最果タヒのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
すごく最果タヒですごく10代
カズハのクラスメイトに対する決めつけが、自分は全てのことをわかった気になったり誰かの「こう見られたい自分」を見透かせている私、を作り出している気がした
今の私と過去の私が他者であるのは事実であり願望 もしかするとこれはこんなに生きてきて過去と同じだなんて思いたくない、という自己否定になるのかな
「十代に共感する奴はみんな嘘つき」だけど「十代に共感できない(しない)奴もみんな嘘つき」だと思う 「自分の昔の頃はこうだった」と美化しすぎて今の十代の今を正しく認識しようとしない人も嘘つきである
「きみの絶望が他人の絶望への顔パスになるとでも思っているの?」(p.141)
自分と他人を重ねることは勝手だけど、それを持ち出したら共感エピ自由に語ったり自分とひとまとめにしていい理由にはならないんだよね
「偶然的に愛し合っていて、だから付き合うっていう形式以外不純」すごくそうだなと思うしそれが一番素敵ではあるけれど、結局「愛されたい」や性欲、他者への優越感が欲しくなっちゃうって言ってるんだよね
自分が知っている狭いコミュニティから○○がいい、という理由で自分なりに納得して見つけた人と、私たちは愛し合っているという偶然性を信じて生きていくものだよ -
Posted by ブクログ
今回の最果タヒさんの作品は、へそ曲がりの作品ばっかりだと思ってしまいました。
絶望の詩と思われる詩もありました。
どこか、褒められるところを見つけようとして読んでいたのですが、何でこんなに冷たい詩ばかりなんだろう。
何でこんなに淋しい詩ばかりなんだろう。
今までも、甘く優しい詩はなかったけれど、今回のはひねくれすぎていると思いました。
私はレビューにあまり悪辣なことは書かないようにしていますが、少し怒っています。
こういうものを読みたい訳では全然ないんです。
例として、「春の薔薇」は詩としての完成度はとても高くて美しいと思いますが、とても淋しい詩だと思います。
「春の薔薇」はストーリー性があってカタルシスのようなものも感じられ救いがあり、これだけ読むと「素敵!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、全然、救われない絶望しかない詩も他にたくさんあります。あえて、この詩を取り上げたのは、私からの恩赦のようなものと思ってください。
「春の薔薇」
ぼくの体をあげるよ、と冬の中で呟いたら春になっていた、
ぼくの命の代わりに春が芽吹いて、
まるで今から死ななくちゃいけないみたいないい天気。
あなたが、あなたとして、
誰かと恋をしているのを、絵にして部屋に飾りたい。
それ以上何もいらないと本気で思っている、
悲しみや寂しさがある人間を綺麗だという人たちが滅んだ後で、
ぼくは唯一咲いた薔薇の花になる。
誰にも、捧げない。誰も、ぼくを捧げない。
ぼくはあなたが好きだった。
あとがきで、御自分のお気持ちを最果タヒさんは述べられていらっしゃいますが、あとがきではなく作品だけでわかるように書いて欲しいと思えました。
私はもっとあたたかみのある詩のほうが好きです。
このような作品では、人は救われないと思います。 -
Posted by ブクログ
静かな夜にそっと読みたい、そんな本。紙ならではの強みを活かした魅力を感じた。
内容としては難解。それなのに、この本が何を伝えたいのか、何を発信しているのかなんとなく伝わってきた。この世界は冷たい。美しいものが愛され、醜いものは淘汰される。都合の良いことが好きで、都合の悪いことは嫌い。常識という概念に縛られ続ける世界。常識なんて一般論でそれが全てではないのに、人はそれに縛られ続ける。
それに対する怒りなのか憎しみなのか、はたまたそんなことは何も考えてもいないのか。どんな感情を抱き描かれた物語なのかは分からない。でも私は私の勝手な解釈でこの本を捉え、勝手に感想を抱く。
時折西尾維新が私の頭をかすめるのは何故なんだろう。 -
Posted by ブクログ
宇宙人の渦森今日子の女子高生な日々。
期待しない、ぽやぽやモラトリアムな日常。一応、地球への探査船に乗ってきたからには何かを調べてるんでしょうけど、そのうちに地球の生活が楽しくなったみたい。
もう一人の宇宙人・須磨さんがズレてて好きです。今日子は7年もいるし年齢も女子高生と同じだから溶け込んでるけど、須磨さんは来たばかり?っぽいですし年齢も3桁。かわいい。
夏合宿の展開は宇宙っぽい。乗ってきた探査船が7年間、今日子を待ち続けてたなんて…気の長い話だ。でも帰らなかったことで、今日子の進路は決まったし(NASAはたいへん)モラトリアムも終わり。
西島大介さんの絵でみんなわちゃわちゃしてたなぁ。