岸本佐知子のレビュー一覧
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奇妙で寓話めいた話なのに、読み進めるほどにだんだん笑えなくなってくる感覚がありました。
最初はどこか軽くて風変わりな世界観だと思っていたのに、気づけば人間の弱さや集団の怖さをかなり露骨に突きつけられています。
このブラックユーモアの効かせ方は見事で、短い作品なのに妙に引っかかり続けます。
ただ、語り口や設定の癖はかなり強く、素直に物語に没入したい人には少し距離を感じるかもしれません。
それでも、その読みにくさすら作品の不穏さに繋がっていて、読み終えたあとにじわっと残る違和感と苦味が印象的でした。
軽い読み心地の割に、意外と深く刺さる一冊です。 -
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ネタバレエッセイというよりは、妄想が羽ばたきすぎて空想小説のようになっているエッセイ集。この人のエッセイは前にも読んだが、前の本より面白かった。
ちょっとしたきっかけからめくるめく岸本ワールドが始まり、干支は総とっかえされ、心臓は休みを取り、からざを捨て続けた人間がからざ地獄に落ち、ニシンは人生相談をする。読んでいると浮遊感があり、いちいちくすっと笑ってしまう。一番好きなのは、「でも地獄をうろついている仏ってなんなのだろう。どう考えてもまともな仏ではない。詐欺の可能性が高い」のくだり。確かにそう。そうだけど、考えたこともなかった(笑)。著者は若干不便そうにしているが、これくらい空想が暴れている脳みそで生きていたら楽しいだろうなあと思わずにいられない。 -
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「罪と罰」を読んだことのない作家4人が、最初と最後のページ、間の数ページ、登場人物表など数少ないヒントを参考に物語を考察していく。もう超面白かった。笑った。
登場人物名がおぼえられないといい勝手に省略したり、松岡修造だと呼んでみたり。
元々同人誌でのみ出版予定だったということで、かなり自由に好き勝手やっており、それが最高だった。
けどやっぱり作家を生業としてる人達はすごい。数少ないヒントから当たらずも遠からずな考察したり、文脈を整理し読み取る能力に長けすぎている。
こんなにこの企画が面白くなるのも個々の能力がしっかりある人達が集まったからこそなんだろうなと思った。
私は「罪と罰」本編を読んだ後にこちらを読んだけれども、「罪と罰」を読んだことがない人にももちろんおすすめで、絶対に本編を読みたくなるはず!!
「罪と罰」を読んだ人にも、長すぎてちょっと読む気にならないわという人にも、おすすめの1冊。 -
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『ねにもつタイプ』面白っ!と思ったのに、なぜか第2・3を飛び越し第4弾を手にしました。本エッセイの『ちくま』連載は現在も(20年以上)続き、挿画・装幀が変わらずクラフト・エヴィング商會なのもうれしい限りです。
岸本佐知子さんは、「私の頭の中には種々雑多な考えが詰まっている」と述べ、日々の生活で何かがきっかけとなって疑問や気付きがもたげ…。そこからの連想が連想を呼び、どこまでも飛躍します。
妄想のスイッチがすぐに入るのは、感性の網目が細かいというかアンテナが高いので、他の人がスルーするようなことも引っかかるのでしょうね。
目を閉じて瞑想し、頭の中の虚無のスクリーンを無心に見つめても…やっぱり連想が連想を呼んで瞑想どころではなくなるようです。
エッセイとも短編小説ともつかない話の奇想天外さは、根っこに日々の生活と言葉があります。それらを追究した先に、視点の豊かさと新鮮さがあり、クセになる心地よささえ感じられます。
本書を"くだらない"と断じるか否かは人によるでしょうが、自己啓発とか実用系書物しか読まない御仁にほどお勧めしたい気がします。岸本ワールドをぜひ堪能してみてください。 -
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かなり面白かった。エンデの『モモ』や太宰治の『トカトントン』がしれっと出てくるあたりも、個人的には妙に信頼できた。
岸本さんは、なんだか生きづらさを抱えやすいタイプな気がする。でも、その生きづらさを太宰みたいに重苦しく見つめるのではなく、ユーモアや想像力(妄想?)で遊びに変えてしまう。
「書くことなんて何もない。頭の中をひっかき回し、苦しまぎれに壺の蓋を開けてみたら、何十年にもわたって“なかったこと”にしてあったものがどろどろに発酵していた」
(あとがき)
まさにその言葉どおりのエッセイ集。
「なんかよくわからんけどこの人楽しそうでいいなw」と思わせてくれるのがすごい。 -
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面白かった。有名な古典小説「罪と罰」をネタにした対談集。
前半は、この小説を読んでいないメンバーが読まないままに語り合う座談会。最初はこれまで知っていた断片的な知識を元に内容をあれこれと内容を想像し、途中から各章ごとに数ページを抜き出して読み、それを元に内容を「推理」する。これらが面白い。断片から空想を広げていくわけだが、その過程がとてもファンタスティックである。新しい断片を読む度に、これまでの想像が更に飛躍していったり、ひっくり返されていったりするさまもスリリングである。
いったん座談会が終わってから各自が「罪と罰」を読み、そのあとで語り合うのが後半の座談会。読む前の座談会の答え合わせ及び振り返りという感じなのだが、ひとりひとりの読みが鋭くて読んでいて知的好奇心を大いにそそられた。また、作品に対するリスペクトが随所に感じられて、とても気持ちがよかった。
僕自身は、高校生の時に「罪と罰」を読んだ。1週間もかからず一気に読んだように記憶している。それなりに読み応えがあったが、古典的名作という以上に強く印象に残ってはいなかった。改めてこの座談会の記録を読んで、あたらめて読みたくなった。たぶん、以前とはまったく違った印象を持つに違いないと感じる。 -
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ネタバレ日本翻訳大賞の選考委員の岸本佐知子さんの訳書。
岸本さんはエッセイ集『ねにもつタイプ』は読んだものの、遅読の僕は訳書は本書が初めてかと思ったが、かろうじてショーン・タン『セミ』だけは読んだことがあった。
これは面白い!
小国〈内ホーナー国〉が、隣の大国〈外ホーナー国〉に侵略されるお話。
二十世紀に引き続き「戦争の世紀」となった二十一世紀では、いたるところで際限もなく繰り返されているお話ではある。
作者のソーンダーズは、二〇〇五年に四冊目の著作として本書を発表した。
当時のアメリカは「ブッシュ・ジュニア」大統領の時代で、同時多発テロからイラク戦争へという頃である。/
【国が小さい、というのはよくある話だが、〈内ホーナー国〉の小ささときたら、国民が一度に一人しか入れなくて、残りの六人は〈内ホーナー国〉を取り囲んでいる〈外ホーナー国〉の領土内に小さくなって立ち、自分の国に住む順番を待っていなければならないほどだった。】(本書。以下同じ。)/
やむを得ず隣国の〈外ホーナー国〉にはみ出してしまう、そんな内ホーナー人を外ホーナー人たちは苦々しい思いで見ていた。/
【「さて、では採決しよう」とフィルが言った。「祖国のため、これ以上の暴力行為を防ぐために、われわれはこの侵略者を解体するのか、しないのか?」】/
【ああでも、とフィルは思った。なんかいま調子が悪い気がする。いまはよく考えるのことがひどくできない。あのいまいまし脳はどこイた?どこに置いテきたですか?長いことお出かけになりやがっているよ脳は。これではスバラシ名案が浮かばれないのも無理もない。俺はあの変てこなぐるぐる歩き侵略者どもに言てやりたイのだ、貴様らなんかに俺たちの気持ちがわかられますか、あのヒトデナシ人どもと隣り合わせて生きるねばならない気持ちが、あのやくざヒトデナシ連中は自分らをヒトと思い上がり、俺たちの素敵大きい土地広いをみだらに欲しがり、俺たちが広い大きい先祖土地すばらしいに住んでいるからといって憎々しい目でこっちを見る。それのこと話たい。なのに急にいま口が素敵にしゃべれない。】/
ソーンダーズと岸本さんのコラボによる名調子に酔い痴れる。/
ソナケデ、僕もドモシテモ イトコト言テやられたくナタ。
アメリカ人さんエ、
(外国人宣教師のイントネーションで)
「オウヲ シンジマスカ?」
また、〈入管〉のオマワリさんエ、
(東京オリンピックの時の〈オ・モ・テ・ナ・シ〉のリズムで)
「ヒ・ト・デ・ナ・シ!」/
ソーンダーズと岸本さんの訳書がガゼン読みたくなってきた。 -
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目の前にゴツゴツした石塊がある。
なんだか殺風景に見えるが、それをハンマーで叩いて割ると、キラキラと輝く断面が現れる。宝石の原石だ。しかも割るたびに様々な色合いの光を放つ不思議な石。
この短編小説集を読み終わって頭に浮かんだのは上記のようなイメージだ。
本書には22の短編が収められている。
最初は、突然ざっくりと切り取られた日常の断片が目の前に無造作にボン、と放り投げられたような印象で、面食らった。
次の短編、またその次…と読むうちに気づく。
場所も時代も、語り手の職業も年齢も全然バラバラだが、なんとこれは同一人物の物語だ。
著者のルシア・ベルリンは、アラスカで鉱山技師の家庭の生まれ。鉱山町を転々とし、戦時中はエルパソに転居し母方のアル中親族に囲まれ孤独で過酷な日々を送り、二度の退学を経験。その後チリに移住。打って変わってそこでは上流階級の仲間入りをし、ミッションスクールに通う。メキシコの大学進学後は、3度の結婚を経験し、四人の子供をもうけ、カリフォルニアやバークレー等に移り住みながら、掃除婦、教師、電話交換手、看護助手などをしながら、自らもアル中に苦しむ。その後は…
ともう、この時点で一人の人生としてはお腹いっぱいというくらいに千変万化で、落差も大きい。
どの短編も、基本的には著者の体験に基づく、言ってしまえば「ちょっと話を盛った思い出話」なのである。
しかし、それなのにまるでプリズムのように様々な光を放つ作品集ができあがっているのである。
さて、「光」や「輝き」という喩えを用いてきたが、実は内容を見ると、親族からの虐待、学校でのいじめ、生まれついての病気、3度の離婚、重度のアル中、妹の逝去……と明るい話なんて殆ど無い。
本人がそんな境涯だから、彼女の周りに現れる人々や世界もはみ出しものや落伍者ばかりであり、モチーフとしているものはどちらかと言えば暗い。
「どんな悲惨なことでも、笑い話にしてしむえるのなら平気で話す」
と語り手は言う。
本作の語り口は、テーマに関わらずどこか穏やかで、時に軽妙でリズミカル。トントントン、と繰り出される言葉にするっと読まされてしまう。
はっきり言うと、本書を2/3くらいまで読んだ時点ではまだ本書には全然ハマっておらず、実話の羅列ではないか…くらいに思っており、著者と相性良くないな。と思っていたのだが、段々と魅せられてしまったのか慣れたのか、『さあ土曜日だ』から先の3編はとても良かった。
一つ残念に思うのは、巻末のリディア・デイヴィスが寄せた文章によると、ルシアの文章の真髄を味わうには英語の原書を読むのがどうやらベターだと言うことだ。
私が英語が読めたなら、本書の評価はもっと変わるのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレジョージ・ソーンダーズ、またイカれた本である…面白かったです。
〈内ホーナー国〉〈外ホーナー国〉〈大ケラー国〉、どの国民も意味わからない形態をしているので寓話的になってますが、
フィルがこうなった原因がほとんど逆恨みみたいなものだということ、フィル以外は内も外も善悪ハッキリ付けられないくらいに流されてる人たちということ、引っ掻き回すマスコミと中途半端に介入し満足して去っていく第三者の国〈大ケラー国〉がいること…はやけに現実的でした。
悪い夢みたい。
元々全員が〈異形の者〉だったはずが、それはもう「フィルの体」に付けられた名前でしかなくなった。
でも、分断の気配が残り続けてるという終わり方なので、また繰り返されるのかもこれは〜という苦味が残りました。
後書きも面白かった。
「時とともにみずからを更新しつづける」作品、本当にそうです。
今の情勢だから、フィル=ドナルド・トランプだと思ってしまうけれど、この先は別の人が当て嵌められる日もくるかもね。たぶんね。