538P
2400円
金原ひとみのYABUNONAKA読んで、こういうのってSNSには出来ないし、ヤフコメでも出来ないし、ブログでも出来ないし、ネット記事にも出来ないし、小説でしか出来ない事だなと思った。これこそが"現代"の"文芸"だと思った。これは凄いなと思ったから、名前忘れたけど賞取ったのは納得。
てか、金原ひとみのセックス描写が好きすぎる
金原ひとみの小説に出てくるウイスキーがラフロイグなのも良い
金原ひとみのYABUNONAKAは蛇にピアスの次に読まれてるのか。
ノンセクについて言及してた
友達に勧められた金原ひとみのパリのエッセイ読んで特に何も思わなかったけど、YABUNONAKAっていう小説読んだら超好みな小説だと思った。村上龍とかミシェルウェルベックとかヘンリーミラーっぽい感じが好き。
小説に自分が感じてた不快感みたいなのが言語化されてるの見ただけでなんか辛さとか痛みが取れるような気がする。私は言語化が得意ではないから小説家に頼りまくってる。言葉の能力も運動神経みたいに努力では補えない天性の才能みたいなのは絶対あるから。
面白いけど、500ページある上に内容も重めだから読むの疲れる
金原ひとみは、2012年にフランスへ移住し、2018年に日本へ帰国しています。つまり、約6年間パリで暮らしていたことになります。
金原ひとみは1983年8月8日生まれなので、
* パリ移住時(2012年):28歳ごろ
* 日本帰国時(2018年):34〜35歳ごろ
目 次
1 木戸悠介
2 長岡友梨奈
★3 五松武夫 マチアプ
4 橋山美津
★5 横山一哉
★6 安住伽耶 ノンセク
7 越山恵斗
8 安住伽耶
9 横山一哉
★10 橋山美津
★11 五松武夫
12 長岡友梨奈
13 木戸悠介
14 リコ
金原 ひとみ
(かねはら ひとみ、1983年8月8日 - )は、日本の小説家[1]。1983年、東京都出身。1993年、10歳、小学4年生のとき不登校になる。1995年、12歳、小学6年生のとき、父親の留学に伴い、1年間サンフランシスコに一年間暮らす。滞在時には父の見繕ってくれた日本語の小説(村上龍や山田詠美)を読み、小説を書き始める。1997年、14歳、中学3年生の時、父が法政大学で開いていたゼミに、「めいっ子の高校生」として参加するようになる。そこでジョルジュ・バタイユの『眼球譚』に出会う。15歳のころリストカットを繰り返す[2]。1999年、16歳、同人文芸誌『ゆず』14号に「風鈴」の名義で「ヴァンパイア・ラブ」を発表[要出典]。同年、文化学院高等課程中退。中学、高校にはほとんど通わなかった。19歳の時、周囲の勧めを受けてすばる文学賞に応募。2003年、20歳で「蛇にピアス」で第27回すばる文学賞を受賞[3]し作家デビュー。2004年、同作で第130回芥川賞を綿矢りさと共に受賞[4]。2005年、集英社の担当編集者と結婚。2007年、アニメ映画『カフカ 田舎医者』で映画初出演。第1子(長女)を出産[5][6]。2010年、「夏旅」で川端康成文学賞最終候補[7]。『トリップ・トラップ』で第27回織田作之助賞を受賞[8]。2011年、東日本大震災に伴って発生した原発事故による放射能汚染を心配して、東京から父親の実家がある岡山県に移住し次女を出産[9]。その後フランスへ移り住む[10]。2012年4月11日、NHKのトーク番組『スタジオパークからこんにちは』にゲスト出演。生放送への出演は自身初。同年、『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞(選考委員:髙樹のぶ子)[10]。2018年、フランスから帰国し再び日本を拠点に執筆をする。2020年、『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞を受賞[11]。2021年、『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞を受賞[12][13]。2022年、『ミーツ・ザ・ワールド』で第35回柴田錬三郎賞を受賞[14]。2024年、離婚したことを公表した[15]。2025年、『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』 で第79回毎日出版文化賞文学・芸術部門を受賞[16]。2026年4月から『カンブリア宮殿』のMCを務める[17]。父は児童文学研究家・翻訳家・法政大学社会学部教授の金原瑞人[18]。母方の祖父母はともに千葉県大多喜町の歌人であり、祖父の短歌は国語教科書に掲載されたことがある[19]。
「 背の高い人と低い人がいるように、運動神経の良い人と悪い人がいるように、体の強い人と体の弱い人がいるように、この世には文学的センスのある人間と、文学的センスのない人間がいる。それぞれ持って生まれたセンスがあるのだ。音楽好きな人ほど歌や楽器がうまいわけではないように、スポーツ好きな人ほどスポーツがうまいわけではないように、小説や文学に惹かれる人ほど文学的センスがあるというわけでもない。もちろん後天的にセンスを身につけていく人もいるが、先天的な才能と後天的な才能は種類が違い、そして後天的な才能の中でも、楽々身につけた才能と苦労して身につけた才能はまた違う。ごく稀に、頭が空っぽで何も考えていないのにセンスだけで文学に携わる仕事に就き、またその空っぽさにすら文学性が宿ってしまうという奇跡のような人間がいる。私が最も自分に持っていないものを感じ、嫉妬で満たされるのはそういうタイプの人間だった。同僚、他社の編集者、作家と知り合うたび、相手の文学レベルを先天、後天、知識(海外古典)、知識(日本古典)、知識(現代)、とジャンル分けして十点満点形式で採点していたこともあった。今思えばただのコンプレックスの塊なのだが、そうして人に点数をつけて文学的センスの高い奴に苦手意識や嫌悪感を持ったり、自分より低いやつにホッとしていたという事実は、自分が他人と有機的に関わりながら生きていると信じられていた証拠でもある。今の私は自分と他人とを比べることをしない。そしてそれはもちろん、ポジティブな意味でではない。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「逆に、自分の好きな作家たちの多くは、手を替え品を替え様々な小説を書いていると思わせながら、実際には生涯をかけて同じテーマを書き続けている。そう気づいたとも言える。彼らは対社会、対体制、対外部的な小説を書いていると思わせつつ、実際にはずっと個人的な問題と向き合い続けているのだ。個人的な問題とは、フェティシズムや変態性欲、コンプレックス、偏執、タブーや死への衝動など理性や理論では語り得ないものであることが常で、だからこそ彼らはそれらと生涯をかけて向き合い続けられたのかもしれない。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「新人賞に直接的に携わった期間が長かったこともあって、たくさんの作家のデビューとその後を目の当たりにしてきた。狂気のような才能、この小説はドラッグを超えた嗜好品、私はこの作品にひざまずいた、などと選考委員に言わしめた作家たちが二作目三作目を書けず、書いてもデビュー作を超えられず、いつしか消えていくのを幾度も目にしてきた。大抵の人間が、自分の一世一代の実体験を活かして小説を書けばそれなりに面白いものができあがるものだし、それなりの文章力と語彙と構成力とポエジーがあれば新人賞デビューもできる。しかし書き続けられるかどうかは、己を生涯小説へと駆り立て続けるテーマがその人自身にあるかどうか、で決まるのだ。 生涯を貫く編集者としてのテーマが自分にはなかったと気づくまで、私は大学卒業と共に小さな出版社に就職してから二度の転職を経て辿り着いた創言社の「叢雲」編集長に就任して数年が経つまで、の三十年近い歳月を要したということだ。そもそも、文芸誌編集長という責務には、黒字とまでは言わずとも、まあそれなりに赤字を減らさなければならないという高いハードルがあって、それを越すためある程度の犠牲を払わなければならなかったという側面もある。昔は出版業に、出版されゆく雑誌や本に未来と希望を見つめ、小説に全てを捧げてもいいと妄信的とも言える情熱を抱いていたけれど、いつからか出版は私にとって機械的な業務になった。この業界に入って三十年以上、自分はもう引退間近なのだから大人しくこのベルトコンベアに乗って道が絶たれるのを待ち、あとは嘱託でお茶を濁そうという消極的な生き方を消去法的に選んでいる。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「三十代後半くらいから少しずつ食事の量が減り、今では三十年前の半分くらいしか食べられないにも拘らず、体重は三十年前と比べて十キロ増。恐ろしいと思いつつ、見た目の維持や健康のために運動や規則正しい生活をしようと思いもしないこの怠惰さこそが恐ろしいとも言える。自分は何も求めていない、そして何も求められていない。世間からは社会の歯車として回り続けろと要請されている気もするが、それは日本国を回すための社会のポーズでしかない。この人生は私に何も残さなかった。綺麗に何一つ、残さなかった。 独立した島のような自分のデスクから七歩ほど歩き、「叢雲」編集部のデスクが集った大陸を訪れる。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「今日食べるものだけを買い、次に外に出る時、帰宅してから外出までの間に出た分のゴミを捨てる。私の生活はそうしてシンプルに回る。今日は焼き鳥とチョレギサラダ、それから冷蔵庫の中にあったチーズと三日前に作り置きしておいたゆで卵を一つ、入念に匂いを嗅いでから食べた。明日の朝、私は惣菜のパックとゆで卵の殻、トイレットペーパーの芯やティッシュなどを詰めた袋とビールの缶二本を持って家を出て、マンション内のゴミ捨て場に寄ってから会社に行くだろう。この部屋には何も溜まらない。廊下に本棚が二台設置されているが、一台は辞書や全集に使い、二台目に現代作家の小説を入れているが、半分以上は埋まらないようにしている。ほとんどをクラウド保存したというのもあるし、本に埋もれる生活が嫌になったというのもあるし、そもそも小説にかつてのような興味を持てなくなったというのもある。二台目の半分以上に本が増えそうになると、本を捨て必ず半分以下に抑える。つまり十冊増えれば十冊、二十冊増えれば二十冊捨てるのだ。五年くらい前に大規模な断捨離を行い、本は一・五台分のみ、カラーボックスや無駄な物入れになっていた収納なんかも処分、三十代四十代の頃にハマって揃えていたコムデギャルソンの服をほぼ捨て、ファストファッションの同じシャツとパンツとジャケットを数枚ずつといった内容でクローゼットを完結させてから、まるで死に支度を終えたように心も生活もすっきりした。当時流行り始めていたミニマリストという言葉に触発された部分もあった。でもそれから五年が経ち、本当に何ものにも執着や愛情のない生活を送っている内、もはや自分はこの物を失いがらんとした部屋同然、半分死んでいると感じるようになった。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「この世ではほとんどの人が、ある日突然死ぬのではなく、少しずつ死んでいく。死とは瞬間的なものではない。担当作家や上の世代の編集者たちの死を体験する内、この結論に辿り着いた。現代的な死とは呼吸と心拍の停止と瞳孔散大により判定されるが、その前から私たちの機能は衰え身体は少しずつ死んでいき、そして死亡判定がでたあとも焼かれたり埋められたり誰かの中の記憶から薄れていったりしながら死に続けるのだ。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「頭が痛くなりそうだった。一昨日まですっかり忘れていた名前が唐突にメールボックスに現れ、小説という大きな爆弾を落としていき、手元に置くにしてもよそに投げるにしても、処理の仕方を間違えば爆発するかもしれないのだ。内容がどんなものであれ、小説というものには書き手の怨念が多かれ少なかれ籠っていて、逆鱗に触れるようなことをすれば必ず、こちらの想定の十倍は恐ろしい事態に陥るのだ。もちろん私だって、彼女がデビューした頃にはもしかしたら芥川賞、と考えた。それでも、彼女は何年もかけて消えたのだ。そんな無名に等しい、いやもはや新人賞受賞作、新人賞第一作、と銘打てない分逆に売り方も難しくなってしまった作家の、今後の保証なき文学賞のことを考えるのは正直憂鬱だった。「確かにそうだね。西村さんの方には僕の方からやんわりと感触を探ってみるよ。それで、もし彼女に小説誌への抵抗がなければ乃木さんに読んでもらおう。そこで拒否られたらどうする?」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「怒りとも恥ずかしさともつかない何かカッと湧き上がる感情があって、かき乱されるのを感じた。今思えば、あのセリフが男女逆転で発されていたらヤバくないだろうか。抑圧された女性に色気があるなどともしも私が発言しようものなら、セクハラ発言認定されてもおかしくないだろう。でもあの時の私には、どこか解放感があった。つまり男は抑圧する側と思い込んでいる節が私にはあって、抑圧された自分、無理強いをされたにも拘らず平然を装い続けた自分、の存在をようやく認めてもらえたかのような。そんな快感があったのかもしれない。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「長岡さん、あなたのこと文学インポって話してたんですよ。もう文学に勃起しない、興奮しない、勃たなくなったのに文学しかないから文学に固執して、文学に嫌われた男だって。いや、でもこれ、別に嘲りじゃなくて、文学に対するスタンスとして意外といいんじゃないかっていう話だったんですよ。そこに携わる人が文学に興奮して勃起してるようじゃダメなんじゃないかって、ある程度冷静な視点も必要だよねっていう話の流れで木戸さんの話が出たって感じで……。まあつまり、木戸さんは磐石な批評性を持ってるってことなんだと思いますよ」 三田の言葉を聞きながら、耳が遠くなったように、世界が遠のいていく感じがした。そうか私のインポはバレているのか、もはや自分が文学に屹立できないということは、長岡さんのみならず多くの作家にバレているのかもしれない。藁すらなく、仕方なく文学にすがっていることも、そこでも大した達成感もないままくすぶっていることも。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「 来年の予定は全て埋まっている、と話した三田とは、結局仕事は発生せず、エッセイ一本すら書いてもらえなかった。三田は消えた。デビューから五年、いや六年程度で、完全に消えた。文学のフィールドを見限り、アニメの脚本やゲームのシナリオを書き始めたのだ。一度彼が書いたアニメを何話か見てみたが、デビュー作の面影もなかった。彼もインポになったのだろうか。あの頃とは別のものに勃起するようになったのだろうか。文学インポと言われながら、ずっと勃たないまま、あれからもう十年以上もこの業界に埋もれている自分が、哀れでもあった。長岡さんとは三田と会った後も仕事の関係は続けていたが、もし三田の一件がなければ、編集長になっても彼女を担当し続けるという選択をしていたかもしれなかった。 私はくだらない男だ。くだらなくて、情けなくて、なんの情熱もなくて、誰からも愛されない、誰も愛さない。その事実が、もう悲しくもなんともない。枯れた木や花を見るように、心中は見渡す限り凪だ。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「同じように一欠片口に入れた一哉は、ほんとだ、けっこう苦いねと嬉しそうだ。彼はいつも、会社でもらうお土産を持って帰る。かもめの玉子みたいなものや、一枚のお煎餅やクッキーでも、必ず持って帰って一緒に食べる。そのたび、私は出張や旅行に行ってはお土産を買って部署の人に配るという文化の残る会社の貧乏臭さへの蔑みと、美味しいものを一緒に食べる体験や感想を共有したいと望む彼への愛おしさを同時に募らせる。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「もちろん私は民主主義者だ。死刑制度には反対。多様性という現代では重要度が高すぎるがゆえもはや形骸化してしまった言葉にも深い共感を持っているし、国や人の保守的、排他的な属性を最も嫌っている。去年登壇した配信トークショーで、意地の悪い資本主義の批評家にヒラリー的リムジンリベラルと揶揄され、それを言えばあなただってアカデミー村で生まれ育った外の世界を知らないインテリ権威主義者、理想ばかり語る机上のクーロンズだと半笑いで反論した様子が面白おかしく切り取られてプチバズりをし、賛否両論あらゆる意見をぶつけられやるかたない思いもした。しかし私の中には、善悪の判断をし、悪を徹底的に潰さなければならない、間違っているものを排除し世を正さなければならないという、それはもう悪のような正義感が渦巻いているのだ。つまり私の言う多様性とは、私が認められる多様の中でのみ機能する多様性のことであり、そこから外れる女性を殺した者であったり女性を搾取する者であったり子供を殺したり搾取する者であったりはどんなに残酷な刑にかけられ殺されても構わないむしろそうしてもらわないと気が済まないという反社会的な怒りがあるのだ。もちろんそこまで極端な例に限らないが、一度激昂すると相手の死さえ厭わない悪のような正義感に一哉は引いているのだろうし、主義的には死刑反対と言いながら、個人的な怒りには打ち勝てない自分自身のダブスタ具合に、私も引いている。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「担当してもらった期間は長かったけど、魂のやりとりをしたことは一度もないよ。木戸さんはセンスも才能も努力も欠けてて、誤字脱字の多い無能な人だったからね。やる気のなさがダダ漏れで、周囲の編集者とか作家に悪影響を与えてたよ絶対」「俺は、仕事相手と魂のやりとりしたことは一度もないけどね」「私だって仕事で魂のやりとりをしたことがある人は数人しかいないけど。ていうかまあ、あの人の言ってることが事実だっていう確証もないし、何か頼まれたわけでもないし……」「まあ、そっか。友梨奈が気にしてないならいいんだけど」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「一哉は何か言いたそうだったけれど、私は気づかない振りをした。彼は私の意思を取りこぼさないのに、私はたまにこうして不誠実に彼の意思を無視する。もちろんいつもじゃない。今だけだ。今は都合が悪い。そうやって自分や他人に、噓ではないからと言い訳をしながら噓の一歩手前のようなことを言い、自分からも人からも信用されない、いや、自分からも人からもどうでもいい存在として認識されていくのかもしれない。漠然と思いながら、「一旦アク取ろっか」と何かを割り切るように提案する。そうだねと丁寧にお玉でアクを掬った一哉は、エビの殻入れがなかったねと言いながらキッチンに立つ。他に何かいるものある? と聞かれ、麻辣のミル持ってきてと答えるとふふっと笑う声がした。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「五松からのメールを読み返すが、やはり木戸の名前はない。確認しながら私は、思いのほか木戸のことを気にしていることを思い知る。木戸はつまらない男だ。でも他になんの趣味もない文学かぶれがとうとう文学にすら何も求められなくなった成れの果てのような彼を見ていると、感情移入しないではいられない。小説に関わる人々は皆、小説の力と、小説の無力さについて日々考え、打ちのめされ続けているからだ。望んで小説に携わる仕事につく人間の七割は、文学が世界を変えると無邪気に考える。そして、自分の作った本や書いた小説が世界を揺るがすようなムーブメントに結びついたり、読者たちが出版社や自宅を取り囲んで拍手喝采するようなことや、特殊な力を恐れた者どもから魔女狩りに遭ったりするようなことも起こらず、また自分や自分の本が発光したりすることもないと悟ると、ある種の諦念と共に創作活動を続けなければならないと思い知る。そして大凡、その諦念を抱えるまでと、抱えてからは、 1: 9あるいは 2: 8くらいで後者の方がずっと長いのだ。だからこそ、木戸の絶望には覚えがあるし、木戸の枯葉みたいなスタンスにもどこかしら別の世界線の自分を見るような思いでもいた。でもそれにしたって、木戸が編集長になってからの「叢雲」は、文芸誌の固定層に向けたある種の媚びにしか感じられないような懐古趣味的な特集と、この数年内にどの雑誌も一度は組んだであろうフェミニズム、ポリコレ、 LGBTQ +系の現代的な特集テーマで話題性を狙った割には大した冒険も目新しさもない執筆陣の選定、レジェンド作家が死ぬと手当たり次第親交のあった人たちに原稿依頼がなされ当たり前のように無思考で作られる追悼企画等々で構成されており、なんの理想も信念もない人が編集長になるとこういう雑誌ができる、というお手本のような誌面だった。それでいて、私が尊敬する幾人かの文芸誌編集長と比べてもまあまあ長い期間編集長の座についていたことについては、きっと彼の無難さに共感する人々がそれなりに多いのだろうと予想でき、とにかく彼のことを考えると、憂鬱な気持ちになる以外の要素がなかった。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「うーん、と眉を顰める。そのくらいの自己中、自信過剰、自分勝手な奴は古今東西どこにでもいる。そして彼女だって、当時はそのことに「耐えられないもう二度と会わない」とまでは思っていなかったのだろう。強力な上下関係や利害関係があれば別だが、当時二人は付き合っていたわけで、嫌なら拒絶したり、別れたりすれば良かったのではないだろうか。もちろん原稿を読んでもらうという立場上の利害はあったかもしれないが、それが意思に反して逃れられない、という程の力関係を生むとも思えないし、もしそんな権力勾配が生じていたのだとしたら、彼女は文学に過大な幻想を抱いているような気もした。「彼にデリカシーがなく、自分より弱い立場の人に高圧的な態度をとる、典型的なモラハラ気質の人だということは知っています。タクシーや飲食店で、敬語を使いながらも苛立ちを隠しきれていない様子を目撃したことが私もあります。彼が二度離婚をしているのも納得です。でも、木戸さんと別れたのは、もうかなり前のことなんですよね。どうして今日、私に会いに来たんですか? 何か、きっかけがあったんでしょうか」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「分かります。最近のあらゆる告発文は、私たちの中に眠っていた過去の罪を照らし出してくれますよね。打ち上げ花火が上がって、同じ痛みを持っている人たちが照らされた自分の古傷を見出す。あれは断罪されるべき罪なんだと気づかされていく。それは社会が急激に変化していく中で必然的な流れだし、それぞれ個人が変化し続けているからこその気づきでもあります。当時は大して気にしていなかったことが、どんどん大きな罪になっていく。時代の変化によって、そしてその変化に呼応した自分自身の変化によって。つまり、私たちはとても流動的で、まるでアメーバのような存在に身を任せながら、自分達自身もまたアメーバのように手からこぼれ落ちてしまうような存在だということです。そんな不確かな存在として不確かな世界に生き続ける苦しみって、今この変化に気づいている人たちだけが抱えているもので、気づいている人と気づいていない人の間に鮮やかなグラデーションができていることに最近気づいたんです」「そうなんです。私はあの恋愛でひどく傷ついてたんだって、最近になって気づいたんです。もちろん彼の態度は今思っても、糾弾しなければならないほど酷いものだったとは思わないんですけど、それでも私の削られきったプライドを折るには十分でした」 話が、橋山と私の間で少しズレている。私たちは分かり合えているのかいないのか、よく分からないけれどきっとあまり分かり合えていないのだろう。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「レストランでの待ち合わせは、いつも少し緊張する。ドタキャンのリスクを孕むからだ。駅で待ち合わせてからの店決めであれば、お互いどの程度のものを相手に求めているか探りを入れられるため気が楽ではあるのだが、予約もせずにご飯に誘えば犯罪者扱いされかねない時代になってしまったため、雰囲気が良くそれなりに美味しくそれなりにコスパがいい、良くも悪くも無難な店を選ぶようになってしまった。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「 自分は雄専用ベルトコンベアに乗って、あ、こっちは嫌だな、こっちに行きたいな、と片手で頰杖をついて寝そべったままリモコン操作をして、選択制あみだくじの先で「これでどうよ」的な雌をあてがわれ、数回のデートで終わったり、何回かセックスをして付き合ったり別れたりして、そうしてまたベルトコンベアに乗って送り出されていく。最近その繰り返しがもはや人生であるかのような錯覚に陥ることがある。 別にそこまで、恋愛や結婚に強い執着はない。別に一人でもいい。生きがいと言えるほどのものはなくても楽しいことはまあまああって、仕事も充実していてやりがいはある。でも二十代後半でほとんどの友達が結婚してしまい、晩婚化している編集者界隈では定期的に飲みにいく同業他社の同世代もいるけれど、今は独身のこいつもこいつも、結婚して子供ができれば俺とはもうつるまないのだろうとぼんやりした虚無感を覚え、人生に彩りを添えてくれる女性がいたらなと思い始めたのが三十前後だった。それで出会い系を始め最初は緩やかに楽しんでいたけれど、ちょっと課金をしてみたら、今度は元を取らなければならないという貧乏根性が働いて、恐らく通算で三十万程度ではあるものの、その自分にとってはまあまあ大きな負債を取り戻すためにマチアプを続けているような気にさえなっている。元カノも、元々カノもマチアプで知り合った女性だった。互いにそこまで進展させる意欲もなく、え、これからどうする俺たち? このまま付き合い続ける? 結婚的な? みたいな感じでお互い足踏みしている間になんかちょっと冷めちゃったなみたいなことを繰り返して、結局元カノとも元々カノとも自然消滅よりはまあまあ消滅感があったよねくらいのお互いに「はい別れました」と言えるくらいの合意の取れた別れを迎えた。誰も取り乱さない、寂しくなるね、くらいの別れだった。そんな程度の相手だったのかと、別れて改めて思い知った。一人になればなったで気が楽で、しばらくは一人のままでいいと思う。でもしばらくすると、なんとなく手持ち無沙汰でまた課金を始める。そんなことを始めて、もう五年だ。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「少し遅れると LINEは受け取っていたため、ドタキャンの不安はなかったものの、マッチング後二度目のデートの幸先はあまり良くない予感がした。最初に会った時も「これまで見せてもらってきた画像-加工」の想像を下回っていると思ったけれど、今日は急いでやって来たせいか、この間よりもさらに可愛くないような気がしたし、ここ本当に異世界感ありますね! という彼女の言葉も白々しい。洞窟をイメージしているという、安っぽい素材で岩の中にいる感じを演出した、全席半個室のこの店は都内有数の口説きスポットとして有名で、口説ける店十選があれば必ず上位に食い込んでくるし、画像つきでしょっちゅう Twitterなどでバズっているため、むしろ今ここを選ぶのは口説きにスパートをかけていくつもりであることを隠す気のないある種の猥雑さと、もう店選びには時間をかけたくないのだという怠惰さを自分に許しているということでもあって、そんな自分でよければ、というちょっとした自己紹介代わりの誘いにもなるという不思議な現象が生じている。横並び席にするかどうか迷って、まあまだ二度目だしと L字型の席にしておいて良かったかもしれない。うきうきした感じの言葉とは裏腹に、 Lの短い方に座った彼女は想定よりも奥に座っていた。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「いつ何時も、どの時代に於いても、金払いの悪い男は嫌われる。俺よりも収入が多かった昔の彼女は、たいていどこの食事代も進んで出してくれていたのに、別れ話を切り出した途端激しい罵倒を繰り広げ、「いつも金なさすぎなんだよデートの日はデート代くらい下ろしてこい! 毎回会計の時になって金がないとかこすいんだよお前!」と吐き捨て俺をレストランに一人置いていった。まだメインが出ていなかったため、その場にいた全ての客に『こすいやつ w w w』と思われながら一人食事を終え、ようやくお会計をしようとすると彼女が先に支払ったと知らされた。あれは、自分が人生で目にした中で最もインパクトの強いアイロニーだった。お連れ様にお支払い頂いてますと言われ、一瞬ぽかんとして事態を飲み込んだ瞬間、すでに充分痛んでいた胸が突如落ちてきた巨大な砲丸に潰されたように染み渡った水っぽい痛みを覚えている。あの時メインが出てきて、しっかり食べ終えるまであの店に居座った自分の図太さとケチさ加減の競演を思うと泣きそうになる。 それ以来、ほとんどの店で俺は女性に奢り続けている。この間出してもらったから今度は私が、と付き合っている彼女に言われても、心の奥底では俺をこすいと思っているのではないか、本当は俺が「いいよいいよ」と財布を出すことを期待しているのでは、と考え、「いいよいいよ」と財布を出してしまう。そしてそうすれば女性たちは必ず「え、いいの?」と引き下がるのだ。まあ平均ではあるものの生涯年収は男の方が高いし、大手出版社勤務だし、と自分を納得させてはいるが、結局のところ俺は「こすいんだよお前!」の呪いにかかってしまったのだ。 正直、自分は個人主義の立場をとっていて、基本的には全てのお金を折半したいし、自分が興味ないことやりたくないこと、例えばバーベキューだったり遊園地だったりナイトプールだったりにお金を払いたくはない。行くことになればお金は出すが、本当は全く割りきれない思いでいる。正直にこの愚痴を言ったら、担当作家の長岡さんに「五松さんが付き合えば付き合うほど不幸な女性が増えるだけだから、恋愛やめたほうがいいと思いますよ。まあ五松さんには女を不幸にさせる程の魅力もないから大丈夫かもですけど」と笑われた。あまりにサラッと軽い口調で言われ、周囲がドッとウケていたから苦笑いで流したけど、時間が経てば経つほど思い出した時の怒りが増していく。男だったら分かってくれるだろうと、担当作家の七村さんに同じことを言ったら、「五松くんは誰かにお金や愛情を分け与えられるほど満たされてないんだろうね。まあ、どれだけ満たされてても与える器がない奴もいるけどね」と同情された。確かにそうなのかもしれなかった。自分は昔から、自分のものは自分のもの。で、お菓子もおもちゃも分け与えることができなかった。僕の! 僕の! というのが口癖だったと、親に今も笑われる。お母さんお父さん、僕はいまだに僕のお金を女性に使うことにモヤモヤしてしまいます。それでもこすい奴と思われるのは嫌だから、いつもお金を払っています。課金もしています。でもどこかで「払ってやってる」という意識が働いてしまい、彼女達が自分に優しさや体で接待するのが当然だという思いを捨てきれません。自分が現代に於けるマッチョ的害悪であるという自覚はしています。でも自覚以上の境地にはまだ立てていません。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「九八〇円也を選択する。十五品目で九八〇ということは、一品目あたり約六五円。ひよこ豆や赤いんげん二十粒程度にそれぞれ六五円など馬鹿馬鹿しいが……とここまで考え、冗談まじりとはいえ自分のあまりにもな守銭奴的思考に思わず鼻で笑ってしまう。いつか自分が、人のために金を使うことを厭わなくなったり、あるいは人に金をかけるのが嫌だから一人で生きていこうと割り切ったりする日は訪れるのだろうか。「結局、五松さんは自分が大好きなんでしょうね。でも自分が大好きも才能だから、孤独を受け入れてその才能を一人で伸ばしていったらいいんじゃないですか?」長岡さんはそうも言っていた。確かに、人を愛する才能がなくて、自分を愛する才能に恵まれているのであれば、そっちを伸ばさざるを得ないのは明らかだ。「でもこのままでいいのだろうか」がいつかなくなれば、心穏やかに、俺は俺だけを愛し、俺だけを慈しみ、俺だけの幸せを考えて生きていけるようになるのだろう。でも俺が一人で生きていこうと割り切れないのは、木戸さんの姿を見ているせいかもしれない。あんな即身仏のような独り身の、孤独だけが友達みたいな男になるのだけは嫌なのだ。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「あの本はもう三年も前に刊行したもので、小説ではなくエッセイだ。少し小説風に書いてみた、というだけのことでしかない。そして彼女がぽっちゃりならあなたはデブの領域に入ってしまうけど本当にその認識で OK? と反射的にルッキズムに毒された思考に支配されてしまう。一般人でも知っているネームバリューのある人を出したくて、有名作家たちの本と並んで彼女の本を挙げたが、刊行前、装丁に使うタイトルのフォントに関して行き違いがあり、マネージャーを通じて繰り返し苦情が届き、悲惨な思いをした。うちには社内規定があって、このフォントでは通らないのだと何度説明しても、特別扱いをしないことをなじられ責められた。正直に言えば、元グラビアアイドルという経歴や彼女の体に魅力を感じていたし、知性のない女性は編集者という肩書きに弱いだろうという、決して人には言えない下衆な慢心もあった。だがしかし蓋を開けてみれば全てのやりとりはマネージャーを通さなければならず、やけに装丁に口出しをしてくるし、帯に顔写真は使いたくない、実力で勝負したいとアホみたいなことを言われ、最終的にフォントのことで関係は悪化、結局一つのプロモーションも打てず、サイン本作成も了承してもらっていてとうとう本物にお目にかかれると思っていたのにおじゃんとなり、結局一度も会うことなく、文庫は他社に持っていくとマネージャーを通して宣言されたメールが最後だった。あんな空っぽな本だれが文庫化するか、と思ったけど、数ヶ月前に春日出版の担当者から文庫化をさせていただくことになりましたという旨と、校了データをもらえないかという連絡がきた。どんな人なんですかなどと聞かれても困るから、有耶無耶に言葉を濁し、他に好きな作家とかいないの? と聞くと、彼女は困ったように顔を顰めた。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「それにしたって、引きこもり系ユーチューバー、イエニスト茂吉を頭がいいと言う人と、本気で付き合うことはできないだろう。セックスはできても、この人と付き合って毎週のように会ったり、映画を観に行ったり、ピクニックや水族館に行ったり、家族に挨拶に行ったり、一緒に暮らして毎日同じベッドで寝たりはできないだろう。理由は彼女が、イエニスト茂吉は頭がいいと思っているからだ。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「あ、じゃ今度会う時持ってくるよ。言いながら、この人と付き合う可能性がなくなったことにより、断然コミュニケーションを取りやすくなったのを感じる。マッチするまでにも課金して、写真がヤヤカワだったから迷ったけどメッセージにも課金して、実際に会ったら写真よりも可愛くなくてまあまあぽっちゃりしていたけど二度目の奢り飲みを経ているのだから、何回かセックスくらいさせてくれてもいいんじゃないかとも思うけど、会社名と本名を明かしてしまっているから下手なことはできない。初めてのデートの時になんとなくネットリテラシーの低そうな人や、見た目的に絶対に付き合うことはないと断言できる相手には勤務先も名前も偽称するが、若干期待値の高かった彼女には、今後付き合う可能性を考慮して明かしてしまったのだ。それでも後腐れなく一回か二回くらいセックスできないだろうかという望みは捨てきれないが、ここから口説いていく気力も削がれ始めていた。イエニスト茂吉発言による疎外感が、その一因に違いない。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「それでも自分は女性をルッキズム全開でランクづけし、金を払えば払っただけの見返りが欲しくなり、後腐れなくセックスできるならばより多くの見た目のいい女性たちいい体をした女性たちとセックスしたいと望む、下世話で暴力的な存在だ。自分のことをそんなふうに捉えるようになったのはきっと、女性を射精のための道具としか思っていないあの作家のような老害に対する嫌悪と、今の彼女が初めての彼女です、と歓迎会で自信満々に言って部署の女性たちの好感度をかっさらっていったという、新卒で文芸編集部に配属された二年目の梨山くんみたいな若者に対する不可解さの、両方があってこそのことなのだろうと最近気づいた。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「私は本を通じていろいろな人と対話をしてきました。例えばカラマーゾフを読めば、ドミートリイ、イヴァン、アリョーシャ、スメルジャコフ、フョードル、そしてカチェリーナとも対話をします。もちろん著者自身とも、小説そのものとも対話をします。これは人間関係と同じようなものでありながら、現実の人間とのそれよりずっと濃密な関係でもあります。現実に顔を突き合わせる人たちと、人はどのように生きるべきか、罪とはなんなのか、貧困とどう向き合うべきか、なんて真面目に語り合うシーンはあまりありませんよね。だからこそ、考えざるを得ないシチュエーションと、多様な意見が取り入れられている小説には大きな存在意義があると私は思っています。もちろんそれとは全く違う意義も小説には含まれているのですが、意義の一つが、このように現実よりも深い思考や対話を持てることだと思っています。この、本を通じてあらゆるものと対話する、という関係は、言い換えてみればいわばリモートの一種ですよね」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「長岡さんは柳沢さんの言葉の途中で口を大きく開けてあははっと笑った。馬鹿にしたりとか、排除ではなくて、本当に邪気のない笑いで、この無邪気さは作家だから守られているものだよなとシニカルに思う。数年前、自分の担当作家が、時折無邪気さを丸出しにする人と、一切無邪気さを見せない人に二分されていることに気づき、どうしてこんなに明らかに二分されているんだろうと考えた結果、ずっと専業作家で一度も社会に出たことのない人に共通しているのがこの無邪気さだと気づいたのだ。長岡さんは若くしてデビュー、就職経験のない作家だ。数は少ないけれど、こうした社会に出たことのない人や、フリーターのような自由な働き方や、フリーの仕事をしていた人は、「社会人なら必ず削られてしまう場所」が百%の状態で残っていて、時々子供と向き合っているような違和感に駆られ、戸惑うことがある。「社会人なら必ず削られてしまう場所」が削れている作家の方が共感能力が高いし、社会に対して開けているため読みやすいという傾向もある。どちらがいいというわけではないものの、なんとなくこの削れていない作家に対しては嘲りと羨望が入り混じった苛立ちが湧き上がるのだ。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「私の本好きは、フィギュア愛のようなものなんです。このキャラが好き、この作品が好き、という人がフィギュアを集めるようなもので、私はそれぞれの小説に込められた魂や心、怨念などの象徴としての本にフェティッシュな愛情を寄せているということです。イラストや写真、絵画が美しく配置された薄い紙を巻いた硬い紙の中に、無数の薄い紙が挟まれていて、著者の魂が染み込んだその紙を一枚一枚めくっていくというその行為も含めて、私は興奮するんです。つまり、媒体が何であったとしても小説の持つ魔術的な力で脳イキはできる。でも、脳だけでなく身体でもイキたい。これこそが、データにはなし得ない領域だと思います。ですが、時代の流れとしては脳イキで満足する方向に、人間は進化しつつあるのかもしれないとも思っています。だとしたら、この身体イキにこだわる私のような人は、もう前時代の産物として消えていく世代と言えるのかもしれません。あ、でもこれはもしかしたらですけど、スマホで電子書籍のページをスワイプする行為にももはや、身体イキの快楽が生じているのかもしれないですね。だとしたら、これからは捲りイキではなく、スワイプイキの技術を身につける必要があるのかもしれません」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「そうですね。でも、本で読もうがデータで読もうが音声で聞こうが、私たちは同じものと触れられ、同じものと対話ができる。受け取り側の人々は永遠に移り変わっていくけれど、そこにあるエスプリは永遠で、変化することはない。そこに通じ、対話をすることは、すべての人に与えられた特権なんです。例えば、自分が好きな本が絶版になってしまうこともあります。あるいは学術書や哲学書で、部数が少なく手に入らない本もあります。また、海外在住で気軽に本を買えないという人もいますし、障害者にとっては本という形が最適ではないことも。そういう時、全ての人がすぐにそのエスプリに触れられる環境が整っているということは、人々にとって大きな意義があります。例えば死のうとまで思いつめた時に、助けを求める先が多ければ多いほど良いように、ある本を読みたいと思った時に複数の選択肢があるということは幸せなことです」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「だからあんたはずっと地に足のつかない、リアリティのない小説ばっかり書いてて、だから売れないんだ。呪いの言葉を頭に思い浮かべながら「やめてくださいよ。僕はまだ編集者の中では若手の範囲ですよ。若い人はどう思うの? とか聞き取られる側ですからね」とヘラヘラ諂って見せる。俺には、こういう長いものに巻かれる自分に対する激しい怒りがある。怒りが増幅して、不意に目の前の長岡さんを犯しているイメージが断片的に浮かぶ。これは嫌な女性上司を犯す系の AVを見すぎた影響だ。昔女性上司にしごかれていた時、それ系の AVを見ることで耐えていたことがあったのだ。そしていつしか、腹が立った時に下腹部に反応を感じるという、怒りと性欲の奇妙な連動が始まった。女性上司の異動からもう何年も経って、改善されてはきたが、まだ完全には切り離せていない。人が犯されることによって溜飲を下げる行為の下劣さは理解していても、あの時の自分の精神を支えたのはレイプものの AVであったという事実は覆せない。なぜ自分はこんなにもギスギスした世界を生きているのだろう。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「言いながら、嫌いな女上司とその娘を同時に犯すシチュエーションが頭に浮かんだ。二人の女を並んで四つん這いにさせ、交互に性器を抜き差ししていく様子が主観視点で浮かんでくる。自分はいつか捕まるかもしれない。この間は性欲が枯れた気がしていたのに、今は自分の加虐的な性欲が暴走する状況が怖かった。「娘は」 長岡さんが呟き、目を泳がせた。あの眼球を舐めたい。舐めて、そして自分の舌と歯で眼球をくり抜いて嚙み潰したい。そんな、自分が一ミリも持っていないはずの欲望がメキメキと生えてくる気がして怯む。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「文学インポ、てどゆこと?」 もやもやした性欲をバック長めの激しいセックスで晴らした直後、文学インポというパワーワードが頭から離れず、つい今日の木戸さんの話をしてしまった俺に、優美はクスクス笑いながら聞く。なんていうか、まあ文学でもう勃たない、勃っても中折れしちゃう、てことだよ。と適当なことを言うと、武夫は文学で勃起して射精してんの? とむき出しの性器を睾丸の方からがしっと鷲摑みにして優美は俺を上目遣いに見つめる。「してるよ」「キモ」「や、象徴的な意味での射精だからね」 象徴的な意味での射精……。唇の片端を上げて馬鹿にしたように言いながら、優美は俺に跨る。お互いのむき出しの性器が擦れて、自分の陰毛がもしゃもしゃする。「俺剃った方がいいかな?」「陰毛? いいよ剃らなくて」「舐めてもらう時ちょっと失礼じゃない? こんな陰毛生えてると」「でも初めてする時パイパンだとちょっと引く女もいるかもよ。長さ整えるくらいでいいんじゃない? でも私も武夫もパイパンだったら結合部分が子供同士みたいでちょっとエロいかも」 優美はやっぱり、自分の業界ではまず耳にしないことを安易に口にする女だ。リテラシーが低い。意識も低い。品もない。でも美意識はある。結局、知性と高貴さは比例しないのかもしれない。自分でも本当にしつこいなと思うけれど、少なくとも彼女は、イエニスト茂吉をすごいとは言わないだろうし、思ったとしても俺には言わないだろう。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「優美の友達、結婚とか出産とかしても普通に遊ぶよ。もちろん赤ちゃんのうちは遊びにくいけどそんなの数年だし、育児でかかりきりなんて時期はあっちゅ ー間だよ。結婚して子供作っても、あっちゅ ー間に子供は大人になって出てく。結婚相手だっていつ離婚を迫ってくるか分かんないじゃん? 結局人間なんて一人がデフォなんだよ。人生の中の限られた一時を、人と深く付き合ったり、一緒に生活するだけ」 うーん。と言いながら優美のこういうドライなところが好きだと思う。そして、二十八にして自分のことを名前で呼ぶようなところが嫌いだと思う。「でも男友達ってなんかそんな、磁石みたいにくっつかないのよな。逆にいうと、三年くらい会わなくて、久しぶりに会っても、おお、て感じ。会いたかった ーとか話したかった ーとかもないから、まあ離れちゃうとそのまんまって感じなんだよな。ほら最近おじさんの孤独問題、あるじゃん? 友達も趣味も皆無的な。ま、木戸問題。実際あの人みたいになりたくないなっていうのが、俺がマチアプで出会い続ける動機になってんのかなーとも思うんだよ。ま、あの人だって二回結婚したわけだけど」「ん? キドちゃんて二回も結婚してんの?」「そうだよ。バツ二独身アラ、アラなんだ? アラシク?」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「優美がまた唐突に大声を上げるから、笑ってしまった。こんなのも、長岡さんが見たら「外部、あるいは野蛮なマジョリティの生々しさ」として処理するんだろうか。そう思ったらまたチリチリとした怒りを感じて、性器がどくどくし始めるのが分かった。ねえこっち来てよと後ろから手を伸ばして優美の胸を揉む。自分はなぜこんなにも胸に惹かれるのだろう。性欲に目覚めた頃から、なぜ自分はこんなにも膨らんだ胸に吸い寄せられるのか、全く馬鹿みたいだと思ってきた。敗北感に似た思いを抱きながら、いつも手を伸ばす。柔らかい優美の胸、指で右に左にと向きを変える乳首、手に余る肉、身を乗り出してTシャツを捲り上げると股に触れる。さっき自分がその中のさらにコンドームの中で射精した事実を思い出した瞬間、私は絶対に武夫の子供産まないから大丈夫だよ、という言葉が蘇る。だめだ萎えるか……と思ったけど、俺の指に擦り付けるように腰を動かし始めた優美のおかげで、ギリギリ萎えずに済んだ。馬鹿馬鹿しい。何にともなくそう思いつつ右手で股を触りながら左手で胸を揉み、時々自分の性器も軽くしごく。そういえば一晩に二回するのは久しぶりだ。そう気づいた瞬間やっぱり勃起力が弱い気がして、気にし始めると止まらなくなって、いやいやまだ三十代半ば、三十の頃には一日三回くらいできた、でも最近硬さが半減してきたような、と雑念がせめぎ合って萎え始めそうだったから、舐めて、とベッドの端に腰掛けた。素直にしゃぶってくれる優美の胸を揉みながら全神経を今しゃぶられていることに集中させる。眠らなければならない時に眠ることを意識すると眠れなくなるのと同じで、チンコのことを考えるとチンコがやる気をなくしてしまうこの現象は一体なんなのだろう。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「木戸さんは、週に一度か二週間に一度映画や食事に誘ってきて、大抵私の家に泊まって帰りました。それと月に数回、「今から行っていい?」と連絡があって家にだけ来ることもありました。彼は家に来ると必ずセックスをして、私が生理の時はシャワーを浴びてすぐに寝てしまう人でした。映画や小説の話はよくしていましたが、二人の関係性や、未来について話をしたり、思いを馳せるような時間は全くありませんでした。それもまた、離婚を二度経験した、酸いも甘いも知り尽くしたいい歳の男性だからなのかなと思っていましたが、彼の性行為は次第に、その「いい歳の男性」というイメージを覆していきました。 顔がびしょびしょになるまで舐める、耳や胸を唾液が滴るくらい舐める、自分の唾液を口移しで飲ませる、フェラをしている時に頭を押さえつけ、いわゆるイラマチオを強要してくる、乳首やアナル舐めを求めてきたりなどです。唾液系のプレイが好きなんだろうと受け入れていましたが、次第に、口移しだったのが少し離れたところから唾液を垂らして飲ませるようになり、だんだんその距離が離れていきました。最高で五十センチほどでしょうか。口でうまく受け止めないと顔にかかるし、気持ち悪いなと思っていましたが、徐々に距離を離されていったということもあり、止めてくれと言い出すきっかけを喪失してしまったのです。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「 彼はそう切り捨てました。私が全面的に受け入れなければもうサポートはしないと言われている気がして、全身が焦りで発火しそうでした。ですが、小説で敗れる、とは何でしょう。私は自分が書いてきた小説が、あの最終選考まで残り受賞を逃した作品でさえ、何かに敗れたことなど一度もないと思っているし、全ての小説は何かに勝ったり敗れたりするものではないと思っています。文学はスポーツやテストのように点数がつけられるものでもありません。そのもの自体が持つ個性が、誰かの個性に共鳴し、誰かの心や脳内に深く刻み込まれる、そういう一種の心的体験のようなものと思っています。もちろん出版社として、商業として本を売らなければならない、貴族の遊びではないのだという言い分は分かります。しかし「叢雲」のような文芸誌の編集長に、「難解はウケないからもっと分かりやすいカタルシスを」的なアドバイスをされたという事実は、数々の売れないタイプの小説に感銘を受けあらゆる作家たちに救われてきた私にとって、かなりショックな出来事でした。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「セックスをしている時、彼はいつも汗だくでした。シャワーを浴びた直後のようにびしょびしょでした。そんな彼から滴る汗が目に入ったことが何度かありました。あれほど目が痛かったことは、あの時だけです。眼球に塩を擦り込まれているような痛みで、涙が流れ続けました。それでもセックス中だから、杭打ちされていて逃げられない。汗の塩分濃度がそれほどまでに高いことを、私はそれまで知りませんでした。私はそんなことを知りたくなかった。私をそんなことを知っている人間にした木戸という男が、私はどうしても許せないのです。不思議ですが、いつもあの時の痛みを思い出すと、身体の芯ががくがくして、身体中にチリチリと今にも火がたちそうな電流が走ります。怒りに似ていますが、もっと気がふれそう、という感覚に近い電流です。何でか分からない。でも、走るんです。」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「発端は、「叢雲」の編集部員の五松さんが Twitterで晒し上げになったことだった。「こいつマリミ!で婚活女子騙してヤリまくってる男」「某大手出版社勤務年収一千万超えってプロフで豪語してるくせにコスパ重視のハリボテ居酒屋ばっか連れてくやつ」「イエニスト茂吉が好きだっていうバカ女に萎えたとか言ってブロってた」「相手が一人じゃなきゃ俺は百人だって子供作れるとかのたまってた割に二回戦目で萎えチン」「初めてのときガシマンしてきて自己満早漏セしかできない陰キャだったから鍛えたった」「がしかし私と既セクなったあと別のマッチした女と付き合うことなった ーてほくほく報告してきたキチク」「で彼女いてもふつーに家きてセして帰る男五松武夫」「吉見メリルの担当なった時あれは絶対ヤレる!ってチンコギンギンにしてた w w」「したら一度も会ってもらえなくてなんかやらかしたみたいで担当切られててザマア笑チンコも切られればいいのに w w」「会わずに危険察知した吉見メリル超能力者説」」
—『YABUNONAKAーヤブノナカー (文春e-book)』金原 ひとみ著
「「表現っていうのはどんな場でどんな形でどんな人からなされようと一方的なものだよ。人は自分というフィルターを死ぬまで外せないからね。もちろん Twitterとかの匿名投稿がその最底辺にあるっていうことは分かるし、その痛々しさに耐えられないって意見も分かるけどね。でも私はちょっと五松さんへの意識を改めたけどな。人に激しく嫌われるっていうのも才能だからね。それこ