あらすじ
心を病んだ恋人との生活に耐えきれず、ストロングゼロに頼る女。年下彼氏の若さに当てられ、整形へ走る女。夫からの逃げ道だった、不倫相手に振り回される女。推しのライブ中止で心折れ、彼氏を心中に誘う女。恋人と会えない孤独な日々で、性欲や激辛欲が荒ぶる女――。絶望に溺れて掴んだものが間違っていたとしても、それは、今を生き抜くための希望だった。女性たちの疾走を描く鮮烈な五編。(解説・朝井リョウ)
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Posted by ブクログ
5篇ある短編のすべてで、はたから見るとヤバいやつ、暴走しているやつの内面が一人称視点で描かれているのだけれど、どの主人公もなぜここまでヤバくなってしまったのかという背景や自分の中でのロジックが語られ、そこに切実な説得力が感じられるため、なぜか応援したい気持ちになる。
生きているだけで常に忙しかったり将来に焦りを感じたりする機会が多い今の社会では、この小説が突拍子もない物語では全くなくて、自分のすぐ隣に広がっている世界のようにも感じられた。個人が抱える闇を社会の問題と結びつけて語られていて、その点は朝井リョウの「どうしても生きてる」という短篇集に近しいものを感じた(くしくも文庫版の解説は朝井リョウが担当している)。
Posted by ブクログ
〜1周目〜
2024.04.29
女の小説という感じ。
女の人はどこかしらに、何かしらに依存していて、それが人なのか、モノなのかは人それぞれ。
心の拠り所を失うときには他にも綻びが出て、生きていけなくなる。
生きていくのが怖くもなる、身の回りの物語なのだという感覚になった。
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始まりはみんな普通
自分で自分を狭量に定義付けて、自ら剣山の仕込まれている穴に向かっていくような女性たち
過激な行動と思想だけど、身に覚えがあるものばかり
そうなりそうだったから子供を産んだのかもしれないなと思う自分に気付く
最高でした
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短編集ですらすら読めた!
とにかく過激で鬱鬱鬱な色々なことを抱えている女の人たち!
依存するってやっぱり恐ろしいなって思った。
ストロングゼロもこうやって人ってアル中になっていくんだなってすごく感じた。
共感できない部分も多かったけどどれもついつい読んじゃう話だった。
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闇深い系の短編集。
これこれこれ!こういうのが読みたかった!
依存症とかメンヘラとかとにかく狂ってる人間の闇みたいなやつ!
出てくる登場人物が全部闇抱えててクズで
ある意味爽快です( ´ ▽ ` )
スト缶依存症の話が1番好きやった!
こういう狂った人間の話、定期的に読みたくなるんやけど、読み終わった後意外とスッキリするんよな!笑
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新進気鋭のパティシェが作った濃厚生チョコとキャラメルのテリーヌみたいなずっしりした読み応え。
胸焼けするのに、もう一口もう一口とフォークを刺してしまう感じ。気づいたら1人で一本食べ切っちゃったなぁって感じ。
自分の人生とリンクしすぎて、途中で読むのを放棄しようかと思った話もあったけど、最後まで読んだ今はなんと満たされた読書体験だったんだろうと思っています。
著者の「ミーツ・ザ・ワールド」を先に読んでいたけど、この本の中の「アンソーシャルディスタンス」を長編にした印象がある。
とにかく、どの話も長編にできちゃう面白さ。
3話目のコンスキエンティアの終わり方、なかなかこんなかっこいい終わり方見ないな。好き。
正しさだけが人を救うわけではないよね。この本の女性たちのどうしようもなさに私は救われたし、この先救われたくなったらまたこの本を開こうと思う。
Posted by ブクログ
作品とは無関係ですがカンブリア宮殿のキャスターに抜てきされたとのニュースを見て驚!と思いました。でも、前任の村上龍さんの作品との違いを思い返すと、近いような気がするとも感じました。
それはさておき、本書の感想です。かなりズシリと響く内容でした。いつも読後には自分が受けた印象なのに言語化出来ないもどかしさを巻末の解説がクリアしてくれる。今回も例外なく朝井リョウさんがとても適切にオチもつけて表現してくれました。
皆が同意と解釈する行為はルールの中でリスクを排した干渉なのだ。気にしたことがなかった。ルールは破るもの、などと言って少し外れた行動をとる人は何処にでもいるし誰にでも記憶に残存すると思う。いけない、危ない、奇怪などと評されようが我が道を進むことは不特定の第三者に何の影響も与えなければ何ら卑下される謂れはない。
時の流れとともに隠蔽で見れなかった秘め事もスマートデバイスの所有者全員がレポーターになれる。マジョリティから外れたことも"あり"と捉える変化をつけないとダメなんだと教えてくれているのかもしれない。
冒頭で記した役割では、驚きより期待の方が膨らんだ読後でした。
Posted by ブクログ
もちろん作品に好き嫌いはあったが、作者が人間の非合理的さや矛盾をむき出しに描く言葉たちを浴びることは、読書体験としてとても好きだった。
人間の不条理や抱える矛盾が、誰しも持ち得る陳腐な特徴なのだと思わされる、そんな気持ちにしてくれる小説が好きなのだと、再認識させられた。
アンダーグラウンド感・人間の脆さに私は安心させられるのだろう
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すごくグロテスクで、人間の皮をかぶった動物みたいで、自分とはちがうなって思うのに端々ですんなり共感しちゃってる自分もいて、すごく引っ張られた。
Posted by ブクログ
■はじめに
今年は小説をよく読んだ。押しも押されもせぬおっさんになってからは、社会評論やノンフィクションに手が伸び、小説を買ってもエンタメ系—そんな読書傾向が続いていた。
ところが、なぜか今年は小説、それも所謂「純文学」作品を読む機会が増えた、正しくは復活した。
純文学と書いた途端、そもそも純文学とは何なの?エンタメ作品との違いは? その境目はどこにあるのか?—そんな疑問が頭をもたげてくる。
僕の中での純文学の定義は「物語の“結果(結末)”よりも、人間の“ありよう”そのものを引き受けようとするのが純文学」である。
描かれるのは、人間の業(ごう)そのもの。弱さ、矛盾、欲望、逃避、欠落、そして壊れていく過程。人が“そうなってしまう理由”を、裁かず、説明しすぎず、ただただ見つめる。そこに善悪も教訓も基本的には提示されない。もちろん、「こう生きるべきだ」などという訓示めいた指針も答えもない。
またエンタメ作品に見られる「伏線」も、純文学では未回収や放置も散見する。エピローグに救いがないことは「欠点」ではなく、むしろ作者の姿勢なのだと思う。
思うに、伏線未回収・宙ぶらりんの結末・読後のモヤモヤ—それらって人生そのものなんですな。人生は回収されない伏線だらけで、理不尽に溢れ、納得もできぬまま生き続ける。そのありのままを作品の構造として組み込んでいるのが純文学なんだと思う。(一応、結論めいたものを提示できた)。
せめて小説ぐらいは半沢直樹の痛快な啖呵を聞いてスカッとしたい!という人もいれば、小説のエグさを読んで「俺の人生、小説よりマシやなあ」と思う人もいるわけで。
さて、長い講釈はこのあたりにして、金原ひとみさんの『アンソーシャル ディスタンス』に移ろう。
■内容
本書は5つの短編からなる。
『ストロングゼロ』
一緒に暮らす彼が心を病み、引きこもりとなる。ヒモ同然の関係が引き金となり、口当たりの良さゆえにジュース感覚で飲める高アルコール飲料に溺れ、やがて仕事中にも飲み始めてしまう主人公。
『デバッガー』
職場の後輩から好意を寄せられ交際が始まるも、自身のルックスに自信を持てず、プチ整形依存に陥る。週末の度に美容整形を繰り返す主人公。
『コンスキエンティア』
コミュニケーション不全に陥った夫婦。夫から逃避するかのように不倫を重ねる妻。誰と身体を重ねても、自身の中の空洞は埋まらない主人公。
『アンソーシャル ディスタンス』
推しのLIVEが新型コロナウイルスの流行で中止となり心が折れ、交際中の彼を心中を目的とした旅へと誘う主人公。
『テクノブレイク』
未知のウイルスの蔓延に怯え、彼に会えない孤独な日々。抑えられない性欲と、激辛料理への欲求が絡み合い、暴発へと向かう主人公。
■感想
いずれの作品も、都会で働き、ひとりで暮らす女性が主人公。ある出来事を境に、内面が徐々に侵食され崩れ始めていく過程の一切が、一人称の視点で語られる。
その崩壊の傾斜は加速度を増し、結界を超えた瞬間から著者の筆致はドライブ感を帯び、転落していく様を細やかなカット割り描写で、リアルに仔細に刻み込んでいく。
読んでいる最中、共感とも嫌悪ともつかない感情が、喉の奥に溜まり続ける感覚が何度もあった。赤裸々で、明け透けな描写は人間の業のあり様を容赦なく執拗にエグり出し、後ろから頭をガツンと殴られたような気持ちになった。
■最後に
初めて読んだ…金原ひとみ。恐れ入りました。
一気に読み、しかもじっくり読んだにもかかわらず、眼前を猛烈なスピードで通り過ぎていった列車をただ呆然と眺めていたような奇妙な印象が、今なお残っている。
読む者の足元を揺さぶり、立ち止まる暇も与えない。そんな得難い読書体験をもたらす一冊。
Posted by ブクログ
「ソーシャルディスタンス」って、今やもう懐かしい言葉だ。
未知のウイルスに世の中が怯えていたあの頃、基準を設けられた社会的な距離は、ある程度他人が決めてくれたからある意味で分かりやすかった。今思えば異常だったと思う面もあるけれど、当時は怖かったのだからしょうがない。
だけどこれは、アンソーシャル。確かにあの頃も、親しい間柄での距離感は社会の基準よりずっと近かったし、信用できたのはほぼ100%心理作用によるものだったと思う。ウイルスなんて、目には見えないのに。
5篇の短篇集。金原ひとみ作品らしく、すべて主人公は女性で、そして様々なかたちで病んでいる。
表題作はまさしくコロナウイルスが猛威をふるっていた頃。コロナ禍でも「適切な距離」なんて保たず、心も身体も濃厚接触(この言葉も懐かしい…)を続けて突っ走る沙南と幸希の物語。
元々厭世的で、10代のときにリスカや脱法ドラッグなどで一度社会からフェードアウトしたものの、大検を受けどうにか大学生になった沙南と、対照的に様々なことを上手くすり抜け切り抜けてきた同じく大学生の幸希。幸希は一見真っ当に見えるけれど、実は沙南と似たような魂の持ち主であったことで、2人は惹かれ合う。
他には、私生活(主に恋愛)が上手くいかずストロングゼロで気を紛らすのが癖になり、ついには仕事中でも飲むようになって破滅に向かう主人公や、若くして夫とセックスレスになったのがきっかけで不倫を始めたがその相手が病んで執着心を強めていき…という物語、10歳以上歳下の後輩と恋愛関係になった途端自分の老いが気になりだし美容医療のドツボにはまっていく35歳の女性など、いろんなかたちで自分を追い詰めていく女性たちの物語群。
ラストの「Technobrake」は、コロナ前には良好に付き合っていた1組のカップルがコロナをきっかけにだんだんと関係性を変えていくお話。主人公の芽衣がウイルスに敏感になりすぎて恋人の蓮二にまで要求を強くしてしまったことから…という。
こういうことは実際あったかもしれないな、思う。私自身、コロナ禍当時飲食店を経営していたし高齢の母もいるから普通より気をつけなきゃいけない立場だったけれど、その頃付き合っていた彼は無頓着で飲みや集まりを頻繁にしていたから、それを責めはしなかったけれど一時的に距離を置かざるを得なくなった。その直後くらいに結局別れてしまったのは、コロナが直接的な原因ではなかったけれど、意識の違いが浮き彫りになったことも一因としてあったと思う。
そういう意味でコロナって、色んな関係性の意識の差を浮き上がらせた出来事だったと思うし、試される場面も多かった。混沌としていて、振り回されて、おかしな時期だった。
…ということを、読みながら思い出していた。病んだり、執着したり、破滅に向かったりなんて、何がきっかけか分からない。他人から見たら順風満帆に見えても、実はどうなのかなんて本当のところはその人にしか分からない。
またあんな風に大々的に試されるような出来事が起きたりするのだろうか。普段からもっと些細な出来事で、試されてはいるのだけど。
Posted by ブクログ
おもしろかった!!
ストロングゼロ、整形、不倫、、
このままでいいわけないのに、どんどん深みにハマっていく。
一人称の女性たちの疾走感がたまらない。
暗く、辛い話と思いきや、
テンポよく、どんどん読める。
Posted by ブクログ
短編集。どの話も上手くいってない女性の心情の吐露が秀逸。アルコール依存、整形、不倫…あまり共感したくはなかったけど、何か歯車が狂うとこうなるし、秩序だてて生きていても、人の欲とか焦燥感はそう簡単に抑えられるものではないことが泥沼にはまっていく登場人物の様子から強く感じた。
Posted by ブクログ
文章がえぐるように鋭くて深い。特に最初の3つは当事者になった気分が味わえるのでおすすめ。最後の2つはちょっと常軌を逸していてあまり共感はせず。
Posted by ブクログ
現代、といっても昭和からの現代じゃなくって、本当に「今=現在」という意味での現代の文学、といった感じ。
そんな意味での現代文学に触れられて嬉しい。年齢のせいなのか、人生の経験値のせいなのか、性格のせいなのか、私には分からない&刺さらないことも多々あった。
でも客観的に読んで、女性的な鬱をとてもうまく、巧みな文章力で表現されていて、「すごい!」と本当に心から感動。
辛い環境をなんとか生き抜くために、他人からは理解不能な行動をとること、でもそこまでそれによって周りに迷惑をかけていない範囲なら、第三者がジャッジすることではないなと痛感。乗り越えるも、乗り越えないも、その人の勝手。
「私だったらそんなことはしない」ほど余計な発言はない。
最後の章の、性加害者になりうる瞬間の描写にはかなりハッとされされる。本当にひやっとした。自分には1番心に残るシーンだった。
そしてハルキ的でない、女性目線からの性描写もとても良かった!!(笑)
Posted by ブクログ
3話目を読み終わった時に、これ以上読めない(いい意味で)と思い、一回本を置いた。それくらい吸引力というか自分の暗い深い部分を引きずり出される感覚。
Posted by ブクログ
登場人物の誰にも共感出来なかったけど、奈落の底に落ちていくようなドロドロの依存の行末が気になってグイグイ読める。
欲望に溺れ狂気じみていくのが痛々しいけど、メンヘラ的なこういう感じ結構好み。
Posted by ブクログ
朝井リョウ氏による文庫解説が好評とのこと、読んでみたいと願っていた一冊。朝井氏曰く「オリンピック新競技“文庫解説”」ですって‼︎
パリ五輪の最中にね、五輪とか新競技とか、そんな記述など知り得ない、予想だにすらすることなく、この本を手にした“偶然”、この手の偶然みたいなことって、じつは僕にはありがちで、軽々しくも“運命”だなんて言葉でもって話題にする機会も時々ある。現在の僕は、これまでにないペースで読書を続けている。筋金入りの読書家の皆様方から御覧になれば、僕のごときの読書量など取るに足らないものではございましょうが、そんな僕ですら読書を通じて“偶然”や“運命”など、見出すたびに読書の奥深さの一端に触れた気持ちになります。
読書って、ほんとうに面白い。
“現在”というのは、どれくらいの鮮度を示すのだろうか。記憶に新しい、これくらいの過去は“現在”に含まれるのかな。それともすでに過去は、時を経ると同時に過去なのだろうか。厳密には過去であるに違いないのだろうけれども“過去”と割り切るには生々し過ぎるパンデミックを連想させるタイトル、それでも“現在”、現時点では?言われてみれば、ああそうだった程度の認識しか、もう僕には残っていなくて、いささか軽薄では、と自戒の念がふと浮かんだ。あくまでも僕は、パンデミックに関して傍観者に過ぎなかった。どうなることやら、と気を揉むこともあったけれど、切実さの度合いで言ったら、ワクチン接種の効果や意義に懐疑的だったとか、その程度しかなかった。僕には、そもそも潔癖性の傾向があり、マスク着用も消毒も抵抗が無かったし、うがい手洗いなどは、生涯における習慣だった。
ちなみに現在でもマスク着用は言うに及ばず、外出時に電車に乗る機会があるならば手袋を携行している。ニトリル素材の薄手のものではなく、軽作業向けの、比較的しっかりとした手袋を。吊り革や手すりを素手で掴むことを避けるために…余談でした。
現状ではウイルス感染云々、僕の周囲ではどんな場面でも話題にならないけれど、喉元を過ぎれば、とはいわないまでも、一時の過熱ぶりが何事も無かったように冷めていく、そんな状況を見聞きして思い出したことがある。似たような経験が過去にもあったな、と。
それは原発事故の放射能漏れの件である。
当時の僕は地元の「心配しすぎ」「騒ぎすぎ」と“まとめられた”方々と連携していた。僕は放射線云々というよりも、それら危惧に対する行政の姿勢に疑問を抱いていた。「問題無い」と一点張りの行政の応えに納得がいかなかった。低線量の長期被曝は、経験が無いことだから「問題無い」ではなく「わからない」というのが正しいと思っていた。たぶん僕の考えは間違っていなかったと今でも思っている。
原発事故は2011年で、以降現在に至るまで生活圏内における放射線被曝による直接の被害などは見聞きすることがなかったけれども、イコール「安全」ではなくて、たまたま「運が良かった」だけだった、と捉えている。自らの周囲に何ら影響が無かったのなら、それまで感じていた脅威などは鮮度を失い、じきに風化してしまう。この、いわば“時の作用”をいったい誰が責められようか。
パンデミックも、いずれこんなふうに扱われていくのだろう。すでにそんな状況に片足どころか両足を踏み込んだとすら感じる。危惧の声然り、政府の対応然り、賛同と反対の対立もまた然り、諸々まとめて無かったことにされてしまうだろう。それを望むのも人の思いだけれど、無かったことにはできない思いも、決して消し去ることができないだろう。
『アンソーシャル ディスタンス』
最後まで読んでみて、何が良くて何がダメで、なんて一向に答えが見出せないのは人の世の定めと思った。「なるようになる」とはいえ、それすら確信には至らない。おそらく人生には正解はないのだろう。きっと、それぞれの主観を根拠にした“現実”があるだけなのだ。それら“現実”に苛まれ続ける物語だった。徹底的な切実さに胸がつまった。
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『テクノブレイク』が面白すぎる。コロナ禍の神経質さに絡む狂気。母親へのスタンプ5回送信。ゴキブリの出現。プルダックポックンミョン連呼しすぎ。ぶっ飛びすぎて笑うしかない。小説を読みながら爆笑したのは初めてかも。最後は切ない。
#金原ひとみ
#プルダックポックンミョン
Posted by ブクログ
はじめましての金原ひとみさん。
いつか読んでみたいなと思っていたところに、本屋で目にとまって購入。
ひとの内面の解像度が高い。シチュエーションは自分の日常と近いものは無くても、登場人物の心の動きにドキッとさせられる。
自分で選んで進んできたはずの道が急に不安定なものに思えてきて、生きたいわけでもないのに生きなければいけない現実にもがいている自分と、それをどこか客観視している自分の両面が描かれている。
どのお話も、誰がが救ってくれるわけじゃないことに気付かされているところがリアルで、容赦ないけど清々しさすら感じた。
このヒリヒリする感じ、他のお話も読んでみたいです。
Posted by ブクログ
社会的に適切な行為とされる「ソーシャルディスタンス」という言葉に「アン」をつけて、社会からはちょっと眉をひそめられうる生活を送る主人公たちを描く『アンソーシャルディスタンス』。タイトルが巧みです。
アル中、整形中、コロナ警察…
社会問題としては知っていても共感しにくいテーマですが、当事者の思考を剥き出しで描くことで、同情や共感といった感情を覚える隙もなくただ圧倒されました。
金原さんの作品を読むのは『蛇にピアス』から2作目ですが、著者にしか出せない強さがあり、前作同様読み終わった後はしばらく茫然とさせられました。
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金原さんの文章を読むと心にずっしりとしこりが残る。決してハッピーエンドでも読後感がすっきりとした結末でもない。尻切れトンボ的な、不安の靄を感じながらショートストーリーは終わる。登場人物が資本主義の渦の中でゆっくりと崩壊していきながら、それでも自我を保ち続ける姿には妙にリアル感があって恐ろしい。程度の違いはあれど、私たち全員が体験している空っぽのかなしみを、どうかここまで言語化しないでくれ!と思った。
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思考を巡らせてもどうせ何か見覚えのあるストーリーにのせてベルトコンベアの上を運ばれていくだけなら、ドパミン放出を道標に、何をどうしたいのかわからないけど何かをしている状態で生きていてもいいよなあとは思うのだけど、
実際はわたしみたいな社会不適合人間は社会に適合する形で守られないとダメだなという思いが強まった
退屈で演技くさくて茶番だけど、これが1番の安全策
結局やりたいこともやりたくないことも自分の意思の本物らしさを信じきれないのであれば、世間に伺いを立てながら飼い慣らされる方が楽
下手に抗おうとすると、その抵抗するスタンスが自分の意思らしきものの形成に大きく関与してしまって逆に支配される構造になる気すらする
主人公たちが自分のことを分析しようとしているけど結局よくわからず放置して、コントロール不能感に身を任せているのがいい
解説が面白い
アルコールでブラックアウト、二日酔いで頭が宙に浮いた状態での勤務、辛いもの依存、思い当たる節ありすぎてひやひや、セックスはまだ大丈夫。
死ぬという行為に踏み出さない限り、生きるのをやめないでいるという状態がそれなりに持続するから、大事な連絡や警告も混ざっているであろうメールボックスに未読を溜め込んだままぎりぎりまで通知が増えるのを放置しておく
たまに、思い切って整理した方が楽なんだろうなと思い立って未読開封の儀式、社会適応に精を出す、そのルーティンをちまちまと繰り返す、こうした一連の退屈さに耐えきれなくなってまた刺激を追い求める
Posted by ブクログ
金原さんの作品は「蛇にピアス」以来だったが、リアルで露骨すぎて、ある意味新鮮だった。ストーリーや内容はオブラートに包むことなく、どストレートで、時に不快感を覚える時もあるが、感情に波を起こさせてくれるところが昔と変わらない良さなのかなと思った。言葉の使い方や選び方などが印象的で、共感できることが多い。読む人を選ぶ作品かもしれないが、私はこういう忖度のない、妥協のない、人間の本質をえぐる作品を描く作者のことをこれからも応援したい。
Posted by ブクログ
◾️record memo
小さい小さい嘘を重ねて少しずつ自分のイメージ操作をする彼といる間、彼の作り上げた虚構の世界に付き合わされ、ずっとディズニーランドに生きているような気分だった。最初の一ヶ月は楽しくて仕方なかったけれど、半年経つと疲弊が蓄積し、一年も経つとハリボテの裏を知り尽くし、その虚構性に嫌悪しか抱かなくなった。
皆は一体他のどこにそんな要素を見出せるのだろう。何が彼らの足場となり、普通に立っていられるのだろう。それとも足場などなく、普通に地面に立っているのだろうか。だとしたら私が直接地面に立てず足場を必要としているのは何故なのだろう。
結局のところ、明日死ぬかもしれない世界で、何歳で結婚何歳で出産何歳でマイホーム何歳で昇進何歳までに幾ら稼いで老後資金コンプリート、みたいなことを考えている人は、私にはコントロール・フリークにしか見えないのだ。広告代理店的な受け売りの欲望の奴隷である彼らは、もし着実にその欲望を叶え続けたとしても永遠に自由を手に入れることはないだろう。
本当の理由は「なんか」だ。「なんか好きじゃない」の「なんか」が重大な理由だ。人は「なんか」好きになるし、「なんか」好きじゃなくなるし、「なんか」セックスをしなくなる生き物なのだ。確固とした意志、信念、理想がありそれに則って生きている人間が果たしてどれくらいいるだろう。憶測でしかないがだいたい人口の五パーセント程度だろう。
「俺は茜音ちゃんと結婚したいよ。それが最上。結婚が無理なら、ずっと一緒にいたい、それが無理なら、定期的にセックスし続けたい、セックスが無理ならただ会い続けたい、それが無理なら連絡とり続けたい、とにかく茜音ちゃんと繋がってたい。繋がり方は茜音ちゃんの望む形でいい。でも本当は結婚したい」
頭の中に何があろうと、今の私は夫に全てを捧げているようでもある。私は夫のことが好きなようでもある。そういうものだから、セックスはそれ自体が暴力なのだろう。
人は自分の内面をさらけ出せば出すほど、その大したものの出て来なさによって、底の浅さを認識する。でも元々大したものでもない自分に何かあると妄想してしまうことの方がよっぽど恐ろしいことであるはずだ。
今の会社に転職して三年、どこかで馴染めていない気がしていた。いや、私は最初にBAとして働き始めた時から一度も、自分が職場に馴染んでいると思ったことはなかった。イベントや企画を成功させても、上司に評価されても、後輩に慕われても、どこかで疎外感を抱いていた。
自分の趣味でないものを頭ごなしに否定するのは、若い男にありがちな傾向ではあるが、そういう子供っぽい面を見せても大丈夫な相手と思われているのかと思うと情けなくなる。
この人に全てを差し出したいと願った。私はなぜこんな願いを持つのだろう。全てを差し出したら私はなくなってしまうし、向こうだって全てを差し出されても困るだろうに。
全ての恋愛は洗脳的な側面を持っている。それは宗教が恋愛に似ていることによって証明されている。
「子供を欲しいと思ったことがない」「自分のことが嫌いだから、そういう人間を再生産してしまうのかもと思うと子供を持つことに前向きになれない」
嫌だな。行き交うサラリーマンたちを見つめながら思う。だっさいスーツ着てだっさい鞄持ってだっさい仕事すんのか。
激しくとっ散らかった火花をバチバチ弾け飛ばしてふっと消える花火。沙南のことを思う時、いつもそんなイメージが浮かぶから、ずっと彼女の周りに風除けの手を差し伸べ、強い風から守ってきたつもりだった。彼女の火を絶やしたくなくて、風が当たらないように雨が降らないように生き急がないように、守り続けてきたつもりだった。
左手で浴衣の袖を内側から握り、沙南の頬の涙を拭っていく。次から次へと溢れてくる涙を拭い続けながら、沙南の涙を拭う仕事があればいいのにと思う。
Posted by ブクログ
最後の章が1番好きだった。全能感に打ちひしがれていた無敵の二人はコロナウイルスの蔓延によって信頼を失い、芽衣はシェルターに閉じ籠るようにして生きるようになった。それは生きていると言えるのかはわからないけど、誰にも迷惑をかけないしコロナに罹ったり誰かを感染させたりする心配もなく、ひどく自己完結的な生き方だと思った。喘息持ちの芽衣に心から向き合っていない蓮二と、同じく蓮二そのものに向き合う気のなかった芽衣。