金原ひとみのレビュー一覧
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痛みと快楽の境界で、若さは静かに壊れていく。
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「蛇にピアス」は、映像化作品を先に観てから原作を読む、いわゆる後追い読書となりました。原作を読み進めるうちに、自然と映画の俳優たちの姿や声が重なり、改めて映像化としても完成度の高い作品だったのだと感じます。
激しい性描写や暴力表現が多く、人を選ぶ作品であることは確かですが、それらは単なる刺激ではなく、ルイという人物の空虚さや危うさを際立たせるためのもの。彼女の生きる世界観は理解しがたい部分も多いものの、刹那的に生きたい衝動や、自己破壊的な欲求は、誰しもの心の奥底に潜んでいるものなのかもしれない、と考えさせられました。
文章は研ぎ澄まされ -
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何か怪しい fishy。
三人の女性たちの、共鳴し合わない関係性の中、それぞれの家庭の噛み合わない情景に不穏さが連続する。
今、三島由紀夫『鏡子の家』を読んでいて、
解説等で登場人物達が三島自身のそれぞれの側面を象徴しているといった読み方が多いです。
それに納得しているわけではないのですが、
こちらも登場する女性3人もしかしたら著者自身の象徴なのかな、と考えてみたりした。設定自体は作家志望の女性、二人の男の子を持つ編集者、と多少近いところはあるけれど
金原ひとみさんは、おそらく自分のビジュアルを含めての作品感を創作していて、
全ては虚構。
だから、まるで分身と見せかけたフィクション。
ラ -
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【目次】
Better late than never(島本理生)
肉体が観た奇跡(村田沙耶香)
「妊娠」と過ごしてきた(藤野可織)
身体に関する宣言(西加奈子)
汚してみたくて仕方なかった(鈴木涼美)
胸を突き刺すピンクのクローン(金原ひとみ)
私は小さくない(千早茜)
てんでばらばら(朝吹真理子)
両乳房を露出したまま過ごす(エリイ)
敵としての身体(能町みね子)
愛おしき痛み(李琴峰)
肉体の尊厳(山下紘加)
ゲームプレーヤー、かく語りき(鳥飼茜)
私と私の身体のだいたい五十年(柴崎友香)
トイレとハムレット(宇佐美りん)
捨てる部分がない(藤原麻里菜)
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「汚してみたくて仕方なかった」鈴木涼美
売春が無くならないのは、男側の問題の方が大きいけど、自分に値打ちが付くことに依存する女側の問題もあるのかもしれないと思った。女は性処理として利用されてきた時代が長く続いたせいもあり、完全に無くすことは難しいのだと悟った。
「トイレとハムレット」宇佐見りん
面白かった、、!確かに腹痛と苦悩のポーズは似ている。舞台が好きな理由として「シンプルだから」っていうのはすごく腑に落ちた。たった一つの物語、感情を演じているだけだもんな。現実の方が感情ごちゃ混ぜで騒がしいもの。
「私の三分の一なる軛」児玉雨子
生物は毎日ちょっと死んでおかないと生きられないって興味深 -
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金原ひとみが作家生活20年にわたって書かれたエッセイと掌編小説を収録した1冊。
金原ひとみのエッセイは初めて読んだけれど、この人は小説を書くことでしか生きることができない人なのだと知った。
ずっとあり続ける希死念慮の中、小説だけが現実から一瞬目を背けさせてくれる。
そんな彼女は、小説家になるべくしてなったとしか思えない。
冒頭の『「母」というペルソナ』に鷲掴みにされた。
金原ひとみという人は、傷つきやすく、傷つくたびに心の声に耳を澄まし続けたから、こんな本質ともいえる叫びを文章として表現できるのかもしれない。
エッセイや掌編小説の明確な記載がなく、まるで白昼夢を見ているかのような感覚に -
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エッセイと掌編がごちゃ混ぜの構成で、エッセイ?小説?とどちらとも取れるような内容のものもあった。
それだけエッセイと小説の雰囲気が似ている。
とにかく感情が勢いのまま溢れ出しているみたいな文章。
恋愛感情も、嫌い、嫌だという感情もすごく豊かな人なんだなあと感じた。
わりと淡々と物事を受け止めてしまう私と、対極にある人だなと思う。
物事に対する考え方とか姿勢、行動のパターンというのか、とにかく私と全然違う。
でも自分の内なる感情をこんなに分かりやすく言葉にして伝えるって凄いことだよなぁ…と感心した。
『「母」というペルソナ』に共感する人も多いみたいだが、これも私にとっては、斬新というかなるほど -
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身体や性についてのエッセイ集。この中で柴崎友香さんが呈示していた疑問「なぜ書き手の性別を限っているのか」、私もこれと同じことを思った。もう、このフェーズは終わっていないか。いま、同じテーマで、男性やその他の性の人の語ることも聞きたいし、それらが同じひとつの場所に並べられているところを見たい。
どのエッセイもそれぞれ興味深かったし、色んな方向に心動かされたが、上記の意味で、柴崎さんが「このような疑問を私が持っていることを編集者と共有できたので、書くと返答した」という経緯を書いてくれていたことが、いちばん嬉しかった。もちろん、疑問の詳細は私が書いたこととは違ったけれど。 -
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思考を巡らせてもどうせ何か見覚えのあるストーリーにのせてベルトコンベアの上を運ばれていくだけなら、ドパミン放出を道標に、何をどうしたいのかわからないけど何かをしている状態で生きていてもいいよなあとは思うのだけど、
実際はわたしみたいな社会不適合人間は社会に適合する形で守られないとダメだなという思いが強まった
退屈で演技くさくて茶番だけど、これが1番の安全策
結局やりたいこともやりたくないことも自分の意思の本物らしさを信じきれないのであれば、世間に伺いを立てながら飼い慣らされる方が楽
下手に抗おうとすると、その抵抗するスタンスが自分の意思らしきものの形成に大きく関与してしまって逆に支配される構造 -
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どんなことをどんな風に語るかは自由なはずなのに、不思議と受ける印象が近い方も多い。圧倒されたのは、自身の自慰について複数名の方が赤裸々に書かれていたこと。もちろん秘めておくべきかどうかは個人の自由だが、同じことを目の前の男性に言われたらきっと眉間にシワを寄せてしまうと思うので、(こんな性差を感じてどうかとも思うが)そうならないのを織り込み済みの、女性性を逆手に取った表現ような気もする。私のお気に入りはセブンルールで見たことのある藤原麻里菜さん。「もし、技術が発達して、アバターを作って仮想空間で生きれるとしたら、私は女の身体を選ばず、カービィみたいなピンク色の球体を選ぶだろうと思うのだ。そうした
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真奈実の気持ちわかるなあ
生々しい感情をむき出しにして、その感情を主題にした演技くささの残る劇に登場しなきゃいけないのは嫌だ、自分が役者であることすら完全に忘れて生身で空気に触れているのならむしろ楽しいけど
だいたい自分を外側から見る視点が消えない
p77「暴力というのはその真骨頂で、こちらにとっては痛みよりもその暑苦しさのほうが地獄なのだ」
暑苦しさから逃れたくて涼しい観客席に避難するような生活を送っている
感情を持つというのは偶然なのか必然なのか
必然と感じて理由をこじつけて納得しようとしたり今までの経験を振り返って根拠を模索したりするが、そう感じるような反射づけが環境によって偶然生じた