塩野七生のレビュー一覧
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ネタバレ十字軍というとケビンコスナーの映画「ロビンフット」のイメージしかなかったが、この本を読んで随分イメージが変わった。もともと十字軍を体系だって書いてある本をあまり知らないので、非常に勉強になった。中世のイスラム教というと狂信的で残忍なイメージがあるが(多分にアメリカ映画ではキリスト教世界の敵役ということからかなりデフォルメして無表情な殺人者として描くことが多いからと思うが)、この本を読むと決してそのようなことはなく、むしろキリスト教側(特にローマ教会)の方が独善的であったようだ。それでも中世という時代だけあり、日本の戦国時代と同様、英雄がどちらの側にも輩出されその英雄譚を読むだけでも価値がある。第一次十字軍のボエモンド、ゴドフロア、ボードワン、タンクレディ、第三次十字軍の獅子心王リチャード、第六次十字軍のフリードリヒ、エルサレム王ボードワン四世、イスラム側のスルタン、ヌラディン、サラディン、アラディール、みな魅力的で格好良い。特にリチャードとサラディンの間には一度も直接会うことはない中で友情のような感情が芽生えるのは、やはり英雄同士だからなのだろう。ハンニバルとスキピオの関係を思い出した。一方、フランス王にはろくな人材が輩出されず、特に十字軍を終焉に導いたルイに至っては最悪なのだが、それがキリスト教の聖人として祀られるなどとは当時のキリスト教の狂信性がよくわかる。いずれにしてもやはり塩野七生の書く中世は面白い。
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「ローマ人の物語」のカエサルの時もそうだったが、著者は、好きな男の女の話題は実に詳しくしかも楽しげに書いている。本書のフリードリッヒ二世の女たちの章には笑ってしまった。この男は実に愉快ないい男ではないか。
本書は主人公がハッキリしているだけに、読んでわかりやすく楽しい。しかもそのままヨーロッパ中世史の知識も得られる本だ。
本書が読んで楽しいのは過去の「歴史的事実」を知る事ができるからだけではない。後世でなければ得ることができない「歴史認識」をもって過去を読み解けるからだろう。そういう書を書ける著者の力を絶賛したい。
しかし、フリードリッヒ二世が偉大な政治家だったことは言うまでもないが、それでも近世の扉を開くには200年ほど早かったのだろう。彼が目指した「法による支配の国家」は死後崩壊し、子らもほとんどが歴史のなかで消え去っている。歴史というものは残酷なものであるとも思った。 -
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塩野七生 「 わが友マキアヴェッリ 」
マキアヴェッリ の政治思想「君主論」の思想背景を紐解いた本。
君主論の目的は ロレンツォの死により滅亡の道を進むフィレンツェを救うために、チヤーザレボルジアが行ったような 市民兵による自力防衛を実現すること。
マキアヴェッリは フィレンツェ市民兵による イタリア統一まで視野に入れているとし、マキアヴェッリのイタリア統一の野心は スペインによるローマ略奪を持って 終了したとする構成。
君主論やマキアヴェッリを スペイン台頭など国際関係の変化、フィレンツェ人の気質、グイッチャルディーニ との比較から捉えている。著者しか書けない視点で面白い。
全体を通して、鋭すぎるマキアヴェッリの時代感覚と 鈍すぎるフィレンツェの時代感覚を 感じる。ルネサンスにおけるフィレンツェの成功体験が 時代感覚を鈍らせたように思う。
この本の最終章が マキアヴェッリやフィレンツェのことでなく、「ルネサンスの終焉」としたことは、フィレンツェの滅亡やマキアヴェッリの死を 一つの時代の終わりと見ているから?
君主論の面白さ
*権力を獲得するためには 冷徹しかない〜善や悪は関係ない
*政治に倫理を求めていない〜しかし 人間が悪とは言っていない
*時代の変化に対応するには 共和制より君主制の方が望ましい
*人間は自然を模倣するものだが、その自然は多種多様が当たり前〜多様は非難されるべきではない
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9巻までの共和制から帝政までの為政者たちの歴史から打って変わり、ローマ街道、上下水道、医療、教育などインフラに特化した作品。
街道も水道も2000年前に作られたとは思えない、とてつもない距離だ。しかも、ピラミッドのように為政者の権威を示すものではなく、人々が暮らしのために使う機能的なものとして作られていることが古代でありながら新鮮に感じる。
ローマ皇帝の責任である食と安全、その前提となる平和を維持達成するための必要最小限の軍隊、自治を認める形での属州化と文明化。そのための手段としてインフラの確立とメンテナンスがあった。現代の国家の枠組みがとても小さく、遅れていると感じるほど先進的な考え方ではないか。 -
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第六次十字軍は、カトリック的には無かったものとされている。
神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒは全く戦わなかったのだ。
フリードリッヒはイスラム側のスルタンとの交渉によって、聖墳墓教会はキリスト教、岩のドームはイスラム教というイェルサレムの分割統治という方法で聖地を奪還した。
しかし、戦わず講和によってイェルサレムをキリスト側に取り戻した功績を、ローマ法王が許さなかった。
キリスト教、イスラム教それぞれが互いを不信神の徒と罵り合っていた中で、その不信神の相手と講和するなどもってのほか。
聖地イェルサレムはキリスト教徒の血によって解放されねばならぬ。
その信条を貫いたフランス王、ルイ九世が第七次十字軍を率いる。
フリードリッヒとアル・カミールの間で結ばれた講和だったが、イスラム側は王朝が変わっていた。
サラディンから続いたアイユーブ朝は、奴隷兵士出身の王が新たに開いたマムルーク朝に代わり、キリスト教に敵対していた。
そして第七次十字軍はルイ九世含め、一万人以上の軍勢全体が捕虜となる大敗を喫する。
そして十字軍国家唯一の都市アッコンの陥落により、200年弱続いた十字軍は終焉を迎える。
国の興亡史は参考になる。
栄枯盛衰、兵どもが夢の跡である。 -
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三巻目。第三次から第五次まで。
花の十字軍といわれる第三次十字軍には、神聖ローマ帝国王バルバロッサ・フリードリッヒ一世、フランス王オーギュスト・フィリップ二世、そして本命はイギリス王獅子心王・リチャード一世の三人がイェルサレム奪還を目指して出発する。
そのうち、バルバロッサはあっけなく死に、オーギュストは地領拡大のために十字軍を放棄してフランスへ帰る。
残る獅子心王リチャード一世がイスラム下にあったパレスティーナ沿岸の町を解放しつつ南下する。
対するイスラム側はサラディンを中心にまとまっていた。
ダマスカスとカイロを手中にしたスルタン・サラディンは十字軍と相対する。
そして戦いの後、リチャードとサラディンの間で交わされた講和がつかの間の平和を約束した。
その後に続く第四次十字軍はフランス勢とヴェネツィアの混成部隊となったが、イェルサレムには向かわず、同じキリスト教だがギリシア正教の東ローマ帝国の首都、コンスタンティノープルを陥落させる。
一体、目的は何だったのか。
第四次十字軍により、ヴェネツィアが地中海の覇権を握り、まさにヴェネツィアのための十字軍だった。
そして第五次十字軍もイェルサレムへ向かわず、エジプトを責める。
この時にはイスラム側はサラディンの孫世代となり、太守の結束が弱くなっていた。
スルタンのアル・カミールは十字軍側へイェルサレムの返還という最大の譲歩をするのだが、十字軍側はやる気ないイェルサレム王とローマ法王から派遣された枢機卿が衝突して、結果として何も得るものがないまま解散となる。
次巻最終巻。
十字軍物語の結末となる。 -
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エデッサの陥落の報によりヨーロッパ社会は震撼した。
エデッサ陥落の報を受け、神聖ローマ帝国皇帝とフランス王直々に攻めた第二次十字軍は完全な失敗に終わる。
第一次十字軍のち、イェルサレム王国を中心とする十字軍国家は停滞していた。
慢性的な兵力不足が原因だった。
それでも王国が保たれていたのは、対するイスラム側にまとまりがなかったからだ。
シーア派とスンニ派に分かれ、部族、領主は領土拡大で敵対しあい、まとまってキリスト側に反撃することがなかったのである。
しかし、ついにイスラム側にも英雄が現れる。
ゼンギ、ヌラディンに続き、イスラム社会をまとめ上げたのは少数部族クルド出身のサラディンだった。
アレッポを拠点に、ダマスカス、さらにカイロまでを手に入れたサラディンは十字軍国家へと反旗を翻した。
対するキリスト側は病を抱える癩王ボードワン四世が善戦するも病に斃れ、以降まともに戦える指導者がいなかったのである。
第一次十字軍から百年後、イェルサレムは再びイスラムのものとなり、元通りになる。
次巻、花の第三次十字軍へ続く。
神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ一世、フランス王フィリップ二世、そしてイギリス王獅子心王リチャード一世と、再びキリスト側に英雄が登場する。 -
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神がそれを望んでおられる。
後世で悪名高き十字軍、キリスト教によるイスラム教への宗教戦争とは何だったのか。
11世紀ヨーロッパは東ローマ帝国、西ローマ帝国に分かれ、それぞれギリシア正教、カトリックと内紛を起こしていた。
西ローマ帝国皇帝ハインリヒ4世のカノッサの屈辱から、ローマを追われたローマ法王グレゴリウス7世の後任、法王ウルバン2世は自らの権威を示すため、キリスト教の共通的を作り出す。
聖地イェルサレムを解放せよ。
この言葉に共鳴したキリスト教徒は十字軍編成を待たずしてオリエントへと旅立ち、そして斃れていった。
その後構成された第一次十字軍はわずか5年弱で地中海沿岸にイェルサレムを中心とした十字軍国家を設立する。
それが残虐であったにせよ、第一次十字軍にはキリスト教側には英雄が誕生し、イスラム教側に傑出した人物がいなかったことが勝敗を分けた。
そして、イスラム教側にとっては、十字軍は単なるキリスト教側の領土拡大の争いだとしか認識していなかったことも災いした。
領土拡大とあれば、領主同士は決して連携しなかったのだ。
第一次十字軍、聖地を目指して戦いを挑んだ第一世代の英雄たちの物語。