久しぶりの篠田作品。
圧倒されんばかりの執筆エネルギーは言うまでもなく、近未来小説としての出来上がりとあって、ずしんと来た。
かつて読んだ「絹の変容」「弥勒」の系統に属し、私の好みともいえる展開とテーマ。
表題「失われた・・」のは北海道にある岬で行われた研究結果・・が失われた?或いはそこで行われた
...続きを読む結果、数々の命が失われた?或いは研究の嚆矢となった高樹博士の功績、研究の意図するものがゆがんだ方向に行った?色々考えさせられる。
当初登場する美都子と消えた友人清花、異様な顔面野持ち主心理療法士の岡村と消えた恋人 肇子の話が前面から後退し、20年後に飛び、ノーベル賞作家一ノ瀬の話になる。
読み始め、このボリュームに圧倒されただけに、広げ過ぎの危惧は感じたものの、先述した岬研究所の高樹博士と関わる山本。その製薬会社の功罪を煎じ詰めるのはこれだけの裾野が必要だったのだろう。
後半、3割は当初のなぞ解きを再現しつつ、製薬会社がなぜこの原野に産するハイマツ、菌が関与する微妙な自然の生体作用に気付き、薬学の学問としての精緻性を逸脱した神秘的原始世界へ逆行していったかを紐解く。
たまたま訪日したストラうヴに触発された山本ら4人が癌サバイバーへの治療の過程で、制癌効果を見つけ、更に依存症完治効果までも至った。
脳への報酬体系への作用は画期的であり、「平穏」を意するサラームと名付けた呼称通り、【薬物が抜けた清明なる意識】なやや甘さすら感じさせる行き辛さの概念を突き抜けた呪術めく宗教色の世界であった。
穏やかに過ごして行けたはずの岬の秘地が思いがけず日の目にさらされたのはノーベル賞作家の愚挙とも言える結果。
崩壊があっという間に進み、薬類規制の強い日本と大きく異なる海の外から利権に長けた輩の濁流がなだれ込む。
金原がいみじくも語った通り「あの地に神無き信仰の境地を作り上げてしまった」ことは最早、これまでと悟った結果だろう。
中東やヨーロッパに見られる独立型修道院に見られるほど強健な精神の持ち主は日本では難し過ぎたのだ。
近未来、2029年という、執筆後10年先で結ばれる情景は決してディストピアの様なものではなく、イスラムテロ、大陸間弾道ミサイル、北鮮とロシアの協働など「自分に関係ない」と思う神経が優位な我が国の明日を暗示している。
白頭山爆発のラストはなんか、ぴったりくるなぁ。
最近、村上氏の未来小説を再読してきたこともあって、彼や辻村氏の世界観とは異なった篠田氏。桐野氏と同じ系列に属する匂いが強くした。
どちらも読み手を堪能させ、考えさせてくれる。