北方謙三のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
三たびの謙三です。
32年前の作品で初期北方謙三の一里塚とも言える物語です。
15年くらい前に読んだのであまり覚えてなかったのですが、こんなにもバイオレンスな話だったんですね。記憶なんてあてにならないものです。
滝野は小さなスーパーを経営している。商売はそこそこ上手くいき、美しい妻もいる。ある日階上の妻の喫茶店へチンピラが因縁をつけてくる。滝野は小金をせびって来た男を完膚なきまでに叩きのめす。
「あの日からあなた変わったわ」妻は言う。
眠らせていた暴力的な血が目を覚まし始めるのであった。
滝野は元ヤクザ。武闘派の弱小の組に居たのですが、兄貴分の桜井の死を切っ掛けに遺言通りに堅気の生活を手に入れます。堅気になって知り合った妻の家を継ぎ、ビルにしてスーパーを経営、かなりの手腕で店も安泰。誰から見ても上手くいっているようにしか見えません。でも彼は自分のいる場所はここではないという思いが強くなっていきます。そこで同じ組みの旧友 高安から強引に、ある人間の高跳びを手伝わせろと申し出ます。全く彼にとってメリットもなくリスクしかない仕事、しかし彼は荒ぶる血を鎮めるために無謀な行動を取り続けるのでありました。
いやはや今読むとほんと自分勝手な男で、色々引っ掻き回して腕力で解決。札束で横っ面を叩きつけるようにして女を手に入れる。
男達からは一目置かれ、刑事からも「好きになってきました」と言われる。女たちは彼の意を得ようと身を焦がす。
まっことこんなやつおるか!と思いながらも惹かれてしまう。こんな破滅的なやつ迷惑だと思いながらも暗い憧れを抱いてしまう。そんな物語です。
ちなみに老いぼれ犬こと高樹警部の癖は、風呂のたびに頭を洗ってしまうことらしいです。こう読むと北方先生は毎回洗わないという事なんでしょうか。 -
Posted by ブクログ
かつて夢枕獏が読んだ歌に「立てば立松、座れば椎名、歩く姿は北方謙三」というものがあります。
全くもって意味不明なのですがとても印象深く頭の中にこびりついて離れないのです。
彼はその存在感からしてステロタイプのハードボイルダー(造語)。マセラッティを乗り回し葉巻をくわえる。
そのディフォルメされた姿が与える印象を、自ら面白がっているのであろうと思う次第です。
北方謙三好きと言いながら指折り数えると片手位しか読んでいない現状を反省し、これからちょぼちょぼ読んで行きたいなと思っております。
本作は純文学出身の筆者が、初めて書いたハードボイルド小説で、編集者から売れないと烙印を押され一度お蔵入りになったらしいです。
ほぼ処女作に等しいながらも貫禄充分な佳作だと思います。
主人公の水井は自分の女だと信じて疑わなかった牧子を巡り、暴力団の渡辺を図らずも殺害してしまう。
散れぢれの心でさまよううち、公園で捨て子のヒロシと出会う。ふとした気まぐれで連れ帰り面倒を見ているうち、
彼の心に温かい火が灯る。それは牧子に傷つけられた心を癒して余りあるものだった。
ヒロシを守る為さらに暴力団員1人を手に掛け、とうとう水井はヒロシを連れ逃避行を開始する。
しかし水井はただの電気工事師で、格闘の特殊技能も何もなく有るのは若さゆえの勢いと、頑丈な体だけ・・・。
仕事も辞め、女も失い悶々としている中で5歳児のヒロシと出会う訳なのですが、この水井の疑似家族ごっこがとても泣かせるんです。水井自体がまだ21歳で子供からやっと脱却したばかりなのに、
「ヒロシには俺しかいない、甘やかしているだけではろくな男にならない。俺が一人前の男にしてやるんだ」
こんな感じのセリフが所々に出てきて、大人になってしまった今ではその夢の儚さに胸が締め付けられますが、確かに自分がこれくらいの年の頃には、青臭い責任感に酔った事も有りました。でもその時は本気だったなあとしみじみ思い出します。
2人の心の交流は、親子とも兄弟とも言える信頼感に溢れて、いつまでも見ていたいような温かさに包まれています。
ところが彼らを追う暴力団、警察の包囲網は容赦無くその輪を狭めてゆくのでした。
おしまい -
Posted by ブクログ
ネタバレ2015年の26冊目です。
江戸末期の大阪で起きた大塩平八郎の乱を軸にした物語です。
この本の続編として「独り群せず」という作品があります。
大塩平八郎の養子、大塩格之助と江戸から来た剣豪、光武利之の友情と大阪のコメ流通に絡む大塩平八郎の乱を軸に描かれています。
この物語では、大塩の乱の背後には、江戸幕府の大老派と老中派の争いが関係していることになっています。
この本は、主人公光武利之が武士を捨て、料理人として生き直すところで終わります。
続編の「独り群せず」の中に、光武利之の異母弟が、「兄上は自由で羨ましい」「自由とはなんだ?」「自らをもって由とすることです」とい会話がなされます。
この本では、利之が、自らの生き方を由とするに至るまでのためらいや揺らぎの心情が描かれていると感じました。