岸本佐知子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
別れた12歳年下の彼から手紙が届き、返事をどうすればよいか考えあぐねてると、小説にしようと思い立った。記憶があいまいで思い出すのも順不同なのように、お話はとりとめもなく順不同に流れていく。
何も起こらないしどうなってるかよく分からない。でも、わからなくていいんだと思う小説だった。読んでいるうちに私自身も小説の中の彼を求める「私」になった気分だった。彼に会いたいのに、パーティに来て欲しいのに彼の言葉を聞くとめちゃくちゃ怒るという、なんと矛盾した行動とる私。彼の働くガソリンスタンドまで行っちゃう私。当初はお金を返さないダメ男の彼かと思ったけど、そうでもなさそうだと思った。
はっきり言ってこの小説では何も起こらない。
何も起こらないのに、けだるさが漂うお話に引き込まれてしまう。メランコリックでただぷかぷか浮いてるだけ(ときに激しく浮き沈みしてきるが)のような、そんなお話も好きだと感じた。 -
Posted by ブクログ
予想を超えて面白かった。
収録されているエッセイの初出は、一番古いものだと1993年。だけど、時代を感じさせるものは少なく、普遍的な日常や記憶の中からお題を取り上げて深く考える過程が、上手く、面白く文章化されている、と感じる。
元々人間的にも魅力を感じていて、この本を読んで言語感覚も好きなことを確認できた。
岸本さんは、元々はショーン・タンの絵本の訳者として知り、その後、アトロクで翻訳者のお仕事の話だったか日本翻訳大賞の審査員としてだったか、とにかく出演し話しているのを聞き、話し方や話す内容、会話の反応から「この人、なんかちょっと気になるな……」と思っていた(そのとき一緒に出演していた柴田元幸さんも斎藤真理子さんも、みんな翻訳した本を読んでいたので、すごく面白い話を聞けたという記憶がある)。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ★3.8
岸本さんのものの着眼点がとにかくおもしろい。
特に好きだったのは前半部分で、もう今の時代マスクしててよかったなっていうくらい電車の中で読みながらニマニマしてしまった。
自分にとっては一見どうでもいい、どうでもよくないことが他の人の気持ちを楽しくさせてくれるんだなと、。
こういうくだらないこと(本人にとってはそうでもないことかも)を人に伝えたり、お話するのっていいな、と思う。
岸本さん、元気をありがとう。
わたしも思ったこと、くだらなくても
これからメモしとこ。誰かや自分を時々救ったり救わなかったりするかもしれないから。
好きな章:
才能 レジで遅い列並ぶ人優勝
ダース考 ダースベイダーで職務を終えた後何してるか
変化 聞くとモヤモヤする言葉
応援 自分が応援するとなくなってしまうもの
D熱 買い物の気持ちすごく共感
上映 走馬灯の整理
マシンの見だしなみ 糸通しのコインの話
次 生まれ変わったら何になりたいか
きれはし 電車の中での人が喋ってる話
何らかの事情 聞くと変な気持ちになる言葉
-
Posted by ブクログ
ネタバレ12編のアンソロジー。
どの作品も変愛の名に相応しかった。この一冊に密度濃く詰め込まれたそれぞれの変愛。愛と一口に言っても当たり前ながら1つも同じものはない。
その中でも特に好みだった2つについて書きたい。
『藁の夫』
2人の間に嫌な空気が流れる、その始まりはいつも些細なことなのだと思い出させる自然な流れだった。あんなに幸福そうだったのに、藁に火をつけることを想像させる経緯、鮮やかな紅葉にその火を連想させるところがたまらなく良かった。
『逆毛のトメ』
シニカルでリズムのいい言葉選びが癖になる。小説ってこんなに自由でいいんだと解放して楽しませてくれた。躊躇なく脳天にぶっ刺す様が爽快だし、愚かな人間の頭に邪鬼の形相のトメがいることを想像してそのコミカルさに取り憑かれる。気づけばトメのことが好きになっていた。 -
Posted by ブクログ
一番ここに似合う人、あなたを選んでくれたものに続いて。こんなに1人の人の著書を読むのは久々。人があえて文字にしたり口にしたりしないような人間のどろっとした事や世界の一部を冷静かつプッと笑っちゃうような表現でひとつの作品にしちゃうのがこの人のすごいところ。動物の鳴き声が「たすけて」に聴こえてもその動物にとっては全く違う意味かもしれないし、とか。しょーーもないんだけど確かに真理だと思わせられる面白い表現がいっぱい。端的に書こうと思えば全然書けそうなことを良い意味でダラダラ書いてて、でもそのどうでもよさに登場人物たちの生活を感じる。短編もドキュメンタリーも面白かったけど長編は読み終わってこのミランダジュライワールドの人達とお別れするのが寂しくなった。
-
Posted by ブクログ
いちばん早いと思ったレジが、最も遅くなる。
買ったばかりの服のボタンが、初めて着ようとした時に、ぶらぶらになって垂れ下がってる(しかもそこそこ高いやつ)。
家庭科の授業で配られた裁縫セットの中にあった、アルミの円盤部分に、なぜかローマ皇帝の横顔みたいな模様がある、針穴に糸を通すための道具のような、間がもたない気がしてついつい入れてしまった飾りが、心の琴線に触れる。
上記について、すごい、私の心が読まれてるよ。
なんか分かってくれる人がいる!
と、思わず心の中で快哉を叫んでしまった。
ダースベイダーも夜は寝るのだろうかと考えることや、アロマを嗅ぐ時の「くんかくんか」って表現は私のツボにはまり、万物の律儀さの単純なものほど果てしなく深い内容には、宇宙を想像して心細さを感じてしまったり、あまりに共感できる点が多く、失礼ながら、友達になりたいと思ってしまった。
エッセイは著者自身の心の内を読んでいるような感覚をもたらす時があり、今回は私個人の存在を意識するようで、ちょっと恥ずかしい思いにもなったが、それ以上の嬉しさがあったので、次第に全く気にならず楽しく読めました。
が、上記のことも全て妄想だったらどうしよう。 -
Posted by ブクログ
奇観のエッセイ三冊のうちで一番好きかも知れない。ビザールな(奇妙な)本に挙げられているようなものが私も特に好きだ。
最近読もうとした(最後まで読んでないけど)藤枝静雄、昔から読んできた筒井康隆(特に虚人たち)それに吉田知子、村田喜代子、それに、それに、奥泉光の怖さがドッペルゲンガーのそれだ、と書いてある(嬉)。好きなのもそのあたりか、
裸で書割の窓に向かってサックスを吹くカフカかぶれの男など。なんとも言えず奇妙で面白い。(そうそう私ファンの奥泉光さん作)
後、笙野 頼子(私。残念ながら未読、Wikiでは緊密な文体で鬱屈した観念・心理表現と澄明な幻想描写の融和を試行した、とある、読まねば)そして、川上弘美さんと酒を飲む夢。
言葉に拘って想像があらぬほうに飛んでいく話は、相変わらず突き抜けている。
「おかしな童謡編」、「コガネムシの子供に水あめをなめさせる」「山から小僧が下りてきた」短すぎるし何で小僧か。(私はこの小僧は冬将軍の孫で冬の前触れに偵察に来たのだと思っていた)
「根掘り 葉掘り」の「葉掘り」ってなんだ。
「おおよその見当がつけられない」これには同感。
(私もこの先300Mで右折、と言われても車で走っていてみなさんは距離が分かるの?と思っていたら今度の車は3.2.1と色が変わっていく。1になれば鼻の先で曲がるのだ。それでもタイミングが合わないことがあり信号を通過する)
「気になる部分」子供の頃社会見学でも、気になる部分にだけ目が行った。大人になって社長のほくろに気をとられた。
「透明人間」子どもの頃は自分の存在が希薄だったそうだ。
(最近読みたてなのに原典は忘れたが、透明人間は網膜も透明なので、盲目ではないかという疑問、なるほどと記憶)
「サルマタケ」はどう訳すか。辞書にもない、まして逆に「サルマタケ」を英訳する人はどうするのだろうと煩悶する。
つね日ごろ英語で書かれた文章と向き合って、言語のちがいと文化の違いと言う薄いヴェール越しに、なんとかそこに表現されているものを感覚としてとらえようと四苦八苦しているせいなのだろうか。仕事と関係なく日本語の本を読んでいても、いつの間にか”もし自分が日本語以外の言葉を母国語としている翻訳者で今読んでいるこの文章を訳すとしたら”という視点で読んでいる自分に気づくのである。(略)頭の中で邪念の小人たちが勝手に苦悩し出してうるさいことこの上ない。
数年前のアンケートあなたの夫になる男性に一番望むものは、日本では「優しさ」アメリカの女性は「ユーモアのセンス」だったそうだ。
そんなこんなで興味深い話題が満載、一部を引いてみたが、こんなものだけではなく、こどものころの思い出、経験した不思議な出来事、いまでも折にふれて感じているあれこれが、私にも思い当たることが多くて一気に読んでしまった。レビューは読む方に押されていつも遅くなってしまっている。 -
Posted by ブクログ
身近な出来事が多い、勘違い、行き違い、誤解、早合点、何もかも思い当たる、エッセイにするとこうなるのか。
講談社のエッセイ賞を受賞した岸本さんに、今更だけれど。
読んで暫くして、不意にぽかっと浮かんでくる、ほんと不思議だなぁと言う感じが好きだ。
これからも何か見るたびに、あれ、これ何所かで読んだ感じだと思う。そんな身近な話題に思わずクスッと笑ってしまう話題が満載。
* 物言う物 トイレが喋った「自動水洗です」。だからどうだって言うのだ。
車が喋った「ガソリンがなくなりそうです」メーターを見れば分かる、それになぜみんな女なのか。
状況次第で切羽詰まっていたり懇願するようだったり厳しくトガメダテする調子が籠っていた方が訴求度も高い気がする。
(我が家でも風呂が喋る。ガステーブルがものを言う。温度が高くなっています、自動調節に切り替えます、鍋を置いてください、、設定温度になりました。賢いけどまだそんなにお世話にならないでもダイジョウブ)
物言わぬ臓器、肝臓など「もう堪忍してください」と言う風にコンディションを訴えたら無茶をしなくなって病気が減る。
でもお満員電車はうるさくて仕方がないだろう。「胃に穴があいています」「動脈が硬いです」・・・。
* 家の近くにあった旧式のポストを応援している。
* 日記
×月×日 エリツィンが死んだ。
「同志ポリス・エリツィンに私は非情な親愛の情を感じておりました。何となればエリツィンの”ツィン”にプーチンの”チン””ツィン”と”チン”二つの間にはなんと響きあうものがあることでしょう!」
頭の中でプーチンが私の差し出した原稿をびりびりに破いて捨てる。
×月×日
「同志ポリス・エリツィンと私は無二の親友でありました。何となれば、二人の間には”髪型が木彫りっぽい”と言う共通点があり」
プチンが、私の原稿を読まずに捨てる。
何と何とわはは そうきました。
* アロマテラピーの話で、アロマオイルを買おうとしたら頭の中で
アロマでごわす
と声がした。その瞬間、目に入る全てのものがごわす化した。「ごわす様」はそのごもたびたび現れては、私の素敵生活(アロマ生活のこと)を一瞬にして無効化した。
「ごわす様」には「ごんす」「がんす」「やんす」「でげす」ナドの仲間がいることもわかった。
* 気がつくと「イカどっくり」について考えている自分がいる。
* 「読書体験」大きい本を広げて読んでいると、抑えている両方の親指が二つの肉球に見えてきて気になる。
* 「海ほたる」古いカーナビなので友人は指示に従わない「いいのいいの、コレ古いから。こちらが早いの」
アクアラインでは走っていても「海です」「海です」
「そうねぇ確かに海だわ」
江戸時代のナビだったら「三里先、関所です」「この先の首塚を右方向へ」と言うだろうか。
* 「やぼう」 ひらがなの「め」と「ぬ」はよく似ている。もしかして「め」は「ぬ」のことを自分を土台にして先っぽにちょろりと飾りをつけただけの紛い物、言うなれば自分の亜種である、などと苦々しく思っているだろうか。そして「ぬ」は「ぬ」で自分こそは完成形、末尾の優雅な丸まりのない「め」のごときは憐れな欠陥品よ。と蔑んでいるだろうか。両者は口も利かぬほどの犬猿の仲で、たまに、たとえば<ぬめり>などという言葉で一緒に仕事をしなければならぬ時などはお互い目もあわせず、険悪な空気が<ぬめり>じゅうに満ち満ち、板ばさみになった「い」がひとり対応に苦慮して居たりするだろうか。
同じような反目が生じるらしい文字が沢山ある、等々。井上やすしのキーボードの記号の話を思いだす