森博嗣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
タイトルを見て、森博嗣は好き勝手に書きたいものを書いて、諦めなんて無縁だろう、とまず思った。
すると内容は、予想の5倍くらい浮世離れしていて、でも実践的で、真似できるかは分からないけど、すっかり森博嗣という人間に魅了されてしまった。
かなり好き嫌いがあると思う。
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■ Before(本の選定理由)
森博嗣の新書なんてあるのか?珍しい。
(後に、小説以外の本が20冊もあることを知る)
■ 気づき
大半の「諦められない」エピソードは「できたらいいな」の願望と混同されている。泣いて馬謖を切るでは無いが、失うものと比較して始めて「諦め」になるのでは。
■ Todo
試さずに「どうしたら良いでしょうか」と訊かない。
試してみての課題のTry&errorを褒めてあげる。 -
Posted by ブクログ
森博嗣のエッセイ。昨年から彼のエッセイを数冊読んでいるが、最初は考え方が面白かったけれど、どの本にも似たような話が出てきて飽きてきた。発想は面白いし、独自の意見も解るけれど、自分の成功体験ベースの話、しかも作家という特殊な事例なので、その考え方を普通のサラリーマンが実践するのは難しいと思う。日本人は、日本社会の規範に従って生活するしかない。 お金に不自由しない生活ができるなら、運が良ければ著者のような生活もできるとは思う。この本には、著者の趣味の庭園鉄道写真が紹介されている。 何をやっているかわかるけれど、その楽しさは本人にしかわからないだろう。 この本は、著者の自己満足の本だから、興味がある方はどうぞということだ。自分はアルバイトで書いた彼の小説は読む気がしない。 たぶんそれで良いと著者も言うだろう。
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Posted by ブクログ
趣味の悪い装飾が施されたシンナーの匂い蔓延るジャンキーな室内にて、ある芸大生がY字型に吊るされた状態で発見された。身体には造形物の折れた翼。その翼で隠れた胸元に刺さるナイフ、服を染め上げ床に滴る血液。
何と芸術的な死体だろう。
現場の下の階に住む友人宅に遊びに来ていた山吹早月は、友人が大家代理を務めていた経緯で発見者である被害者の同級生に合鍵を渡す事となり、事件に巻き込まれる。その後死体発見までの過程がビデオに収められていた事実を含め現場は完全な密室である事が証明された。そのビデオのタイトルが「Φは壊れたね」である。...Φって何だっけ(高卒)
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山吹を中心になんとも魅力的で個性的でクレイジーな仲間達が私を魅了してくれたので、考察を忘れ純粋に文章を楽しんでいた。最初こそ脱線気味の彼等の会話に違和感を感じていたが、私が学生の時もこんなもんだったなと、揚げ足までいかずとも何かと笑いに変えたがるお年頃だったなと妙な愛着が湧く。
シリーズの初手として、キャラの押し出し方が匠の技術だ。ぐいぐい前に割り込む物が一人もいない。密室のトリックも理にかなっているし、何より事件の真相を語る山吹の親友、だんまり海月及介くんが1行以上話し出す後半はなんだか彼に心を開いてもらった様な気がして喜びニヤつきながら読み進めていた。「変人、読書をするの図」の出来上がりだ。
さて、ニヤニヤを経て真相を知ると疑問に出るのは被害者の意図だ。仔細語るべからずとなるがここだけは未だに首がすわらない。ついでに探偵と隣人の存在が不可解だったが、これはシリーズ物と言うだけで妙な希望を抱いてしまう。見当違いかもしれないが今後の細やかな楽しみにしたいと思う。
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「ものを見た時人間はそのものを限定して思考する。関係のあることだけが背景ではない。」
なんとも哲学的な言葉だが、死角を的確に表現したミステリの醍醐味をサクッと2行に収める海月くん。そんな彼のファンになった事は、言うまでもないだろう。勿論脳内イケメン補正がかかる。(不純) -
Posted by ブクログ
印象に残った箇所!
エッセィは、予想外に面白かった。日記から入ったのだが、日記でないものも面白い。語り口が軽妙であったり、発想や感想が常識とずれていたりすると、それだけで興味深い。つまり、他者の思考を覗けるような面白さがある、ということがわかった。
人生は多めに見積もっても三万日だから、毎日一冊読んでも、僅か三万冊しか読めない。だいたい国内では、平均して一日当たり二百冊の新刊が出ているそうだ。一日に二百冊を読んだとしても、これから出る本が読めるだけで、過去の本までは手が回らないし、本を出しているのは日本だけではない。
もちろん、たとえば映像的なもの、つまり目で見たものは、情報量としてはより大きい。だが、そこから人間の思考に抽象化されるものは、非常に僅かであり、しかも曖昧なものになる。見たものを言葉で表現してみれば、それがわかる。綺麗な人、美しい風景、といった映像情報が、どれほど伝達できるだろうか。
僕が読むものは、できればまだ誰も読んでいない本であってほしい。それはさすがに無理な話だが、かぎりなくそれに近いものを読みたいのである。 そうすることで、自分が得たものの価値が相対的に高まる。
インプットする側は、このようにアウトプットする側に、いわば支配されているといえる。振り回されやすい、と言い換えても良いだろう。だが、支配されることの心地良さがたしかにある。それは、自然に任せられる、ついていけば良い、導かれるまま、信じていれば良いことがある、そんな宗教の香りがするような反応といえるだろう。というよりも、人間のこの特性から、宗教というものが生まれたのだ。
そのうちに、問題集や参考書なども「簡単便利」を謳うようになったし、ビジネス書の類を見ても、「これだけ ~」とか、「たった七つの方法」みたいな容易さを強調するようになった。手軽でなければ人は手を出さない、と言わんばかりで、なめられたものだ、と大衆は感じるべきなのでは?