最果タヒのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ2026.01.22 (木)
短編で手に取りやすく読んだことのない作家さんも多い中、読みやすかった。
金子玲介目当てで購入したけど、いくつか気に入った作品があって嬉しかった。
岡崎隼人 「パルス、またたき、脳挫傷」
砥上裕將 「母の箪笥」
五十嵐律人 「累犯家族」
荒木あかね 「重政の電池」
金子玲介 「恋文」
背筋 「こわくてキモくてかわいい、それ」
多崎礼 「海に還る」
柾木政宗 「切れたミサンガ」
夕木春央 「擲たれた手紙」
麻耶雄嵩 「探偵ですから」
この作品たちが好きだった。なかでも 「重政の電池」が1番良かったかも。余韻も好きだった。 -
Posted by ブクログ
色気ってのは腹が据わった覚悟の有る人間が醸し出すもんだ 知る事の、大切さも無意味さも素晴らしさも恐ろしさも全てこの作品が描いています。 娘ヨレンタがノヴァクの感情の部分に触れる唯一の存在であるのにも関わらず 以降は信念というよりは最早執着 それこそ「アポリア」(相反する二つの見解が等しく成立する場合、解決の糸口を見出せない難問)だと思うんですけど。 ある意味、完全オリジナルを作るという欲望は幻想だったり。もう流石にこの世界には蓄積が有り過ぎるから、どういう組み合わせで更に新しい事があるかなって事を皆探求していると思います。 文化は大きな川の流れであるという事を良く言っているんですけど、文章、文節ってその流れの一部でしかないですよね。 何かにグッと偏ってる 僕には山口さんの世代が、個人と世界を接続する「社会」という中間項を成立させていたように見えるんですよ。 社会性を持つには自分自身のオリジナルな状態を維持しないといけないっていう 人間は結局、回顧主義だから未来のものを懐かしく感じて、過去のものを新しく感じるようなサイクルがずっと続いていく気がする。 地動説への強い憎悪を露わにするノヴァク 自分が『チ。』の物語の悪役だったと気付くところもメタフィクション(フィクションの中のフィクション)的で面白いですよね 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』という曲を作った時は、サブカルチャーとハイカルチャーを融合させて、日本の詩吟とダンスミュージックとクラシックの三角関係を曲にしようと考えたんだけど、純粋にメロディを作ったり歌詞を書いてる時は、ほぼ「無」でやっていたかも。 尖っている個性の手前にある普遍性をどれだけ腑に落とせているかで その行為を「考古学のようで楽しい」と表現していました 僕の二十代の屈辱が疼くのを感じた 感動させる作品には個々の挫折や劣等感と繋がる瞬間がある気がする 今後の僕等には『チ。』が有る。彼等は僕等が前進する意志と共に戦ってくれる。 今でも多くの国が、天体を国旗のシンボルとして採用し続けているのは、その名残だ。 宗教が信徒に求めるのは教義への「信」だが、科学に必要なのは「信」では無い。寧ろ逆である。科学が求めるのは「疑い」だ。だから『チ。』は「信念」の物語であると同時に、いや、寧ろそれ以上に、「疑念」の大切さについての物語でもある。 叶う方法を探せば道筋は立てられる 昨日礼賛されていた言葉が今日は禁句になっているような毎日なのに 私が変化したという事実からあなたは今何かを受け取ったんです γはその紙資料を所定の位置に戻すと 教会が説く善に従う事は、私達自身の生を断念し、道徳的命令に従う「畜群」として生きる事を暗に意味するからである。 重罰になる可能性をも考慮にいれて 「何故人を殺してはいけないのか」という問いに対して、それを予め封印するような動きを見せる「僧侶」達が私達の周りには今も尚存在しているからである。『チ。』は、フィクションの形をとりながら、現代人がどのような〈嘘〉に隷従を強いられているかを私達に改めて問いただすのだ。 時には手厳しい論駁等も珍しく無かった 〈真理〉は、誤りを無慈悲に宣告する。〈真理〉の正しさは、思いや努力等の人間的な事情とは関係ないところにあるからだ。 朽ちる事の無い静かな衝動を指す事を暗示している 迷いは、変化の兆しがそこにある事を意味している。
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最果タヒの詩集は、読んだあとすぐに手放したくなる衝動に駆られる。なぜだろう。
素敵なんだけど、なんだか、忘れてしまいたくなる。
誰かがレビューで最果タヒと谷川俊太郎が似ているって言ってた。
わかる気がする。商業詩人で、言葉が難なくスラスラ出てくる(ようにみえる)人って感じかな。
でも、谷川俊太郎のほうが、その人となりが何となく詩の中に見える気がする。最果タヒは登場から今日まで、その人となりはまったくわからない。(彼女のエッセイを読めばそれなりにわかるんだけど。)
一つ一つの言葉が、詩が、輝いていて、よくこんな言葉で宝石を編み出せるなと思うんだけど、全体として見るとどれも同じに見えてしまう。
読んだ瞬間に光って消えてしまうような。そこが彼女の魅力なんだけど。それこそなんだか落雷みたい。
佐々木俊さんのブックデザインはやっぱり素晴らしくて、それだけで本棚に置いておきたくなる。
もしかしたら手放すかもしれないけど、時々またその瞬きが見たくなるんだよね。 -
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◼️ 最果タヒ「グッドモーニング」
最先端?の現代詩集は慣れないな・・女性最年少にして中原中也賞受賞の1st詩集。
最果タヒは小説「星か獣になる季節」を読んだ。表層に現象を潜ませる感じで、フィクション、悲惨な事件を周囲から想像させるという、正攻法ではないもの、しかし小説の体は成していた。だから今作の崩し方にはけっこうびっくり。現代詩はこんな感じなんだろうか。
まだの
その
遠い空の
」
上に舞い上がり子供のふりをしている小さなその
黒い/影!」から
雨が降り出すのだ、(「空想距離」より一部抜粋)
行や上下のずらし、/や+、「」の多用など使えるものを全て使ってバリエーションを出している。自由は自由だし、読ませる部分もないではない。感性を、さまざまな言葉の連なり、ばかりでなく、文字そのものという、視覚に直接的に表現しようという手法か。なるほど、心のうちは崩れてて、さまざまな思考と感覚が飛び交っていて、という態様かもしれないなと思ったりとした。
子供に対する母親のような気持ちはなんとなく理解できる気もしたけれど、んー、やはり現代詩は分からない。よく詩集を買ってる文芸の師匠に質問してみよう。
この作品により、大学在学中、21歳、女性としては史上最年少で中原中也賞を受賞したとのこと。第4詩集の「夜空はいつでも最高密度の青色だ」は異例の売れ行きとなり、映画化もされたとか。詩集、小節、歌詞の作詞に脚本とマルチに活躍しているようだ。
この人の詩を見ていると、またあとがきを読んでいると、見る角度の違いと、それを文字で表現したくてたまらない熱を感じる。芸術的。 で、そもそも意味が完全に分からなくとも、心のどこかに訴えかける、という鑑賞者の試みを改めて思い出させる。なんか少し影響されてるかな。
もう1回読みたい気もしている。そして上の「夜空は」もその他の小説作品にも興味が湧く。++ちょっと笑みが零れてしまう/こんな自分に
…!
」
感化されてやってみたかっただけで悪意はありません。悪しからずです。 -
Posted by ブクログ
最果タヒさんの詩が好きで、今回初めて小説の形で最果タヒさんの作品に触れました。なかなかむずかしい。1時間半ぐらいで読みました。
詩として読むにはボリューミーだし、小説として読むには飲み込みづらい。詩っぽい部分は完全に頭を切り替えて読んでく感じでした。慣れるまでは何度も脱落しようか悩みましたが、全部読んでよかった。
恋愛小説の分類と思いますが、私は読み終わったあと、恋とか愛とはなんだか違うものが頭に残っていた気がします。
近未来要素もいいなあって思いました。最近、身体改造系(?)の作品をたまたま手に取る事が多くて、なるほどこういう攻めもあるのかという気持ちです。後半の展開好きです。
あとがきもすごく良いです。
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Posted by ブクログ
キャラクターへの<愛>がこんなにも美しく、とびきりの愛を込めて言語化されている作品は他にないでしょう。そう思いました。
ただしその<愛>は完璧なわけではない。
好き=全てを知っているわけではないからだ。
あとがきこそ全ての読者に読んでほしい。
好きなキャラクターが、好きなものがある人
には響き、あらためて「好き」について考えたくなる作品でした。
個人的には本作の中だと、菱沼さんのお話が好きでした!あの独特な雰囲気を持ち、他者に流されない菱沼さん。その菱沼さんの良さが明確に言語化されていて、そうそう!これです!これがいいんです!と思いました。 -
Posted by ブクログ
最果タヒさんの名前は、「夜空はいつでも最高密度の青色だ」という詩集タイトルと共に知った。
なんて素敵なタイトルだろうと思った。
自由律の詩集を嗜むリテラシーはあまりないのだが、いつか読みたいな、とは今でも思っている。
さて、そんなポジティブな印象を持っていた最果タヒさんの小説を、いつもの工夫舎さんで見つけた。
ここのところ、読書傾向に偏りがあったから、足りてない小説成分を摂取しようとお店を訪れたので、著者名だけで手に取って、作品の前情報なしに連れて帰ることにした。
推しの地下アイドルが殺人罪で逮捕された。
歌も踊りもイマイチ、かわいいけれど、頑張るだけが取り柄のあんな平凡な女の子が殺人みたいな非凡なことが出来るわけがない。
応援してるし好きだけどその一方で軽蔑していた彼女の冤罪をはらそうと、なぜかその地下アイドルの同担らしいクラスのカースト上位イケメンと共に行動することになる主人公。
第一部は、クラスで自他ともに空気みたいに浮いているこの主人公、山城の徹底した一人称視点から物語は進んでいく。
痛々しくも感じる17歳の自意識。
詩人でもある最果タヒさんの、彼らの描き方がまた、なんともヒリついた印象を残す。
第二部は星か獣になる季節を過ぎ、自分なりの正しさに揺らぎながらこれからをまだ生きていく若い人たちの物語。
全体を通して、わりと肝心なシーンを時系列を飛ばしてみたり、カメラを切り替えるかのように違うアングルから描いてみたり、微妙に読みにくく感じるところはあれ、10代後半の一人称視点ならではな不安定な感じがとても良く表現されている。
ストーリーは破天荒ながら、一気に読める疾走感もあり、
詩集になるとどんな感じになるんだろうな、とますます「夜空はいつでも-」に興味がわいた。
私の思っていた王道の小説ではなかったけど、おもしろかったな。