養老孟司のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
大病する前の作品だから、題名ほど遺言めいたものではない。
ひたすら事物に意味を見出し情報化しカテゴライズするのが意識の機能であり、感覚所与は意味と関係なくありのままに外界をセンシングし、事物の差異を感知する。
情報には時間の経過が本来的には含まれず、後者は移り行く自然と対峙する時間の経過の世界である。
都会人は意識の中に自らを住まわせ、田舎では感覚所与を中心に生きることが多い。
では、科学をやる以上避けて通れない「時間と共に変化する自然を情報化し記述する営み」はどうしたら良いのか。筆者は悩み続け、答えを持ち合わせていないという。
少し極端な物言いである気もする。
物理現象は時間tを含む関数で記述を試みる。
音楽は楽譜にテンポを記入して、音符の切り方で時間的な流れを表現する。
文学では文字で季節や世代の移り変わりも表現してきた。
どれも苦肉の策なのかもしれないが、人類が努力してきた方法である。
まあ、80歳のいま、気になっているのはこんなことだよ、というエッセイとして楽しめた。
繰り返すが、やっぱり遺言ではないと思う。
-
Posted by ブクログ
この本はまず前提として面白い面白く無いで見るものでないというのは、言うまでもなく、物事をどう俯瞰して見ているかについて、エビデンスを元に養老氏の見解を交えながら理解を試みるものである。
はじめにの時点で説明されているが、この本は養老氏にとっては実験のようなもので、新潮社との協力で自身がこれまで話してきた内容を集めて書籍化しようというビジネスもある。しかし、読み進めてみればいつも通りの養老孟司という人間が物事に対して見ているものが読者にも伝わることだろう。書籍のタイトルは人に印象づけ買ってもらうために過激なタイトルだが、これは後に本人から、「あれはようするに、“塀の上を歩く”ことを言いたかった」とある。
この本をたまたま手に取った人には、この人は何が言いたいんだとか、つまらない内容だという意見が出ることも間違いなく、誰かに勧めるようなものでもない。では、自分はなぜ手に取ったかというと、人間とは・人生とは・社会とは・組織とは・考え方とは・結局自然が一番ではないか。というそれらの考えを持っていて、色々と回ってここ(この本)も通った程度のものである。
それでも、養老氏の考え方は常々「自然」が最強であり、脳社会、都市社会、現代のスマホ社会な世の中、人間そのものが変わってきてしまっているのは、誰がみても間違いないものであり、このように昔と逆転してしまった理由についても、解説している。一元論ではなく二元論で物事を捉える考え方について学ぶ本である。 -
Posted by ブクログ
「森のガキ大将のキャンプ」というのがある。子供たちだけで30日間森の中で過ごす。文明と隔絶した生活をするわけではないが、食事は自分たちで作るし、火も起こさなきゃならない。スマホはもちろん使えない。歩いたり登ったり体力も使う。聞いた話だと30万くらいかかるそうだが、毎年あっという間に予約が埋まるという。都会暮らしでは子育てに限界があることを、親御さんたちも感じているんだと思う。
子供はときどき大人を困らせるような質問をする。それが大人を困らせるということは子供自身もわかっている。でもそれに真剣に答えなきゃダメだ。「この大人は適当に相手してるな」というのは子供でもちゃんと見抜く。「養老先生が言ってるから正しい」じゃなくて、自分で真剣に考えて答えなきゃならない。そうやって子供にも、自分で考えるクセがつく。
子供のときに信頼できる大人がいることが大事だと思う。必ずしも身近な人でなくてもいいと思う。できれば相談できた方がいいけれど、テレビの中の人でもいい。「この人について行こう」そう思える大人がいることは、子供の成長に大事だと思う。 -
Posted by ブクログ
本書は2005年に岩波書店から刊行された単行本を文庫化したもの。「笑い」というものの本質について小樽での講演会とシンポジウムにて真剣に論じたものを書籍に纏めた。講演は、臨床心理学者の故・河合隼雄、解剖学者の養老孟司、そして作家の筒井康隆。シンポジウムの方は、この3名に女優の三林京子と特定非営利活動法人絵本・児童文学研究センター理事長の工藤左千夫が司会として加わる。
「笑い」と「健康」との関係から始まり、様々な事象と笑いとの関連性について次々と話が展開していく。笑いだからと言って決して楽しい内容ではなく、各人が自分の専門または広い知識を基に、極めて真面目に持論を披露していく。シンポジウムでは各所で観客が笑う(笑)を入れているが、これは発言者の言い回しの面白さに反応しているだけ。
お目当ての筒井康隆の講演内容については、最近自伝関係の本が数冊発売され熟読したこともあり、既知内容が多かった。笑いに否定的な評論家に対する批判も含まれており、かなり根深い面も露呈し、棺桶に入る寸前まで呪い続けることだろう。この言い回しはきっと気に入ってくれることだろう。 -
Posted by ブクログ
【メモ】
「ルールを作るとシステムが出来る」
・人はルールや秩序を作りたがる。
・ルールを作るとシステムが出来上がる。
・出来上がったシステムは容易には壊せない。
・多くの人は今あるシステムを維持しようとする。
・システムに組み込まれると自由がなくなる。
・システムに組み込まれ過ぎると不機嫌になる。
・きっかけがないとシステムからは抜け出せない。
・システムからは抜け出した方が気楽。
⇒会社なんてだいたいコレ。
「3つの世界(カール・ポパー)」
・世界1:物質の世界。現実世界の物。
・世界2:情報の世界。科学や言葉など。
・世界3:心の世界。個人の心の中。
⇒自然科学とは世界1から世界2に移す作業。詩やエッセイは世界3から世界2に移す作業。AIやネットは世界2で完結している。世界2の情報を現実世界としてみるのは危険。あくまで複雑な現実が単純な情報に変換されただけのものである。
「全部決まっているという東洋の考え方」
・全てのことは昔から決まっている。
・袖振り合うも多生の縁。ブータン仏教の世界観。
・「どこかで何かの縁があったら今会うのは当然だ」
・輪廻転生や縁起の感覚がある。
・ハエや犬だって君の祖先かもしれない。
・昔は家の仏壇で先祖との繋がりを実感してきた。
・今は仏壇がなくなり繋がりを忘れかけている。
・本当は結果も最初から全部決まっている。
・決まっているけどやるべきことはやっておく。
・自分のためというより、昔は皆のために。
・今は自分のためだけだと思っている。
・だから自分の運命を受け入れずに抗う。
・だから苦しくなる。
「人生は選択という西洋の考え方」
・戦後アメリカから新しい考え方が入ってきた。
・絶えず選択することで人生は決まっていく。
・正しい選択肢をしていけば夢が掴める。
・間違った選択肢をすれば惨めな人生になる。
・これは自己責任論にも繋がっていく。
・養老先生の実感は人生は「なるようになる」もの
・抗って変えていくようなものではない。
・(水木先生にも似た表題の本あり)
-
Posted by ブクログ
養老孟司氏のエッセイ集。自分とは何か突き詰めて、言いたい事をかなり周りに配慮しながら書いている印象がある。優しい文章で書かれているので言いたい事が直接伝わってくる。
『真面目な人ほど自分が世の中を変えねばと強く思いますが、大抵の人は目の前のことをやるので精一杯。その精一杯をやっていくうちに、時折世の中の役にたつ、それくらいでいいのではないでしょうか』
『目の前の問題から逃げてしまう方が効率的に思えるかもしれません。ところが結局はその手の問題にぶつかって立ち往生してしまうものです。何かにぶつかり迷い挑戦し失敗を繰り返して、どの程度の負担なら自分が飲み込めるか判断し、自分で育ててきた感覚の事を「自信」というのです。 -
Posted by ブクログ
昔、学生の頃に『バカの壁』で知った養老先生。
なんで先生なのかも知らなかったけど、医学部を出ていて、解剖学を通して何人もの死体を見てきたからこそ語れるような話だった。本書は養老先生が話したことを出版社のかたがまとめて文章にしたもの。
―――――――――――――――――――――――――――――
■以下、勉強になったこと。
●国によって死の概念や扱い方が違う。
⇒脳死、中絶、安楽死
どの点から死亡したと判断を下すのか。
●人間が情報化した
明治時代につくられた戸籍制度。
一度生まれたら名前が変わらないことになった。
(それまでは幼名、元服後に名前が変わる)
●生と不可欠のマイナス面を排除してきた。
土葬→火葬へ、肥溜め→水洗便所へ
●子供に死を教える
ゲームや映画でなく、実際の死体を見せる
●死体は穢れ?
清めの塩、戒名。
死んだものは仲間ではない、世間からの退場扱い。
●間引き、世の中へメンバーズ化
母親の胎内では人としてより臓器の一部としてカウントされている。(⇒人工中絶)
メンバーになるためには審査がある。
無断脱退も許さない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『バカの壁』を読み終えたときよりも、『超バカの壁』を読み終えたときの方が、自分がいかに一元論的な考えをしていたかを感じた。
私は最近本を読むときに、何か一つの正しい答えを探していたように思う。科学や学術決められた「ああすればこうなる」を求めて。だが本書を通して、必ずしも一つの答えにたどり着く必要はないと感じた。
また、仕事について書かれた次の文章が印象に残った。
「仕事というのは、社会に空いた穴です。(省略)自分に合った穴が空いているはずだなんて、ふざけたことを考えるんじゃない、と言いたくなります。合うとか合わないとかいうよりも大切なのは、いったん引き受けたら半端仕事をしてはいけないということです。一から十までやらなくてはいけない。それをやっていくうちに自分の考えが変わっていく。自分自身が育っていく。」
社会に空いた穴を埋めていく、それでいい。
また、むりやり穴を探したり、穴開ける必要もない。
さらに、次の言葉も印象に残った。
「秩序を立てたら無秩序がどこかに引っ越すということです。」
ある問題が解決できたと思う一方で、別の場所で新たな問題が生じることがある。全体を見ると秩序と無秩序は表裏一体であるかもしれない、という意識を持っていたい。
-
Posted by ブクログ
バカの壁でおなじみ、養老センセイと、楳図かずおさんの対談。いつやったんだろうと思ったら、1996年発行の対談が底本とのこと。30年も前!まだ私も学生の頃だ!
これは、その頃に読んでいたらまた面白かっただろうし、その後、社会に出てむにゃむにゃした時にも読みたかった。いつ読んでも考えるヒントになるだろうな、と思える本でした。
対談形式なのと、養老センセイが専門用語をあまり使わず説明してくれるので、ついスイスイ読んでしまう。
で、楳図かずおさんが的外れな例えをしたり、それってどういうこと?と聞き返したりして養老センセイが再説明するのを読んで、ふむふむ、と。
養老先生に臆せず突っ込んでいく楳図先生、すごいな〜。
第六章「社会は《脳》である」が興味深かった。例えば、情報管理社会って、コンピューターで制御された生活のことだけを言うのではない、とか。解剖学者である養老センセイが何で脳の研究をしているのか、とか。日本人と外国人は《死体》の定義が違う、とか。
簡単に読めるからまずは一回さらっと。
次は興味を持てた章を少しじっくり読んでみたら理解が深まってさらにおもしろく読めそうです。