森博嗣のレビュー一覧
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ネタバレ森博嗣氏の年いちのエッセイ集。
コロナ後に何かを感じたのか、少し変化した日本という国、世界を、理系的な独特の視点とシニカルな表現で綴る。
聖火リレーが近所に来たら、見に行ってしまう。これって、いった人に限ってスマホで撮っているので、実際に見たということは何が定義するのだろう。相変わらずの森さん節である。「○がしたいんだけれど、△なのでできない」と言うのは、△が理由になっていて、○が不可能な状況にあること。しかし、実際は理由を排除しても実現しない。お金がないから、時間がないから、と言うのが例だが、実際にはやりたくないからなのである。
日本でコロナが抑制された理由を、日本の個人主義に求めている。他人と関わり合いの多い、パーティー大好き系民族とは違って、核家族だけで過ごすことが多い。褒めて伸ばすと言うのも科学的には否定されている。どちらかというとメリハリこそが大事で、なんでもかんでも褒めまくる必要はない。愛情こそが大事だし、それを感じることはできるんだ。
全体にわたって、新しい価値観を感じているのは、日本人、日本という国が特殊であると言うことだ。他のコラムでも言われているが、孤独であること、孤独に強いことが挙げられている。また、アメリカ、ヨーロッパでは普通のことが普通ではない。アレルギーがあるので食べないのはチョイスであって、頑張って食べるとか、我慢して食べるという類のものではない。住民票、マイナンバ、いるのか?ということを考えていないので、まず作る、作った。あとはどう使うか、は別の人だろう。免許証、時々ソーシャルセキュリティナンバーでなんでもできる、アメリカの凄さ。一度も使ったことがないマイナンバ、システム代金を大量に払ったこと以外に、効果がなかったとしたら、悲しいなと思った。一方で、マイナンバー制度を導入することで、アイデンティティとなる1つのIDが決まる。税金、社会保障、安全保障の観点では意義ありと見るが、使い方次第か。
なぜ小説家、物書きになったのか、と言うのが垣間見えて面白い。科学者は、3度の飯よりも理が好きだ、真理を追求したり、なんで?を追求することで、将来それが何かの役に立つ、世界の中で一番最初に到達できるかもしれない、そのロマンが科学だとある方が本気で言っていた。きっと、そういうものが無かったことに、気がついたのかもしれないし、小説という世界で探究していく新しい文体がそうさせたのかもしれない。英語と日本語の違いからエッセイを組み立てるものも多い。I am sorryとお気の毒とか、Just Before、寸前、直前、間際。NYだと、reach outが本当に印象的だったが、ワールドカップ時期に、footballとsoccer という言い回しの違いを、chipsとcrispsの違いをベッカムとアメフト選手が言い合うLaysのCMは秀逸だった。言語は、非常に面白い。まだまだ、英語が真の意味まで理解できるところまで行っていないのだけど、コミュニケーションしながら学ぶことが非常に多い。直接的な表現ではない日本語の話が分かりにくいという森さんのショートもそうだなと本当に思うけれど、英語の表現も決して単純ではないことがわかった。
ストレスに感じることとして、「逆に言えば」と言いつつ、逆のことを言っていないというのがあった。これはそうだよね、と思う。私自身は、「変な話、、、」というのが本当に気になる。「変な話、部長に相談しながらやった方がいいと思う」とか、変でもなんでもないので、なんぜ変な話を持ち出しているのか、と思うならから。まあ、そういう意味、というか意味はないんだよねと聞き流すのだけど、言葉を大切にしている人にとっては、絶対音感のように気持ち悪さを感じるのだろう。 -
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森博嗣の長篇小説『銀河不動産の超越(英題:Transcendence of Ginga Estate Agency)』を読みました。
ここのところ、国内の作品が続いています。
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人気ミステリィ作家が放つ、どきどき×ラブコメ×青春小説!
気力と体力不足の高橋が、やっと職を得たのは下町の「銀河不動産」。
頑張らずに生きる――そんな省エネ青年を訪れる、奇妙な要望をもったお客たち。
彼らに物件を紹介するうちに、彼自身が不思議な家の住人となっていた……?
「幸せを築こうとする努力」が奏でる、やさしくあたたかい森ミステリィ組曲。
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文藝春秋が発行する隔月刊の電子小説誌『別冊文藝春秋』に連載後、2008年(平成20年)に刊行された作品です。
■銀河不動産の超越
Transcendence of Ginga Estate Agency
■銀河不動産の勉強
Learning of Ginga Estate Agency
■銀河不動産の煩悩
Desires of Ginga Estate Agency
■銀河不動産の危惧
Misgiving of Ginga Estate Agency
■銀河不動産の忌避
Avoidance of Ginga Estate Agency
■銀河不動産の柔軟
Flexibility of Ginga Estate Agency
■銀河不動産の捕捉
Acquisition of Ginga Estate Agency
■銀河不動産の羅針
Compass of Ginga Estate Agency
■解説 遠山涼音
無気力・無関心・無感動── そんな僕の人生が変わる!!
毎日がなんとなく気怠い“省電力”青年・高橋は、惨敗続きの就職活動の果てに「ここだけはやめておけ」と言われた銀河不動産に入社した… 「いろいろ見せてもらううちに住みたい家が見えてくる」という曖昧な資産家夫人や、「寝ている間に日光浴したい」というミュージシャン、「スウィングしている部屋に住みたい」という芸術家等々に部屋を斡旋しているうちに、彼自身がとんでもない家に暮らす羽目に、、、
ついには運命の女性までが… 無気力青年・高橋はサラリーマン生活をまっとうできるのか? 極上のユーモア・エンターテインメント!
危険を避け、できるだけ頑張らずにすむ道を吟味し、最小の力で人生を歩んできた高橋青年に感情移入しながら読み進めました… 青春小説要素が強かったかな、、、
ミステリを期待して購入していたので、ちょっと肩透かしを食った感じでしたが… 銀河不動産を訪れる奇妙な要望を持った客や、「奇妙な館」に集まる不思議な人々との交流を経て、高橋青年が成長する姿が微笑ましく感じられて、いつの間にか自分がその館に住んでいるような気分に陥ってしまいましたね。
秋の夜長にピッタリの優しい気持ちになれる不思議な物語でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「なんで勉強しなくてはいけないのか」という問いは中高生くらいまでは多くの学生が胸に宿す疑問だと思います。また大学生以降も「こんなの意味あんの?」「んなの将来使わないでしょー」という発言に形を変え、同質の疑問を引きずることもしばしばだと思います。
そんな、子供に問われて困ってしまうような疑問について、私の人生の中では一番しっくりくる回答を本作で頂いたと感じました。
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その回答は本作のまえがきで早々に出てきました。ちょっと長いですが引用です。
「さて、(子供が)明確な目的を持つためには、少なからず人生経験が必要だろう。世の中には何があるのか。自分の可能性はどの範囲なのか。そういったことは、二十年くらい生きていないと理解することができない。つまり、夢を見るためには、最低限の基礎的なことを学ぶ必要がある。
そうしたうえで、自分はこれがしたい、というものを見つける。それからが、本当の勉強の始まりである。もう、そうなれば「楽しさ」というエネルギィによって、たとえ誰かに止められても前進し続けることになるだろう。
したがって、勉強は大人のためのものである。子供が学校で習っているのは、大人になってから本当に楽しい勉強ができるための基礎体力をつけているようなものだ。
本書は、子供向けの本ではないし、子供に勉強させたい親が読んでも、ほぼ意味がない。もし子供に勉強させたかったら、まず親が勉強すること。親が勉強に熱中している姿を見せること。そうすれば、「なにか楽しいことがあるのだな」という雰囲気が子供に伝わるはずである。教育とは、本来そういうものではないか、と僕は考えている。(P.31-P.32)
つまり子供の勉強は基礎体力作り、本当の勉強は自ら興味を持って取り組むもの。自分が好きで勝手にやることこそが勉強、とまあこういうことですね。
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こうして始まった氏の勉強論には、確かにしたりしたりと膝を打つ内容が随所に見られました。
曰く、勉強というのは人の能力を高めるすべての行為。人それぞれにやり方があり、机の勉強だけが勉強というわけではないこと(1章)。曰く、勉強は勝つためにするのではないし、受け取り手の意欲がない限り成立しないのが教育であるということ(2章)。曰く、勉強の価値とはその内容の獲得ではなく、その過程で自己を知ることができるということ(4章)。曰く、得意不得意は問題ではなく単なる他人との差でしかないこと、また不得意・苦手の名の下で教科を排除するとその方面の可能性を失ってしまうこと(6章)、等々です。
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こうした氏の意見は、近年のハウツー本にあるような嫌な勉強をなるべく効率的に・そして嫌ではないように自己暗示的に言い聞かせる?かのごときメソッドとは対極にあるかもしれません。それらで述べられる勉強の意義とは大抵は実利的・近視眼的であろうと思います。別にそれが悪いわけではありませんし、そもそも目指すところが異なるので比較すること自体間違いかもしれませんが…。
他方、好きになってしまい自発的に学ぶ行為こそ勉強という方向であることを考えれば、本書の先には読書猿氏のごとき「どのように学ぶか」という独学の地平が開けることと思います。
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ということで元名大教授の勉強論でした。
語り口が平易で分かりやすく、内容も子供から成人にまで広く関わりのあるものだったと思います。その点では、筆者自身子供向けではないと言及されているものの、勉強が嫌いなお子さんから再度勉強を始めてみたいという大人の方まで、ひろく読書に値する作品であると感じました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ犯人が全然知らん人なのはガッカリした。けどそんなもんかなと。
稲沢さんのトリックは個人的には今までの森さんの中でもアウトなんじゃないかなと思う
稲沢真澄と会うのは、3年ぶりだ。保呂草が海外にいるとき、日本から観光旅行でやってきた稲沢と妙な経緯で同じホテルになった。そのあと、一週間ほどずっと彼と一緒だった。
(引用:夢・出逢い・魔性 P58)
この「彼」は稲沢さんじゃなくて保呂草さんなんだろうけど、いくら三人称といえど、この書き方はアウトな気がする。
あとは、これを語ってるのは書いてる人ではなくて、語ってる人自体も稲沢さんの正体を知ってるわけでしょ?ならせめて「彼らは」ならグレーかセーフ?
登場人物が勘違いしていて「彼」というならわかるけど、そうじゃないし。
第四弾にして段々と登場人物にも慣れてきたけど、まだまだ慣れない。紫子があまり好きじゃなくて、他も個性的だけどなんとなくテンションについていけない感じ。 -
Posted by ブクログ
世評に拠ると、森博嗣と言えば理系、そうでなければSF或いはミステリといったある種のタグ付けが為されているように感じる。
けど、どうも……。森博嗣の作品群を見渡すともっと異質なものを描き出そうとしているように思えてならない。
確かに一面として理系要素はあるし、形式としてのミステリやSFといった枠組みはあると思う。
然し矢張りどうしてもそういったワードでは説明の付かない部分が絶対に存在する。具体的には、本作で言えば倉居と矢場の会話(躰と心の関係に就いて)、それと犀川と近藤・佐野の会話、それに赤柳と西之園の会話シーンも入れて良いかも知れない。
本作の肝所はこれらの個所を措いて他に無い。全く話の大筋には関与しないにも拘らず。本作に限った話ではないがどうも森博嗣の作品世界には東洋的な思想が通底しているように思えてならない。