岸本佐知子のレビュー一覧
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彼女が執筆した全76篇の短篇のうち65篇を岸本氏が訳したもののうち、19篇を収めた短編集。
順番としては「掃除婦のための手引き書」が先だったようだけど、私はこちらが先だった。まあ、短編集だし独立しているし、順番は関係ないか。
最初の2篇を読んだあたりでは「なるほど。おしゃれ。」程度で、少し時間が経つと思い出すのがしんどくなるくらいの印象でしかなかった。
そこからもう数篇読み、ルシア・ベルリンの語る語り口に慣れてくる頃になると、この作家のすごさが見えてくる。
表題作を読むあたりでは、岸本氏が後書きで「そして文庫の帯で」書いているように「一篇読むたびに本を置いて小さくうなり、深呼吸せずにはいられない」という状況がやってくる。
「なるほど。すごい。」に変わる。
どれも、とても平易な語り口で読みやすい。
だからファーストインプレッションは、さっきも書いたとおり、軽い。
ただ、よくよく読んでいるとそうではない。
一人称を中心に、個人の主観を語る中で語り手の人となりを、その人間性を深くから描き出す一方で、その姿を客観的に見たときの第三者的な違和感を実に見事に表現している。
客観的に見たら明らかにおかしい(あるいはおかしくない)のに、主観的にみたらまったくおかしくない(あるいはおかしい)というギャップ。
これが物語に強い陰影を与え、読む側はずいぶんとそのギャップにはらはらさせられる。
読むのを止められなくなる。
もう一つ、特徴的なのは、独立した、そして孤独な人間が中心に据えられていること。
そして上記の主観云々も関連するのだけれども、本人はそれを孤独だとも悩みだとも思っていない。
ただ客観的な我々読み手は、主人公から強い孤独さを感じずにはいられず、そこになんとも言えない感情が生まれる。
これもまた、すごい。
アルコール依存の女性が登場する物語がとても多く、これはなにを意味しているのだろうとずっと考えていたのだけれども、これは筆者本人がアルコールと戦ってきたということが反映されているのかな。そこからなにかを表現しようとしているのかもしれないけれども、そこは今回私の読み方では見いだせなかった。
例の孤独さを強調しているような役割は感じられたけど。
読むのが辛くなるような展開のものもあるけど、でもどれもものすごく秀逸。素晴らしい。
掃除婦〜も読んでみようと思う。 -
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何かの記事で、ダ・ダ・恐山さんがこの本を「面白かった」と言っていた、と思う。あやふやな記憶で購入した。
岸本佐知子さんの本は初めて読んだ。
ユーモラスな文体で軽やかだけれど、自虐的な何かも大いに含んでいて、楽しく読む一方で自分の過去の恥ずかしいあれこれが呼び覚まされたりした。あんなことしなきゃよかった、『常識』って難しい、というような。ちょっと痛痒さを伴う共感を覚えつつ、私のあれこれも軽やかな文体で記録したら少し面白くなるかなと考えた。
挿絵がかわいい。私が読んだのは文庫だけど、装幀・挿画をクラフト・エヴィング商會が担当していると知り「単行本買えばよかった…!」と思った。 -
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[1]今回も笑うのを抑えようとして「ぶひっ!!」という音を立ててまう一冊。他人がいる場所で読むのはとっても危険です。ホンマ、マジで。
[2]なんやろう、このヘンな気持ち。人生の参考にはまったくなりそうにないんやけど、生きていくうえですごく大切な何かが書かれているんやという妙な確信。
[3]もちろん、笑えるという点では人生の役にすごく立っているとは思うんやけど、それとは別に。
■簡単なメモ
《もしもこの世にレジで一番遅い列に並んだ人が優勝する競技があったら、私は確実に国体レベルで優勝する自信がある。ひょっとしたらオリンピックでもメダルを狙えるくらいの才能ではないかと思う。》p.11。おそらく全人類がそう思ってるかも?
《ダース・ベイダーも夜は寝るのだろうか。》p.15。ダース・ベイダーの自室についてはぼくも考えたことがあります(詳細は省略)。
「変化」ええ話やなあ…? 布団に顔を埋め「ぐひぐひぐひぐひ……」と苦しんでました。
《世界の進化を司る当局が、私というセンサーを使って人類の将来にとって不必要で後ろ向きなものを探知し、それらを選択的に絶滅に追いやっているのだろうか。》p.36。ぼくが「これ好き」と思った缶飲料は次から次に自販機からなくなります。
《アロマでごわす。》p.58。あらゆるお洒落で素敵なものを破壊する「ごわす族」の恐怖。「ごんす」「がんす」「やんす」「でげす」など仲間もいるらしい。「でげす族」は強力そう。
《たぶん私は「役に立たないもの」が好きなのだ。》p.84
《そもそも私は〝劣化した食品〟というジャンルを愛好していた。》p.104。柔らかい「ミルキー」はぼくも愛好してました。
《本当の私はまだあの雪の中に埋まったままなのではないだろうか。》p.126
《もし犬や猫やウサギやパンダに人間の耳がついていたらどうだろう。壊滅的にかわいくなくなる。だが逆に人間に動物の耳をつけると、むしろかわいくなる。人間の耳の一人負けだ。》p.209 -
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ネタバレNHK「理想的本箱」、「戦争が近づいた時に読みたい本」の回で初めて知り、今日ようやく読むことができた。
中編程度の長さで、文章も決して難しくなく、児童文学のような雰囲気もあるので、活字に慣れていない人でも読みやすいのではないだろうか。
登場人物たちは機械の部品や植物、触手などで出来ている不思議な生物たち。
しかしその発言内容や行動は、人間にとても近く、特にSNSを見ていると差別主義者やヘイターがよく口にするような言い分のオンパレード。
そして完全に「善人」と言える人物はいないし、完全に「悪人」と言える人物も存在しない。
見たこともない不思議な生物たちの滑稽とも言えるような争いの話なのだが、その行動はナチスをはじめあらゆる人間(もちろん日本人も)が繰り返し、戦争に突入してきた流れの縮図であり、創作内のことでありながら全く他人事とは思えない。
最後、突如現れた創造主によって彼らは解体され、作り直される。
その時創造主はフィルの体は使わず、「モンスター」と名付けて象徴とした。
組み直された本ホーナー国の人々は正体不明のフィルを恐れるけれども、その中にフィルを恐れず、むしろ美しいものと感じる人物が現れーーー話は終わる。
創造主は本来の性質は「善」だと言った。
しかしフィルの部品を取り除いても、結局フィルの火種を摘むことはできなかったのだ。
ナチズムにも、レイシズムにも完全な“終わり”はない。
「いつまで先の戦争の話をしているんだ」と戦争反対を訴える人々を冷笑する人々がいる。
ホーナー国のように、現実でも火種はいつどこに芽生え、再燃するかわからないのだ。
だからいつまでだって訴えなければいけないと改めて感じた。
戦争反対。
憲法改正反対。
第二、第三のフィルは“生まれる”のだ。それはもう防ぎ用がない。
だから民衆は常に目を光らせ、のさばらせないように注意しなければいけないのだ。 -
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一行で終わる小説を含む、ブラックジョークと妄想力に溢れた短篇集。
小川洋子の『原稿零枚日記』みたいな小説を読みたくて、久しぶりにリディア・デイヴィスを手に取った。『原稿零枚日記』は根暗の奇行と妄想が炸裂して岸本佐知子のエッセイを思わせるのだが、岸本さんの訳業のなかでも特に岸本エッセイに近しい世界観を持っているのがデイヴィス(とニコルソン・ベイカー)じゃないだろうか。
思惑は見事的中した。特に「甲状腺日記」は気分にぴったりだった!このマシンガントーク。かかりつけの歯科医との変な関係。病気から広がる妄想。物忘れは酷くなるばかりなのに、不謹慎な連想は止まらない。『分解する』を読んだときよりずっと文章にのめりこめた。歳を取るってリディア・デイヴィスがどんどん面白く感じられるようになるってことなのかも。
デイヴィスは日々つけているネタ帳から短篇を作りだしているそうだが、実際に他人のノートを盗み見ているような生々しさがある。たぶん自伝的な事柄を書いているからというだけではなくて、ごっちゃごちゃに絡まったところまで含めて頭のなかで起きていることを文字で表すのが抜群に上手いからだと思う。
例えば「〈古女房〉と〈仏頂面〉」や「正しいと正しくない」はすごくR・D・レインの『結ぼれ』に似ているのだが、『結ぼれ』では数学的な繰り返しや図式で表現されていた感情を日常的なやりとりに落とし込んで笑えるコントにしている。それでいてレインと同じギリギリの緊張関係も表しきっている。だからこそ「ボイラー」のような話がポンと置かれたとき、笑いと悲しみと諦めと優しさがじわじわ滲んでくるような書き方もできるのだろう。
岸本訳だと訳者あとがきで岸本さんの文章まで読めるのがお得だ。デイヴィスの「とめどなく膨らんで小説化した遺書」、読みたすぎるからそれをそのまま出版してほしい。 -
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[1]初めて読んだ著者ですが、愛してしまいました。破壊的で危険です。ときおり吹き出すのを止めようとして「ふひっ!」とかいう音が出てきて周りに誰もいないのにキョロキョロしたり「く、く、く、く、く、く、く」となって苦しかったり。こんなふうになったのは昔、ジェラール・ダレルの『虫とけものと家族たち』を読んで以来かなあ。
[2]ものすごい才能です。素晴らしい妄想力です。ぼくも妄想しますがなかなかここまではいけないので妄想の神様として崇めることにしました。
[3]挿絵がクラフト・エヴィング商會というのに惹かれて読み始めたのですが大当たりで初めて読んだわけなのでまだ何冊も楽しめると思うと嬉しい。
■心覚えのためのメモ
生まれようと思ったって、なかなか日本三大ドヤ街で生まれられるものではない。(p.18)
実際に行くなどもってのほかだ。(p.22)
もう手遅れだ。ボブとサムはすでに私の中に入りこみ、(p.30)
ラジオ体操第−3。(p.38)
やっぱりばれたのだ、と思う。何がかは自分でもわからないが、そう確信する。(p.40)
私とゴキブリは、連れのように並んで横断歩道を渡りきった。(p.62)
いつそ、想念を物質化できればいいのに。(p.64)
正しい「ちょうちょ結び」の習得は大事にとってある。(p.78)
桃をご神体にした桃教、というのはないのだろうか。(p.82)
「鼎」とか「凹」なんかはいかにも魅力的な間取りだし、(p.86)
私が心の底からやりたいことは、たとえば、「つるっつるすること」だ。(p.92)
おそらくもう五輪はいたるところに偏在するのにちがいない。(p.96)
しかし成長は、いったんしてしまうとその後が存外つまらない。(p.132)
そうやって一つひとつ自分をリセットしていき、まっさらな状態でもう一度成長の瞬間を味わおうという作戦だ。(p.132)
きっとこれから先も何度でも忘れるだろう。(p.134)
そしてもちろんみんな何らかの守護凡人になる。(p.144)
名前はとうしよう。「善の組織・ほほえみ」とか。(p.156)
自分から落ちたネジなのか。(p.170)
十字顔の人のそれまでの人生や、その日いちにちのことを考える。(p.174)
ボトルの中身を説明しているのではなく、説明が中身を決定するのだとしたら。(p.251)
かかとはわたしです。(p.264)