岸本佐知子のレビュー一覧
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日常のマンネリ化、人生の退屈さ、生きづらさを感じている人におススメな一冊。
システム的な独自ルールで外的な要因や自分の気分でさえも乱されることのない、自分だけの快適な生活を営む独身女性の主人公シェリルだが、異常なほどの妄想力と自己保身力の強さに、最初は「関わりたくない人だな」という印象を抱き読み始めた。
しかし、上司の娘と同棲するという思いがけない展開から彼女の平穏と思えていた生活が一変し、彼女がもがき、苦しみながらも幸せに感じる意識さえ変わっていく彼女に惹かれ、自分もいつしか応援している感情に変わっていることに気付いた。
ヴァイオレンス、性的、ぶっ飛んだ妄想の描写もあるので避けたくなる読者もあると思うけど、バランスよくユーモラスな描写もあり、笑ってしまう場面も多い。
しかし、この独特な主人公の殻をぶち破った先にある希望みたいなものを、一層際立たせてくれるアクセントになっているところにこの作品の魅力を感じた。
作中「ヒステリー球」とあり作者の造語かと調べてみたら、実際にこうした症状があることを初めて知り学びにもなった。
作者は、独特の個性を持った人を鋭く際立たせ、その生きづらさと救いを描くことが上手く素晴らしいなと感じる。 -
Posted by ブクログ
2年ぶりの岸本佐知子さんのエッセイ。
なんでこんなに面白いんだろう(^o^)
例えば、腑に落ちない慣用句を羅列してブツブツつぶやくエッセイ。
「人のふんどしで相撲を取る」…素肌に身につけるのはちょっと嫌だ。
「尻の穴が小さい」…たいていの人は小さい。大きかったら問題だ。
「首の皮一枚でつながっている」…どう見ても、生き残ったり立ち直ったりするのは無理だ。
こんな感じで3ページ。どれも岸本さんの思いに共感。
疲れて何もしたくない時、猿のように無限に見続けてしまう動画に触れていた。
それは「ピンセットで角栓を取る」動画。
この動画の愛好家は多いらしく、角栓除去動画は山のようにある。
数分から数十分、ただ延々と角栓が抜かれていくのだそう。
気になったので、YouTubeで探して見てみた。
岸本佐知子さんの言う通り、のめり込むように見てしまう(⊙ꇴ⊙)
他に、ごみ屋敷お片付け映像にもハマったようだ。
こんな事は普通は秘密にすることなのに、見ている時の気持ちまで詳細に語る岸本さんに親近感が沸く。
アボカド?アボガド?問題も出てきた。
アボカドが正しいことになっているが、言いやすいのでアボガドを使う人も多い。
そこで話す際には、相手に正しい方を選んでもらうのだそうだ。
岸本佐知子さんは翻訳家なのだが、私が読んでいるのはエッセイ。
読書する楽しみの一つになっているのでエッセイは全部読んでいる。
翻訳本は絵本の「遠い町から来た話」しか読んでいない。
なので、何か小説を探してみようと思っている。 -
Posted by ブクログ
『そもそも売り手はどんな人たちだろうか。極度に対人恐怖症のしいたけ農家とかだろうか。夜明け前にこっそり収穫したしいたけをロッカーに入れて、町が寝静まってからまたこっそりお金を回収に来るのだろうか。それとも森のクマだろうか。この世のどこかには、硬貨の代わりにどんぐりを入れる自販機も存在するのだろうか。あの自販機があそこに設置されるにいたった経緯も気になる。特にしいたけとは関係なさそうな、普通の民家の軒先だった。もしかしたら、この世にはしいたけ自販機のセールスマンなるものが存在して、一軒一軒民家を訪ね歩き、自販機を置かせてくれるよう持ちかけるのだろうか』―『森の自販機』
岸本佐知子のエッセイを読む愉しみは、この人の翻訳した作品を読む愉しみとはまた違った楽しさを与えてくれるもの。普段はなるべくカタカナ言葉ではなく可能な限り日本語で言葉を置きたいと思っているのだけれど、そういう無駄な堅苦しさを一気に解放してくれる心地よさ。それにこれを随筆と呼ぶには妄想が天骨盛り過ぎる。彼女の公共媒体で発信された写真も随時眺めているのだけれど、オーパーツのようにそこに存在することが異質なものに敏感に反応し、それを切り取る超能力のようなものをこの人は持っている。
巷間「ギャップ萌え」という言葉(そう言えば、ギャップ萌え、なんて言葉も無かった時代に、正にギャップ萌えでファンをがっちり惹きつけたのは中島みゆきだったな、と思考は脱線する)が流布しているようだけれど、岸本佐知子という人から出て来る言葉の世界の厳密さと自由さの乖離のようなものに惹かれる気持ちは、ひょっとするとその言葉で言い表すのが適切なのかも知れない。もちろん、本書に収められた「雪原」という短文で著者が吐露しているような文章を産み出す苦しみは、翻訳でもエッセイでも同じなのかも知れないけれど、この稀代の文筆家が発想する世界の自由奔放さは、妄想、と一言で片付けることは出来ない、ひょっとすると緻密な計算に基づく表現なのかとすら思ってしまうような文章表現だ。
もちろん「気になる部分」からの追い駆けとしては、そんな計算されたかも知れないような妄想をとことん愉しんでいるのだけれど、ふと、冒頭に引用した文章を読んでいて、この人もまた頭の中が常にうるさい人なのかな、と思い至る。そう思ってしまうと、妄想の向こう側に見えて来る著者の姿に、一段と生真面目さの気配が濃厚になってくる。そう言えば公共媒体でも時々「尻 on fire」と締め切りに苦しむ心情が吐露されているけれど、あれも決してふざけている訳ではないということを深く認識するに至る。まあ、至る必要などそもそもないのではあるけれど。
翻訳とエッセイのギャップというようなことを強調し過ぎると間違った誘導になりかねないので急いで付け加えるけれど、この稀代の翻訳家が選択する小説家もまた、氏のエッセイの中で取り上げられるエピソードに似て、いずれも少々変わった作家だということは改めて強調しておきたい。それは本書の奥付にある著者の略歴に並んでいる訳書を見ても解るし、詞華集の題名「変愛小説集」にも表れている通り。そう言えばこの翻訳家と初めて出会ったのはニコルソン・ベイカーの「中二階」だったなと思い起こす。 -
Posted by ブクログ
「これはエッセイ?ショート・ショート?それとも妄想という名の暴走?」という紹介文がぴったりの一冊。
くすっと笑える、元気をもらえる、不思議な気持ちになる…素敵な本でした!さくらももこさんとか朝井リョウさんのような楽しいエッセイが好きな人にはよさそう!
最初はわかるわかると読んでいたんですけど、だんだん暴走が止まらなくなっているような…?(それも含めて面白い!もちろんほめています)
最後は何を読んでいたんだという感覚になりました。
才能、運、物言う物、雪強盗、D熱、瓶記、ハッピーニューイヤー、雨季がお気に入りでした!
なぜかいつも自分の並んだレジが遅い。
スプレー運がない、ボタン運がない、傘運もないがなぜかビニール傘運だけは強力にある。
デパートのトイレの便器や車が喋る話。
書き始めたら止まらなくなるほど面白いエピソード盛りだくさんでした!!