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『侍女の物語』前夜のアトウッド
世界的作家アトウッドの初期短編集が待望の復刊。キャンパスで繰り広げられる奇妙な追跡劇(「火星から来た男」)、記者が陥る漂流の危機(「旅行記事」)、すれ違いから各々孤独を深める夫婦(「ケツァール」)、適性に悩む医者の卵がある少女に向ける感情(「訓練」)、下宿屋で巻き起こる異文化をめぐる騒ぎ(「ダンシング・ガールズ」)など――アトウッドのぞくぞくするような「巧さ」が詰まった七編を収録。あからさまにではなく、ほんの少しだけ垣間見せるというやり方で、日常に潜む違和や世界の綻びをアトウッドは示してみせる。
「ことに「キッチン・ドア」で描かれる、形のない、だがはっきりと肌で感じる破滅の予兆は、のちの『侍女の物語』や〈マッドアダム〉三部作のディストピア世界の前日譚と見ることもでき、世界のあちこちで不穏な狼煙の上がる二〇二五年に読むと、これを訳した当時よりずっと生々しい実感をともなって迫ってくる。およそ五十年前に書かれたにもかかわらず、これらの物語は少しも古びていない、どころか読むたびに「今」の物語として更新されつづける。そのことに何よりも驚きを感じる」(「復刊によせて」より)
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Posted by ブクログ
2026.20
本屋さんに行く度に表紙とタイトルに惹かれて
毎回買うか悩んで買わない
それを10回くらい繰り返したあたりで買った
読んで良かった
前半の「火星から来た男」「キッチンドア」が
ものすごく印象に残っている
とくにキッチンドアで感じる
恐ろしい戦争の足音のようなものが
今の不安な気持ちとリンクしてゾワゾワした
差別や蔑視について考え
じんわりとした痛みを感じる短編集だった
===
P43 何年かが過ぎ、新聞や雑誌の紙面が戦争の記事で埋めつくされるようになって、クリスティーは初めて彼の来た国がアジアのどこにあるのかを知った。その国の名は知ってはいたが、気にも留めていなかった。あまりにも馴染みの薄い地域だった。彼女の頭の中ではそのあたりの国々がいつもごちゃまぜになっていた。
だがどんなに考えても、彼の住む都市の名前までは思い出すことができなかった。絵はがきはとうの昔にどこかへ行ってしまった。彼は(北)だったろうか、それとも南)?彼は戦争の近くにいるのだろうか、遠く離れた安全なところだろうか?クリスティーンは何かに憑かれたように雑誌を買いあさり、一つひとつの写真を食い入るように見つめた!死体になった村の住民、行進する兵たち、大きく引き伸ばされたカラー写真の中の替えた顔、怒った顔、処刑されるスパイたち。地図をたどり、深夜のニュースを見、やがて遠いところにある国とその周辺は、彼女にとって自分の国より近しいものになっていった。一度か二度、彼を見つけたように思ったこともあったが、けっきょくは無意味だった。どの顔もみな彼に見えた。
P75 ベティが死んだと知らされたとき、私はいずれ自分も同じ運命をたどるのだと思った。あんなに他人に尽くし、好意を示したことへの代償がこれなのだ。それが彼女や私のような女(と当時の私は思っていた)の運命なのだ。
P90 この頃になるとようやくミセス・バリッジも、前の戦争のときのように報道官制が敷かれていることを知るだろう。バリッジにはその先がどうなるかは確信がない。いや、どうなるかはわかっているのだが、どういう順序でかは確言がない。彼女の予想では、次に来るのはガソリンと石油だ。いつも家に来るガソリン屋が時間になっても現れず、角のガソリンスタンドはある朝突然開鎖される。ただそれだけ、何の説明もない。
P222 私たちは現実世界に生きている。正確には、自分たちが現実だと思い込んでいるものの上に生きている。本物の現実世界(というのも妙な言い方だが)はグロテスクで、いびつで、危険に満ちている。私たちはその化け物じみた現実に背を向け、肌触りのいい人工の現実をつくりあげ、その上にあぐらをかいている。目を閉じ耳をふさぎ手足をひっこめ、自分はイノセントであると主張している。
Posted by ブクログ
【火星から来た男 = The man from Mars】
こういうタイトルだが、別に宇宙人は登場しない。大学に通う主人公が、西欧系ではない男性に出会って、友達認定される。無下にもしないで適当にあしらっていたら、家にまで訪問される。これまで男性に見向きもされない、男性とはお友達関係しか築けないと思われてきた主人公は、にわかにモテるようにもなるが。
北と南という語句が登場するので、おそらく男性は朝鮮半島の出身。確かに、行くところ行くところどこにでも現れたら気持ち悪いかもしれないが、暴力をふるったわけではない。にもかかわらず、警察を呼ぶのは、彼の国籍が潜在的な差別意識に繋がったのでは。
【ベティ = Betty】
姉妹の妹視点で描かれる、魅力的な夫フレッドに対して、なんとも冴えない妻ベティのカップル。他の女性に色目を使うフレディに、段々おかしくなっていくベティ。
幼い頃と大人になった後では、ベティに対する見方が全く変わってしまったことを述懐するも、自身はやはりフレッドのような男性にちやほやされたい面があることを認める妹。
【キッチン・ドア = When it happens】
これは最初主婦の妄想?と思っていたが、次第に描かれる異変が真に迫ってくるため、現実に起こっていること?と不安が過る。
【旅行記者 = A travel piece】
旅行記事を書いている記者が乗った飛行機が、ある日不時着。ボートに乗って逃げ出すが、集団生活の常として、起こるべき事が起こってしまう。
こういう不測の事態が起こった際に、精神的に強い者が最終的に生き残るのだなとしみじみ。これかた大変恐ろしい事が起こるだろうことを予測させる気になる所で短編はオープンエンド。
【ケツァール=The Resplendent Quetzal】
メキシコ旅行に来ているサラとエドワードはいわゆる倦怠期夫婦。エドワードが関心のある鳥のことなんか全然気にもしていないサラ視点から物語は始まる。サラは死産となった子供の事が気になって、イエスの人形の万引きをしていた。今度はそんなサラの心のうちなどお見通しなエドワードの視点で語られる。しかしエドワードはサラの子供への執着には気が付いていない。サラのある行動が、まるで滝に飛び込むかのように見えてしまい。
既に破綻している夫婦がこのまま生活を続けるのか、それとも何か決断するのか。こちらもオープンエンド。
他【訓練 (トレーニング) = Training】【ダンシング・ガールズ = Dancing girls】収録。
初期短編集の復刊。今回は【ケツァール=The Resplendent Quetzal】が追加。
Posted by ブクログ
著者の作品は初めて読んだ。最初の火星から来た男からめちゃくちゃ面白く、これがずっと絶版だったのかと驚いた。
物語を読む中で、主人公の葛藤や迷い、自己肯定感の欠如が見えて来ると、自然と肩入れしてしまうが、そんな主人公が同時に他者に残酷な態度や考えを取る。その時の自分が揺さぶれる感覚がほぼ全ての短編で感じられる。「あなたもそうでしょう?」と言われているような。
「ベティ」は切なかった。最後のパラグラフを読むと著者が急に出てくるような気がして実体験を元にしているのかと思った。「旅行記事」のラスト、サンドイッチの白いプラスチックで目を隠し口紅で顔を赤く染めた人間たちと、燦々と輝く太陽と青い海のコントラストが、映像として頭に焼き付いた。恐ろしい。「ケツァール」も死産の事を思う妻の後半の語りも胸が苦しい。通勤時に止められなくなって二宮金次郎のように駅のコンコースを歩いてしまった。「訓練」も、自身のコンプレックスや葛藤を持つロブが見せる他者への慈しみの気持ちが、偽善や自分への慰めに裏返るラストの瞬間のグロテスクさも忘れられない。
全編漏れなくマスターピース。残りの未翻訳の短編も絶対に翻訳してほい。
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