森博嗣のレビュー一覧
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「自分」とは何だろうか?「楽しさ」とは何だろうか?ということが、森博嗣らしい言葉で書かれている。
自分探しとは良く言うが、自分を見つめるだけでは自分は見えてこない。
周囲の人や物を観察して、それについて考えたとき、その視点、思考がすなわち「自分」であるという点は、思わずなるほどと思った。
また、「他者から与えられる楽しさは本物の楽しさではない」という点もおもしろいと感じた。今の世の中は、簡単に楽しいと思われるものに何でも手が出せる状態にあるが、これらのお膳立てされた、他者から与えられる楽しさは、比較的すぐに飽きてしまう。
他者を「比較」の対象とするのではなく、「尊重」することで自分を確かなものにする。そしてぶれない自分を手に入れて、自分だけの楽しさを追求していく…わかったようでわからない。そんな捉えどころのない一冊だった。 -
Posted by ブクログ
▼自由
・自由は、仕事がなくて、ゴロゴロと寝ている「暇」のことではないし、いつまでも起きなくてもよい休日のことでもない。自由は、自分が計画した通り、自分が予定した通りに生きる事であり、それが人間の満足の根源でもある。
・したがって、「面白い」というのは、この自由へ向かう方向性を感じている状況であり、いずれ自分は満足するぞ、という予感が、その人を笑顔にさせるのである。
▼生き辛さ
・まず基本的な原理というか傾向を理解する事です。なにかを積み重ねた結果として、良いことが得られます。畑を耕し、種を蒔き、雑草を取り除き、しかも天候に恵まれれば、最後に収穫することができます。ものごとは、大体こういう仕組みになっています。
・「生き辛さ」は、現在収穫が無い畑に立っている人が感じるものです。その「生き辛さ」は、その人が長い時間をかけて作り出した結果でもあります。目の前にあるのは、「生き辛さ」が現れるまで、放っておいた畑なのです。
・ですから、どうしたら「生き辛さ」がなくなるのかといえば、今から畑を耕し、種を蒔き、雑草を取りなさい、としかいいようがありません。それをすべてしても、天気が悪ければ収穫はありません。でも、みんながこうして生きているのです。すぐには改善しません。長い時間がかかると思います。
▼面白い
・人生には「面白さ」が必要である。というよりも、生きることが「面白い」ことを探す旅だといっても良いだろう。
・若者は「面白い」ものを見ているのではなく、他者よりも「面白い」ものを求めている。いくら「面白さ」が普及しても、相対的な価値を重視すれば、むしろ埋没してしまう、という感覚なのではないだろうか?
・「面白さ」はアウトプットにある。インプットする「面白さ」の何十倍も大きい。(例;音楽を聴くより、自分で演奏し歌う)
▼貢献
・少し穿った見方をすれば、社会への貢献を図るとしたら、それは収めた税金の額ではないだろうか。客観的にみて、これが一番直接的な指標である。 -
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ネタバレ前半が退屈だった~ドイツでロジと暮らす楽器職人のグアトにバーチャルで面会を求めてきたのはクラークという60歳前後の若い女性で,リアルの私のボディが行方不明だと訴える。数値解析者の女性は自宅からいなくなり,たびたび訪れていたウォーカロンのケン・ヨウという者も行方が分からない。ウォーカロン判別機で自分が人間でないとはんだんされ,違和感を持ったため,判別機の制作者に接触してきたのだった。行方を捜そうとハノーウァのクラークの部屋を訪ねると,珍しくも手書きのノートが見つかり,それが蓄光塗料であると判断し,ライトで照らすと,矢印が見つかって屋上の鳩小屋が見つかり,信号缶から座標を示す紙がみつかった。確かにその場所にボディはあったが,自殺したのか否か。そもそも彼女は実在していた人間なのか。ヴァーチャル国家センタメリカの独立が絡んでいるらしい。人工知能が大量の演算を行う際にはエネルギーが必要なので,それをトレースすると,658,503という数字が出てくる。精査すると,ケン・ヨウが勤めていた玩具メーカーが作ったミニチュアのミュージアムが浮かび上がる。その小さなコンピュータがオセアニアやアフリカのサーバを用いて創り出したバーチャルの人格が彼女たちだったらしい。連合国が勝った~ドイツ軍の施設に匿われたのに襲われてからが元気になったが,それまでがウンザリするくらい抽象的で
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ヴァーチャルの依頼人からリアルの自分を探してほしいと依頼される主人公、グアト。
う~ん、何でグアトとヴォッシュは答えに行き着いたんだ。何処か読み落としたんだろうか。科学者はあらゆる可能性を検証するんだなとは思うが、ちょっとモヤモヤとした気持ちが残った。
総じて、AIやトランスファがおとなしめの印象。いつももっとグイグイ来るのに。
(引用)
セーフティ・ファーストという言葉があるが、このスローガンが掲げられるのは、例外なく危険な仕事場である。ロジが過去に携わってきた仕事は、いつも安全第一だったということだ。
森さんの文章はつまりハードボイルドなんだと思う。アミラ、オーロラやデボラとの会話は特にそうだと思う。こんなAIと話してみたい。まあ、こんな莫迦と話をするメリットないと見捨てられるだろうけれど。
Wシリーズ、WWシリーズを読むと、人間の存在感は結局、触感、知覚、聴覚、味覚などの感覚、記憶、何かを考えるなどの頭脳の中の電気信号がをボンヤリと形成しているんだなと意識する。だったらヴァーチャルでもいいじゃないかと考えるが、主人公は、肯定していないし、ハードや電力のエンジニアリングの問題も指摘している。
そして、ヴァーチャルの中で自己と他者が曖昧になる可能性にも触れている。間賀田四季の「共通思考」とはそういうものだろうか。たぶん、これは違うな。
ヴァーチャルがリアルを創造するようになる。悪いことなんだろうか。認めてよいことなんだろうか。つまり、人間って何なのかという問題に行き着くんだろうな。 -
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ネタバレXシリーズ完結編。
椙田から少し明かされる事情、真鍋のその後と永田さん、他シリーズからのキャラクターが登場し、完結編にふさわしい。
事件自体は派手さはないのだけど、小川さんの自己認識の進展やその後の物語が、今回の肝。
残念ながらネタバレを見たあとに読んでしまったのだけど、初読だったら絶対気づかずに読んで、ラストにウワーとなっていたはず。
小川さんと彼の話も短編集「レタスフライ」に登場してるらしいが、全然覚えてない。
あのときは刀ノ津診療所の話で十分泡を食っていたから…笑。
もう真鍋と小川さんの掛け合いが見られないかと思うとかなり寂しい。
シリーズ唯一?の東京を舞台にした本シリーズは、アッサリしていて大人向けで、そこが好きだったなと思う。
小川さん、同年代だし、明るい諦めの境地におおいに共感できる。
応援したいキャラ。ぜひ再登場してほしい。
私が数年間放置していた森博嗣、今回の本で大体追いついたようだ。
ここまで、SM、V、四季、ギリシャ文字、Xを読んできた。
SF臭の強いシリーズは苦手なんだけど、百年、スカイクロラ、Wあたりに手を出すときが来たのかもしれない。