瀬戸内寂聴のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
瀬戸内寂聴が訳した源氏物語。
これ、ピンポイントで大事なとこだけ抜粋して現代訳した内容なので、読みやすい。
それにしても瀬戸内寂聴×源氏物語というと
もう頭の中にはエロしかなくて読む前もエロだろうな!という
固定概念しかない!w
と思ってたけど、読んだら意外や意外、ほとんど夜のシーンは無し。
その代わりと言ってはなんだけども
光源氏がもー色男というか、誰でもいいんかい?!みたいな
ツッコミどころ多すぎて。
紫の上とか本当にかわいそうというか…
イケメンだからってダメなもんはダメだろ!と
紫式部よく当時書いたな!と思う。
色んな光源氏の周りの取り巻きというか
惚れっぽいだけなのかもしれんけど。
しかしながら、まぁ現代にも通じるのもあるなーとか
いつの世も男と女。変わらずですな。 -
Posted by ブクログ
ホリエモンも寂聴さんもあくが強くて癖があって反発を覚えることも少なくないけれど、やはり気になる存在。
そのお二人の対論(対談ではないらしい)というからには是非とも読んでみないと!
うん、とっても面白かった。
堀江さんは当然と言えば当然であるが非常に頭にいい人である。しかしながら小難しいことを言わないのがいい。
漫画からの知識を平然と披露したり、案外と素直に相手の言う事を認めたり。
それと寂聴さん、とっても御歳90歳を超えているとは思えない!
記憶力の素晴らしさはさることながら、幅広い知識と新しい物事を取り入れようとする柔軟性に驚かされる。
それに、90歳を超えた人が京都―東京間を日帰り往復ってあり得ないよね・・・。
一番印象に残ったのは寂聴さんが繰り返し述べた戦争の怖さについてのこと。
今の日本はどうも戦争に向かおうとしているということを堀江さんに説き、どんな些細なことも注意を払わなければならないとおっしゃったこと。
堀江さんは終戦はついこないだのことなのに、と言っていたがこれもアラフォー世代までなのかなと。
それ以下の世代になると終戦なんて遠い過去なんだろうな。
戦争の怖さを伝えることが昭和生まれ世代に残された使命なのかもしれない。
タイトルは「死ぬってどういうことですか?」だけれども、死生観にかぎらず子育て、仕事、政治、原発など多岐に渡るトピックについて討論されていて楽しめた。
読んで損はない。 -
Posted by ブクログ
アメトーークの中で、光浦さんが紹介されてて興味を持った本。
出家前の作家・晴美と、出家後の尼僧・寂聴の往復書簡(と言っても同一人物な訳ですが)の形をとって、著者のこれまでの人生で出会った「性の話」をざっくばらんに展開する作品。すごい。何がすごいって、
①20年以上前に雑誌で連載されていた作品らしいけど、文章も言葉も、古臭さなんて全然感じさせなくてびっくりした。
②性について、すごくあけっぴろげに書いているけど(様々な人のことも!)厭らしさや官能的な感じは一切ない、さっぱりした作品になっててびっくりした。
おそらく、ご本人の性格によるところが大きいと思うのだけど、それにしても、誰にでもできる芸当ではないなぁ。すごい。そして何よりも、言葉がとても日本語らしくて、とっても嬉しい。他の作品、読んでみたいと思う!
「性」だからと敬遠したら、もったいない。是非読んでみてほしい1冊です。光浦さんありがとう!
--
もし私が天性好色で淫乱の気があれば、五十一歳で、ああはすっぱり出家は出来なかったでしょう。しかし文学少女の姉の傍らで私も読書家でした。性に目覚める環境が情緒的に豊かな十歳の頃には、世界の淫書に読みふけり神秘的なエロスの領域に踏み込んでいたわけです…。あれから幾星霜「生きた、愛した」自らの性体験、見聞を飾らず隠さずユーモラスに大胆に刺激的に語り合う。 -
Posted by ブクログ
普段はこういった本は読まないのだけれど、瀬戸内寂聴の書く「孤独」とはどんなものかと手にとってみた。
人は孤独である。お金があっても家族や友人がいても、結局はひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。当たり前のことだけれども、日常生活ではなるべく背を向けてきた事実が淡々と書かれている。
切っても切れない縁なのだから、やはり孤独は飼いならすしかあるまい。では、それをどうやって終生の友とするか。
この本が気になったということは、ワタシも孤独とのつきあい方を考える年齢になったのだろう。明確な答えが書かれているわけではないけれど、読んでちょっと楽になる部分があったかな。 -
Posted by ブクログ
瀬戸内寂聴の小説を読むのは初めて。というか、坊さんとしてメディアに登場する彼女の姿しか知らない私にとって、彼女の小説って所から新鮮だった。たまたま私が場所研究者であり、場所をテーマにしている大学の講義のレポート課題図書を探している中で、タイトルずばりの本書に出会ったわけである。といいつつも、映画好きの私は今年、小説家としての寂聴さんに出会っている。それは『夏の終り』という作品が満島ひかり主演で映画化されたからだ。しかも、この映画の原作もあの寂聴さんの実体験をもとにしているというのは私にとってちょっとした衝撃だった。
そんな縁もあり、本書を課題図書に決め、早速読み始めた。本書には下記14の章があり、それぞれ実在する場所の名前をタイトルにしている。本書は彼女自身の遍歴を再訪し、当時の記憶と現在の場所の変貌を書き綴った作品。
南山
多々羅川
中洲港
眉山
名古屋駅
油小路三条
三鷹下連雀
塔ノ沢
西荻窪
野方
練馬高松町
目白関口台町
中野本町通
本郷壱岐坂
と書きつつも、荒川洋治なる人物による巻末の開設には「『場所』に登場する「私」は、瀬戸内寂聴(晴美)その人と思われる。」と書かれており、実話とは断言していない。作品中にも「ウソ」と「ホント」の堺について、作家の情夫との会話が登場する。本作においても事実か創作かを議論することは意味がない。そもそも、彼女はノンフィクション作家ではなく小説家なのだから。
前半の地名は徳島県を中心としている。四国の地理感に疎いことと、話が戦中戦後の話なので、ちょっと読みにくい。主人公は戦中にお見合い結婚し、北京に渡り長女を産む。戦後帰国したものの、不在がちな夫に代わって、夫の教え子でもあった年下の男性に恋をし、夫に告白する。そのまま離婚はせずに上京するが、何度かその男に会うために家出をする。その男の名は「涼太」といい、映画『夏の終り』にもそのままの名前で登場するが、この小説はまさしくその関係を描いた作品。『夏の終り』ではもう一人の不倫相手として小林 薫演じる「仁」というのが登場するが、これも本書で実名で登場する人物。映画では「涼太」を綾野 剛が演じているが、やはり私が映画評で書いたように、実際は満島演じる女性の方が「涼太」よりも年上で、その三角関係にあった頃の年齢としては満島だけがちょっと若すぎる。
さて、話を勝手に進めてしまったが、私が映画を観ていたこともあるが、この三角関係が描かれるところからだんだん引き込まれるようになっていった。巻末の解説にも書かれていたように、彼女には独特の文体がある。この辺りで事実関係を確認しておくと、『夏の終り』が1962年に発表され、出家して瀬戸内寂聴になるのが1972年。つまり、彼女は坊さんになる前に小説家として有名だったのだ。そして、本書は2001年に単行本として出版されているが、その前から『新潮』で連載されていたとのこと。
上にも書いたが、本書はつまり、すでに『夏の終り』などでも小説化されている実体験をした思い出のある場所を40年以上たって再び訪れるという内容。にもかかわらず、過去を語るその書きぶりは非常に鮮明で生々しく描かれている。これこそが彼女が小説家たるゆえんであり、本書でも語られている通り、一時期は毎週雑誌にその名前が載らないことはないというほどの仕事をこなしていたのだ。
特に、彼女が登場で数多くの引越しを重ねて住んでいた場所に関する知識を私が持っているわけではないが、やはりそれなりにもっている東京の土地勘に照らし合わせると読みやすい。私の受講者がこのblogを読む可能性もあるので、肝心なことは書かないが、地理学研究の素材としても豊かな内容を有する作品でした。