最果タヒのレビュー一覧
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ネタバレ私は選んでしまったんだなと思った。
ちゃんと懸けてきた。図星を突かれたような文章だった。
本当に一つのことしかやってこなかったからつまづいているような感覚になった。
選んだことさえ不器用と感じなからやってきた。
それでも楽しかったり、嬉しかったりするとやってて良かったと思ってしまう。
説得してもらえたような気持ちになった。
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・夢を見続けようという、それだけの覚悟を決めるのだって想像以上に困難な、そんなジャンルはいくらでもある。好きなもので生きていきたいという気持ちと、好きなもので生きていけないという苦しみの中で、引き裂かれるのに才能の有無など関係なく、ただ自らの才能を信じて、そしてだからこそその世界だけを信じて生きてきた人ほど、痛く痛く、しみる。私はそんな痛みを、きっと永遠に理解できない。
・なにかをきっかけにして出会ったものを心から信じてしまった時、人はすべてをそこに懸ける。好きなものを「たった一つの取り柄」にしてしまっているのはその人自身なのだろう。他をまったく見てこなかったから、他の選択肢を見失って、寄り道なんてしてこなかったから、他のことを何も知らず不器用になっていく。好きになればなるほど、自分の首を絞めていく、というのはきっと、なんだってそうなんだと思うし、私は自分がまだまだ器用すぎるとも思う。
・苦しみすらも受け入れるほど、愛せるから、そこまで来たんじゃないか。 -
Posted by ブクログ
260520-0603
「ただ幸せを願うことは踏み込まなくても思いやれる唯一のことなのかもしれない。」
ひたすら宝塚の好きなジェンヌへの想いと気持ちが読める。
期待してるけど負担になりたくない気持ち、ファンレターで想いを伝えることについて等、最果さん自身の好きの気持ちの扱い方を詳細に述べられている。
私には2015.11〜2021.2頃、宝塚に最もハマっていた時期があります。
贔屓が退団してからは観劇することが減り、スカステも解約、現在は退団後の贔屓を時々チェックする程度に落ち着きました。現在はどこからか「宝塚」というワードが聴こえると、スッとそちらの方向を見るくらいには大切な言葉として刻まれています。
たまたま宝塚というワードをキャッチしたので、これは読むしかねぇと高まり読みました。
最果さんはふわっと包み込むベールのような気持ちでファンをされている…!と驚きました。
はっとした一文。
「ただ幸せを願うことは踏み込まなくても思いやれる唯一のことなのかもしれない」
ファン時代マジで祈ってました。
明日は初日だから晴れますようにという事から、贔屓にとって嫌なことがありませんように、お忙しい時期だけどちゃんと眠れてますように、千秋楽だから終わったらご飯いっぱい食べられますように…等
どんな立場?ということは置いといて好きな人に対して嫌なことや辛いことが起きませんようにと常に願っていたなと。
「好き」は善悪どの方向にも動いてしまう気持ちだと私も思っている。
迷惑になりたくない、これが正しい!と突っ走る人になりたくないし、危ない道へ暴走する人にもなりたくなかった。
私は好きな人に何もしてあげられる立場ではないけれど、祈ることだけはしてたなと思い出し、思いやりの気持ちを持てていたんだなと勝手ながら思えて嬉しかった。
好きな人の幸せをただ勝手に願っていたファンがここにもいます!! -
Posted by ブクログ
ライブや舞台など「生きている人」を推す事についてのエッセイのようなラブレターような空に投げるポエムのような。一方的な愛、否憧れ?それは恋愛感情でもなく母性でもないのに、ただその人が健康で幸せで美味しいものをしっかり食べてゆっくり熟睡できる事を純粋な気持ちで願ってやまない事を「推す」って言えるんだと思う。
生きてる人を推すという事はライブや舞台に行くことで実際にこの目で見たあの「本当に生きてる!!」という当たり前の感動を浴びる事はただ幸せなのだけれど、その幸せの中に私という存在は沢山の虹色のような心の中を抱えつつ推している。同じ舞台、同じライブでも何度もみたいのはその「生きてる人」は今一瞬1秒も生きててさっきとは違う表情や言葉や声色すべて私が見ても許される範囲イコール舞台上でずっと見ていたいからという熱量は、推しがいる人すべてが抱いたことのある感情。そこからタヒさんのいつもの言語化の天才的文章で頷ける1冊。
そうなんだけど、今の私は少し推しへのピークが落ちついたタイミングで読んだので解る〜と思いつつも少し熱量が一緒じゃないから読み進めるには至らず。
でも、それすらも推しがいた時虹色の心の中にもあった一瞬。同じ人やグループが好きな友達ができても熱量が少し違えば一緒に推す事に少し遠慮や気を使ってしまって、自分の心の思うまま自由にこの溢れ出る好きをとどめたくないハッピーな私!生まれてきてくれてありがとう推し!!という感情の熱量が一緒でなかったので途中まで読んだまま。
きっとまた推しに対してふつふつと熱量があがって「君が好きだと叫びたい!!」となった時にまた再読したい。 -
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今まで世に出た漫画に出てくるキャラクターたちをピックアップしてその人生観や人柄を紐解いて解説してくれる、文庫本の後ろの方の解説みたいな、解説入ると感じ取れてない部分を掬い取ってくれて視界がひらけてくるような。
愛のある見解が見事でキャラがよりキラキラ光って見えたな。
らんまのシャンプーとムースの関係性から人の愛し方優しさ距離感を説いてくれるし、エヴァのミサトさんの保護者観、鬼滅の炭治郎の過度な優しさについて、PEANUTSのルーシーの嫌われ具合について。
ただ言い回しが独特で哲学的で私には汲み取りが難しいなって文章がちらほら。
漫画の作者もそこまで考えてキャラを生み出してないんじゃ、、?とまで考えちゃうくらい奥深く解説してくれていて、受け取り方って人それぞれだなーってそのこと自体おもしろかったな。
そしてとんぼせんせいのこのイラスト、にっこりしてて可愛いんだけど読み進めるとちょっと不気味に。
炭治郎なんて血まみれでこの顔だから猟奇的でこわい。笑
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◼️最果タヒ「パパララレレルル」
言葉でぴったりこない感情を模索する短編集。
最果タヒは詩集「夜空はいつでも最高密度の青色だ」が映画化されるなど人気の詩人・作家だ。これまで最初の小説「星か獣になる季節」、第一詩集、中原中也賞を受賞した「グッドモーニング」を読んだ。
詩集では+、/などの記号を使ったり、行をずらしたりと意味を理解しにくい、でも出来るだけの表現をしたい、という気持ちが伝わるような作品が多かった。そして最新の小説は短編集。やはり一筋縄では・・行かなかった。
多くは恋愛が絡むもので、人魚姫、眠れるの美女、竹取物語、ギリシャ神話、マッチ売りの少女、白鳥の湖、、白鳥の湖、親指姫などをパロディにしたり、美人とブス、隕石と殺人、またビー玉に惹きつけられる「真珠のネックレス」などもなかなか怪しい。
まあその、ふつうの物語ってわけではもちろんない。シチュエーションは理解できるし、もう少し整理すればふつうの物語が多い。
真ん中に、ビルの広告看板、赤いシャッター、CDケース、本棚の本の背表紙に文章を載せている「きみはPOP」がある。実験的マインドは忘れまい、いう心意気は立派。売れるための歌に走った女性シンガーのモノローグ・ストーリー。
物語になると少々、いや結構かなり理屈っぽく、話は確信からあちこちにそのものズバリでなく、ぴったりとこない感情を言葉によって、不完全でもいいから、何でもとにかく表そうとしているようにも感じる。不思議な会話に翻弄されながら、なんとなく読み進む。
まあ理解できてる、とはとても言えない。ただ神戸出身で、関西弁も織り交ぜたりした作品を読むと、曖昧な何かが少し見えてくる気がしている。にも?が付きそう笑。殺人、ピストルなど毒も多い。
ともあれ、もう少し読みたくなる作家さんだ。 -
Posted by ブクログ
[こんな人におすすめ]
*タイトルに共感した人
直感を信じて大丈夫です。
*自分の推しへの感情とは違うけど、気持ちを想像することができる人
私のように『推し』は存在するけど愛してるかと聞かれると少し違うような、なんとなく応援しているだけだからな……と感じる人も共感できる部分がたくさんあると思います。読み進めながら、自分の『推し』に対する感情に近い言葉を探し、『推し』へ感謝を伝えたくなるかもしれません。
[こんな人は次の機会に]
*愛を受け止める心の余力がない人
エッセイやファンレターというより、ラブレターを何通も読み続ける感覚に近いです。好きな人に好きと言う感情はとてもパワフルで、とりわけ他人のまっすぐな愛情を受け止めることには少しエネルギーを使います。読み始める前に、自分の体力がどのくらい残っているか確認しておくと安心です。
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Posted by ブクログ
最果タヒさんを読みたくて、そして装丁が可愛すぎる!!と手に取った。 センスを試さないでくださいとか、人を愛することは他の誰かを愛さないとイコールであるとか、私は私のことを好きでも嫌いでもないままでいていいとか、なるほどと思わされた。私より年上のはずなのに、感性が擦り切れていないというか、自分のことを信じている青さ、世の中への期待や希望を持っている人だなぁと思った(こんな風に感性を評価することこそ作者が嫌うものでごめんなさいと言いたい)。 各章の最後の一文が取ってつけた感があるというか、保身のためにバランスを取っているように思えてしまったのが残念。文のつながりがとびとびで、お洒落だけど少し読みにくかったな。
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Posted by ブクログ
最果タヒさんの文章は自然に染みていくような感覚がある。読んでいるときは同意したり、そんなことを考えているんだなぁと思ったり、色々と考えていたはずなのに、食べ物の味のような感覚で食べたときとあとには美味いとは思うけど、どう美味かったがわからないような、吸収後は出てこないやつ。
『私が「私たち」だったころ』を読んで、私も今ならあの時考えていたであろうことが言語化できるだろうか。その枠に収まれるのであれば、本当に孤独ではない中で、孤独であるかのように思い、比較し、爆発する感じ。実際どう感じていたのかは当時の自分しか分かり得ないが。
あと職業として「人」が着くのは確かに、言葉として生き方までそれに定義されているような感じがする。