「戴宗が、天下統一にこだわる気持が、わからんでもないな。しかし、困難な道だ。俺は、そう思う。岳家軍との交戦はあったが、いまいきなり戦の時代になることはない、と思っているよ。戦の時代は、童貫戦で一度終った。それは、俺にもよく見えてきた」
「いずれ、戦の時代になるのですか?」
「多分な。楊令殿も、その時に備えて、兵の入れ替えを急いでいるのだと思う」
この食堂は、味がいつも同じだった。飽きたような気分に、しばしば襲われる。料理人に、向上しようという気持ちがないのだと、李瑛は不満だった。兵糧は、不満を感じたことはまったくない。食事とは、どこかちょっと違うものだからだ。
「男は、一度だけでも、自分が生きたのだと思いたい。おまえのように小さくかたまっていても、同じであろう」
「潰しても、潰れない。殺しても、死なない。権力というのは、そんなものだ、と俺は思っていますよ。青蓮寺が、権力そのものになるのは、これからではないでしょうか」
「開封府が崩壊する過程で、それから別のなにかが生み出されてくる。私は、そう思っていた。違ったな。権力が権力であることには変りなく、それが場所を移した、ということだと思う」
「そうたやすく、新しいものは生まれませんね、燕青殿」
「梁山泊が新しいものを生みつつある、と私は思っている。新しいものは、いまあるものを、踏み越えるか、打ち倒すかしないかぎり、場所は与えられない、とも思う」
「楊令殿は、新しいものに、場所を与えようとされているのでしょうか?」
「まさしく、そうだろう。生みの苦しみと言うのだろうか。私は、自分の生みの苦しみを、楊令殿に押しつけている、という気がしている。生れ出てきたものについて、つべこべ言っているだけだ。」
「燕青殿は、新しいものを生む苦しみの中におられる、と俺は思います」
「それは違うな、候真。生み出されたものを、どうやって守るか、ということについては、命を懸けられる。しかし、生み出すということについて、私は無力だ」
「民は、次々と上を望む。喜びなど、束の間のものだ。際限もなく、上を望む。絞り取れば、かなりのところまで、耐えもする。不思議なものだと、俺は思いはじめている」
「民に感謝されようというのが、甘い。そう思っているなら、正しく民のことを捉えていると言っていい。厳しくしたら、憎まれる。こちらの方は、多分、そうだろう。身勝手なものが、民なのだ。その民が、無償の血を流し、意味もなく死ぬことを肯んずる」
「方臘のもとで、それを見た、と言いたいのだな、呉用」
「ほかにも、いろいろ見たさ。人は単純に見えて複雑で、複雑に見えて単純だ」
「不安と添い寝する。それが頭領の宿命のようなものであろうな」
「俺の走っていく先には、いつも同志がいるよ」
「それだけですか?」
「俺は、寂しがり屋なのだ。ひとりで走っていると、寂しくて仕方がない。それで、出来るだけ早く、同志のところへ行こうとする。そうなのだと、走りながら考えて、わかったんだよ」
「あなたは、戦をどこまで読んでいるのですか、秦容?」
「読んでいる、と言うのでしょうか。三万の軍を率いて、ここを攻めている、という立場で考えているだけです」
「あなたが、指揮をしていますね」
「そのつもりはありませんが、俺のいる一千の舞台は仲間ですから、できるだけしなないように、と考えています」
「謝ることはない。商いが愉しくて、好きで、そしてきちんとできる。それは素晴らしいことではありませんか」
戦で死ぬことを、いとうのは恥だ。しかしそれは、自らの判断による敗北である。ひとりの人間のためだけに、死ねるのか。
すぐれた指揮官が、梁山泊軍には何人もいた。そういう人間と並んで一軍を預かるには、平凡の強さを生かすしかなかった。作戦も、指揮官から兵士にいたるまでの動きも、すべて平凡である。
しかし、屈しない。屈しないことだけは、平凡でもできるのだ。
「鮑旭殿」
「いい。軍法にはそむくが、俺は助けなければならないやつがいる。俺より先に、死なせたくないやつが」