金原ひとみのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『ナチュラルボーンチキン』と同じ系譜に連なる作品だが、本作はさらに一歩先へ踏み込んだ物語だと思う。
どちらも主人公がポジティブで破天荒な人物と出会い、その影響を受けながら変化していく物語である。しかし、両者の出発点は大きく異なる。
『ナチュラルボーンチキン』の文乃も『マザーアウトロウ』の波那も、過去の結婚生活や不妊治療によって深く傷ついている。だが、文乃が過去のトラウマによって萎縮し、自ら人生を縮小させているのに対し、波那はすでに蹴人というパートナーを得ており、仕事も順調だ。彼女は満たされた日々を送りながら、過去をある程度乗り越えたサバイバーとして描かれている。
では、そんな波那になぜ張子という存在が必要だったのだろうか。
それは本作が「失われた人生を取り戻す物語」ではなく、「新しい人生を創造する物語」だからだと思う。
創造には破壊が伴う。夫婦、子ども、血縁といった既存の価値観を一度解体し、自分自身の手で再定義しなければならない。
そのためには、『ナチュラルボーンチキン』の平木直理のような年下の導き手ではなく、張子のように異常なまでの生命力と独自の価値観を持つ年長者が必要だったのだろう。
波那を新しい場所へ連れ出すためには、張子のエネルギーは「本物」でなければならない。
張子もまた過去に傷を抱えた人物ではある。しかし少なくとも現在の彼女は、虚勢によって生きているようには見えない。むしろ、狂気的とすら言えるほど自然に、全力で「今」を楽しんでいる。その圧倒的な生命力に触れることで、波那は新しい人生への一歩を踏み出していく。
また、蹴人というパートナーの存在にも注目したい。
蹴人は一見すると平均的で目立たない青年だ。しかし、母親や友人を否定せず、そのまま受け入れることのできる強靭な寛容さを持っている。
波那は自ら進んで張子と酒を飲み、整形に挑戦し、韓国旅行までエンジョイしてしまう。彼女は「楽しそうなこと」や「やりたいこと」に対して常に心を開いており、張子の突飛な誘いにも面白がって飛び込むことができる。
だが、波那がそのような大胆な行動を取れるのは、もともとの資質だけではないと思う。そこには、どんな自分でも受け止めてくれる蹴人という安全な居場所がある。
張子は波那を前へ押し出す力であり、蹴人は安心して戻ることのできる受け皿だ。
張子という圧倒的な推進力と、蹴人という揺るがない受容。その二つの奇跡的な出会いが重なったからこそ、波那は過去を乗り越えるだけでなく、新しい人生を創造することができたのだと感じた。 -
Posted by ブクログ
ルーティン化をこよなく愛し、イレギュラーを恐れる主人公。彼女の過去がその今を作っているが、平木さんやましかさんと出会うことで変化と過去の振り返りにに繋がった。振り返りって自分が安全な立場になってからでなくてはできないんだろうな。
自分にコントロールできないものが怖い。
どんな個体が当たるかも分からないのに少なくとも18年くらい一緒に過ごすことが確定している子供を持つなんて恐ろしいことこの上ない。平均して3千万くらいの課金をどんな性格で情緒や体や性癖の持ち主かも分からない存在にベットできる人々は狂気に突き動かされているようにしか思えない。
おじさん化とは、この間まで普通に話の通じる人だったはずの男性が、同僚に対しても、新人に対しても、結婚相手に対してもめっちゃ偉そうな態度を取るようになる現象。権力欲の強い男性が教育係になったり、名誉男性としての権力者側に認められた女性が教育係になった場合も、おじさん化が激化していく。つまり弱者の気持ちを鑑みる必要に、駆られたことのない人ほど、おじさん化しやすい。おじさんとはつまり話の通じない人。自分とは価値観がかけ離れ過ぎた人。