要があるか?
オンライン会議では部屋を映さない とか。
何かとハラスメントでネーミングされます。
主人公のと訳が違うのは大前提ですが、
「迷惑をかけているわけではないのだから放っておいてくれ」というのは、今っぽいですよね。
白羽は迷惑かけまくってましたけど。
といった感じで、そのリアルな社会の感じが気分を暗くさせます。
それだけ入り込めるということだと思います。
いくらでも書けそうなので強引に締めました。
あと書いておきたかったのは途中で一瞬出てきた"主人公の成れの果て"の男性です。
お客の癖に商品を整理したり客の列を正したり。
白羽に促されるまま就職してしまったら、ああなっていた。
だから主人公の判断は正解で、ハッピーエンドだと思います。