養老孟司のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ社会派、ミステリー、殺人、恋愛等々、様々なジャンルのもの書きの人達。
年代もタイプも違うのに共通していることは"猫好き"。
そして揃いも揃ってもみんな"もふもふ"の猫達。
飼い猫と一緒にくつろぐ姿や猫を見つめる優しい眼差し。
写真を見ているこちらも、つい微笑んでしまう。
各々の巻末にある猫エッセイや短編からも猫愛が真っ直ぐ伝わってくる。
生活を変えてくれた存在でもあり、昼寝仲間でもあり、相思相愛の同志でもある猫達は、顔を見ていれば、ただそこに居てくれればそれでいい、大切な存在。
もの書きの傍らにいる猫達から安らぎと癒しを貰った。 -
Posted by ブクログ
久々に養老先生の著作を読んだ、ここ最近よく読む森博嗣先生との対談を見つけて興味が湧いた。それをきっかけに藤井直敬、鈴木健、須田桃子という3人の新しい人を知ることが出来た。中でも鈴木健さんはスマートニュースの人なのに哲学や地域通貨のことなどの幅の広い研究対象に惹きつけられた。著作もいつか読んでみたい。こういうことをきっかけに新たな知見を得られることは対談を読む醍醐味でもある。日本人にとってノーベル賞がすごい影響があるというのはとても納得いく話だなあ。言われてみればそうだ。「理系・文系」のタテ割りと「〜の壁」と書くと売れやすいのと通底してる理屈があると思う。あと日本人は性善説を信じている。というのはそうなのかと思った。読み終わったあとにもっと他の本も読もうと思える良い本だ。
-
Posted by ブクログ
たぶん養老さんの伝えていることの0.5%くらいしかわかってない。それでも面白いと思った。難しいけど、その着眼点にハッとさせられたりひやっとしたり。
もうぜんぶがぜんぶ、脳に支配されてるじゃんって思った。自分で考えたって思ってることも、嬉しいという感情も、行動も、そしてこの社会も、ぜーんぶ。脳にとって都合のいいことが快感になって、脳にとって都合のいい方向に人間が進んでいく。
唯一死ぬことだけは脳は制御できない。これが唯一の自然。どんなこともぜんぶ脳に戻されるから、なんだかもう何も信じれないというか、考え始めると学習も思考も人生もぜんぶが取るに足らないことに思えてくるんだけど、一方で、だから、自分の脳を満足させてやるように生きようと思ったり。
もっと「経験」をつんだら、もうちょと理解できることが増えそうだから、本棚の見えるところに大事にとっておいて、また数十年後読み返そう。
(メモ)
唯脳論
ヒトの活動を、脳と呼ばれる器官の法則性という観点から、全般的に眺めようとする立場を、唯脳論と呼ぶ。
この本でわたしが述べようとするのは、文科系ひおける言葉万能および理科系における物的証拠万能に頼るだけでなく、すべてを脳全体の機能へ改めて戻そうとする試みである。だから、「唯脳論」なのである。
脳は「物(構造)」
心は「機能」
機能は構造から出てこない
身体の他の臓器と脳の決定的な違いは、脳には自己言及性があるということ。
自己言及性とは、自分で自分のことを考えること。(つまり、意識)
それゆえに自己参入の矛盾を生じさせる。
→ラッセルの逆理、リシャール数
末梢を十分支配しない神経細胞は死ぬ
相手のない、あるいは相手に不足のある神経細胞は、間引かれてしまう。
→この前提から意識の発生を考える
受け取る側の脳だけが進化の過程で勝手に大きくなることはない。
では大きくなった理由は、
神経細胞が脳の中でできるだけお互い同士つながり合うことによって、お互いに「末梢」あるきは「支配域」を増やす。それによってお互いを維持する。(機能的に言うなら互いに入力を与え合う)
脳内の神経細胞が増加し、外部からの入力、あるいは直接の出力の「量」だけに依存するのではなく脳の自前の、あるいは自慰的な活動に、神経細胞の維持が依存するようにになったとき、意識が発生したと考えられる。
意識がそう言うものだとすれば、その単純な生物学的意味とは、神経細胞の維持である。
-
Posted by ブクログ
対談の続編。
今回もまた、短いながら濃く詰まった面白い1冊。
石黒さんのアンドロイドに関する本を読んだタイミングで、
0と1との間にある永遠の話がでてきて唸る。
生きているものを研究し、突き詰めていくと
結局数値化できないものが見えてくる。
数字は整数のみではなく、その間にある無数の
小数点以下云々の数字によって埋められている。
理屈で固まった頭を、養老さんの言葉はあっけらかんとひっくり返してくれる。
このまっとうさ、気持ちよさが、
今の閉塞した状況に穴をあける方法なのだと思う。
各章のカットは南さんが描いた、仙厓の模写だけど、
いま仙厓のようにまんま描けるのは南さんしかいないんじゃないか。
脱力感のある余分のない絵がスバラシイ。