養老孟司のレビュー一覧
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我が意を得たり。本質だ。
「もっとはっきりいえば、実情としては当時は戦争以外に娯楽がなかったといってもいい。なにしろふだん庶民は食うや食わず。生きるのに精一杯なら、戦争は格好の娯楽であろう。それを不謹慎だと怒るのは勝手だが、真面目な答えが正しいとは限らないのが政治である。なぜなら政治は人間全体を相手にするもので、人間はいつでも真面目だというわけではないからである。しかも真面目でなければ、ゆえに不真面目だという、二分法も成り立たない。真面目と不真面目が同時に共存するのが人間である。戦争は政治じゃない。ここでそう思った人のために付け加えるなら、クラウゼヴィッツの言葉を借りるまでもなく、戦争は政治の一手段である。」(230ページより) -
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どの場所に対してもカンペキな建築というのは、そもそもムリ。だからと言って諦めるのではなくて施主とデベロッパーがアイデアを出しながら納得できるものを建てることは可能。しかし今の分業制の建築方法では、責任の所在がどこにあるのか不透明で誰が何を求めた建築物なのかがよくわからない。
(隈)津波から命を守る建築物といったら「地下」シェルター。土地の上の建物で地震にも津波からも逃れられるカンペキなものを求めるから問題が難しくなる。
だったら「だましだまし」の思想で、とりあえず津波から命を守るために「地下」に逃げ込める設備を作る。津波の表面は波の力が強いけれども、下はわりと弱い。
・ユートピア主義→どんな災害にも耐えうる理想的な建物を!
・現場主義→「だましだまし」やっていくなかで最適な建物を!
ユートピア主義+現場主義=最適解
・システム問題→あるものを形作る非常に複雑な要素をアタマが無視している。
(養)システム問題を避けるためには「参勤交代」のような、地方と都市の人間の入れ替わりが必要 -
Posted by ブクログ
「バカの壁」の養老孟司氏と建築家隈健吾氏の対談集です。
普通のおっさん的風貌の隈氏にはいつも親近感を感じますが、建築家ですので当然建築や都市計画への思考は深く、そこに養老氏の思考と絡まれば、単なる住まいや住み方のテーマから一気に飛躍しそうでなかなかしない感じがとても読みやすかったです。
隈氏の建築家としての個性があまり出てこないのは養老氏の懐の深さだと感じました。
大規模建築を独り歩きさせず、人目線から建築を見つめ直す視点は、その前提として、人間的な思考を繰り返してこそ得られるものだと感じました。
あまり専門的になり過ぎず、難しい言葉も少ないので一気読みできました。 -
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現代人の日常には、現実が無い 岩村暢子
岩村さんと言う方は毎年食DRIVEと言う定点観測をやってるらしい。同じ人に食生活アンケート、1週間のすべてのメニューの写真と日記、そして家族の誰が食べなぜそう言うメニューに下かの調査をし、食生活はこうしたいと言う意識と実際の矛盾を突き合わせる。その中で一緒に食事をせず、バラバラに食べる家族が増えて来ていると言う。う〜ん、高校あたりから自分で作って食ってる割合が高いので全く違和感を感じないなあ。ごちそうの意味が変わり、高価な物ではなく自分の好きな物だけを食べれるのがごちそうだと。それとご飯を残しちゃいけないと言われなくなってるらしい。
まあそう言う文脈で「家庭の食事という日常そのものに現実がなくなってきている」と書いてるんだが最初から母親が食事つくって、子供が手伝って家族一緒に食事と言う家族像ありきで個人的にはあまり共感できず。
田んぼには肥料も農薬もいらない 岩澤信雄
この前読んだ「食の終焉」によるとアメリカでは不耕起栽培は一般的になってきているらしい。ただし無農薬とは限らないし遺伝子組み換え食物を使ったりするのでの合理化、省力化が主目的だが。
土を耕すのは当たり前っぽいが目的は空気を通したり、雑草を生えなくしたり、排水性を良くしたりとか。しかしあまり科学的なデーターは揃っていないようだ。
土を耕す明らかなデメリットも有り、簡単に言うと表土が砂のように完走すると流出しやすくなること。アメリカの例では不耕起の畑は耕した畑より明らかに地面が盛り上がっていた。
肥料に関しては豆類を植えて解決する。豆を植えると根粒菌が窒素を固定するので肥料=主に窒素系を減らせる。稲の場合は冬期湛水という冬も田んぼに水をはるやり方との組み合わせで、田んぼが生き物だらけになるらしい。蛍が増えて観光客も増えるとそのうち何十人かは多少高くてもここの米が食べたくなると言う。
田んぼの不耕起はなかなか難しかったらしく、南方では直播できたが東北ではやはり苗を育てて植え替えている。1993年の冷害の年に他の田んぼが穂をつけないのに不耕起の田んぼだけが黄色く実った写真がすごい。田植機では稚苗を植えるのに対し昔ながらの田んぼでは苗代で成苗になってから植え替えたるので冷害に強いのだそうだ。
昔ながらのやり方と新しいやり方を組み合わせ、しかも農家はマーケティングが大事と言う辺り良い方向性だと思う。
家庭菜園で大豆を植え枝豆と味噌を作る運動というのも面白い。日本人が消費する味噌は年間10Kgほどで大豆20株ほど。
山と川に手を入れれば、漁業は復活する 畠山重篤
気仙沼の牡蠣と帆立の養殖業者で山に木を植える「森は海の恋人」の活動を続けている。最近では森から送られるミネラルが大事だと言うのはよく知られていると思うが、東北沖の世界三大漁場ははるかロシアのアムール川から流れ込む鉄分で支えられていると言うのは知らなかった。これと比べると黄河が断水する渤海湾で魚が捕れないのは当然のように思える。
鉄分が植物プランクトンの成長に必要で鉄が体内に取り込まれやすくするためには腐葉土に含まれる有機酸が必要なのだとか。それで広葉樹を植え腐葉土を増やすと海に流れ込み海産物が増える。
震災後の牡蠣の養殖を最初に助けてくれたのはフランスのコックたちでフランスの牡蠣が病死した際に宮城県産の種牡蠣が救った縁の恩返しだそうだ。さらにはルイ・ヴィトンも支援してくれている。
実際には色々問題も有るだろうがキックスターターみたいな仕組みも使えそうな気がする。単に募金するのではなく、1年後の牡蠣を先払いで買い、集まった金で機材を揃える。こうすると財務の状況が良くなるので金融機関の融資も下りやすくなりそうな気がするがどんなもんだろうかね。
気仙沼では防波堤は作らず高台に住むことを選んだらしい。だったら堤防を作ったことにしてその分他に金を使わせてほしいと。
「林学が無い国」の森林を救う 鋸谷茂
日本の林学界には健全な森の定説が無かった、日本の森林の4割は人工林で主に杉や檜、儲からないため間伐が適切に行われておらずひょろひょろの木が密集し下草もはえない。表土は流出し、根も大きくはらない。間伐は他の植生が生えるまでやらないと意味が無いらしい。上層は杉や檜が大きく枝を張る空間を確保し、下層、中層の広葉樹が腐葉土を形成する。このバランスを適当にすると健全な森林ができる。
密度管理の考え方は果樹園では実際にやっており、比率は杉林と一致するそうだ。
実際にはどうやっているか、間伐の講習会では将来性の有る木だけに印を付けるように言うとだいたい適正な本数になるそうだ。細かい基準ではなく何となくの感覚で良いと言うのが面白い。間伐の方法も切り倒さず立ち枯れにする方法をとっている。幹に切り込みを入れたり表皮をはいだりして成長しないようにして枯らし空いた空間に周りの木が枝を広げて育つ。枯れた木は土留めの効果やシカの進入に対する柵にもなる。林業の難しいのは植えて切るまで50年から100年単位な所だと思う。切った木は100年単位でしか回復しないので短期的な経済合理性と一致しないことがあり得る。所有権とは別に公共財としての管理が有った方が良いと言うことだろう。中国人が買ってもいいけど好き勝手してもらって言い訳ではない。
燃料としては木を使わないようになり森林面積は回復している部分も有るようだ。昔のお城は今ほど木が生い茂っていなかったし六甲も禿げ山だったとか。50〜100年がかりでやれば回復すると言うことはわかった。
実は後半3つの話は密接につながっていて最後に最初の食卓につながる。あとはちゃんと儲かる仕組みとかが組み合わせればおもしろそう。