北方謙三のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
呉用が楊令を見つめてくる。
「行こうか、梁山泊へ」
「ほう、本気になったか」
「いままでも、本気だった。本気であるがゆえに、勝つ道筋が見えなければ、立つこともできなかった」
「そんな道筋はどこにもない。俺たちにもないが、童貫にもない」
「確かに、そうだ。私は、確かに、いや楊令殿自身に、手を握って引き摺り込まれたかったのかもしれない」
「いくらでも引き摺り込んでやる。反吐が出るほどにな。俺が足りないと思っていたものが、これで揃った。あと足りないのは、兵力ぐらいなものだ。それはおまえの頭でなんとかして貰うしかない」
「わかった」
この巻は大きい戦の続いたシリーズの「転」巻のようものだ。今まで揃った漢たちの小さなエピソードを繋げている。
一番大きいのは、聞煥章の人生に決着がついたことである。思えば、優秀な男だった。優秀なだけの男だった。頭だけよくて志がない男が国政に係わるとろくなことがない、ということの象徴のような男だった。「水滸伝」で消えるべきだと私は思っていた(あれだけ多くの漢がなくなったのだから、敵役の重要人物も死んで欲しかったという意味である)。生き残るにはそれなりの意味はやはりあった。彼が企てた燕州の「夢」は、その後いろいろとバリエーションを持ちながら活きていくのだろう。ただ、そういう男の運命の決着の付け方としては、これは私は一番相応しかったと思う。扈三娘にとっては、可哀想だったが。彼女には悲劇ばかりが襲い掛かる。美人薄命ならぬ、美人薄運か。せめて、長生きしてもらいたいものだ。
候真の昇格(?)も非常に興味深い。
童貫の王進の里訪問も大きなトピックだった。おかしいなあ、と思っていたが、青蓮寺も禁軍もちゃんとここのことは把握していたのだ。それでもここを急襲するようなことは何故かなかったのだという。少し青蓮寺を好きになった。
意外にも吉田戦車の解説は今まででピカイチのものだった。楊令のことをよく理解している。
日本には珍しい「革命小説」いよいよ快調である。 -
Posted by ブクログ
「方臘殿に、お伺いしたい」
燕青は、階を見あげて言った。
「この乱で、血が流れすぎた、とは思われませんか?」
「燕青、叛乱では、血は流れないのか?」
「多すぎたのではないか、と申し上げております」
「ひとりの血も、百人の血も、同じだ。一万であろうと、百万であろうと、俺の信徒どもは、死ぬほうが幸福だと信じたのだ。大地は血と同時に、信徒の喜悦も吸った」
「わかりません」
「わかる必要はない。俺は叛乱を起こして、面白かった。生きて生きて、生ききった、といま思える。教祖だけやっていては、そんな思いは得られなかったと思う」
「流れた血が多すぎました」
「どれほど多かったのだ。半分だったら、それでよかったのか?」
「いえ」
「血は流れるものだ。生きていれば、血は権力に吸われる。その権力に刃向かって流した血ならば、吸われる血よりましだっただろう、と俺は思う」
「言い訳に聞こえます、方臘殿」
「燕青、言い訳をしているのは、おまえだ。梁山泊は、これから宋と闘うのだろう。その時に流れる血の言い訳を、いまからしているのではないか」
一瞬、そうかもしれないと燕青は思った。志のために流す血、と言える。しかし、方臘は笑い飛ばすだろう。
「流れる血に意味はない。血は、ただ流れるだけだ。それが、連綿と続いた、人の世というものだ」
方臘は再び背を向け、階を上っていった。
方臘対童貫の戦に決着がついた。方臘側の犠牲、70万。ほとんどが信徒で、抵抗もなく死んでいった。燕青は、この小説では珍しく、何度も何度も繰り返し方臘に詰め寄った。ここでの問答は、この巻だけの問題ではなく、所謂「革命」の何たるかを問う永遠のテーマだからだろう。もちろん、ここでは結論は出ない。
この巻で楊令は一挙に「水滸伝」以上の革命拠点を占領してしまう。しかし、それでは終らない。これから、「革命」が始まる。