恩田陸のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
三月は深き紅の淵を に出てくる幻の本の、1話目に当たる話なのでしょうか?
ほんとに面白いですよね。
毎日の暮らしの中で遭遇する小さな謎(待ち合わせして、同じ時間に同じ場所にいたはずなのに会えないとか)から、一時期ニュースにもなった話題性のある謎まで、たくさんの美しい謎だらけ。解決するものもあれば有耶無耶になるものもあって、こんなにたくさん楽しんじゃっていいのー?!という感じ。
4人の登場人物がいて、それぞれが一章ずつ語っていくのだけど、この4人なら蒔生が最後なのかと思いきや、節子がトリというのもなんだか不穏だし。
恩田陸さんの作品の中では、これが1番好きです。 -
購入済み
文章がきれいで、ぐんぐん引き込まれる本。
音楽をよくここまで文章化できるのって、すごいと思う。読んでいるだけで、コンクールのその場にいないのに音楽を感じてしまうような臨場感を感じました。
音楽やピアノに興味ない私でも楽しめる本。 -
Posted by ブクログ
恩田陸ファン待望の新刊書が出たら当然の如く購入し、他の本を中断して最優先でじっくりと舐めるように読むよう努めている。
土曜日から始まるこのエッセイシリーズ第二弾である日曜日、来年にも月曜日が出版されるとの事、本当に楽しみ。土曜日の文庫版は今年3月に出版されたが、書店でなかなか売っているところが無く、武蔵境の文教堂でようやく見つけた。単行本は10年前に出版されているものの、これも書店では見つけられず、しょうがないのでネットで中古の初版本を入手した。近いうちにじっくりと読むつもりで積読。
さて、本書の内容について、一応エッセイ集という形をとっているが、基本的に読書感想文で、一つにつき1~3枚で纏められている。著者がいかに多彩な本を日頃読んでいるかが判り、しかもその本の面白さが本当に良く伝わってくるので、大元の本を読まなくても済むような作りになっている。また、気に入った感想文を読むと、どうしても大元の本を読みたいという衝動に駆られてしまうが、もうこれ以上読みたい本が増えることは勘弁して欲しい。まあ、数冊ぐらいだったら読んでも・・・やっぱりやめておこう。
著者とは出身県が同じで年齢も近く、好きな本のジャンルも近いため、共通の関心事も多い。子供の頃に見たテレビ番組・書籍等も多いので、懐かしさも相俟って内容が頭にどんどん染み入ってくる。ちなみに、冒頭の「私の中高生時代」で私の心はがっちりと鷲掴みされ、そしてその深い沼にどんどん沈み込んでいく・・・
次の月曜日が楽しみ。 -
ネタバレ 購入済み
鏡のない宮殿
一部ご紹介します。
・『鏡のない宮殿』:昔々、ある国で、王家に一人の娘が生まれた。娘は生まれた時から非常に抜きんでて美しかった。
王は娘が自分の容姿に傲慢になるのではないかと恐れた。
それ故、娘が自分の顔を見て自惚れることのないように、宮殿の中から鏡を全部取り去り、顔が映りそうな銀の食器も撤去し、池も潰してしまう。
娘は大きくなるにつれ、自分の顔を見たいと周囲にせがむのだが、
みんな『あなたは醜いのだから見なくていい』と言って誰も見せてくれない。
娘もだんだん、自分があまりにも醜いから顔を見せてもらえないのだと考えるようになる。
ところがある日、行商人に化けた魔女がやってきて、宮殿に入り込むと、姫にいろいろなものをプレゼントした。
暖かい火のドレスを作る靴、涼しい噴水に包まれる扇。そして、最後に袖の中に隠していた鏡を姫に見せてしまう。
魔女は姫に対して、王たちは姫を騙して彼女を不幸にしようとしていると唆し、
姫を外に連れ出して、ろくに外に出たことのない彼女を山の奥に置き去りにしてしまう。
日が暮れて辺りは暗く、寒くなってくる。
姫は魔女がくれた靴を履いて、火のドレスを出そうとする。
すると、靴は荒々しい火を吐き出して、周囲の草に火をつけてしまう。
姫は慌てて噴水の扇を出す。
しかし、今度は強い風と大雨が起きて、姫をびしょぬれにしてしまう。
あちこち逃げまどった彼女は、最後に鏡を出して自分の顔をゆっくり見ようとする。
けれど、その時魔女の笑い声がして、鏡は粉々に割れてしまう。
鏡を割られて山の中で絶望に泣いていた彼女の前に、
一人の漁師の青年が現れた。『なんで泣いているの?』。
『鏡が割れてしまったの』。
『じゃあ、僕が君の鏡になってあげよう』。
二人は一緒になって幸せに暮らす。二人が暮らした森の中の小さな家の柱には、小さな鏡が掛けてあった。
けれど、お姫様は子供たちの世話に夢中だったので、めったにその鏡をのぞいてみようとは思わなかったのだ。
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ネタバレ 購入済み
創作について
一部ご紹介します。
・「人類の歴史は掃除の歴史なんだって。
ちょっとでもさぼると、文明なんてすぐに埃に埋もれてしまう」
・「誰でも一生に一冊の本を書けるというのは本当よ。あたしたちは毎日書いているでしょう」
「いいものを読むことは書くことよ。
うんといい小説を読むとね、行間の奥の方に、自分がいつか書くはずのもう一つの小説が見えるような気がするってことない?
それが見えると、あたし、ああ、あたしも読みながら書いてるんだなあって思う。」
・ヘンリー・ダーガーという人がいた。病院の清掃員を生涯の仕事にしていた。地味で目立たぬ男だった。
彼の死後、彼が生前書いていたおびただしい小説が発見された。
それは、子供たちの国。たくさんの子供たちが血みどろのむごたらしい戦争をしている国の物語。
その世界ではヘンリー・ダーガーは子供たちを救い出す救世主であった。
彼は美術の勉強をしたことはなく、広告や絵本や雑誌の絵を写しては組み合わせて、
このグロテスクでいつまでも終わらぬ世界を夜な夜な一人で描き続けていた。
彼はその世界に完全に生きていたのである。
・大量のストーリーが消費されている現代、結局のところ、ゲームの中の虚構は一つのテーマに統合されつつある。
英雄伝説、もしくは英雄になるための成長物語。最も古典的なテーマに立ち戻ろうとしているわけだ。
ゲーム制作者という吟遊詩人が作り出す、古典的なストーリーから派生した様々なバージョンをそれぞれのゲーム機でプレイヤーたちが聞いている。
彼らが聞きたがっているものは、大昔から変わっていないのだ。
・なぜ人間は「よくできた話」に感銘を受けるのだろう。
その感動は収まるところに全てが収まったという快感である。
おそらく、人間には何種類もの物語がインプットされているのだろう。
インプットされた物語と一致すると、ビンゴ(!)状態となる。
フィクションを求めるのは人間の第四の欲望かもしれない。
たぶん、想像力という他の動物にはない才能のためだろう。