吉田修一のレビュー一覧
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外で読んで、外で号泣した。
一組の兄弟と、二人に関わりながら特別な日曜日を生きた五人の話。こういう人達がなんとか一日を生きようとしてて、その中で少しだけ特別な日曜日を迎える。
日曜日のエレベーター→彼女の圭子は夢を叶えて、僕渡辺はずっと止まったまま。どっちが幸せ、とかそういう事ではない。自分達が同じエレベーターに二度と乗らない事、それどころか向かっていく方向さえ違う事。理解はしてるのに身体が付いてきていない。だから僕は、エレベーターは10階で止まる気がしたんだと思う。でも圭子は先に進んでいく。一番上まで。渡辺は下へ行く。彼女が昔、好きじゃないと言ったその場所に自ら向かっていく。
そもそもなぜこの話は日曜日なのか?一週間を一つの人生のサイクルとして、その終わりだから?渡辺は圭子と出会ってようやく生き始めた、という話なのだと思う。圭子のサイクルに合わせて日曜日にゴミを出すルーティンができて、必ずエレベーターを使って外に出る事になる。ゴミを出して代謝する。
日曜日の被害者→「何もされないのがちょっと可哀想だと思った」この一言に集約されてる。純潔への軽蔑と憧れ。微妙なバランスで成り立っていた二人のターニングポイント。
日曜日の新郎たち→三人の新郎の、現実と柔らかい夢の話って感じ。結婚するって他人と一生暮らすって事で、物理的な距離って心理的な距離と比例するから、心も一生同じ所にいるって事なんだな。すごい特別で、大切な事だと思う。心の半分を今まさに見つけた人と、半分だけでなんとか生きようとする人と、無くなった半分を未だに探し続ける人。それぞれの形がある。それが狭い狭い一室に集い、それぞれの想いが舞う。ひと部屋だけ切り離された、まさにスノードーム。
日曜日の運勢→「太陽ってさ、見つめすぎると、何も見えなくなるのな」このセリフすごい好き。焦燥感がありつつ、でもこういう生き方もいいんじゃないかな、と。断れなくてふらふらしてたって、自分を愛せるなら良いと思えてくる。
日曜日たち→少しづつ主人公と交差して、特別な日曜日を生き抜いた二人の話。彼氏と、自分の生き方から飛び出すターニングポイントを迎えた主人公が、勇気の連鎖を繋げてく。兄弟は離れ離れになっちゃうけど、命のターニングポイントになった私の事をずっと覚えてる。兄弟と私が喋ったのは、私が兄に聞いた「覚えてるの?」だけだけど、三人は星座みたいに、目に見えない綺麗な模様を書きながら生きてたのね。 -
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サラリーマンが公園で知り合って、ふとしたことで口をきき、何気ない付き合いが始まる。それだけ。
以前、話題になった「悪人」を読んだ感想で、可もなく不可もない話だと書いた覚えがある。被疑者にされた恵まれない育ちの素朴な青年と、電話で知り合った女性が逃げているうちにお互いに情が湧く、ストックホルム症候群的いきさつだろう。それがそんなに話題になるほどいい小説なのか、長いし。と思った。
この「パーク・ライフ」を読んでから再読すると、とんだ勘違いで、浅い読み手だったと反省した。
これは日常生活の1シーンを切り取ったようないい話だった。
取り立てて驚くようなこともなく、公園でふと知り合ったサラリーマンと、何処かに勤めているが(尋ねもしない)自然体の女性が、顔見知りになり、時間を共有する。そんな話だった。
初めて出会った時、
僕はドアに凭れたまま、ガラス窓の向こうに見える日本臓器ネットワークの広告をぼんやり眺めていた。広告には『死んでからも生き続けるものがあります。それはあなたの意思です』と書かれてあった。(略)
「ちょっとあれ見て下さいよ。なんかぞっとしませんか」
ガラス窓に指を押し当て、僕は背後に立つ見知らぬ女性に笑みを向けてしまった。
女性がなにごともないようにこたえてくれた。そいうことで知りあって、いつも行く日比谷公園のベンチで再会する。それから時々会っては、ベンチに座って、持ってきたスタバのコーヒーを飲む。いつも気球を上げている老人に話しかけたり、人体解剖図に興味を持ったときは、二人で町の店に入り人体模型を手にとって見たりする。
写真展に誘われると、その写真は彼女の育った所の風景だった。それまで聞きもしなかったが秋田の角館の人だとわかる。
平凡なような、ちょっと変わったような淡々とした男女の付き合いがある、公園の中の出来事や、公園の中の出会いが書いてある。
それでどうなったかと言うものでもなく、自由で行動的な彼女は時間が来ると「よし決めた」などとと言って人混みの中に消えていくような人だ。なんだかいい。ちょっと普通でないようだけどそんなこともあるかも知れない、そんなさっぱりした人もいるかもしれない。そんな時間がとても奥行きがある表現で書かれている。静かに読むにはいい話だった。
もう一編、「frowers」がある。
この話は、また違った奇妙な重みがある。
墓石屋の仕事を辞めて上京して、水の配達をする会社に入る。そこで「元旦」と言う名前の水配達人の助手になる。
社長は2代目でわがまま放題、常に部下の一人を目の敵にして叱りつけている。部下も弱みがあるので見苦しく従っている。
「元旦」は社長の妻と不倫中なのだが、そこに呼びつけられたりする。
だが、無骨な「元旦」が活花をしていて床に飾るのが抵抗なく感じられたりもする。暑い暑い日、疲れ切った運転手の男たちが、混み合ったシャワーで汗を流している。外から社長が、中にいる部下を怒鳴り始める。もう、汗の匂いと疲れた男たちと、怒鳴り声と、それをやめさせようと土下座する「元旦」と、たまらない様子が、息苦しい。暮らしの中で様々なことが起きる。短い中に暑い夏の、人のつながりが書き込まれていく。
そして突然「元旦」がやめ、それでも日が過ぎ、田舎を出る時結婚した女優の卵の妻と相変わらずの暮らしを続けている。「元旦」から年賀状が届く。
謹賀新年 元旦
たぶんこの「元旦」というのは、自分の名前のつもりなのだろうと、空白の多いその紙面を眺めた。どこかで元気にしているわけだ。
毎日重い墓石を運んでいるとふわっと飛んでみたくなる。
夕立に濡れながら歩き回って花の無い墓石を探し、泥が跳ねた足元を見て「東京へいってみようかなぁ」と思う。
心の動きの小さなゆれが伝わってくる。平凡な日常がふと遠くに思われたり、何か変化があればいいと思ったり、それで暮らしを変えてみても変わらない日々が続いていくのだが。 -
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ネタバレ4人の男女がマンションの部屋をシェアして暮らしている。適当な距離を保って快適だと思っていた。それが長引くとお互いのかかわりも深まって。
第15回山本周五郎賞受賞作
都内の2LDKのマンションに男女4人が暮らしている。男部屋、女部屋と名づけて一部屋に二人ずつ住んでいる。
最初は「直樹」と「美咲」が住んでいた。二人の仲が冷め始めた頃、「美咲]の友人が行きどころが無くなり一緒に住み始めた、これが雑貨店の店長をしている「未来」。そこに直樹の後輩の後輩「良介」が上京して同居することになる。その頃美咲は新しい恋人を見つけて、マンションを出て行く。
「美咲」は大手化粧品メーカーの秘書、「直樹」はインディペンデント映画の配給会社に勤めている。
そこに「琴美」という娘が、田舎のコンパで知り合った若者が人気俳優になったので追って上京してくる。彼女はナンパした男の子のお兄さんのトラックに乗って築地まで来た。「良介」が迎えに行き、住む所のない「琴美」は「未来」の部屋に同居する。
四人はうまく距離を保っていて、これが居心地がいい暮らしだと感じている。
「良介」は大学の先輩の彼女に一目惚れして、先輩のいないときは彼女と付き合うようになる。同居人が彼女は二股だといったりするが気にしない。両親に大切にされ、心身ともに柔らかい人柄で、みんなとうまく暮らしている。
古い車を買って姓名判断で「桃子」と言うぴったりの名前をみつけて可愛がり、同居人の気分転換にドライブに誘ったりして付き合っている。
4階のベランダから、退屈で下の道路をぼんやり見ている。次々と走ってくる車が、交差点では停止線の前で距離を保って止まる。信号が青になるとまた次々に走り出して事故が起きることが無い、そのうち自分も時間の輪の中にいるように思えてくる。
そして、誰かと本音をぶちまけて正直に話してみたい、本音でぶつかってみたい、相手は可愛い子でなくてもいい、少し能天気ぐらいがいいと思ったりもしている。
「未来」はイラストレーターでもあって、体の一部のイラストを書いている。同居の男たちをモデルにして撮影し、そのイラストを公園で売っている。美人の琴美が隣に座ると、買い手がつくといって喜んでいる。
未来は
ここで暮らしている私は、間違いなく私が創り出した「この部屋用の私」である(「この部屋用の私」はシリアスなものを受け付けない)よって、実際の私は、この部屋には存在しない。ここの住人(良介や琴や直樹やサトル)とうまくやっているのは「この部屋用の私」だと思う。・・・がしかし、ここにいる彼ら(良介や琴や直樹やサトル)が、私と同じように「この部屋用の自分」を創り出していないとも言いきれない。とすると、彼らも実際にはこの部屋に存在していないことになり、畢竟、この部屋には誰もいないことになる。
そして、ここは無人の部屋?いや無人になるには私たちがいなくてはならない
などと考えて、結局は、今の状況が良くわからないと思う。
「琴美」は日がな一日、その人気俳優の電話を待っている。枝毛を切ったり眉毛を抜いたりして、ほとんど家にこもっているが、綺麗好きで料理上手なので、一応兄貴分で部屋の借主である「直樹」は同居を認めている。
酒癖の悪い「未来」が「サトル」を連れてくる。だが本人は酔っ払っていて連れてきた覚えが無いと言うが、「サトル」も「未来」の部屋だと思って入ったが、朝になって、どたどたと目を覚ました同居人たちが現れ、あたふたと出掛ける支度をして消えるのにあっけにとられてしまう。
「未来」は、男娼の群がる地域で見かけた「サトル」を不審に思っているが、「サトル」は昼間うちにいる「琴美」と気があったらしく出たり入ったりし始める。
みんなは思っている。こうして居心地がいいというのは、言わなくてもいいことは言わない、住みやすい距離を保って暮らしているからだろう。
「直樹」は同居人たちと十分距離をとって無関心でいたいと思っている。ところが何かしら相談事を持ち込まれて関わりを深めていく。
彼は家出をしたことがある。道に迷って恐ろしくなっていた時に、古い山小屋を見つけた。そこには食べ物が蓄えられていて、恐怖心が薄れると火をたいて温まりながら数日そこで暮らした。
「あそこで暮らした時間はほんとにすばらしかったよ。すばらしいなんて、今どき使わない言葉だろうけどさ、あそこで過ごした数日間は、ほんとにすばらしかったんだ。・・・・・すばらしかった、ウン、マジですばらしかったんだ」
と「直樹」は「サトル」に話した。
そして、恐ろしい事件が起きる。犯人のやり場のない気持ちについては巧みな文章の中にこめられている。
誰も気づかないふりをしている。この部屋の住人は「未来」の言うように、みんないるから無人なのである。
考えれば生きていることはそれぞれの距離が保たれて生活できる時間が流れている、しかし、内心をむき出すと、それが自分の本心だと改めて気がつき、なかまがそれをふと見聞きしてしまうと恐怖感が湧くかもしれない、といって生活の外に出てしまえば、結果は自由であっても、繋がっていると思っている現実から孤独な世界に放り出されることになる。
地球の外の宇宙に出てしまいたい、「直樹」の見る夢の中の宇宙、そこには彼が望む開放感がある、だが宇宙の広さはやはり孤独で、目覚めれば5人が暮らすこの部屋は、窮屈でも本音さえ話さなければ住みやすい。
最近の若者の付き合い方はこんな風に内面を語らず、気楽な付き合いで日々を過ごしていくのはたやすい、それを世知というのかもしれない、若者に限らず……。
ただ、それはどこと無く淋しい。そんなことを感じさせる話だった。
映画化されている
直樹・・・藤原竜也
良介・・・小出恵介
未来・・・香里奈
琴美・・・貫地谷しほり
サトル・・林遣都 -
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国宝が大ヒットしているので吉田修一さんの好きな作品の感想を今さらですが書いてみます。
この作品は台湾に頻繁に出張していた約十年前に読みました。
当時一緒に働いていた台湾の仲間の中には日本に憧れる方や日本に留学されてた方や毎年日本に旅行に行く方がいました。一方で日本からの出張者の気持ちは自分自身がよく分かります。自分と彼ら彼女らを映し出してくれる作品でした。
吉田修一さんらしい景色の描写も実際に行った事のある場所だと本当にまたそこを訪れた気になれました。
また、台湾では新幹線を使って頻繁に移動していましたので作中の登場人物と実際の新幹線導入に携わった皆さんに感謝です。
個人的には吉田修一さんの作品の中の1番は本作です。 -
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見栄を張り、異性から人気があるかのように装っていた石橋佳乃は、出会い系サイトで知り合った男に殺害される。
馬込光代は出会い系サイトを通して男と知り合い、彼に強く惹かれるが、彼が殺人を犯したことを知る。光代は、自首しようとする男を引き止めると、一緒に逃亡を図る。
誰が悪いのか。
映画「国宝」の原作もおもしろかったので本作も読んでみた。
生活感のある登場人物たちの描写が緻密で、次第に見えてくる彼らの生い立ちは悲しく、行動にリアリティがある。
彼は悪人なのか。結末はあいまいだ。でも僕の思っているとおりなんだと思う。
映画も見た(アマプラで)。
原作に出てくる風俗嬢が出てこないので、彼の母親に対する行動の理由が語られない。これがあるかどうかで印象が大きく変わると思うんだよね。
そして深津絵里さんはかわいいし、妻夫木聡さんの金髪は似合わないかも。