金原ひとみのレビュー一覧
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ネタバレ「家事と育児だけをして息子の成長と今晩の夕飯だけを楽しみに生きていると、この日常は自分が死ぬまで続いていくのだと感じた。そしてそれは私にうっすらとした絶望と不能感をもたらした。でも同時に思う。仕事をする事で薄れてはいるけれど、着実にその絶望は継続してもいるのだ。」(誤字脱字ありそう)
123ページの全てがかなりわかりみ深いと思いました。
人生の虚無を感じている。自分も当たり前な世の中の歯車の1つになって、なんでもなく死んでいくんだなぁと。
そう思うなんてことを言うとあんまり理解して貰えないことが多いけど、同じ思いを言語化してくれる小説を読めて良かった。
仕事をしてることで何となく日々に焦りと緊迫感が出て、絶望が薄れるのいうのもよくわかる。
毎日イージーに生きることが幸せなのに幸せと思えない。毎日同じことの繰り返しでそれはもはや地獄なんじゃないかと思ってしまう。
っていうのは確かに愛に溺れていた後から感じるようになったから、恋愛とはこわいものだと思う。
そこから時間が経って冷静になれた部分もあるし幸せだと思える時間は増えた。
けどまだあのときみたいな感情を味わいたい、という気持ちは奥底にある気持ちもする。幸せか幸せじゃないかというとわからないけど。今だと体力が持たない気もする。だから今のそこそこの幸せで人生を終えてもいいかなと思う。
作品として最後にかけてハラハラとした気持ちにさせてくれるのは非常に面白かった。主人公が選んだ選択肢は今の私からすると選ばないものだったからあぁ小説の世界だなぁとも思ったけど、それでこそ物語だとも思った。子ども大好きお母さんが読んだらありえない!って発狂しちゃいそう。私も本当はそういうお母さんになりたいな。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
いきなり19歳の甥に押し倒されるところから始まってびっくりした。
結構事件性があるストーリーなので、ハラハラしながら読んだ。
ストーリーもイイけど、やっぱり私は金原さんの世の中の見方が結構好き。
たまに、本当に些細なところで「あっそれわかる」ってなるのが楽しい。
今回だと「私は我が子がゴールを決めると狂喜乱舞する教に入信していないだけで、それと愛情は全く関係ないものだ」って一節に爆笑しながら「わかるよ!」ってなった。
人生の教訓とか教養を求めて読むというよりも、心地よくASMR動画を見ているような感覚というか……
そんな感じ。
好き。 -
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救いがないと思った。
頭を鈍器で殴られたようなショックを受けた。
たとえ、自らの軽薄さが招いた事態だとしても、カナがなぜここまで弘斗に寄り添うのか?
ここまで全てを失わなければならないのか?
ひどく気分が落ち込んだ。
が、しかし…
愛があるなら、この結末はありなのか。
金原さん、すごいな。
圧倒的に心を揺さぶってくる。
キレキレで「ぼーっと生きてんじゃねぇよ。お前生温いよ」って、説教されている気分です。
・叔姪婚(しゅくてつこん)って言葉を初めて知った。日本では叔母と甥は結婚できない…って知らなかった。従兄弟同士は結婚できるのに。
ー 人生とはただの暇つぶしでしかなく、人が生まれてから死ぬまでにする全ての事が暇つぶしであるという事実から目を逸らすための現実逃避の手段が、人生に意味や目標を見いだすという行為なのではないかと思ってしまう。
ー 小説などで目にした事のある行為、母親が乳幼児の性器を口に含むといった行為
←この小説って、コインロッカー・ベイビーズ(村上龍)の出だしだ!高校生の時読んで衝撃的だったから覚えている。
やっぱり金原さんは龍さんの影響受けているよね。
ー 結局、不倫なんてヤレる状況でヤリたいと思ったら最後、ヤルしかないのだ。そしてヤッたが最後、よっぽど状況が大きく変わったり、周囲にばれたりしない限り、だらだらとヤリ続けるしかないのだ。
←すごいリアル。そんなものなんだろうね。
若いひとは受け入れたくないかもしれないけど。 -
Posted by ブクログ
すごくよかった。
狂気に満ちている世界がどれほどの精力を持っているかがよくわかる。
一度あんな狂った恋愛をしたら何もかもつまらなくなるだろう。
2人の中の「ただしい」を全うすると法の下で罰される。
2人の中の世界だと、刺される方が罰されるべきだから刺されたのだ。
俗に言う「正義とは」みたいなものか。そんな簡単に片付けて欲しくないけど。
人間誰しも狂ったように何かに熱中していないとおかしくなるんだろう、生き続けることが辛くなるだろう。楽しさとか幸せを重ねて退屈に暮らしているのだ。変なの。
それにしても全て成功しているのに満たされずに感じない姿は、少しわかる。私が大人になったからかな。
全てを擲ってでも捧げたいと思えるものに出会うと言うことの尊さを知った。
正しい愛ってなんだ・? -
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既婚子持ちの女性が甥と情事に落ちる物語。
以下は小説を読んだ気付き。
倫理的に駄目な人を好きになる人は本能的にそれを繰り返してしまう。
それで自己嫌悪に落ちるようでは元も子もないのだが、その事実を受け入れることが出来るのであれば、器用に生きることが出来る。
どんな人を好きにならなければならないかという悩みは、結果として被る不利益(死ぬことさえ含む)をそれと感じないことで昇華させられる。
以下は2作品を読んだ著者に対する印象。
アングラな世界を織り交ぜてくるが、アングラに違和感を感じさせない、むしろ織り交ぜることで描く世界のバランスを絶妙に保っている。そしてそれを人の心の脆く儚い部分を婉曲的かつ精緻に描く手段に使っている。
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Posted by ブクログ
作家さんが「生きる」ということを描く時、その視点は様々で、金原さんはデビュー当時から「痛み」「性」「刹那的な欲望と関係」に視点を置いて描いてきたように思う。
「マザーズ」で作風に変化が生じたとわたしは思っていて、それでも、その3点はいつも作品の中にちりばめられている。
本作品は、姉妹が交互に主人公になりながら進んでゆく。
感覚で生きる高校生の杏(妹)と、理性で生きる大学生の理有(姉)。
タイトルの「クラウド」というのは本作品においては”自分自身が生きていくために作り上げた記憶”といったところだろうか。
姉妹は、すでに亡くなった母親と、海外に住んでいる父親に対して異なる記憶を持っていて、読者も姉妹の言葉によって父母の姿を形作る。そしてきっとその姿は、姉妹の言葉の何を選択するかによって、読者に全く異なるイメージを作らせる。気がする。
なにか自分の中で処理できない出来事に遭遇して、でも生きていかないといけない日々の中で、人々は上手に、事実をうまいこと改ざんして、それを実際にあった出来事として、つまり記憶として保存する。クラウドに。そしてそれが、その人にとっての事実となる。
例えば、わたしは幼い頃に父との離別があり、ほとんど記憶がないにも関わらず、それはわたしに“父親”というものを美化させた。だから、わたしの記憶の中にある父親はいつだってトトロに出てくるお父さんのように優しいのだ。
一方で、一人になったわたしの母は、「この子がいるから専業主婦にはなれない」と嘆いている母親として、わたしのせいで仕事をしなければならなくなったと内心で思っている母親として記憶される。
いずれも誤った記憶かもしれない。二人は納得して別の人生を歩むことになったのかもしれないし、わたしは全く関係ないのかもしれない。
P162「最近、虐待のニュースを見るたびに思うんです。どうして母はこういう分かりやすいのじゃなかったのかなって。親に殴られた、暴言吐かれた、ネグレクトされた、全部誰がどう見ても可哀想。でも私たちは違う。(中略)殴られたこともなければ暴言を吐かれたこともなかった。(中略)どうして私たちだけこんなに惨めな思いしなきゃいけないんだって、しかもこんな分かりにくい惨めさ。」
作中の姉妹は、亡くなった母のことをクラウドにある記憶で形作るしかなくて、でもわたしの母は生きていて、だからわたしは勇気さえあえればいつだってそのクラウドの更新ができるのに、どうしてそんなに更新が怖いのだろう。一気に容量をオーバーしてしまうような気がするからだろうか。
もしこのまま更新しなかったら、わたしは父の記憶のように、母のことも都合よく塗り替えるのだろうか。それは「こんなに苦しめられた」という負の記憶か、それとも「優しいお母さんだったな」という、今は思ってもみない新しい記憶か。
分かってる。一番は、早いうちにクラウドを更新すべきだってこと。でも一方で願う、あくまでクラウド上の優しい母に、ありのままの自分を認めてもらいたい、とも。
正しいのはクラウドの更新だ。
でも必要なのは、誤ったデータだ。
生きるって切実。みんな冷静なようでいて、どこかしらちょっと狂ってる。
解説は、以前同時に芥川賞を受賞した綿矢りささん。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ今作も完璧にキレキレでした。
すべて結婚に絡んだ男女関係の事情で、
お得意の金原ワールド全開。どの物語も読み進めるうちに人間の二面性が露呈する展開になっていて、とてもスリリング。ひとみ嬢の小説を読み続けていて自覚している事だけど、ひとみ嬢の小説に出て来る登場人物の視点は、私が他人を見る視点とリンクする事が多く、無意識の感覚を言語化され追体験するような快感がある。
「口ごもりもせずはっきりとした口調でそういった瞬間、何がかは分からないけれど、彼はおかしい人なんだと私は思った。私の思い込みかもしれない。彼が魅力的に見えて、だから彼が神秘的に見えただけかもしれない。でも彼の事を初めて激しく、疑った瞬間だった」(ポラロイド)
人間の二面性を信じているからこそ、些細な表情の変化や口調や目線からその人がまったく別の何者かに見えてしまう事がよくある。そして、そういう二面性は多かれ少なかれ誰しも持ち合わせている。
これまで割と、個人の中で追及していく世界観が多かったような気がするけど、マリアージュマリアージュでは完全に二者間に発展している。
追及の手を緩めることは一切なく、個人から他者へ見事に移行されていく世界観。
小説も作者と共に変化成長していて、同じ年代を生きる私にとってはなんともいえない感慨深く、幸せな体験をさせてくれる作家なのだった。
ところで「仮装」。
これだけは唯一異質な作品だと思った。
かなりパンチの効いた作品であることは間違いないし
登場人物への突き放し感も凄いものがあって。
ただ、まれにワンオペで子育てしている身としては、
凄まじい復讐の物語に思えました。笑
ワンオペで苦しんでいる人はこの短編を読むと
夫に優しくなれるような気がする。笑
少なくとも、私はそうだ。。。笑
新作も出たことだし、心おきなく次は「持たざる者」を読もうと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレリンは、勉強も嫌いで、ろくに学校にも行かずにふらふらしているギャルだ。でも頭の中ではたくさんのことを考え、考え、考え続ける。自分がなぜこんな言動をとるのか、自分が今何を感じているのか。頭の中は言葉でいっぱいだ。いっぱい過ぎて、「本当の自分」と「言葉によって考えられた自分」の間にさえ乖離が生じ始める。言葉にすればするほど、嘘が混じり始める。それが、22歳の時点で小説家となっているリンだ。
解説の中で山田詠美が指摘していた「小説家という病」。まさにこれは「小説家という病」を発症した(あるいは、生まれ持った)人間の記録なのだ。多分、ごく普通の人間は小説を書かない。書く必要がないから、書かない。リンのような書かざるを得ない人間が、小説を書く。
言葉、言葉、言葉。一時も休まる暇の無いほどの言葉の海の中で、沈まないために、息をするために、言葉を吐き出す。それが小説になる。それはリンの言葉でありながら、リンの言葉ではない。頭の中にあった時からすでに乖離は始まっているから。リンは男にすがっているように見えて、そうではない。リンは言葉にすがっているのだ、ずっと。15歳の冬、そのことに気付き、22歳の冬、自分からシンに別れを告げてパソコンに向かう。本当はずっと、言葉だけが自分を救ってくれると知っているから。