瀬戸内寂聴のレビュー一覧
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いよいよ、一つの山場を迎えた感のある、巻七。あまりに重要なネタばれが多いため、最初から順番に読みたい方は、くれぐれも『作品紹介』は読まないようにして下さい。
この巻は、子を思う親の心の闇(本当に闇なの?)が多かったのが印象深く、それが、心のままにならない人の世の儚さと繋がっているように思われるが、「本当にそうなのか?」と、私だったら刃向かいたくなる。
「柏木(かしわぎ)」
『元々、寛容な人柄で、やや情に溺れやすい面があって、あまりにもお心が弱々しくやさし過ぎた』彼は、「玉鬘の君」から、『この方だけを親しい姉弟だと思っていた』と言わしめる程の人間描写を再実感することで、前巻とはまた異 -
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漫画の『あさきゆめみし』は過去に二回ほど読んだ。その他関連本も多少読んだからなんとなく知った気になっていたが、現代語訳そのものは読んだことがなかった。たださんの本書レビューに触発されて、私も源氏読んでみることにした。
角田光代版が最も新しく、これは絶対読みやすくて面白いだろうなという予感があった(角田さんの『曽根崎心中』がとても好きだから)が、瀬戸内寂聴版を自分でもパラパラと見てみた感じ、「これは紫式部が書いたままの文章なんじゃないか」「古文をそのまま読んでいるのに脳内で理解できてしまってるんじゃないか」と、そんな錯覚さえ起こしてしまうような文体が魅力的で、全十巻と長いのだけど、これに決め -
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全10巻の為、今後自分が混乱することを防ぐためにも、あらすじを主としたレビューです。
その為、いつもにも増してめっちゃ長いです。
スミマセン。
①桐壺
冒頭の「いつの御代のことでしたか、……」
それだけでもう、これこれ!と、心は平安京へ。
帝のあまりの寵愛ぶりに妃たちが妬み、
桐壺は酷い苛めを受けていた。
「打橋や渡り廊下の通り道のあちこちに、汚いものなどを撒き散らし……」
えー引くわ。。。
妃たちよ、気品や気高さはどこ行ったー!
元々桐壺は、腺病質で弱々しく、気苦労の耐える間がなかったとある。
更に桐壺の部屋は帝の清涼殿から一番遠い淑景舎。
可哀想に。
いつの時代も苛めは身勝手で残酷で醜 -
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巻三は、26才~31才までの源氏を描いており、ここにきて、ようやく自己を見つめ直す機会も頂いたかに思えた彼が、ここから心機一転やり直していこうとするのかと思いきや・・・。
「須磨(すま)」
須磨とは今で言う、神戸市須磨区と思われ、前回、見事なしくじりをしでかした源氏は、早速、「弘徽殿の大后」の策略により、彼が謀反を企んでいるとして、まずは官位を剥奪された後、次は流罪だと予想し自ら須磨へ都落ちする。と、こう書くと、ついに覚悟を決めた、堂々たるさっぱりとした姿を予想されるかもしれないが、実際は、「ああ、なんか最近嫌なことばっかりだなあ。もうこんな所いたくないよー。でも、だからといって、女の -
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源氏物語初心者の私にとって、瀬戸内寂聴さんの『源氏のしおり』は、とても興味深い上に面白くて好きで、今回は、「恋愛の手順」。
なんでも平安時代の姫君にアタックするには、まず、その周りを固めている女房たちをなんとかしなければいけないのだが、それ以前に、顔や姿をみだりに見せてはならないので、男たちは、女房たちの口コミだけを頼りに、どうしようかなと考えなければならないのは、なんとも悩ましく、姫君の立場からしたら、私はこの人が良いですといった自己主張が出来ないそうで、「なんで?」とは思ったが(少年愛は当たり前だったのに)、これは、政略結婚の意味合いが最も強かったからだと言われれば、どうしようもない。
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彼岸を感じさせながら、現身の人間の臨場感をもよびこむ世界。
苦しんで、苦しんで、解脱の境地に達したかのようにみえて、ふたたび苦しみ、それでも能役者および作者としての矜持を保ち続けようとする。
矜持を持ち続けるために必要な生のエネルギー。死に向かう心ではなく、あくまで生ききろうとするエネルギー。 -解説 川上弘美
わざわざ語らなくとも、内にあるもので十分に魅力は滲み出てくるということ。
むしろ語ることによってその魅力が些末なものになってしまうこと。
「秘」であるからこそ奥ゆかしく、思わず手が伸びてしまうようなものなのだと思う。
めまぐるしい人生のなかでも一際輝く世阿弥の生き様はまさにそれで、こ -
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映画「あちらにいる鬼」がとても面白かったので、面白かったのに、本書を紐解いた。映画は、中年を過ぎて男と確かに別れるために尼になるまでの、男と瀬戸内寂聴とその妻の不思議な三角関係を、淡々と描いたものだった。
本書も、著者と不倫男とその家庭との不思議な三角関係が出てくるが、映画の不倫男と本書の不倫男は現実でも別人である。むしろ、映画の前日譚だった。知っていて紐解いた。
1960年代。未だ不倫が不貞と言われていた時代だ。刊行年は昭和38年(1963年)。瀬戸内晴美(寂聴)が、新進の小説家として台頭していた頃。もしかして未だ井上光晴(「あちらにいる鬼」での不倫男)にも会っていないのかもしれない。晴