森博嗣のレビュー一覧
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怒りっぽい人というのは、とにかく自分に対する他者の行為を悪くとろうとする。皆が自分を陥れよう、蔑もうとしている、という錯覚に陥っていることが多い。だからすぐにカッとなってしまう。また、いつもピリピリしているから、周囲もなんとなく敬遠するし、困ったものだ、という態度で接するから、ますますバカにされたと憤る。本人としては、自分のアイデンティティーに関わる「正義」あるいは「防衛」であり、そもそも基本的に自分というものに自信がないから、こうなってしまう。だから、悲劇を避けるには、周囲がもっと温かく接することが肝要。実際そのような人の優しさに触れ、踏みとどまった人はたくさんいる。こういった問題は、教育では解決できないし、また、社会の制度としても完全な対応は難しい。そんな中、著者は科学者らしい答えを示してくれている。一見他愛もない日記の中に貴重な教訓がちりばめられている。
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Posted by ブクログ
ネタバレS&Mシリーズの西之園萌絵とVシリーズの保呂草潤平の共演。舞台はメビウスの帯をそのまま象った通称「捩れ屋敷」。
理系ミステリで知られる森博嗣らしい舞台設定とファンの心を擽る夢の競演とでも言うべき演出が憎い。
犀川と紅子が同時に登場するとなると、所謂ノックスの十戒とやらに抵触すると思うのだが、どうするのだろう。読む前にはそう言う疑問を抱いたが、直ぐに氷解した。しかし今度は逆に探偵役が不在でミステリとして成り立つのか、別の疑問が立ち起こった。
この小説のテーマはなんと言っても「捩れ」であろう。舞台装置たるメビウスの帯様の「捩れ屋敷」は言うまでも無く、二つの別々のシリーズの登場人物の邂逅と言う趣向そのものが一種の「捩れ」として機能している。作中のトリックも「内」と「外」の「捩れ」を表現している辺り妙趣である。
だが未だ何かあるという、殆ど確信に近い予感が今自分にはある。最も大いなる「捩れ」は明かされずに終わったのではないか?それこそが最後の紅子と保呂草の秘されたやり取りの内容なのではないかと思う。 -
Posted by ブクログ
読むと自分の考え方に影響を受けているのが面白い。例えば幽霊→恐怖の連想は自分も含めて一般的な反応だろう。しかし主人公にかかれば「その手の話題を聞くことが時間の無駄」だったり、「ホログラムを投影する装置を探す」だったり、「実態がないのはバーチャルと変わらない」だったりするのだ。読み進めて視点を変えて見ることを繰り返すうちに、いつのまにか事実と感情を切り離して考えられるようになっている。私は感情を重視する人間だが、読後は「現実主義ってこんな感じかな」と思えるような一時的な変化が楽しめる。
また、バーチャルを行き来する設定を、私が理解できない事もあって、読み進めるうちに、未来と現実と小説とバーチャルといった境目が曖昧になり、ちょっとした混乱をきたす。
そんなこんなで、読んだあとの私は、この世のちょっとした出来事では驚かない自分になってい点で愉快だ。