Posted by ブクログ
2018年05月20日
「人道的という言葉だけの価値観に束縛されている人たちには、きっと理解できない。何故、生きている牛や豚を殺してそれを食べるのか? それは人が生きていくため。では、自分が生きるためならば、何が許されるのか? 生命を奪う相手が人間ならば、それは罪なのか。たとえ、殺される本人が許しても、その行為は罪なのか。...続きを読む」
「その一方では、時が経ち、待っていれば、人は誰でも皆、死んでしまう。つまり、殺すことが可能なのは、生きている間だけです。生命体は、何故、死ぬのか。新しい生命は、古い生命の死の上に成り立っている。それが自然の摂理。花は枯れて、実をつける。実は落ちて種となる。多くの動物は、産卵のために死ぬのです。では、死が時間的に早まることは、いったいどれほどの意味を持つのでしょう?」
「結局のところ、抽象できる一般性とは、やれることを、やれるうちにやる、やらないよりは、やった方がなにか新しいことを感じることができる、何かを得るかもしれない、そして、得ることによって初めて、なにかを拒否できる。また、生み出すためには、常に破壊が必要なのです。新しいものを生み出す行為は、必ず、拒否と破壊が伴う。生み出すとは、生まれるとは、元来がそういうものなのです。新しさが、古いものの否定にある以上、避けられません」
「人類はどこに行くのでしょうか?」
「どこへも行かない ー けれど、文明は前進しています。歴史的に見ても、大きく後退したことは一度もない。常に、より豊かに、より公平に、より合理的に、より便利で快適に、修正を続けてきました。全体合意が得られているわけでもないのに、こういった正しい方向性を持ち得たことが、人類の持つ最も不思議な力の一つだろう、と思います。この点では、少なからず楽観して良いでしょう。個人の生命を無駄に扱った数々の事例に比べれば、大いに希望が持てます」
『目を逸らし、気づかない振りをしている。
最後まで。
生きていることの価値を、なにも信じていない。
信じようとしない。
生まれたときから、死にたがっている生きものなのだ。』
「無限というのは、幾つからだと思う?」
「君らしくなかったね」
「私らしくない ー 私らしくないこと、それが、新しい私らしい」
「新しくなることで、切り捨てようとしたものは、何?」
『血を流そう。
私の血で良ければ。
死んであげよう。
何度でも。
貴方のために。』
「よくわかりません」
「そう…、それが、最後の言葉に相応しいわ」
「最後の言葉?」
「その言葉こそ、人類の墓標に刻まれるべき一言です。神様、よくわかりませんでした…ってね」
「人の感情の中で、最も単純なメカニズムだといえるものは何でしょうか?」
「悲しい、という感情だろうね」
「しかし、それは人間に特有のもののように思えます。複雑な頭脳を必要としているのでは?」
「最もベクトルが見やすい。信号が明白で強い。だからこそ、記憶に強く刻まれるのではないかな。楽しいことや、嬉しいことなど、たかがしれている。いずれは忘れてしまうだろう」
「複雑だから、残るのかもしれません。嬉しい、楽しいの方が、単純に思えますが」
「何故、そんなことを?」
「そこに、生命維持の鍵があるのでは、と思いました」
「その矛盾は常につきまとうもの。矛盾の壁を乗り越えないかぎり、新しいシステムは生まれない」
「どこに行きたい?」
「わからない。でも、ここではないところ」
「何がほしいの?」
「わからない。でも、ここにはないもの」
「死を恐れている人はいません。死にいたる生を恐れているのよ。苦しまないで死ねるのなら、誰も死を恐れないでしょう?」
「おっしゃるとおりです」
「そもそも、生きていることの方が異常なのです。死んでいることが本来で、生きているというのは、そうですね…、機械が故障しているような状態。生命なんてバグですものね。」
「バグ? コンピュータのバグですか?」
「ニキビのようなもの……。病気なのです。生きていることは、それ自体が、病気なのです。病気が治ったときに、生命も消えるのです。そう、たとえばね、先生。眠りたいって思うでしょう? 眠ることの心地良さって不思議です。何故、私たちの意識は、意識を失うことを望むのでしょう? 意識がなくなることが、正常だからではないですか? 眠っているのを起こされるのって不快ではありませんか? 覚醒は本能的に不快なものです。誕生だって同じこと……。生まれてくる赤ちゃんって、だから、みんな泣いているのですね……。生まれたくなかったって……。』
「貴女は、死ぬために、あれをなさったのですね」
「そう、自由へのイニシエーションです」
「警察に自首されるのですね?」
「自首したのでは、死刑にならないかもしれませんね。死刑って、いつ執行されるのか教えてくれるのかしら? 私、自分が死ぬ日をカレンダに書きたいわ。こんな贅沢なスケジュールって、ほかにあるかしら?」
「どうして、ご自分で…、その…自殺されないのですか?」
「たぶんほかの方に殺されたいのね」
「自分の人生を他人に干渉してもらいたい、それが、愛されたい、という言葉の意味ではありませんか? 犀川先生。自分の意思で生まれてくる生命はありません。他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意思ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」